Langsamer Satz

クラシック音楽のことなどをのんびり、ゆっくりとお話したいと思います
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ショスタコーヴィチ/交響曲第11番「1905年」をラザレフ指揮日本フィルで聴いて考えたこと (2015.03.20 サントリーホール)
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    ・アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィル 第668回東京定期演奏会
     (2015.03.20 サントリーホール)
     







    <<曲目>>
    ・ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:イワン・ルージン)
    ・ショスタコーヴィチ:交響曲第11番《1905年》


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     ビリー・ジョエルの80年代後半のヒット曲に「ハートにファイア」というのがあります。オリジナルタイトルは"We didn't start the fire"というもので、直訳すれば「火をつけたのは俺たちじゃない」というもの。この曲が有名なのは、曲のほとんどがただ名詞を羅列しただけの歌詞で出来上がっているという点。歌詞に登場するのは、ビリー・ジョエルが生まれた1949年から80年代までに起こった歴史的な出来事や、年表に登場する有名な人たちの名前です。曲の出だしは「ハリー・トルーマン、ドリス・デイ、中華人民共和国 、ジョニー・レイ、南太平洋、ウォルター・ウィンシェル 、ジョー・ディマジオ」とこんな感じ。クラシックの音楽家としても、トスカニーニやプロコフィエフも登場します。

     アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィルの演奏するショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」をサントリー・ホールで聴きながら、私の頭の中はまさにこの「ハートにファイア」状態になっていました。昨年くらいから今年に入って印象に残ったことや人の「名詞」がどんどん頭の中に浮かんでは消え、それらの名詞にまつわる強烈な記憶が生々しく蘇ってきて、眩暈がしそうでした。

     チュニジア、シリア、I am Kanji(後藤健二、湯川遥菜)、IS、ボコ・ハラム、ネタニヤフ、ウクライナ、クリミア、ネムツォフ、プーチン、マララ、ピケティ、経済格差、ヘイトスピーチ、アパルトヘイトと差別と区別、八紘一宇・・・。人物像やテレビなどで見た光景が走馬灯のように駆けめぐっていました。

     お前はそんなことばかりしていたのだから、音楽なんて聴いていなかっただろうと言われればそうなのかもしれません。それこそ音楽にまつわる物語にばかり気をとられていたということにになるのかもしれません。ですから、今日は、演奏会の感想というタイトルは外しておきます。ショスタコーヴィチの交響曲第11番を聴いて感じたことが、演奏会が終わって帰宅してから今に至るまでにどういう風なものになっていったかを自分のメモのために残しておきます。

     演奏そのものについてのレポートは、会場を埋めたたくさんの人たちのツイッターやブログに掲載されるはずですから、もし検索してこのページに来られた方で、どんな演奏だったかを知りたい方は申し訳ありませんが、そちらをご覧下さるようにお願いします。まあ、いつも私のこのブログでの感想はそもそも演奏評論とか評価というようなものとは無縁、ぎりぎり感想文と呼ばせてもらってますが、実際のところはほとんど「随想」なので、いつもと同じと言えば同じなのですが。

     さて、私の頭が「ハートにファイア」状態になったのは、言うまでもなく、この交響曲が、1905年1月9日にサンクト・ペテルスブルグの宮殿広場で起こった「血の日曜日事件」、つまり、生活改善を求めて皇帝に直訴するデモのため宮殿広場に集まった多くの市民に対して、時の皇帝ニコライ2世の軍隊が無差別射撃を行い、何千人もの死者が出た事件を題材にしているからです。1917年のロシア革命への導火線となった「第1次ロシア革命」であり、ショスタコーヴィチはロシア革命40周年を迎える1957年にこの曲を発表しました。

     第1楽章には宮殿前に集まる人たちの静かなデモと不穏な空気が描かれ、第2楽章は高まる緊張とついに起こってしまった「血の日曜日事件」がリアルに音で再現されます。第3楽章は革命歌「同志は斃れぬ」を歌い上げて事件で命を落とした人々への追悼の意を表し、第4楽章では続く1917年の革命に向けて狼煙を挙げた人たちが打ち鳴らす「警鐘」。そんなかなり具体的なプロットを持った曲なのですから、私も資料などで見た血の日曜日事件の写真や記述を思い出せば良いはずなのに、どうして、チュニジアだ、ピケティだと音楽の本質と関係のない連想に明け暮れていたのか。

