【私の好きな歌・13】美空ひばり「一本の鉛筆」

2015.08.13 Thursday

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    ・美空ひばり「一本の鉛筆」
     (松山善三・詞 佐藤勝・曲)
     →詳細はコチラ(Tower/HMV)




     先日の純名里沙さんのライヴの余韻がまだ残っています。彼女の歌と笹子さんのギターを聴いて感じた幸せの余韻、会場を埋めたOttavaリスナーのあたたかい雰囲気の余韻。そして、純名さんと直接言葉を交わし、握手までしてもらったことの余韻。10代の少年に戻ったような(う、気持ちわる・・・)心持ちで、毎日を過ごしています。

     それだけでなく、私の中で、もう一つ大きな余韻が残っています。彼女がメインプログラムの最後に歌った「一本の鉛筆」という歌がずっと心に響いています。

     この歌は、純名さんは昨年の横浜のライヴで取り上げていましたが、先日のライヴは、彼女の歌の進境もあってか、もっともっと私の心の深いところにまで届いて来ました。一つ一つの言葉を大切に歌う彼女の声を、こみ上げてくるものをこらえながら聴きました。

     この歌に俄然興味が出来てきたので、オリジナル歌手である美空ひばりのCDを買って来て聴きました。

     ギター伴奏で、ゆったりしたテンポでしみじみ歌う純名さんの歌とは違い、ゴージャスなオケ伴奏をバックに、美空ひばりはビートの効いた3拍子でカンツォーネのように歌っています。さすがに1970年代半ばの歌謡曲、音楽の外見は古さを感じてしまいますが、美空ひばりという不世出の歌手の歌には胸を打たれずにはいられません。

     「一本の鉛筆」について少し調べてみました。
     この曲は、1974年8月に広島でおこなわれた「第1回広島平和音楽祭」で初めて歌われたもので、作詞は音楽祭の総合演出をおこなっていた映画監督の松山善三、作曲は黒澤明監督の映画や「幸福の黄色いハンカチ」などで有名な佐藤勝。

     音楽祭への美空ひばりの出演は、作曲家の古賀政男からの依頼で実現したもの。彼女自身、戦争中には、父親が出征していたので母親が大変大きな苦労を強いられたのを見ており、自身も横浜大空襲を体験していたので、平和への願いを込めて歌うことに大きな意義を感じたのだそうです。当時は、美空ひばりは暴力団がらみのスキャンダルの渦中だった(前年の紅白出演も辞退)ため、各方面からなぜ彼女を出演させるのかと抗議の声が上がったそうですが、8月9日に開かれた音楽祭では、彼女はこの3日前にできたばかりの曲を、間違えてはいけないからと、楽譜を見ながら歌ったのだそうです。

     当時の映像を見ると、彼女は客席に向けてこう話しかけています。

     私は横浜で生まれました。戦時中、幼かった私にもあの戦争の恐ろしさは忘れることができません。これから二度とあのような恐ろしい戦争が起こらないよう、みなさまと一緒に祈りたいと思います。

     いばらの道が続こうと 平和のために我歌う
    (1974.08.09 第1回広島平和音楽祭でのスピーチ)
     
    そして、彼女は歌います。

    「一本の鉛筆」

    あなたに 聞いてもらいたい
    あなたに 読んでもらいたい
    あなたに 歌ってもらいたい
    あなたに 信じてもらいたい

    一本の鉛筆が あれば
    私はあなたへの 愛を書く
    一本の鉛筆が あれば
    戦争はいやだと 私は書く 

    あなたに 愛をおくりたい
    あなたに 夢をおくりたい
    あなたに 春をおくりたい
    あなたに 世界をおくりたい

    一枚のザラ紙が あれば
    私は子供が 欲しいと書く
    一枚のザラ紙が あれば
    あなたをかえしてと 私は書く

    一本の鉛筆が あれば
    八月六日の 朝と書く
    一本の鉛筆が あれば
    人間のいのちと 私は書く
       (松山善三・詞 佐藤勝・曲)

     あなたって誰だ?私とは誰だ?誰が誰に話しかけ、歌い、信じてくれと願うのか?愛や夢や春や世界をおくりたいというのか?屈託のない明るいメロディに乗せて、ポエムのような言葉が続き、たくさんの疑問符が湧き起こったところで、この「私」は「子供が欲しい」「あなたをかえして」と書くのだという衝撃的な言葉を歌います。そこでこの曲の印象はガラリと変わってしまいます。そして最後の節の「八月六日」「人間のいのち」という言葉が、雰囲気を変えることなく明るい響きの中で歌われる時、この歌が、恐らく広島の原爆で愛する人を失い、自身は生き残って戦後を生き延びてきた女性に向けた歌であり、彼女らの気持ちを代弁したものであることに気づきます。いや、広島の原爆だけでなく、戦争で愛する人を失い、身を切られるような辛い気持ちの中で戦後を生きてきたすべての人たちの心に寄り添って歌われたものなのでしょう。

