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【映画 感想】「サンドラの週末」(2014、ベルギー・フランス・イタリア合作) 〜 ダルデンヌ兄弟監督 マリオン・コティヤール主演

・映画「サンドラの週末」
 (2014、ベルギー・フランス・イタリア合作)
 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟監督
 マリオン・コティヤール主演

 →詳細はコチラ(公式HP)






 マリオン・コティヤール主演、ダルデンヌ兄弟監督による「サンドラの週末」を見てきました。ダルデンヌ兄弟の作品は、前々作「ロルナの祈り」を見て以来。最近、オネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」でのジャンヌ役で大評判のコティヤールが出演しているのと、チラシなどを見て何となく「いい映画」の匂いがした、という2つの理由で見ることにしました。

 あらすじ。

 うつ病で勤め先を休職していた主人公のサンドラは、ようやく職場復帰できるまでに回復した。しかし、彼女が復職するにあたり、会社は、「サンドラの復職を支持するか、しないか投票すること。サンドラを支持すれば、社員に支給する1000ドルのボーナスは支払わない。支持しなければボーナスは支払われる」として16人の社員に対して投票を求めるという卑劣な手段をとります。

 サンドラは、同僚を通して、主任が他の社員に圧力をかけサンドラ解雇に投票するように働きかけたと聞かされ、投票で不正な行為があったと社長に訴え、結果、無記名による再投票の確約を取る。過半数が復職に賛成すれば復職となる。

 サンドラは、再投票の月曜日に向け、週末の2日間を費やし、同僚たちに直接会い、投票では自分の復帰に賛成票を投じてくれるようにと説得する。ある人は、最初の投票ではボーナスを選んだが、サンドラがしてくれた親切や好意を忘れて投票してしまった自分が悔しい、月曜はあなたに投票すると涙ながらに謝罪した。また、投票の件で夫と公論になり離婚を決意する人、息子と殴り合いをしてもサンドラ支援を決める人もいた。

 しかし、皆が皆、サンドラへの投票を約束してくれる訳ではない。みんな事情がある。お金が必要なのだ。日々の生活、家、教育のため、いろいろなところから借金をしている。1000ドルのボーナスがなくなるのはとても痛い。サンドラ、応援したいが投票する訳にはいかないんだ、カネが必要なんだ。済まないが見逃してくれ。悪いのは社長と主任だ、恨まないでくれ。そんな同僚たちの言葉と対峙し、サンドラは、ショックを受けて安定剤を飲み、夫マニュと2人の子供に支えながら、何とか前向きに仲間を増やせるよう努力していく。

 そして投票日の月曜日がやってくる。サンドラの運命やいかに・・・。

 この映画を見て私が感じたことを端的に表現するなら、「人生は自分が思う通りに事が進むほどに甘くはないけれど、かと言って、すべてに絶望してしまうほどには悪くない」ということでしょうか。いいことも悪いことも、最終的にはトントンくらいになるんじゃないか、と。

 サンドラにとって「甘くない現実」はとても過酷なものです。うつ病からようやく復帰にこぎつけたのに、その途端に、社員に対して「同僚の復職か、ボーナスか?」という、明らかにパワハラとしか言いようのない投票が行われるのですから。

 しかも、同僚たちを説得しようとしても、思うように賛同を得られない。薬を飲まなければやっていけない。泣いてしまうから。めげそうになると、ベッドにもぐりこんで、金縛りにあったかのように、ただ涙を流す。夫のマニュに励まされて、何とか同僚への働きかけを続けるが、思い余って薬を大量服用して病院に運ばれる始末。

 企業に勤める人間にとって、こんな辛いことあるだろうかと思います。ただ解雇されるだけならまだしも、かつて共に職場で苦楽を共にした同僚たちが、同僚かカネかという選択を迫られる。たとえ復職を勝ち得たとしても、投票をめぐって喧嘩沙汰になるくらいに荒れてしまった職場は、もう二度と以前の大らかな場所には戻れない。

 こんな理不尽な仕打ちに遭ったら、誰もがうつを再発してしまうはずです。裁判所か役所に駆け込んで訴訟を起こすべきです。しかし、それは多大なお金も労力もかかること。それに、裁判に勝ったとしても、その後、自分の味方になってくれた人とそうではない人の間には大きな溝ができるでしょう。だから、サンドラのやったように、一人一人に直接働きかけて支援の輪を広げていくしかない。

 でも、人生は悪いことばかり、という訳でもない。サンドラに味方してくれる同僚も何人かはいる。そして何よりも彼女が愛し、彼女を愛してくれる家族がいる。彼女がどんなに調子が悪くて寝込んでしまっていても、彼女の存在をすべてそのままで受け容れてくれる夫と子供がいる。彼女の夫マニュは本当に献身的で、サンドラを心から信じ、応援し、激励し、抱擁する。彼女の精神状態が落ち着かず、長く愛し合っていないからと言って、それを責めることもしない。サンドラは、夫の自分への愛の深さを感じずにはいられない。彼のような存在は、うつ病で苦しむ人にとってどれほど強い支えになってくれることでしょうか。

