クラウディオ・アバドの訃報に接して

2014.01.21 Tuesday

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    ・クラウディオ・アバド(1933-2014)














     私がクラウディオ・アバドの実演を最初に聴いたのは、1989年秋のウィーン国立歌劇場の来日公演でのロッシーニの「ランスへの旅」でした。それは私のこれまでの聴体験の中でも最高のものでした。カバリエ、ガスディア、クベルリ、ヴァレンテーニ=テラーニ、ロパルド、マテウッツィ、ライモンディ、フルラネット、ダーラ、ブルシュラーゼという信じられないほどの豪華メンバーがずらりと並んで素晴らしい歌と演技を披露してくれる上に、ピットからはまさに極上の音楽が響き渡ったのですから。バカバカしいほどのストーリーながらドタバタになるどころか、どこまでも洗練されたエレガントな音楽が私の五感を快く刺激し、「ああ、こんなに素晴らしい音楽があるのなら、この世は生きていく価値がある」と思いました。(ルカ・ロンコーニの演出も最高に面白かった!)

     今、久しぶりにアバドの指揮する「ランスへの旅」のCDを取り出して聴いています。1984年のペーザロ音楽祭でこのオペラを蘇演した際の有名なライヴCD(グラモフォン盤)。少しキャストが違うし、オケはウィーン・フィルではなくてヨーロッパ室内管ですが、演奏は実に素晴らしく、あの時の悦びに満ちた至福の一時を思い起こさせてくれます。

     私にとってはアバドはやはりオペラ指揮者でした。もう一つ忘れられないアバドの聴体験は、2000年にベルリン・フィルと来日した時の「トリスタンとイゾルデ」。来日の少し前に胃がんが発見されて手術した後だったので、来日さえも危ぶまれたのでしたが、病身をおして公演を実現してくれたのでした。私は初日に聴きに行きましたが、確かにワグネリアン的な陶酔とはほど遠い繊細で室内楽的な演奏に多少の物足りなさを感じたのは事実ですが(特に第二幕の愛の二重唱)、イゾルデを歌ったデボラ・ポラスキの絶唱のおかげもあって、第1幕のイゾルデの嘆きや最後の「愛の死」の信じがたいほどの透明な美しさにはまさに震撼しました。「愛の死」が終盤に進むにつれて舞台の照明がだんだん落ちていき、最後の和音が鳴り響いた後に会場が完全な暗闇になった時のあの異様なまでに浄化された空気は今でもありありと思い起こすことができます。私も嗚咽の声をこらえるので必死でしたが、すぐ近くで聴いていた若い女性もすすり泣いていたのが忘れられません。

     この「ランスへの旅」と「トリスタンとイゾルデ」という2つのアバドのオペラは、私のこれまでの40年近いクラシック音楽ファンとしての聴体験の中で、バーンスタインとイスラエル・フィルのマーラーの9番、クライバーのベートーヴェンや「バラの騎士」、チェリビダッケやヴァントのブルックナー、ムラヴィンスキーの「田園」とワーグナーなどと並んで、「冥土の土産」にしたい大切な「幸福な思い出」です。

     コンサートも4回聴けました。中でも忘れられないのが、1998年に当時の手兵ベルリン・フィルと来日して演奏したマーラーの交響曲第3番。その年に開場した横浜のみなとみらいホールでの演奏でしたが、その時私は仕事の関係で福島に長期出張中でした。さらに、その演奏会の少し前、神戸に住んでいた母に肺癌が見つかり、入院して抗がん剤治療を始めていた時期でもありました。母の病状への心配と、炎上して先の見えない仕事への不安でいっぱいで、本当に心が「真っ暗」な状態でした。母の病気は治る見込みがあるのだろうか?せっかく震災を生き抜いたのに、どうしてこんなことになってしまうのだ?仕事も一体どうなるのだ?これで失敗したら私はどういう処遇になるのだろう?ああ、一体どこに私は希望の光を見出せば良いのだろう?と毎日毎分毎秒考え続けながら生きていたのです。そんな時にあのマーラーの3番を聴くということは、あの第6楽章を聴くということは、私にとってはまったく忘れ難い体験でした。

     アバドとベルリン・フィルの演奏する第6楽章冒頭の柔らかい弦の祈りの響きに触れた時、張り詰めていた気持ちが一度に溢れだしてしまい、そこから最後まで25分間、ただただひたすら泣きながら聴いていたのを覚えています。決して不安が消えたという訳ではありませんが、「大丈夫、いつか希望の光は見出すことができる。この雲の上には晴れ渡った空があるということを信じて、生きていきなさい。」と言われたような気がしました。こんなに素晴らしい音楽が私の傍にあるということは何と心強いことなのだろうか、私は何よりも音楽というものの力を信じようと思いました。無論、あれほど感動的な音楽なのですから、アバドとベルリン・フィルじゃなくとも、例えばアマチュアの演奏を聴いても感動したには違いないのですが、あの辛い時期に彼らの素晴らしい演奏を聴くことができたのは、私の人生の中での幸運だったと感じています。演奏が終わった時、アバドとベルリン・フィルのメンバー一人一人に心から「ありがとう」を言いたい気持ちでいっぱいでした。

     他にも、1996年のベルリン・フィルとの「復活」も聴きました。私が聴いたのは残念ながら、「原光」の独唱が始まった瞬間に携帯電話が鳴った時の公演だったのですが、スウェーデン放送合唱団の神技のような合唱も含めて演奏自体は素晴らしかった。いや、バーンスタイン、テンシュテット、そしてインバルのマーラーを好む私にとっては基本的に「違う」演奏だったのですが、紛れもない第一級の演奏を聴けたという確かな手ごたえはありました。

