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【映画 感想】「あの日のように抱きしめて」(2014年ドイツ) クリスティアン・ペッツォルト監督ニーナ・ホス主演

 ・映画「あの日のように抱きしめて」(2014年ドイツ)
 クリスティアン・ペッツォルト監督
 ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルト主演

 →詳細はコチラ(公式HP)

 ※注:ネタバレあります。


 

 このところ「野火」「この国の空」「日本のいちばん長い日」と日本の戦争映画を3本立て続けに見ましたが、もう一つ、ドイツの映画「あの日のように抱きしめて」を見ました。2年前に見てここでも感想を書いた「東ベルリンから来た女」に引き続き、クリスティアン・ペッツォルト監督、ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルトという3人が再びタッグを組んで作った映画。

 あらすじは、公式HPに以下のように記されています。
 

1945年6月ベルリン。元歌手のネリーは顔に大怪我を負いながらも強制収容所から奇跡的に生還し、顔の再建手術を受ける。彼女の願いはピアニストだった夫ジョニーを見つけ出し、幸せだった戦前の日々を取り戻すこと。顔の傷が癒える頃、ついにネリーはジョニーと再会するが、容貌の変わったネリーに夫は気づかない。そして、収容所で亡くなった妻になりすまし、遺産を山分けしようと持ちかける。「夫は本当に自分を愛していたのか、それとも裏切ったのか――」。その想いに突き動かされ、提案を受け入れ、自分自身の偽物になるネリーだったが・・・。


 ここから先、ちょっと付け加えます(ネタバレありです)。

 ジョニーによって、死んだ妻のなりすましとして「訓練」されたネリーは、日々、「ネリー」になっていく。しかし、その彼女自身が紛れもない、自分の妻であることにジョニーは気づかない。ネリーは、それでもジョニーの傍にいて幸せを取り戻したいと願うが、親友レネから、ネリーが収容所に送られた後にジョニーが離婚届を提出していたと教えられる。真実を知ったネリーは、彼の家族の前に「なりすまし」の妻として現れた時、ジョニーのピアノ伴奏で、歌を歌うことを提案する・・・。

 この映画は、戦争映画かと言われれば、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。舞台は、既に第3帝国が崩壊した後のドイツであって、ナチスによるホロコーストそのものは物語の端緒でしかなく、メインテーマになっている訳ではない。映画にジャンルなんてあってもなくても良いのですが、強いて言うなら恋愛映画でしょうか(心理サスペンスと評するものもあるようです)。

 ならば、これのどこが恋愛映画だと感じたのか。

 この映画では、先に引用したHPのあらすじ説明にあったように、「ジョニーはネリーを本当に愛していたのか」がかなり曖昧に描かれています。解釈は見る人それぞれに委ねられていて、ストーリーが進む中でその問いの答えを探さずにいられない。そのうち、最後には「愛とは何か?」という毎度お馴染みの問いにぶち当たらざるを得ない。だから、恋愛映画なのだ、と私は感じるのです。

 まず、ジョニーの行動について考えてみます。

 戦時中、彼は、ユダヤ人女性であるネリーを、ナチスの魔の手から守るため、ある湖畔のボートハウスに匿ってしました。しかし、結局は、その場所が当局に見つかり、彼女は逮捕されてしまいます(他人の密告なのか、ジョニーの自己申告なのかは不明)。その時、彼も一緒に逮捕されますが、彼は非ユダヤ系だったために釈放されます。彼は、やがて、ネリーとの離婚を申し立てますが、そうこうするうちに終戦。戦後、彼の目の前に現れた女性を、妻の「ネリー」に仕立て上げ、収容所で、一族もろとも死んだはずの妻が生還したことにし、彼女が引き継ぐべき莫大な遺産を手にしようと悪だくみを働く。

 そんな「悪事」を思いつく彼は本当に妻を愛していたのだろうか?という疑問は、見ている誰もが、感じることに違いありません。しかも、たとえ整形していたと言えど、話し方や雰囲気から、自分の目の前にいる女性が愛する妻だとわからないなんていうことがあるんだろうか。ましてや、なりゆきでキスまでしたのです。それでも真実に気付けないのなら、本当に彼は彼女を愛していたのだろうか?やっぱり離婚届けを出していたのは本心なんだろうか?そんな疑問が湧いて来る。