 こうして良いことと悪いことを遠目でみていると、トータルは差し引き0くらいにはなる。まずは諦めずに生きよう。ラストシーンのサンドラの表情には、そうした決意が見える用な気がしました。そこには、ハッピーエンドも悲しい結末もない。ごくごく普通の日常の中で過ぎていった、週末のできごとに過ぎない。ただシンプルに日常から切り離された情景が、こうして映画として切り出されただけ。その意味で、とてもリアルな現実を切り取った映画であり、そんな現実の中でも生きることの意味を見出すべきだというメッセージが込められた映画なのかと思いました。

 私自身、この映画を見ていて、厳しい現実にぶち当たって動けなくなり、自殺を図ろうとするほどに希望の持てなくなったサンドラの姿に、かつて同じ病で仕事を休んでいた時期の自分を重ねて号泣したりもしました。また、夫や子供たちに支えられ心に潤いを取り戻す彼女の姿に触れて、私自身の家族への愛情が溢れ出て号泣もしました。私自身の「物語」と、サンドラの「物語」が交差したところに、激しい共感が生まれました。その意味では、ドラマティックな感情的起伏をもった映画です。

 しかし、面白いことに、この映画の全体のトーンは、紋切型の「物語」を捨て去ってしまったような、あいまいな着地点にフワリフワリとしたプロセスでたどり着くといったような静かな趣をもったものです。何事も飾らずに淡々と進んでいく。遠目に見れば収支ゼロ、それが人生なんだということを、嫌味もなく、説教臭くもなく描いて見せてくれた映画だからこそ、私にとってはリアルな共感を生む「ドラマ」として心にすっと入ってきた理由なのかもしれません。

 この映画監督のダルデンヌ兄弟は、とても鋭敏な「耳」の持ち主だと思います。既にいくつかのブログでも言及されているようですが、この映画には、ほとんど「音楽」が登場しません。ただ、主人公たちがたまたま車の中で聴いた音楽がそのまま現れてきただけで、いわゆるBGMとして流される音楽とはまったく違う。

 映画の中で音楽が流れる数少ないシーンの一つは、とても印象的なものでした。

 同僚から厳しい言葉をかけられ失意を抱くサンドラ。車で自宅へと向かいながら、彼女の夫マニュと、自分への投票のために離婚まで決めてきた同僚と3人で、ヴァン・モリソンの「グローリア」を聴きます。サビのコーラス部分を一緒になって歌う彼女らは、皆、人生の重い荷物を背負っていますが、鬱積した気持ちを発散させるために腹の底から歌う。次第に彼女らの顔に笑顔が灯る。明日の再投票に向けて、頑張ろうという気持ちが宿る。

 ああ、これが音楽の力だと思いました。「グローリア」という歌は、厳しい環境に置かれ、失意に襲われ、立ちすくんでしまった人たちの心に寄り添う。彼女らが笑顔を取り戻すのを手助けする。音楽には社会を動かす力なんてないけれど、確実に音楽によって救われる人はいる。人間の根源に訴えることのできる音楽が、この世には確実に存在する。

 そんな場面を見ていたら、涙が止まりませんでした。音楽を聴いて、評論家の劣化コピーのような陳腐な言葉や文章をまき散らして薀蓄を傾けることに嬉々としている自分が恥ずかしくなってきました。言葉などというものを軽々と越えてしまう音楽の「力」を実感させてくれる、本当に素晴らしいシーンだと思いました。

 思えば、ダルデンヌの前々作「ロルナの祈り」のラストシーンで、主人公ロルナは、自分が妊娠しているという想像に埋もれ、妄想の中で恍惚の表情を見せます。そこで流れてくるのは、アルフレッド・ブレンデルの奏でるベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ第32番第2楽章「アリエッタ」の崇高な響きでした。この兄弟監督は、素晴らしい音楽への感性を持っているのだなと感心せずにいられません。

 主役を演じたマリオン・コティヤールは、超絶的に素晴らしい。スクリーンで見る彼女の演技に私は釘づけでした。この主人公の心の動きが手にとるように分かる心理描写は圧巻。余りに素晴らしかったので、彼女が出演しているオネゲルの「火刑台上のジャンヌ・ダルク」のCDを購入して聴きましたが、やはり彼女の「声」が素晴らしい。少女のような純粋さと、成熟した大人の落ち着きが奇妙にバランスをとっているところがユニークで、私はいっぺんに彼女のファンになってしまいました。追っかけしたいくらいです。

 「ロルナの祈り」でも出演して印象的な演技をしていたファブリツィオ・ロンジォーネも夫マニュを演じ切っていて素晴らしかった。マニュという人間の優しさ、大きさを見事に演じ切っていました。私も、夫として父親として、そして、辛かった時期に家族に支えてもらった人間として、家族に対してこのマニュのような存在になりたい、ならなければと思いました。

 本当に素晴らしい映画でした。

■ヴァン・モリソン/グローリア




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  • 2017.08.16 Wednesday
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