     そして、何度も繰り返して聴いていると、この「あなた」が、今を生きる「私」でもあるような気がしてきます。勿論、それでは「あなたをかえして」という詞のつじつまが合わなくなるのは承知していますが、この歌が、戦争を経験した世代の人たちの「もう二度と戦争は経験したくない、してはいけない、絶対に起こさない」という決意、誓いなのであって、その誓いを次の世代に音楽を通して伝えたいという願いであるような気がしてなりません。

     先日、吉永小百合さんの原爆詩の朗読活動に対して、「なぜアメリカの加害責任を言わないのか?祈っているだけでは平和は訪れない。やるべきことはまず謝れとオバマ大統領に手紙を出すことだ」と批判した学者さんのコラムを読みました。吉永さんの活動だけでなく、美空ひばりの「これから二度とあのような恐ろしい戦争が起こらないよう、みなさまと一緒に祈りたいと思います」という言葉に対しても、冷笑するような物言いだと思います。

     吉永さんも、美空ひばりも、朗読や歌を通してやろうとしたことは、社会を告発することでも、誰が悪いと責任を追及することでもない。それらは確かに必要なことですが、彼女らがやらねばならないことではないし、彼女らは自分たちの力(絶大な影響力ではありますが)には限界があることを熟知していて、ただ自分たちができることを最大限やっているに過ぎない。その「できること」とは、「なぜこんなことが起きたのか?なぜ防げなかったのか?」という問いかけをすること。そのために、被害者、原爆や空襲で甚大な被害を受けた人たちに寄り添い、その気持ちを代弁することに徹して活動を続け、被害者の声を世界中に届けることが、むしろ残虐な行為の告発にもなるのだという考えのもとに生み出されたものなのではないかと思いました。

     もう一つ、最近の私たちにはとても引っかかる言葉があります。「戦争はいやだ」という言葉。「戦争はいやだ、行きたくないという若者たちは利己的、自己中心的な考え方をしている」と言い放った自民党議員の言葉を思い起こさずにはいられません。安全保障に対する考え方にはいろいろあって構わないと思うのですが、その出発点には「戦争はいやだ」という強い想いがなければならないはずだし、そもそもこの「一本の鉛筆」を生み出した人たちや、リアルタイムで聴いてこの曲を愛した人たちが、その議員の言葉を聞いたら、どんなにがっかりするだろうかと、とても寒々しい気持ちになります。

     一本の鉛筆、一枚のザラ紙などと言っても、次の世代はぽかーんとしてしまうのかもしれません。今は、そんなものは要らなくて、一台のスマホですべてが済んでしまうからです。そこにこの歌で歌われたような言葉が書き込まれるのだろうかと一瞬不安になりますが、でも、若い人たちは若い人たちの方法で、愛を語り、平和を訴え、戦争はいやだと主張しています。そして、民主主義とは何だろうか、戦争というのはどんなものなのか、戦場というのはどういうところなのだろうか、先の大戦から何を学ばねばならないのか、関心を持って議論し始めています。ですから、何も心配は要らなくて、私たち大人も頭をフル稼働して、吉永小百合さんや若者たちと一緒になって、どうしたら戦争がなくなるのか?核兵器がなくなるのか?それぞれの方法で考え、主張していかなければならないのだと思います。そして、この歌のように「あなたをかえして」という訴えや、「八月六日」という具体的な悲劇の日が、スマホ上にも、紙の上にも書き込まれることがないような世の中にしていかなければならないと思います。

     それにしても美空ひばりという人の歌は凄い。子供の頃には、ヴィブラートのかかったドスの入った声を聴くのが怖くて、彼女がテレビに出てきた瞬間にテレビのチャンネルを変えてもらっていたのですが、今は、ただ彼女の偉大さにひれ伏してしまいます。天才歌手などというと「おばさん歌うまいね」と言った近藤真彦ばりに失礼にあたるのかもしれませんが、でも天才としかいいようのない歌には鳥肌が立ちます。購入したCDでも「悲しい酒」「みだれ髪」などを改めて聴いてみてやっぱり凄いなと思いました。子供の頃には何がいいのか分からなかったのも仕方がないかもしれません。広島平和音楽祭では、死ぬほど暑い楽屋から、冷房のきく楽屋への移動をスタッフが申し出ると、「ありがとう。でも原爆で亡くなった人はもっと暑かったのでしょう、だから気になさらないで」と断ったというようなエピソードからも分かる通り、人間としても本当に大きな人だったのだと思います。

     純名さんのおかげで、私は、子供の頃に怖くて近づけなかった美空ひばりという歌手と本当の意味で「和解」できた気がします。そして、「一本の鉛筆」という曲を知ることができて、私の音楽の「財産」が増えました。純名さんに心から感謝せずにいられません。私はこれからも「一本の鉛筆」をことあるごとに聴きたいと思いますし、また純名さんも、この歌を歌い続けて、より多くの人にこの歌の素晴らしさが伝わることを心から期待します。

    ・オリジナル盤ジャケット










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