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【ライヴ 感想】純名里沙 Christmas Special Night 笹子重治(g)江藤有希(Vn)(2014.12.25 ザ・プリンス パークタワー東京)

・純名里沙 Christmas Special Night
 〜Travelling in N.Y.
 笹子重治(g) 江藤有希(Vn)
 (2014.12.25 ザ・プリンス パークタワー東京)






やすらぎの地が
どこかにある。
平和と静けさと大気が
どこかに
待っていてくれている。

やすらげる時が
いつか来る。
一緒に過ごし
見つめ、愛する時が
いつか来る。

どこかに
新しい生きかたを見つけよう
許し方を見つけよう
どこかに。

やすらぎの地
やすらぎの時と地。
手を取って、もうすぐそこに。
手を取って、そこへ連れて行こう
そのうちに
いつの日にか
どこかに!

「ウェストサイドストーリー」より「サムウエア」(グラモフォンの自作自演全曲盤対訳より)

 これは、レナード・バーンスタイン作曲スティーヴン・ソンドハイム作詞のミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」で歌われる「サムウェア」の歌詞です。

 私はこの曲を偏愛しています。バーンスタイン自身が指揮したいくつかのディスクは愛聴盤ですし、自分でも恥ずかしいことに人前でカミさんのピアノ伴奏でチェロを弾いたこともあります。どうして好きか、理由などありません。ただただ、この曲を初めて聴いた(オケに編曲したシンフォニックダンス)時に全身鳥肌だらけになった、それ以降、何度聴いても、誰の歌や演奏で聴いても鳥肌が立つ、それだけ。パブロフの犬状態。

 「サムウェア」はミュージカルの主人公が歌う歌ではなく、「少女」とだけ名前のつけられた、あらすじとは関係のない役の歌手が歌います。跳躍の多い旋律には、トニーとマリアという、人種の違いのせいで現実には絶対に結ばれることの許されない男女の、いつかどこかで静かに愛し合える時がくる、いやきてほしいという切実な願い、夢、希望が込められています。

 私はこの「サムウェア」を、大好きな歌手、純名里沙の歌で聴きたいと思っていました。好きな曲を好きな歌手で聴きたいという理由だけでなく、彼女はミュージカルで活躍する「歌う女優」「女優もする歌手」ですから、こういう歌は絶対に得意だろうと思うからです。ですから、10月末に彼女がマイクなしのライヴを荻窪でおこなった際、アンケートで「純名里沙に歌ってほしい曲は?」という質問があったので「サムウェア」を挙げておきました。

 するとどうでしょうか、彼女のFacebookで紹介された、12/25のザ・プリンス パークタワー東京でのライヴのリハーサルの模様の写真を見ると、「ウェストサイドストーリー」の赤い表紙の楽譜が譜面台に置かれているではありませんか!もともと、このライヴは、普段は絶対に行くことのないゴージャスでブルジョワな場へ、私のようなプロレタリアートが聴きに行って良いものかと気が引けて今回は断念しようかと思っていたところですが、彼女が「ウェストサイド」を歌う、そしてもしかすると「サムウェア」を歌ってくれるのではないかという期待がムクムクと起こり、やっぱり聴きに行くことにしました。

 いつものようにギターの笹子重治が共演、そして、今日は彼が結成したユニット、コーコーヤのヴァイオリン奏者でもある江藤有希も参加してのコンサートは、「ホワイトクリスマス」などのクリスマスソングから始まり、おなじみのナンバー(「月の庭」「キャンドル」「Unusal Way」「I Get a Kick Out of You」など)が続いた後、ニューヨークの曲特集ということで、「ガイズ・アンド・ドールズ」の「I've Never Been In Love Before」、「サムウェア」、そして「ニューヨーク・ニューヨーク」が歌われたのでした。

 「サムウェア」の曲紹介の時に、純名里沙は、「ウェストサイドは自分がミュージカルにハマるきっかけになった曲」と言い、本当は宝塚でマリアをやりたかった(見たかった)けれどできなかった、普段は「アイ・フィール・プリティ」などを歌うのだが、今日は、世界各地で争いが起きている今、いつか皆が許し合える、平和な世界になってほしいと願いながら、「サムウェア」を歌うと言いました。

 びっくりしました。「サムウェア」は、私は単に結ばれない男女の悲恋を歌った曲だと思っていたので、この歌詞が、世界平和への願いへと結びつけられるなんて考えてもみなかったからです。でも、即座に「新しい生きかたを見つけよう 許し方を見つけよう」という歌詞を思い出し、彼女の言葉に全面的に賛成しました。作曲者のレナード・バーンスタインの熱狂的な信者を自認する私としたことが、どうしてこの曲の「平和への祈り」に目を向けずに来たのかと一瞬頭を抱えてしまいました。でも、彼女が、「アイ・フィール・プリティ」でも「トゥナイト」でもいいのに、ほかならぬ「サムウェア」を歌ってくれるということですから、嬉しさがこみ上げてきて期待で胸が膨らみました。

 静かに彼女がこの曲を歌い始めると、その期待は、幸福感へと変わっていきました。ああ、素晴らしい。やっぱりこの人はこの曲に向いてる、聴けて本当に嬉しいと。

 でも、こうして彼女の歌に耳を傾けていると、ちょっと胸がチクチクしました。音楽そのものとは関係のない話なのですが・・・。

 この歌に込められた「願い」は、前述のように、人種差別が背景にあります。「ロメオとジュリエット」を1950年代のニューヨークに時代を移し、プエルトリコの移民と、白人の若者との抗争の間で、愛し合ってしまった若い男女の悲恋を描くミュージカル。被差別民のプエトリカンは貧困の中で自由の国アメリカで居場所を見つけようと懸命に生きつつも、白人グループとの無益な争いに鬱積したエネルギーを費やしてしまい、その末に悲劇が起こる訳です。実際、初演の際にも、第1幕が終わった時点で2人の死体が舞台に!ということでかなりの物議を醸したそうです。

