Langsamer Satz

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【私のシューベルティアーデ・173】ピアノ作品集−4(ソナタ第6,17,21番ほか) 〜 イリーナ・メジューエワ(P)
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    ・シューベルト/ピアノ作品集−4(ソナタ第6,17,21番ほか)
     イリーナ・メジューエワ(P) (若林工房)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)




      若林工房から発売されたばかりのイリーナ・メジューエワのシューベルトのピアノ作品集の第4弾を聴きました。これまでの3作と同じく2枚組のアルバムで、ピアノ・ソナタ第6,17,21番と、ドイツ舞曲とワルツがいくつか収録されています。2012年12月と13年4月、いつもの新川文化ホールでの録音。

     アルバム冒頭に収められたピアノ・ソナタ第17番から、いつもの通り、奇を衒うことのない、まったくもってオーソドックスな演奏を聴くことができます。とは言っても、決して教科書的・優等生的な無味乾燥な演奏に陥ることもなく、独特の楽譜の読みを窺わせるような個性的な音楽作りもあります。例えば、17番のソナタの第1楽章は、テンポは早めながら、すべての音には往年のロシアのピアニストを思わせるような独特の重量感があり、ごくわずかながら不均一な時間方向の収縮もあり、通常よりもゴツゴツした手触りをもった音楽として演奏されています。また同じソナタの第2楽章で13分かけてしみじみと奏でられる歌にも独特のロマンが感じられます。また独特の重みをもって弾かれる第3楽章もユニークだし、少し早めのテンポできびきびと進められる第4楽章も、決してラジオ体操を思わせるようなのんびりした音楽などではなく、ああ、確かにこれは「アレグロ・モデラート」の音楽なのだ、前へと進んでいく音楽なのだと改めて気づかせてくれる。つまり、まさにメジューエワからしか聴くことのできない新鮮な演奏が聴けるのです。

     でも、メジューエワの演奏の最も心に残るのは、聴いているうちにその外面のユニークさを忘れ、「彼女がこう弾かねばならない理由」よりも「シューベルトの音楽がこう弾かれるべき理由」の方を強く感じずにはいられなくなるところです。全体に、この第17番はシューベルトのソナタの中でも特にややこしい構成をもった難曲で、ストンと心に落ちる演奏に出会う確率はさほど高くはないのですが、メジューエワの演奏は、シューベルト自身の肉声を聞いているようなとても親しい距離が感じられるという点において、私にはとても得心のゆく演奏でした。

     未完に終わったソナタの第6番は、シューベルトが完成した2つの楽章だけが演奏されていますが、こじんまりとした古典的な佇まいの音楽から豊かに歌が溢れ出てくるところのほのかなロマンが美しい共感をもって表出されているのが嬉しい。特に第2楽章の歌は聴いていてため息が出るくらいにきれい。表面を取り繕った美しさではなくて、内面からにじみ出てくる美しさ。聴いていて、ああ、いい曲だなあと改めて思います。

     友人との集いで楽しむために書かれたであろうワルツやドイツ舞曲の演奏も、あたたかな心遣いに満ちた演奏で、聴いていて心が和みます。それだけでなく、楽しげなステップの中にも、どこかに憂いを感じさせるあたり、シューベルトの音楽の一番おいしいところをちゃんと味わわせてくれるところが嬉しい。それに、何よりも、シューベルトが作曲家としての深い成熟を見せ始めた頃に書かれた音楽以上に、彼が少年時代に書いたD.146のワルツ集の可憐な音楽の中から、もう既に後年のあの人間の心の深淵に迫るような歌が浮かび上がってくるのが胸を打ちます。シューベルトという作曲家が、短い生と引き換えに手に入れた天賦の才能の凄さを感じずにいられない。

     ところが、です。今回のアルバムの最後に収められたソナタの第21番で異変が起きます。

     それまでどんなに音楽の局面が変わろうとも決して極端な表現に走ることの一切なかったメジューエワが、テンポこそちょっと遅めという程度(第1楽章提示部反復ありで約45分)ですが、ほかの誰もやらないような強烈な音楽を聴かせてくれるのです。エキセントリックと言ってしまって良いかもしれません。まさに豹変してしまうのです。