     上の空だった訳ではありません。何しろこの曲は私にとって何よりも大切な音楽の一つですから、夢中になって聴きました。ラザレフが見せてくれた数々のパフォーマンスや、音に仕組んだ「仕掛け」には気づいたつもりですし、彼のまさに熟達の指揮に応えて日本フィルがどれほど素晴らしい演奏を聴かせてくれたかは分かっているつもりです。

     でも、それでも私は、「ハートにファイア」状態でした。

     確かに私たちの時代には、市民に銃を向け発砲する皇帝軍はいません。1905年当時のロシアの庶民に比べれば、私たち日本人は全体的には何と豊かな生活をしていることでしょうか。ニコライ二世も、スターリンもいません。

     でも、どうでしょうか。数日前にチュニジアで起きた事件は一体何だったでしょうか。シリアではどんな連中が多くの人たちを暴力的に支配し、今何が起こっているでしょうか。後藤健二さんが湯川遥菜さんを救出にシリアに向かってどんなことになってしまったでしょうか。どうして今どき「暗殺」などということが現実に起きるのでしょうか。「血の日曜日事件」の当事国だったロシアは、ソ連時代を経て、今何をしているでしょうか。ウクライナで、クリミアで。どうして今、ピケティの「21世紀の資本」がベストセラーになり経済格差、貧困が問題視されなければならないのでしょうか。どうして人々は、肌の色の違いや生まれの違いだけで憎悪をぶつけ合い、罵り合い、いがみ合うのだろうか。どうして戦時中の日本で侵略を正当化するために使われた言葉が今国会で使われなければならないのだろうか。

     ショスタコ―ヴィチがこの曲を書いた当時と、1905年当時と、今の私たちが生きる時代は、もしかしたら本質的には何も変わっていないのかもしれない。ロシア革命も夢だった。大きな戦争が起き、たくさんの命が失われた。その後も世界は不安定で、いつもどこかで血なまぐさい事件が起き、毎日毎日多くの人たちが亡くなっている。多くの人たちが貧困にさらされている。生活改善を求めて人々は立ち上がるけれど、そのうちのかなりの割合の人たちが過激な革命思想にかぶれてテロリズムへと身を投じる。子供たちを利用して搾取し、若者たちを戦場に送り、弱い立場の人たちを切り捨て、「国益のために」「テロとの戦いのために」強い国を目指す。戦時中にたくさんの他国の人たちの命や国土を奪ったことを棚に上げ、自己を正当化する。それが「正義」なのだと。それはおかしいと声を上げ行動した人たちの多くが、極悪カルト集団により殺されたり、国家体制から締め出されたり、歴史の背後へと押しやられる。テロで無辜の人たちの命が失われる。

     私たちは、19世紀末の帝政ロシアに対しても、20世紀のソ連に対しても、「あなたたちは間違っている」と非難する訳にはいかない。

     交響曲の開始早々、トランペットが革命歌「聞け!」の引用を吹いた瞬間、いきなり客席に顔を向けたラザレフを見て、彼の声が聞こえたような気がしました。「この歌に耳を澄ませろ!そして1905年の血の日曜日事件を自分のものとして感じるのだ。あなたは、どちらの側の人間だ?革命で銃撃され戦車に押しつぶされて殺された人たちの側か?ニコライ2世の軍隊の側か?現実の立場(役職)だけでなく、心情的に、思想的にどちらなのだ?そして今の時代、どのようにして、何を考えて生きているのだ?」という声。その声の主は、ラザレフだけでなく、作曲者ショスタコーヴィチでもあるように思えた。

