【ディスク 感想】ハンス・ロットWiege zu Gustav Mahler〜マーラーに至る道  ヴォッレ(Br) アルブレヒト指揮ミュンヘン響

2014.07.23 Wednesday

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    ・ハンス・ロットWiege zu Gustav Mahler〜マーラーに至る道
     ミヒャエル・ヴォッレ(Br)
     ハンスイェルク・アルブレヒト指揮ミュンヘン響(Oehms)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)



    <<曲目>>
    ・ハンス・ロット/「待ちたまえ、お前はすぐにまた休むだろう」(バリトンと管弦楽のための歌の旅)
     −エンジョット・シュニーダー翻案
    ・ハンス・ロット/交響曲第1番ホ長調


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     ハンス・ロットの交響曲第1番の新しいディスクがリリースされました。Oehmsレーベルから発売されたばかりのもので、ハンスイェルク・アルブレヒト指揮ミュンヘン交響楽団の演奏。ハンス・ロットについての最も信頼できるサイトによれば、これで正規盤としては10種類目のものだそうです。私はこれまで7種類のディスクを持っているのでこれで8つ目となります。

     今回のアルバムにはタイトルがついています。それは"Weige zu Gustav Mahler〜マーラーに至る道"というものです。マーラーがロットの交響曲からどれほど多くのインスピレーションを得たか、どれほど多くのアイディアの種をここから得たかは、もう散々言われて認知されてきたことと思いますので、そのタイトルの正当性には異議はないでしょう。しかし、実は、このアルバムには、マーラーとの関連の強い交響曲以上に、注目すべき「新機軸」が含まれています。

     それは、ロットの遺したいくつかの歌曲の中から5曲を選び、ピアノ伴奏をオーケストラに編曲して録音しているだけでなく、それらの曲の前後にはオーケストラのプロローグ、インテルメッツォ、エピローグを繋いで「待ちたまえ、お前はすぐにまた休むだろう」と名付けられた「歌曲集」に仕立て上げているのです。しかも、それは「バリトンと管弦楽のための歌の旅」という副題が付けられてもいます。それは明らかにシューベルトの「冬の旅」を意識したものであり、この「歌の旅」が、かつて作曲家兼指揮者のハンス・ツェンダーが「冬の旅」に対しておこなった「翻案」であることを明らかにしています。その翻案はエンジョット・シュニーダーという人で、オーケストラ部分の音楽は、シューベルト以降のドイツリートの流れを汲んだ歌曲とは対照的に、まさに現代音楽になっていますが、ツェンダーの「冬の旅」ほどに過激な「作曲」はなく、もともとは関連のないと思われる歌曲同志を緩やかにつなぐ役割を果たしているように思われます。

     歌っているのは、最近、ワーグナー歌いとして引っ張りだこのミヒャエル・ヴォッレ(フォレ)。5曲の歌曲とは 「さすらい人の夜の歌」「すみれ」「2つの願い」「わすれな草」「歌手」で、最初と最後の2つの歌曲については以前、ドミニク・ヴェルナーの歌うCD(伴奏は原曲通りピアノ)を聴いたことがありますが、それ以外はおそらく世界初録音と思われます。

     これらの歌曲は、いずれも甘美な旋律をもったロマンティックな曲たちで、私にはとても心に沁みる音楽です。

     冒頭、グロッケンに導かれた典型的なゲンダイオンガクの響き(弦楽器がモゾモゾと動く上で木管楽器が"Ewig"の旋律を歌ったりする)によるプロローグに続き、「さすらい人の夜の歌」が始まります。これはまさにドイツリートの伝統の上に乗っかった穏やかで美しい歌。深々とした旋律はシューベルトの歌曲のようでもあり、「リング」のヴォータンが歌いそうな威厳のある歌にも聴こえます。

     「マイスタージンガー」の第3幕の前奏曲のようなチェロの導入から、「亡き子を偲ぶ歌」を思わせるような痛々しい雰囲気へと転じる不思議なインテルメッツォに続いて、「ソドレミ」と山田耕筰の「この道」に似た旋律で始まる「すみれ」の伸びやかさはとても美しい。でも、美しい花には棘がある。弦楽四重奏の伴奏に時折不安げな不協和音が混じるあたり、ロットの心の奥底にあった病的なもの、おびえや不安のようなものを感じさせる編曲になっています。