     例えば、極限まで抑えられ、音色まで殺してしまったかのような弱音。例えば、気が遠くなってしまほどに長大なパウゼ(特に第1楽章冒頭)。例えば、注意深く制御されたペダルによって、雪の上を歩くまるで「冬の旅」の主人公の足音のようにさえ聴こえる第2楽章の左手の音型。まさに極北の音楽として存在する、孤絶した音楽としての姿をこれほどまでに強く実感させてくれる演奏は他にさほどありません。せいぜいアファナシエフの2つの録音や、リヒテルの有名な演奏くらいでしょうか。勿論、それをロシア・ピアニズムの流れとして捉えることは可能かもしれませんが、しかし、そんな音楽をメジューエワから聴くとは想像もしていなかったので驚きました。

     一体、あの「正統派ピアニスト」としてのメジューエワと、このシューベルトの第21番の再録音で聴く「極北の音楽を奏でるピアニスト」としてのメジューエワ、一体どちらの姿が彼女の「ほんとうの自分」なのだろうかと思わずにはいられません。

     でも、答えは決まっています。彼女にとっては、「どちらもほんとうの自分」に違いない。

     最近読んだ、平野啓一郎の「私とは何か」という著書を思わずにはいられません。そこで繰り広げられていた彼の主張は、まえがきに書かれた一文に要約されています。

     たった一つの「本当の自分」など存在しない。裏返して言うならば、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」である。
    (平野啓一郎「私とは何か」まえがきより)

     平野氏は、続けて、人間はこれ以上分けられない「個人」ではなく、「分けることのできる」存在なのであり、その「複数の顔」の一つ一つを「分人」という単位で分けることが可能であると書いています。

     この引用文中の 「対人関係ごとに見せる複数の顔」を、「演奏する曲ごとに見せる複数の顔」と言い換えてしまえば良い。つまり、これ以上ないというくらいにオーソドックスな演奏をするメジューエワと、他の演奏家からは聴くことのできないような極北の演奏を聴かせるメジューエワ、そのどちらもが彼女の「ほんとうの自分」なのだと。

     でも、それは飽くまで結果としてそう聴こえるというだけのことなのかもしれません。メジューエワ自身は、何も変わったことをやろうとか、聴き手にショックを与えようとしている訳ではなく、ただ無心に楽譜に向かい合い、そこに書かれた音楽をまっとうに演奏したら、たまたまこういう風にユニークな音楽ができあがったというだけに過ぎない、つまり、シューベルトの音楽のユニークさがまっとうに表現されただけということなのかもしれません。ただそれをすべての演奏家がきちんと表現できているとは言えないだけ。

     そもそも、シューベルトという作曲家自体が、この「分人」というものを音楽に持ち込んだ、もしかしたら最初の人なのかもしれません。人懐っこくて楽しい音楽と、ブラックホールのようにすべてを呑み込んでしまうような暗闇に包まれた孤独な音楽とが、いつも共存している、それがシューベルトの音楽。喜びと哀しみ、光と闇がまったく同時に存在し得る音楽。しかも、それらはまったく同一人物から生まれてきたもの。特にこの最後のソナタに至っては、「分人」に近い概念をより強く、はっきりと認識しながら筆を進めたのではないかと思えます。

     そう考えると、私は、メジューエワの演奏を通して、このソナタの「あるべき姿」に接することができたということなのでしょう。だからこそ、この凄まじく個性的な演奏を聴いていながらも、いつもシューベルト自身の声を聴いているような印象を常に抱き続けることができたのかもしれません。今年に入ってから、このソナタの演奏はいくつか新しいものを聴いていますが、その中でも特に印象深い、そして私にとってはかけがえのない意味と価値を持つ演奏になるだろうと思います。

     第21番も、そのほかの曲も、本当に素晴らしい演奏に出会えて嬉しいです。彼女のシューベルト、あとどれくらい録音されるのかは知りませんが、1曲でも多く録音してほしいと心から願わずにいられません。

    ・私とは何か
     平野啓一郎 (講談社現代新書)








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