     とても重い問いを投げかけられたような気がしました。そうしているうちに私の脳内で「ハートにファイア」が始まったのでした。

     演奏自体は楷書的に細部をきっちりとやるシンフォニックな演奏で、大音響で聴き手を圧倒して思考停止させてしまうようなものではありませんでした。勿論、音量的には十分なのですが、しかし、最後まで響きの美感を損ねることのないような注意が行き届いていて各パートの動きが手に取るように見える演奏でした。こけおどし的な表現もなく、スピードや物量作戦に頼ることもない。良心的、倫理的な演奏と言って差し支えなかったのではないでしょうか。

     第2楽章後半の一斉射撃の場面、弦楽器のフガートは、弦楽四重奏曲の激しい楽章をそのままオーケストラでやったような緻密なアンサンブルが基本にあり、その上に民衆に襲い掛かる不条理な力を象徴するような咆哮する金管、逃げ惑う人々の混乱を描き出したような木管、そしてすべてを押しつぶしてしまう戦車のような威圧的な打楽器が、音楽が下品になる一歩手前で荒れ狂うさまはやはりすごかった。いや、正直なところ、これよりも「凄い」演奏は、ディスクや過去の実演で接した記憶はあるのですが、これほどまでに「正確に破壊する」演奏はあまりなかった気がします。カタストロフが最高潮に達し、打楽器だけのパッセージが終わった瞬間、その響きが完全に消えるのを待ってからトリルを始める(普通は間は空けない)あたり、どうしても私は「死体」を連想しない訳にはいきませんでした。1905年の白黒写真ではなくて、シリアの、フランスの、チュニジアの光景を映した動画。国家権力によって、テロリストによって、そして時には隣人によって殺された人たちのことを思わずにいられません。

     そこにあの第3楽章がやってきます。「同志は斃れぬ」を歌うヴィオラは完全に音色を殺し、聴こえるか聴こえないくらいの最弱音で、そしてびっくりするくらいの早いテンポで歌う。ヴィオラが歌い込むにつれ、始めはオケの上手外側に配置されたビオラに対して真正面を向いて指揮していたラザレフは、そのうち客席を向く。「この歌を聴きなさい!一緒に歌いなさい」と私たちに語り掛けるかのように。その完全に「死んだ」音楽は、不条理な殺戮に遭遇し殺された人たちが、死ぬ直前、ほとんど呻き声のようにして発した声そのもののような気がしてきました。もはや言葉にはならない、まさか!どうして?という思いが、掠れた声から漏れてくる。

     この異様なヴィオラの「同志は斃れぬ」、余りに印象的だったので、ラザレフが2004年に当時の手兵ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管を指揮して録音したCDを聴き直してみました。するとそこにはそんなエキセントリックな演奏はありませんでした。テンポももっと遅いし、ヴィオラの音にはもっと実在感がありました。ラザレフの解釈の深化が最も著しかった場面でした。勿論、盛り上がりのはらわたのちぎれんばかりの叫びにも胸を打たれました。

     ラザレフが日本フィルと初共演した際にこの曲を取り上げた時も、同じように客席を向いて指揮をしたと話題にはなりました。それをP席で聴いた私の友人は、まるで客席の聴衆が歌っているようだったと言っていました。今日の場合は、聴衆ではなくて、「なぜか」ネムツォフの声であるような気がしました。そう、ネムツォフは私の「同志」であり、私はプーチンのいるクレムリンにデモに参加している。ロシア軍の発砲を受け瀕死状態の私は、息も絶え絶えの状態で「同志は斃れぬ」の合唱に参加する。そんなイメージが私の中にありました。

     そして激しい第4楽章がコーダに到達し、鐘が打ち鳴らされた時、私は八ッと思いました。これは「警鐘」であると同時に、やはり「弔鐘」なのだと。戦争で、テロで亡くなった人への追悼の鐘だったのだと。

