【ディスク 感想】J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ 〜 クリスティーネ・ブッシュ(Vn)

2013.03.16 Saturday

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    ・J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ
     クリスティーネ・ブッシュ(Vn) (PHI)

     →詳細はコチラ(HMV/Tower)




     フィリップ・ヘレヴェッヘ率いるコレギウム・ヴォカーレ・ヘントのコンサートマスター(女性の場合でもマスターと呼ぶ場合もあるらしいので)を務めるクリスティーネ・ブッシュの弾くバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを聴きました。2011,12年に録音された新盤で、ヘレヴェッヘが立ち上げたプライヴェート・レーベルであるPHI(フィー)からのリリース。ヘレヴェッヘ自身がプロデュースを手がけていて、自分以外の仲間たちにも発信の場を与えたいというコメントを寄せています。彼女は当然、バロック・ヴァイオリンを弾いています。

     ブッシュはもう既に経験豊かなベテランで、恐らく私がこれまで聴いてきたヘレヴェッヘの数々の名盤や、ベルリン古楽アカデミーなどの録音を通して、彼女が参加した演奏をたくさん聴いてきたのだろうと思いますが、正直、彼女のことは全然知りませんでした。ヘレヴェッヘが信頼する人ならきっと間違いないだろうという漠然とした期待のようなものだけがありましたが、それ以外はまったく先入観なしに聴くことができます。

     そして聴き始めて、おっ!と思いました。最初の一音だけで、これは私の心に響く演奏に間違いないと確信しました。生々しくありながら、豊かな倍音を伴った柔らかい響き。少しゆったりめのテンポから生まれる悠然たる足取り。がっちりとした構えをもった大きな音楽。そして、何よりも聴く者の心の核心に触れるような真実味をもった歌。どれもがいちいち私の心にぴったりとはまる。

     印象的な美質は本当にたくさんある。ポリフォニックな音楽での立体的なモチーフの弾き分け方には、彼女がバロック音楽の演奏に長く携わったことも起因するのでしょう。まさに「対話」が聴こえてくるようなフーガ、なんて言葉で言ってしまうと陳腐なものになってしまいますが、本当に味わい深い音楽になっている。サラバンドやアンダンテといった静かな音楽での、のびやかな感性の息吹を感じさせながら、微妙な陰影のつけられた優しい歌には、これまたありきたりの言葉になりますが、涙が出そうになる。急速な楽章でも常に落ち着いたテンポがとられ、すべての音に豊かなニュアンスがつけられている。そして、シャコンヌも、構えすぎず、音楽の流れに身を委ねて、巧まずして大きな大きな音楽を生み出していく。薄っぺらい自己顕示をめざしたあざとさとは無縁の音楽への奉仕の仕方が美しい。私のようなシロウトが言ってもまったく説得力はないかもしれませんが、「至芸」とさえ呼びたくなるような「技」がふんだんに盛り込まれた音楽で、これでこそバッハの音楽のありのままの姿を味わうことができる。

     ああ、何と素晴らしい音楽。私は何と幸福な時間を過ごしているのでしょうか。

     でも、やがて私の幸福は、不安へと変わっていく。

     今、私は、人気アーティストでもなければ、歴史に名を残す巨匠でもない、そして全然これまで知らなかった奏者の演奏に心を奪われている。これが私にとってベストの演奏なのかどうかというようなことは別として、この演奏を聴いてしまった後、今まで個人的に「名盤」と思ってきた演奏は、本当に「名盤」だったのだろうかと考えて不安になってきた。

     例えば、ヘンリク・シェリングの弾く無伴奏は私にとってバイブル的存在ですが、もし、シェリングという人がどういう人なのか知らず、これがランキングで長年一位を独占していた歴史的名盤であるということを知らず、いわゆる「無知のヴェール」をかぶって聴いたら、私自身「バイブル」と思うほどに感動しただろうか。

     例えば、アリーナ・イブラギモヴァやイザベル・ファウスト、ヴィクトリア・ムローヴァの弾くバッハ。これは私が聴きたくて聴きたくて待ちわびた末にリリースされたディスクや来日公演を聴いた。誰が弾くバッハなのかを強烈に意識して聴いたからこそ心を奪われたのではないだろうか。

     そんな風に、ブッシュの弾くバッハは、今までの自分の音楽の聴き方に対して、強い不安を掻き立てるものになりました。心を奪われるような素晴らしい瞬間に出会い、言い知れぬ幸福に陶酔する時間を過ごすたびに、その不安がまた増幅されてくる。心の中で「お前の音楽への感動なんてものは結局のところ、先入観が導火線になったもの。頭でいろんなこと考えて、自分を自分で感動へと駆り立てた結果得られたものなのではないか?」というような声が聞こえてくる。それほどまでに私にとっては強い印象を与える演奏でした。

     2枚の演奏を聴き終えて、深い満足とともに、不安は絶頂に達しました。我慢しきれず、貪るように手持ちのディスクの演奏をちょい聴きし始めました。ファウスト、イブラギモヴァ、シェリング、ミルシュタインを聴き、ブッシュと同じようなキャリアを持つアマンディーヌ・ベイエール。

     聴いてみて分かったこと。これまで私にとっての「名盤」だった演奏は、どれもやっぱり間違いなく素晴らしいということ。初めて聴いた時の感覚などはもう完全に忘れていますが、聴き始めてすぐにその音楽の世界に引き込まれ、不安は解消されていく。ああ、これもいい、あれもいい、この演奏に感動した自分の気持ちには嘘はなかったと。

     でも、それと同時に、また別の確信も生まれてくる。ブッシュの演奏が、並み居る名盤たちの間にあって、間違いなく独自の存在感をもったものなのであるということ。勿論、それは「私にとって」ということでしかなく、耳の肥えた人たちが聴けばたちどころに弱点を指摘できるものなのかもしれませんけれども、ブッシュの演奏を聴きながら感じた大きな幸福と、そして同じくらいに大きな不安が同居した不思議な感覚は私にとって忘れることのできないものであり、このアルバムが貴重な体験を与えてくれる「名盤」であるということは間違いない。

     ことバッハの音楽に関して言えば、たくさんの演奏を聴いていくにあたっては、「上書き」ではなく、「別フォルダに保存」こそが最も幸せな付き合い方なのだろうなあと思いました。ああ、バッハの音楽とはなんと豊穣な世界なのでしょうか。

     ちなみに、ふと思い出して、以前に書いた自分のブログを見直してみると、ミドリ・ザイラーの弾くパルティータを聴いた時にもやはり同じような「不安」を感じたのでした。これからも、いい演奏に出会うたび、いつも同じような「不安」を感じることになるのでしょうか。もしかしたら、既婚者だったりステディーなパートナーがあったりしがら、魅力的な女性に出会うたびにメロメロに惚れてしまい、「不安」を感じて「不倫」してしまう人の感覚ってこういうものなのでしょうか。まあ、音楽上の「不倫」ならば背徳行為じゃないので、せいぜいこの「不安」を楽しんで生きていきたいと、非モテ男の私は思います。

    ■PHIレーベルのプロモーション動画

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