     「すみれ」の明るい世界が一瞬にして曇ったかと思えば、どこか憧れるような遠い視線を感じさせる旋律が印象的な「2つの願い」も、彼の盟友だったフーゴー・ヴォルフのある種の歌曲を思わせる佳曲。

     しかし、淡い希望はまたしてもどんよりと曇った響きによって断ち切られ、スルポンティチェロで弾かれた弦楽器のトレモロが不安を煽りますが、クラリネットが突然、愛らしい旋律を歌い始めると、爽やかな「わすれな草」の歌の世界が広がります。屈託のない明るい旋律、チェロの奏でる甘美な間奏などとても印象的な音楽で、途中に木管に聴かれるターン音型にハッとします。下敷きになっているのは「トリスタン」の「イゾルデの死」でしょうか?何を暗示しているのでしょうか?

     またしても不安なざわめきの中から断続的に聴こえてくる輝かしいトゥッティの響きに続き、ワーグナーの「マイスタージンガー」を思わせる「歌手」が始まります。ホルンの響きを効果的に使用したオーケストレーションが素晴らしい。

     そしてまた不安な響きのゲンダイオンガクが戻ってきて「エピローグ」となり、この「歌の旅」のタイトル「待ちたまえ、お前はすぐにまた休むだろう」という言葉が歌われます。恐らく、若くして精神を病みあの世へ旅立ってしまったロットに投げかけた言葉なのだろうと思うのですが、正直、どういう意図をもったものなのかはよく分かりません。でも、何とも不思議な「安らぎ」を感じさせる印象的なクロージングです。

     いや、でも全体的にこの「歌の旅」がどういうイメージで、何を表現しようとして作られたものなのかは私は論理的に説明がつきません。何となく雰囲気だけで繋げただけなんじゃないかという気もしないでもありません。特に詞にストーリーがあるようにも思えないですし、別にオケ間奏を挟まなくても別々に演奏したって構わないんじゃないか、ゲンダイオンガク的な響きがなぜ必要なんだろうか?と私の中ではてなマークがない訳ではないのですが、元の曲がいいからでしょう、私は全体にとても気に入りました。

     ヴォッレの歌は申し分ない立派なもの。美しい声に溺れることなく、歌詞をはっきりと発音しながら、ロットの歌曲のもつ「語感」をとても明瞭に伝えてくれます。ヴェルナーも悪くなかったですが、格が違うというところでしょうか。オーケストラも柔らかい響きで歌を包み込んでいて聴いていて心地よい。この「歌の旅」、是非ともこの人たちの演奏でナマで聴いてみたいです。

     メインの交響曲は、いくつか強烈なパワーをもった名演を聴いてしまった耳には、かなりユルい演奏に聴こえてしまいます。特にマーラーの3番のフィナーレのプロトタイプとなった第2楽章は、のどかな雰囲気の音楽であるのは悪くないですが、それにしてもトゥッティの部分での金管の咆哮などはあまりにも弱く、マーラーの先取りをしたような革新性がとても薄れてしまっています。第3楽章のスケルツォも、とても平和な音楽になっていて、マーラーの「復活」の導火線となる音楽のパワーが後退してしまっています。指揮者が穏やかなのび太君的なキャラクターの持ち主なのか、あるいはオケが非力なのか、あるいはその両方なのかは分かりませんが、ちょっと残念ではあります。

     しかし、第1楽章の爽やかな抒情性はとても印象的で、みずみずしい感性が弾けるようなクライマックスはとても胸を打たれます。また、長大なフィナーレも、確かに劇性は不足していて不満はありますが、全体に若々しい音楽の美しさには惹かれます。まあ、何のかんのといって、私がこよなく愛する音楽ですから、よほどひどい演奏でない限りは、どんなものを聴いても感銘を受けてしまうのでしょう。

     と、完全に満足したという訳ではないにせよ、「歌の旅」の不思議な世界に惹かれたこと、そして、交響曲第1番の魅力を再確認できたことの2点ゆえに、このアルバムを聴けて良かったと思います。ロット好きの友人にもこれを聴きたがっていたので、是非聴いた感想を聞いてみたいです。

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    2019.08.15 Thursday

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