     1991年に来日した時のヨーロッパ室内管とのシューベルト・チクルスも1回だけ聴きました。交響曲第2,5番と、ペライアをソリストとするベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。これも音楽の喜びに満ちた美しい演奏で、シューベルトの2番のレッジェーロなアレグロの爽快感、ベートーヴェンの静謐な美しさは印象的でした。さらに、アンコールで演奏された「ロザムンデ」間奏曲第3番の不気味なまでの静寂は胸に刺さるものがありました。

     そして結局彼を最後に聴いたのは、2006年のルツェルン音楽祭の引っ越し公演でのマーラーの6番でした。世界的に有名な奏者たちをトップに迎えたスーパー・オーケストラのまさにスーパーな演奏に度肝を抜かれました。個人の技量の高さは当然のことですが、寄せ集めオケとは思えないほどに統制のとれた響きには、アバドという指揮者の求心力、人徳のようなものを感じずにはいられませんでした。これも実を言うと解釈自体は、先ほど挙げた3人の指揮者の演奏の方が断然好みなのですが、これだけの演奏を聴かせてもらえれば文句もないというところ。最後のイ短調の和音が鳴り終わってからの、永遠に続くのではないかと思うほどの会場の沈黙も忘れられません。

     アバドのCDにも愛聴盤はたくさんあります。前述のロッシーニも、ヴェルディもDGの録音は全部揃えてあって、どれもが私の中では大切なものですが、やはり前者の「ランス」、後者の「シモン」と「ファルスタッフ」は特に好きな演奏です(大体、歌手がどれも素晴らしいですし)。ベートーヴェンやマーラーも良いですが、私としてはシューベルトを挙げます。記念碑的な交響曲全集もいいですが、歌劇「フィエラブラス」の真価を私たちファンに教えてくれたのはアバドでした。最近の演奏では「フィデリオ」、ブルックナーの1番、シューマンの2番もいい。協奏曲の伴奏にも素晴らしいものがたくさん。ポリーニ、アルゲリッチ、ピリス、ブレンデルといった名手たちとの共演、そして最近では何と言ってもイザベル・ファウストとの共演が忘れ難い。他にも、放送で聴いた、81年のスカラ座との来日公演での「シモン」「セビリア」、83年のロンドン響とのマーラー(1,5番)、87年のウィーン・フィルとのベートーヴェン・チクルスなども忘れられないし、ザルツブルグ音楽祭のライヴで聴いた数々の名演など、思い出はたくさんあります。

     というように、私がクラシックを聴き始めて40年近くの間、クラウディオ・アバドという人は私の音楽体験の中でも中心人物の一人でした。バーンスタインやクライバーといった指揮者のように骨の髄まで心酔するというところまでには至りませんでしたが、アバドの特に実演を聴くということは私の最大の楽しみの一つでしたし、彼の新譜にはどうしても手が伸びてしまっていました。胃がんを患って以降、それなりに体調は保たれていたようなので、昨秋のルツェルンとの再来日が体調不良で流れた時は(私は2公演のチケットを入手済みでした)、きっと回復して来日してくれるものと確信していました。

     しかし、今日(1月20日)、そのアバドはボローニャの自宅で80歳で亡くなりました。少し前に彼が創設したモーツァルト管が活動の延期を発表し、よほどアバドの病状が悪いのだろうかと心配でしたが、残念ながらそれは現実のものとなってしまったようです。

     思い返せば、アバドの演奏を聴くことは私にとって単に楽しみであるという以上に、もっと私の「生きる支え」のようなものでもあったように思います。饒舌に何かを語りかけてくるという種類の演奏ではないのだけれど、聴いているうちに自然とこちらに何か「気」のようなものが伝わって来て、どんなに弱っている状態でも起き上がる「力」を得ることができるとか、そんな体験をすることが多かった。そう、アバドの演奏からは「素晴らしき哉、人生」という言葉を実感として受け止めることが多かった。そしてそれがこれまでの私の生きる原動力となってきたという訳です。

     もう二度とアバドの指揮する演奏会を聴くことができなくなってしまったこと、私の最高の音楽体験が文字通りの「思い出」となってしまったということを私はまだ受け止めきれずにいます。明日以降、その事実をしみじみと思い、淋しく感じることになるのでしょう。でも、仕方がありません。人間の命には限りがあるのですから。

     ならばせめて、今日は「ランスへの旅」の生き生きとした演奏を聴き、オケ・ピットにまで下りてちょっかいを出してくるガスディア演じるコリンナに微笑みかけながら楽しそうに指揮していたアバドの姿を思い出し、これまでのアバドの偉大な業績と、私と共有してくれた幸福な時間に対して心からの感謝を捧げたいと思います。

     マエストロ、どうか安らかにお休み下さい。今まで、本当にありがとうございました。

    (追記)
    昨年見つけたアバドのドキュメンタリー動画。1973年、VPOとの初来日のベト7の演奏と、彼が広島の原爆資料館を訪れた時の映像が貴重。また、若者向けの演奏会でポリーニと一緒にノーノを演奏し、聴衆に語りかける姿も胸を打つ。ポリーニと共に共産党員であったというアバドの「思想」を垣間見ることができる。商品化されないものか。 
     
     

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    2020.08.03 Monday

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