【雑記】2015年に聴いた音楽への礼状

2016.01.01 Friday

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     2016年がやってきました。2015年の総括を、年が明けてから書くのもどうかと思うのですが、書ける時にしか書けないので、私の音楽など趣味の「まとめ」を記録に残しておこうと思います。「今年のベストコンサート」とか「オレ的アカデミー賞」みたいなランキングではなく、いつものように、お礼状を差し上げたい音楽家を何人か挙げます。以下、「今年」と書くのは特記しない限り2015年を指します。

     2015年を表す漢字は「安」だそうですが、私自身の2015年は「負」です。マイナスを意味する「ふ」ではなく、敗北を意味する「まけ」。

     負けているのは間違いなく自分。他人にも自分にも負けているし、社会人として仕事にも会社という組織にも負けている。何事にも負けているような気がする。それもずっと昔、子供の頃から私は「負け」の気分の中で生きてきたのかもしれない。そんな気さえしている。勿論、音楽を聴いている時も、心のどこかで「負けている自分」というものをはっきり認識しながら音に触れているような気がします。中学生の頃、通っていた塾の先生から、「お前はいつまでたっても『今に見ておれ』やなあ」と苦笑されたことがあるのですが、成績のことだけでなく、私のそういう「負け犬根性」を既に見透かされていたのかもしれません。

     ともかく、今年、私は自分の中にある「負け犬根性」というものを、これまで以上に強く実感せずにはいられませんでした。そのきっかけは、今年購入したヴァレリー・アファナシエフの新譜のライナーノートにあった「負け犬」というエッセイを読んで大きな衝撃を受けたことでした(ブログ記事はコチラ)

    シューベルトは「素晴らしい」負け犬だったのだ

     このエッセイ全体の主旨とは別に、この短いセンテンスに出会うことで、私はどうしてシューベルトの音楽にこれほどのめり込み続けているのだろうか、いや、私はどうして音楽を聴くことを愛しているのだろうかということを一瞬にして了解したのでした。

     負け犬であるという自己認識があるだけでなく、負け犬なら負け犬なりの矜持を保ちたい、負け犬にしか見えないもの感じられないものを大切にして生きていきたい、そのためにはどうしても音楽が必要なのだということ。

     そのことをまるで雷に打たれたかのように感じることができたのが私にとって2015年の最大の収穫だったのです。以降、私の中で音楽の聴き方、聴き手としてのあり方が少し変わったような気がする。このブログのみならず、公の場で書く文章にそれが反映されているとは思えないのですが、あとでじわじわとその変化が滲み出てくるのかもしれません。

     そういう意味で、今年、私がお礼状を差し上げたい音楽家というと、ヴァレリー・アファナシエフです。

    ・ヴァレリー・アファナシエフ

     →写真のCDジャケットの詳細はコチラ(Tower/HMV)






     件のライナーノートが収められたディスクの演奏も非常に印象深かったし、同月に相次いでリリースされたモーツァルトのピアノ協奏曲(DENON)、ベートーヴェンの三大ソナタ(SONY)のインパクトも絶大なことがありました。残念ながら実演はチケットを買いそびれて聴けなかったのですが、これらのディスクに出会えただけでも彼への音楽への傾倒を深めるには十分でした。

     彼が私に与えてくれた啓示に対して、私がこの2016年にどんなことができるのかは分かりませんけれど、少なくとも「素晴らしい負け犬」になれるように努力したいと心の底から思います。

     アファナシエフの他に「お礼状」を差し上げたい音楽家としては、アンドレア・バッティストーニがいます。


    ・アンドレア・バッティストーニ







     今年、彼の指揮する演奏会は4回聴いたのですが、いずれもキラキラした彼の才能を感じずにはいられない刺激的な音楽に触れることができましたが、5月の「トゥーランドット(演奏会形式)」は私にとって非常に多くの収穫のある演奏で、つい先ほどコロムビアからリリースされたライヴ録音のディスクを聴いても感銘を受けました。彼の演奏には「負」などという要素はまったくないのですが、「トゥーランドット」というオペラそのものが孕む「負」の存在に気づくことのできた初めての演奏でした。そのへんについてはコロムビアのメルマガで取り上げるつもりです。また、音楽そのものとは関係ありませんが、年末の「第九」では、あり得ないくらいにバブリーな演奏会の雰囲気の中、「負け犬根性」にどっぷりつかりながら聴いた記憶も新しい。ともかく、この指揮者の演奏はこれから機会を見つけて出来る限り聴いていきたいと心から思います。

     秋に聴いたネゼ=セガン指揮のマーラーの10番(クック版)のCDも、そのどこまでも優しく儚げな演奏から「負」「敗北」の受容を感じずにはいられませんでした。これまで余り視界に入ってこなかった指揮者でしたが、ディーリアスの音楽のような繊細で儚げな響きが聴こえてきたことで、この曲へのイメージが豊かに広がったような気がして、私の視野を広げてくれたことに対してお礼状を差し上げたいと思います。彼がこれまで録音して来たブルックナーのCDも一通り入手したので、これからじっくり聴きます。このセガンにもお礼状を差し上げたい。

