【思い出の演奏 (4) 】ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」 〜 朝比奈隆指揮大阪フィル (1976.02.12 神戸文化ホール)

2016.02.28 Sunday

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    ・ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調Op.68「田園」
     朝比奈隆指揮大阪フィル
     (1976.02.12 神戸文化ホール)





     
     先日、部屋の片づけをしていたら、ちょうど40年前に聴きに行ったコンサートのチラシが出てきました。

     1976年2月12日に神戸文化ホールでおこなわれた朝比奈隆指揮大阪フィルのチャリティコンサート。きょ曲目は、ウェーバーの「魔弾の射手」序曲、モーツァルトのクラリネット協奏曲(クラリネット:朝比奈千足)、そしてベートーヴェンの「田園」というプログラム。朝比奈の親子共演という珍しさはあるにせよ、何の変哲もない地方オケの地方公演であって、曲目も非常にオーソドックスなもの。

     では、そんなコンサートのチラシ(チケットも持ってました)をどうして手元に残してあるかというと、これが私が生まれて初めて聴いたクラシックのコンサートだったからです。

     当時私はまだ小学2年生でした。その前の年の暮れぐらいからベートーヴェンの音楽が突如好きになり、毎日のように「運命」「田園」「第9」を録音したカセットテープをモノラルのラジカセで聴いていました。私のそんな熱狂ぶりを見た母が、何かで見かけた朝比奈のコンサートのチケットを入手して連れて行ってくれたのでした。

     チラシを見ながら、ああ、もう40年も経つのかとしみじみしてしまいました。

     正直なところ、私があの日に聴いた演奏がどんなものだったかは、ほとんど覚えていません。当時はまだ朝比奈はメガネもかけていなかったこと、大フィルのチェロ奏者に私の小学校の先生そっくりの人がいたこと、あとは、演奏終了後、拍手が鳴りやまずに朝比奈が指揮台から「普段はアンコールはやらないんですが、地元では久しぶりのコンサートなので」と喋り、ブラームスのハンガリー舞曲第5番を演奏した(記憶違いでなければ2回)ことくらいでしょうか、はっきり覚えているのは。演奏会の前後にどんなことがあったかもまったく覚えていません。

     音楽の内容で覚えていることともほとんどなく、いい演奏だったのか、それとも別にどうということもない普通の演奏だったのか、それを聴いて何を思ったのかも記憶がない。ただ、貧弱な音でしか聴いていなかった「田園」で、確か第1楽章のヴァイオリンの繊細な響きがホールに広がっていくのに鳥肌が立ったことくらいでしょうか。今思うと、ただただ「ナマのオーケストラ」を聴けることが嬉しくてニコニコと聴いていただけだったんじゃないかと思います。

     その聴体験が私にとって良かったのか、あるいは悪かったのか。勿論、とても良い聴体験を得られたからこそ、40年の間、一度も途切れることもなく音楽を愛し、コンサートに行くことにも喜びを感じ続けてこられたんだろうとは思うのですが、いかんせんその時の記憶がないのでそう言い切れるのかは自信がありません。何とならば、あの日あの時あの場所で朝比奈の「田園」を聴いていなくても、多分、私はずっとクラシック音楽を聴き続けていただろうからです。それくらいには当時の8歳の少年だった私もベートーヴェンの音楽に熱中していたからです。

     では、私が最初に聴く演奏として、例えば超一流の演奏家のコンサート、例えば、当時だったらカラヤンとベルリン・フィルとか、ベームとウィーン・フィルのベートーヴェンを聴いた方が良かったんだろうか。いや、もっと遅く生まれて、今のレベルの日本のオケを聴いた方が良かったんでしょうか。そうすれば私はもっと耳の肥えた良い聴き手になれたんだろうか。

     そうなのかもしれません。さすがに私が行った大フィルのコンサートのようにS席で1800円なんていうことはもう(二度と)ないかもしれませんが、それでもそこそこの値段で、私が聴いた大フィルよりも何ランクも上の演奏を気楽に聴くことができる。1977年には「空前の来日ラッシュ」なんてことが言われて話題になりましたが、今はもうそれが毎年続いているような状況です。

     今の若い音楽ファンは本当に恵まれているなと思います。でも、だからと言って、羨ましいという気もしないし、当時のレベルの演奏しか聴けなかった少年時代の私を可哀想にと憐れむ気も全然しない。

     これは私の運命であって(聴いたのは「田園」でしたが)、自分ではどうにも変えられない宿命だからです。結局、それが良いものだったかそうでないかは、今の私を肯定するか、否定するかということと同義なのかもしれない。今の自分に満足していれば、あの時に朝比奈の「田園」を聴けて良かったと思えるだろうし、逆に自分に対して嫌悪しか抱けていないのならば、神戸文化ホールでの経験に嫌悪を抱いて思い出すのも苦痛になるか、完全に記憶を消してしまっているに違いない。私自身は、「今の自分」というものを好きになれたためしはないのですが、でも、少なくとも嫌な思い出となっていない以上は、実は、心の奥底では今の自分をどこかで受け容れられているのかもしれないと思います。