 ただ、その一方で、彼は、戦後に現れたネリーに対して、妻の「なりすまし」の訓練をさせる時、彼女が望んだとおりに妻そっくり(当たり前のことですが)の振る舞いをすると、心から嬉しそうな表情をします。彼女に、「死んだ妻」のネリーがどんな女性だったかを、熱をこめて話しもします。やっぱり彼は、心の底ではネリーを愛していたのは間違いなく、ただ「死んだ」という思い込みのせいで、真実に気づかないだけなのかもしれないという気もしてきます。

 とは言え、最後には、そのジョニーに対して抱く疑問以上に、真実を知ったネリーこそ、本当にジョニーを愛しているのか、赦すのか?という問いに、どうしても向き合わざるを得ません。戦争さえなければ、ずっと幸せな生活を続けていたであろう夫と、地獄のような苦しみからようやく解放された後に再会し、もしかしたら裏切られているかもしれないという疑念を抱きながら、それでも彼をまだ愛しているのか、これからも愛し続けるのか、と。

 収容所から、まさに命からがら生還したネリーの目の前には、確かに心から愛し、再会を夢見た夫がいる。しかし、彼は自分の保身のために妻と縁を切った男であり、妻の莫大な遺産を相続し、なりすましの女に山分けを提案するような男でもある。さらに、あろうことか、彼の目の前にいる自分が妻だと気づかない。このどうしようもない男を、親友のレネは裏切り者と呼び、ついには絶望して自殺までしてしまった。

 さて、それでも、ネリーは彼を愛するというのでしょうか?もしそうなら、それは自然、必然のことと言えるのでしょうか?彼女の夫への執着が、そうさせているのでしょうか?

 そうした素朴な疑問への答えが明示されないまま、映画は、ラストシーンに移ります。

 そこで、ネリーは、ジョニーのピアノ伴奏でクルト・ヴァイルの「スピーク・ロウ」を歌います。恐らく、戦前には、二人でこうしてこのミュージカル・ナンバーを仲睦まじく歌っていたのでしょう。

 簡単なピアノの前奏に続き、ネリーは話すように歌い始めますが、少しずつ「生前の」ネリーの歌い方へと戻っていく。ジョニーは歌声の変化に気づき、改めて彼女に見入ってしまう。そこには、死んだはずの妻ネリーが立ち、かつてと同じように歌っている。変わった点は、その腕に、ナチスによって彫られた入れ墨があることだけ。ようやく事情を理解したジョニーは、もはやピアノを弾くこともできず、ただ手を止めて、呆然と、彼女の姿を驚きの表情をもって見つめる。

 このラストシーンは、感動的であろうとすることよりも、観る者の想像力をかき立てることに、全力を注いだものであると私は思っています。はっきりした結末を与えないので、観客は、「その後」を想像し、自分なりの落としどころを考えなければ、映画がいつまでも終われないからです。

 果たして、ネリーの歌う「スピーク・ロウ」は、夫への愛の告白なのでしょうか。歌詞の通りに、これまでのことは水に流して、失われた時間を、あなたの愛の告白から全部やり直しましょう、という和解の歌なのでしょうか。

 いや、そうではなくて、もう私たちの時間は終わってしまったのだ。あっという間に終わってしまった。二人のことはもう「幕が下りた」のだから、別々に「明日」を生きていきましょうという決別の歌なのでしょうか。

 いかようにも解釈のできる歌を、ジョニーはどう受け取ったのでしょうか。この曲を歌い終わった二人は、また愛を語り、抱き合うことができるのでしょうか。それとも・・・。

 

愛を語る時は、優しくしゃべって
二人の夏の日はとってもはかない
愛を語る時は、優しくしゃべって
二人の時間は漂う船のように早い
とっても早く過ぎ去ってしまう運命なの

ダーリン、優しく、優しく
愛は暗闇に消える花火のよう
どこに行っても感じている
明日はすぐそこ
すぐそこまで来ている
そしていつもすぐにやって来る

時はすぐに過ぎ去り
愛もあっという間
愛は純金
そして時は泥棒のよう

急ぎましょう、ダーリン、急ぎましょう
幕は下り、全てのことはやがて終わる
私は待っている、ダーリン、待ってるよ
愛を語る時は、優しく、そして早く
(訳詞の出典はコチラ)


 私自身は、ネリーからの和解の歌であってほしいという願望を強く持っているのですが、もしかすると、真実を知ったネリーからの「絶縁状」あるいは、「告発」なのかもしれないという気がしています。レネの自殺からほどなくこのラストシーンへとなだれ込むこと、そして「スピーク・ロウ」を歌うネリーが、愛を語る女ではなく、時折窓の外を見やり、ジョニーに微笑むでもなく、凛とした厳かな表情で、このヴァイルの名曲を歌うからです。

 これは、たまたま今そんな気がするだけのことであって、何かのきっかけで、やっぱりこれは「和解」の歌だと解釈するのが正しいと考えるようになるかもしれません。「東ベルリンから来た女」では、観る者の心のどこかに希望を与えるような感動的なラストシーンが用意されていましたから。

 

 でも、実際のところは、どういう意図をもって作られたものなのだろうか。何が正解?いや、正解なんてない?答えは見る人の数だけある?