    ・ヤニック・ネゼ=セガン

     2015年は終戦=敗戦70年でした。7月に聴いた「政治的歌曲の夕べ」は、私にとって非常に印象深い演奏会だったのですが、ドイツと日本という「敗戦国」で生まれた反戦歌に触れる中で、様々なことを考えずにいられませんでした。私は、この刺激的なコンサートで素晴らしい歌唱を聴かせてくれた若手ソプラノ歌手中江早希さんにもお礼状を差し上げたいと思います。

    ・中江早希(Sop)



     アイスラーを研究しているということも素晴らしいと思いますが、それ以上に類稀な美声の持ち主だと感じていますので、これからの活躍が本当に楽しみな人。秋の日生劇場での「ドン・ジョヴァンニ」は好評だったようですし、今後、高関健や鈴木秀美との共演がアナウンスされていて、必ずや今後の日本の声楽界を背負って立つ人になっていくことだろうと思います。

     また、このコンサートを企画した作曲家の望月京さんと、明治学院にも感謝をしたい。よくぞこんな演奏会を開いて下さったと。ブレヒトの詩に付曲した音楽や、武満徹のSONGSを聴き、ブレヒトと武満の作品は今年後半の私の「テーマ」になりました。特に、これまでさほど熱心には聴いてこなかった武満の音楽は、シリアスなモノからポップ・ソングまでちゃんと聴きたいと思っています。CDもぼちぼち増えてきました。これから時間をかけて日本を代表する作曲家の音楽の魅力にもっと触れていきたい。また、ブレヒトの詩や戯曲にもどんどん触れていきたいと思います。

     最近では、矢部達哉の弾くベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを聴いて「負け心」を癒されたことも強く印象に残りました。都響の素晴らしい演奏(インバル、ミンコフスキ)への感謝も含め、彼に心からお礼を言いたい。

    ・矢部達哉











     「負」とはまったく関係ないのですが、お礼状を差し上げたい人は他にもたくさんいます。私が熱狂的なファンをやっているアリーナ・イブラギモヴァ、イリーナ・メジューエワ、田部京子、イザベル・ファウスト、ヌリア・リアル、ハナ・ブラシコヴァ、スンヘ・イム、ドロテー・ミールズといった人々の素晴らしい実演、ディスクに触れました。田部京子のベートーヴェンを聴いて涙したこと、メジューエワのバッハとモーツァルト、ショパンを聴いてこの上ない幸福感に包まれたことは特に忘れられない。ブラシコヴァの大活躍も嬉しかった。

     それから、私にとって2つめのCDのライナーノート執筆をさせて頂いた中野振一郎にもお礼を言いたい。これに関しては「負」という文字は関係ありませんが、掛け値なしに面白くて内容の濃いディスクに文章を寄せることができることの幸せを実感しながら執筆しました。

    ・中野振一郎








    ・中野振一郎「シャコンヌ〜クラヴサン劇場」

     →詳細はコチラ(若林工房HP)






     つい最近このブログでも書きましたが、12月に亡くなった指揮者クルト・マズアにも心からお礼を言いたい。子供の頃に聴いたベートーヴェンの交響曲全集のLPから始まって、たくさんの豊かな思い出を与えてくれたこと、ずっと忘れません。

    ・クルト・マズア











     昨年に引き続きになりますが、純名里沙と笹子重治のデュオにもお礼状を。彼女らの待望のアルバムは期待以上の素晴らしさでしたし、ライヴでも聴くたびに魅了されました。しかも、思いがけず直接言葉を交わすことができただけでなく、彼女について書いたブログは読んで下さっていて私の名前を覚えて下さっていると知り昇天してしまいました。彼女のあたたかい手の感触は今もまだ忘れられないでいます。最近は全国各地で招かれてライヴをやっていて、首都圏で聴ける機会が激減しているのはちょっと淋しいですが、それだけ彼女の歌の魅力に気づく人が増えているということは素直にうれしい。

    ・純名里沙&笹子重治









    Silent Love 〜あなたを想う12の歌〜
     純名里沙(vo)&笹子重治(g)(Victor)
     →詳細はコチラ(Tower/Amazon)





     最後に。2015年、私は前述のように武満徹、ブレヒトと並び、ブルックナーの音楽にものめり込みました。14年にインバルと都響のブルックナーの7番の実演の頃、矢部達哉さんがブルックナーについてツイッターで呟かれたことが非常に心に響き、ブルックナーの音楽への熱が再燃したのと、スクロヴァチェフスキ指揮読響の交響曲第0番のディスク(DENON)に大きな感銘を受けたのが理由。聴ききれない量のCDを買いこみました。これからどんな形になるかは分かりませんが、何かブルックナーに関してアウトプットが出せるといいなと思います。勿論、武満、ブレヒトに関しても。

     予想以上にとりとめなくなってしまいました。まだまだ名前を挙げたい人はいるのですが、このへんにしておきます。

     2016年だからと言って何も新しいことをやるつもりはなく、2015年からの宿題を粛々とこなしていきたいと思います。勿論、「素晴らしい負け犬」という永遠の目標に向かって生きていきたいです。

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    2020.08.03 Monday

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