     そしてもう一つ、80年代後半からの青年期、私は東京で朝比奈隆の指揮する演奏に何度も深い感銘を受けましたが、76年2月の朝比奈を聴いて悪からぬ印象が下地にあったからこそ、かけがえのない体験を得るきっかけを作れた訳ですから、総合的に考えると、まったくの偶然のこととはいえ、朝比奈の「田園」をもって初めてコンサートを体験できたことというのは私にとっては良いことだったと言うしかありません。

     きっとあの日の演奏の録音が残っていたとして、今それを聴けば、がっかりするような思いをするのかもしれません。70年代の朝比奈/大フィルの演奏をディスクで聴くと、やはり技術的な瑕はどうしても耳についてしまう。でも、あの演奏会のわずか4か月前に、リンツのフロリアン教会で奇跡のようなブルックナーの7番の演奏を成し遂げた朝比奈と大フィルが、朝比奈の地元である神戸で得意の曲を披露したコンサートで、しかも、同じホールを録音会場とするブルックナーの交響曲全集の録音プロジェクトが走り始めていた時期でしたから、きっと自信にあふれた演奏を聴かせてくれたんではないだろうかとも思います。だからこそ、朝比奈と大フィルの音楽家たちの誇りとか矜持といったものを、私は子供心ながらにも感じて、ハレの場としてのコンサートの魅力に気付けたんじゃないかという気がします。

     それにしても、2000席程度の神戸文化ホールで、S席1800円で朝比奈/大フィルのコンサートが聴けた時代というのは、勿論、今と経済感覚を同じにして比較する訳にはいかないにせよ、幸福な時代だったのだなという気がします。昔は良かったなどとは言いたくないのですが、やっぱり今のコンサートは一般的に言って高い。それだけの値打ちのある演奏をしてもらえているのですから文句を言うのはお門違いなのですが。それに比べて、音盤の値段はあんまり変わっていないなあとびっくりします。今なら国内盤を数枚買う値段でコンサートに行く感覚でしょうか。それもいいことなのか、悪いことなのか分かりませんが・・・。

     綾小路きみまろじゃありませんが、あれから40年。そんなに多くはないとは思いますが、以来、私はそれなりの量の音楽を聴いて来ました。冥途の土産にしたい音楽にもいくつか出会うことができました。勿論、私なんかよりもっと多くの音楽を聴いている人はアマチュアの中でもたくさんおられることは知っています。私なぞ大して聴いているうちには入らないのだろうと思っています。それに、何よりも、私という聴き手は、音楽から本来ちゃんと聴き取るべき多くのものをごっそりと聴き落とし、その上でなおかつ十分消化しきれないままに感想を言ったり書いたりして、結局のところは音がただ体を通り過ぎていっただけというような聴き方しかできていないのだろうと痛切に思います。自分は音楽という海の浅瀬で足をちゃぷちゃぷつけているだけなのに、それで何だか音楽の全部を理解しているような気になっているんじゃないかと自分が滑稽に思えたりもします。

     今後、これまでと同じ期間、音楽を聴くことはきっとできないだろうと思います。仮にあと40年生きられるとしても、音楽を聴いていられるかどうかはまことに怪しい。聴ける音楽の数は自ずと限られてくるだろうし、今まで以上にざるのようにいろいろなものをこぼしながら浅い音楽との付き合いを続けていくのだろうと思います。でも、音楽を聴くことに何ものにも代えがたい喜びを抱けている間は、そして、経済的にまだ余裕があるうちは、「ネギ背負った鴨」であり続けたいと思います。

     朝比奈隆は生前、「偉大な音楽の前にプロもアマチュアもない。皆平等だ」と言っていたのだそうです。以前、プロオケの首席チェロ奏者をやっている方とお話をした時、「朝比奈はねえ、あの人、アマチュアだから」と馬鹿にするような口ぶりで一刀両断しておられたのが忘れられないのですが、私は、自分がアマチュアだからかもしれませんが、朝比奈の言葉の方に共感します。だから、プロの演奏家が演奏者として向き合うのと同じようにとはいかないでしょうけれど、少なくとも、浅いなら浅いなりにでも、聴く音楽に対しては謙虚に、心からの敬意を愛情をもって接していきたいと思います。時間も量も限られているからこそなおのこと、これまでの40年以上に、大事に大事に音楽に触れていきたいです。

    ・1979年5月17日の神戸での演奏会のチラシ(ネットで拾ったもの)
     これは私も聴いた。ブルックナーの交響曲の実演初体験だった(7番)





     

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