 ・・・と、そんなことを考えていると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。やっぱり、中年になっても、恋愛について考えるのは楽しいし、心が湧き立つからです。残念ながら、それはもう現在進行形のものではなく、過去のものでしかなく、ただかつての自分を思い出すことしかできないのですけれど。

 と、あとあとまで長い余韻を残す映画でしたが、不思議なのは、結構ウェットでへヴィーな内容ながら、爽快ささえ感じさせるような仕上がりになっていたことです。それは監督の手腕、役者の好演技のすべてがあってこそ可能になったことなのかもしれません。

 特に主演のニーナ・ホスの美しさ、そして演技の奥行きの深さには胸打たれるものがありました。前回の「東ベルリンから来た女」では彼女自身が弾いたショパンのノクターンが映画で流れましたが、もともと音楽の素養も持っている女優さんのようで、彼女の歌う「スピーク・ロウ」はこれまたとてもいい歌でした。巧いということ以上に、詞の内容が音に乗っかって沁みてくるところがいい。天性として音楽を体内にもった女優さんなのだろうと思います。

 ジョニーを演じたロナルト・ツェアフェルトは、なかなかつかみ難い謎の男のキャラクターを、良い塩梅に曖昧に演じていて良かった。彼は、見る側のファンタジーを引き出す演技のできる俳優さんなのだろうと思います。

 残念なことに、この「あの日のように抱きしめて」は、一部の限られた映画館でしか上映されていないようですが、観た人それぞれの考える「ラストシーンのその後」への想像を喚起せずにはいられない映画として、私同様に「いい映画を見た」「もう一度見たい」という感覚を抱かれる人もおられるのではないかと思いますし、私も観てから1週間以上経ちますが、また是非もう一度見たいと思っています。
 
 ところで、ラストシーンで歌われたクルト・ヴァイルの「スピーク・ロウ」。そもそも私はヴァイルの曲は、高校生の頃にロッテ・レーニャのLPを聴いてさっぱりその良さが分からず、以降もさほど興味をもつことなく来たような状況なので、この歌もよく知りませんでした。しかし、映画で聴いた「スピーク・ロウ」を、ヴァイル自身が歌うバージョン(ネリーとレネが一緒に食事をとるとき、レコードをかける場面で流れる)と、ラストシーンでホスが歌うバージョンで聴いて、ああ、いい曲だなと素直に思いました。ハリウッドのミュージカルの音楽の甘美さと、1920〜30年代のベルリンのちょっと退廃的な雰囲気を併せ持ち、どちらかというと苦みを強く感じさせる音楽に対して、私自身の「音楽への味覚」の許容度が上がったことということなのかもしれません。

 そうなると、他のヴァイルの曲を聴いてみたいと思うのは人情。この1週間、いくつかの音盤を購入したり、YouTubeで検索したりして、いろいろな曲を聴きました。今までどうしてヴァイルの音楽に興味が持てなかったのか、不思議でならないという思いで、「スピーク・ロウ」含めてヴァイルの音楽を聴いています。

 最近いくつか聴いた「スピーク・ロウ」で私が気に入ったのは、ジェシー・ノーマンが歌ったフィリップス盤(ピアノ伴奏は、「スター・ウォーズ」のジョン・ウィリアムス)と、ミュージカル「タッチ・オブ・ヴィーナス」オリジナルのメアリー・マーチンの歌。どちらも、優しい愛の言葉を求める切ない思いが、切実に感じられるから。これもやっぱり「愛」の音楽。本当にいい曲をラストシーンにもって来たなと、ペッツォルト監督のセンスに感服しました。








 

 

 

 


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  • 2017.03.01 Wednesday
  • -
  • 22:42
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コメント
ニーナ・ホスは何処かヌーベル・バーグのマドンナのジャンヌ・モローと風貌が重なりました。トリュフォー監督(突然、炎のごとく)のつむじ風を歌うモローと。愛憎の虚実がテーマの(あの日のように抱きしめて)の魅力はルイ・マル監督の(鬼火)ともオーバーラップ♪
  • PineWood
  • 2015/09/10 9:38 AM
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