 そんな痛切なドラマの中で歌われる歌を、クリスマスの夜、イルミネーションで飾り立てられたゴージャスなホテルのラウンジに、身なりもたたずまいも立派な紳士淑女が集まり、とびきりの美女のビューティフルな歌で聴いて酔いしれるというシチュエーションって、本当はこの曲の本質とはかなり遠いところにあるものなんじゃないかという気がしたのです。勿論、純名里沙や、2人のミュージシャンが悪い訳でもないし、それを聴いている私たちだって悪い訳じゃないのですが、「平和を願って」この曲に静かに耳を傾けるべきは、もっと違う環境にいる人たちかもしれないという気がしたのです。こんなに心に迫る「いい歌」を、お金や時間に余裕のある人たち(私は余裕ないですが)だけで独占してていいんだろうか、純名里沙という歌手の歌を聴いて幸せになれる、勇気づけられる人たちは、ほかにももっとたくさんいるんじゃないだろうかと思ったんです。

 言うまでもなく、これだけのハイレベルな歌は、やっぱりそれなりの対価が支払われるべきだとも思います。持前の才能に寄りかかることなく、訓練に訓練を重ね、日々練習を怠らずに鍛え上げた歌であり、日本でも有数のミュージシャンがバックを務めているのですから、やはりリッチな環境で聴かれるに相応しいものであるのは間違いはありません。

 例えば、ライヴの最後で歌った「ニューヨーク・ニューヨーク」は圧巻でした。純名里沙という人の歌の「引き出し」の多さにはびっくりします。こんな歌い方もできるのか、こんな声も出るのかと。また、ライヴ全体を通しても、彼女の魅力的な高音はなるべく抑え目にチラリズム的に小出しにしてくるあたり、魅力的というかほとんど小悪魔的で、まったくもってけしからんくらいにセクシーでした。やっぱりこのホテルのラウンジにはぴったりの歌なのであって、決して安売りをしてはいけない音楽だとは思います。

 しかし、それでもなおかつ、彼女の歌う「サムウェア」を聴いていると、この歌をこの空間で独占するのはもったいないなあという気持ちが湧き起こって仕方がありませんでした。ああ、私がお金持ちだったら、彼女や笹子さんを「雇って」、例えば何らかの事情でなかなかコンサートやライヴに行けない人たちを無料で招待して歌を聴いてもらうのにと思いました。例えば、辛い日々を送っている人たちも、純名里沙の歌を聴いたら、元気になれるんじゃないだろうか、平和を祈って彼女が歌う「サムウェア」に共感して、「ああ、明日も頑張ろう」と思えるんじゃないかと。

 正直言うと、そんなことを考えながら、でも、やっぱり美しい彼女の姿に見とれ、歌に聴き惚れてしまって、頭の中はいつも通りに空っぽになってしまうのですけれども、でも、私自身、「今日一日を過ごせたことを感謝して、明日また生きよう」と思ったのは間違いのない事実です。

 それにしても、彼女は本当に「プロ」の歌を聴かせてくれる人でありつつ、その歌や立居振舞からは「歌うのが嬉しくて嬉しくて、楽しくて楽しくて仕方がない!」という最良の意味でのアマチュア精神が溢れ出ていて、聴いているこちらまで嬉しくなってしまいます。最高のプロは最良のアマチュア、ということでしょうか。その幸せな気分は客席にまで届いてきて、彼女の言葉を借りれば、まさに聴衆と「共有」できるものになっています。アンコールで彼女が「すみれの花咲く頃」を歌った時、となりにいた高齢の女性が嬉しそうに一緒に歌ってました(アレンジが凝っているので途中でついていけなくなってましたが)が、気持ちはとってもよく分かりました。

 私にとって、彼女のライヴは、今年の8月に初めて聴いてから今日で3回目になりますが、これでますます病みつきになってしまいました。私はお酒が全然飲めないので、ママさんやホステスさん目当てでクラブやバーに通う人の気持ちというのは全然理解できないのですが、彼女のような「プロ」に会いたいがために通うのだと思えば気持ちが分かる気がしてきました。

 付け足しみたいになってしまいますが、笹子重治のギターはいつもながらに味わいがあっていいです。淡々と、自分を抑えて純名里沙を引きたてつつも、勘所はキッチリと押さえた伴奏ぶりが素敵です。そして、江藤有希のヴァイオリンもいい。ネットラジオでしょっちゅう聴いていたコーコーヤのあのヴァイオリンは彼女の音だったのかと合点しました。ヴィブラートもボウイングもとても質素でシンプル、弾き方にも派手さは全然ないのですが、しみじみと心が休まる音色が魅力的。クラシックでは使わない音色や節回しですけれど、ほんとにいい音です。

 明日で仕事も終わり。いろいろあった一年ですが、締めくくりに純名里沙のライヴを聴けて良かったです。また来年からも彼女のライヴはできるだけ行きたいと思います。

【ライヴ 感想】純名里沙with笹子重治&佐藤芳明 (2014.08.29 横浜モーションブルー)
【ライヴ 感想】MY HOUSE CONCERT〜やさしい時間  純名里沙(vo)& 笹子重治 (g) Duo(2014.10.31 葉月ホールハウス)
ミスティ ムーン 純名りさ


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  • 2017.08.16 Wednesday
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