     以前から私はこの第4楽章には疑問点がありました。この音楽は、本来的には、ショスタコーヴィチが、「血の日曜日」事件の12年後の1917年のロシア革命への決意を表現したものと捉えるべきだとは思うのですが、革命記念の年に発表したことを考え合わせれば、作況当時のソ連を賛美するものでなければないのではないでしょうか。行く手には「勝利」が目に見えているのだと当時の聴衆を煽るようなものになってもおかしくない。なのにどうしてこんなに音楽が悲劇的なのだろうかと疑問だったのです。クライマックスではマーラーの6番の重要なリズム「ダン、ダン、ダダンダン」が執拗に繰り返され、最後には決定的なカタストロフがやってきて、コールアングレによる「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の終幕のモノローグみたいな孤独な嘆きが聴こえてくる。銃弾に射抜かれ、戦車に踏みつぶされ、地面に顔を押し付けられた「市民」が、不条理を嘆きながら、「それでも生きるのだ」と唇を噛みしめながら息絶えていくシーンを思い浮かべるうち、後藤健二さんや湯川遥菜さんたちのことを思い出す。そしてシリアでISの暴力的な支配の中で命を落としていく人たちのことを思い出す。そこに鐘が高らかに鳴り響く。弔いの鐘が。

     してみると、この交響曲は革命賛美なんかじゃなくて(勿論それも一面真実ではあるでしょうが)、歴史の流れの中に押しつぶされて消えて行った「同志」への追悼の音楽だったのだと思えてきました。そして、「聞け」という叫びは、「死んでいった人たちの呻き声や叫び声を聞け、そして忘れないで覚えていろ!」というものだったのではないかという気がしてきました。そう思うと、この私の人生にとって最も大切な音楽の一つが、これまでよりもまた重い意味をもった音楽として訴えかけてきました。この交響曲に出会って熱烈なファンになってからもう25年以上が経ちますが、今までとは少し視点の違う「腑に落ち方」をした、つまり、感動したと言って良いと思います。

     実際、あの第2楽章の一斉射撃の後、第3楽章のヴィオラの「同志は斃れぬ」、第4楽章のコーダは、もう私は涙をこらえるのに必死でした。その涙は、悔し涙といって良いかもしれません。どうして人間というのはこんなに愚かなのだ、どうしてこんなに歴史から何も学ばずに争いごとばかりしてしまうのだと。

     しかし、そこで泣いているだけではだめなのだ、「死んでいった人たちの声を聞け、そして忘れるな」というショスタコーヴィチの、ラザレフの叫びを受け止めて生きていかねばならないと思いを新たにしました。勿論、何か具体的なことができる訳ではありませんが。かつて吉田健一がこう言ったそうです。「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」。戦争だけではありません。テロリズム、殺戮、あらゆる暴力に対して、そうでなければいけないのだろうと思います。ならば、この音楽の叫びを胸に、自分の生活を少しでも美しくしていきたいです。

     前半には同じ作曲家のピアノ協奏曲第2番が演奏されました。イワン・ルージンのピアノは、冒頭、オーケストラなんて知らないよと言いだけなちょっと不愛想な弾き方をする上に、フレーズの終わりで音楽を収める時に音色が死んでしまって語尾が不明瞭になる癖があるせいか、オケとかなり分離してしまった独り相撲的演奏になっていて残念。独奏とオケがちぐはぐなまま不完全燃焼で第1楽章が終わりましたが、第2楽章からは息が合い始め、美しいリリシズムをたたえた演奏を楽しむことができました。しかし前述のような語尾の不明瞭さと、音の量感不足のせいか、チャーミングな演奏ではありながら、生真面目な音楽にとどまってしまっていたのが残念。アンコールでプロコフィエフの第7番ソナタのフィナーレを演奏しましたが、こちらもとても良質な音楽でありながら、全体に音楽が優しすぎるのが不満。ショスタコにせよプロコにせよ、彼の演奏にはある種の「邪悪さ」が不足しているのではないでしょうか。

     でも、全体には素晴らしいショスタコーヴィチ演奏会を聴くことができてとても嬉しく思います。交響曲第11番の実演体験は、たぶんこれで8回目になると思いますが、最初に聴いた井上道義/東京フィル(1990)と並んで一生忘れることのできない大きな体験になるはずです。ラザレフと日本フィルに心からの拍手を。そしてショスタコーヴィチに心からの感謝を。
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