Langsamer Satz

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【ディスク 感想】京都リサイタル 2013 & 2015 〜 イリーナ・メジューエワ(P)
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    ・京都リサイタル 2013 & 2015
     イリーナ・メジューエワ(P) (若林工房)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)


     
    <<曲目>>
    Disc1
    ・ ショパン:ポロネーズ第2番変ホ短調 op.26-2
    ・ ショパン:3つのマズルカ op.63
    ・ ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調 op.35『葬送』
    ・ ブラームス:幻想曲集 op.116
    ・ ブラームス:間奏曲 イ長調 op.118-2

    2013/11/15 京都コンサートホール・アンサンブルホールムラタ
    使用楽器:スタインウェイ

    Disc2
    ・ モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.475
    ・ モーツァルト:ピアノ・ソナタ第14番ハ短調 K.457
    ・ シューベルト:4つの即興曲 op.142, D.935
    ・ シューベルト:ハンガリー風のメロディ D.817

    2015/11/27 京都芸術センター講堂
    使用楽器:ペトロフ


    ---

     かつて名指揮者セルジュ・チェリビダッケは「美とは餌にすぎない」と言いました。

     イリーナ・メジューエワの2013年と2015年の京都でのライヴ録音を集めた2枚組の最新盤を聴きながら、私の頭に中に去来したのは、その「美とは餌にすぎない」という言葉でした。

     メジューエワの演奏が、チェリビダッケの指揮する演奏に似ていると言っているのではありません。また、メジューエワの演奏が美しくないということを言っているのでは断じてありません。そのまったく逆で、いつもながらに彼女の奏でるピアノの音は美しいし、堅牢な構築を見せる音楽のかたちも美しい。2015年のライヴを収めた2枚目で聴くことのできる京都の元・明倫小学校に保存されているペトロフ製のピアノの音色も実に味わい深くて美しい。それだけでもう十分じゃないかというくらいに、挙げればきりがないほどの「美」がそこここに感じられます。

     でも、彼女はそこに決してとどまろうとしない。彼女が具現化している「美」はただその音楽を体験する入口にしか過ぎない。彼女は、その「美」の背後には、もっとかけがえのないものがあるのだと信じ、それが一体何なのか、私たちにとって何なのかを探求すること、それが演奏するということなのだと自らに言い聞かせて音楽に対峙しているように思えます。

     そんな彼女の姿勢が特に2013年のライヴのショパンで顕著に表れているように思います。

     例えば、ピアノ・ソナタ第2番の葬送行進曲の第2主題とか、ショパン最晩年の作品である3つのマズルカで聴くことのできる弱音。それは私の耳の感覚に悦びを与えてくれる美しいものですが、でも、その悦びに浸るだけでは物足りないと思わずにいられない「何か」を帯びた音でもある。どうしてこの美しい音たちは、こんなにも私の胸を打ち、私の心を波立たせるのか。この最小限に切り詰められた音の並びから、どうして私はこれほどまでに揺さぶられるのか。ふと気づくと瞼の奥に熱いものが溢れてくるのを感じながら、この音たちにのめり込んでしまうのだろうか。そう考えずにいられないのです。それだけでなく、アンコールの前奏曲第24番も含めて、彼女の演奏するショパンの、一見簡素にも感じられる無駄のない音の立ち居振る舞いに触れていると、実はその音の背後には、何かただものならないものが込められているような気がします。

     同じ1枚目のディスクのメインとなるブラームスのOp.116の幻想曲集も、そのアンコールとして演奏された間奏曲Op.118-2も、勿論ショパンとはまったく違う響きを伴って演奏されたものですから、美しさの質は全然違うのですけれど、やはり、私の中で「なぜ?」を誘発する音楽であり、決して「美しい」というところにとどまらない音楽でした。そもそも静謐な音楽ばかりなので、ちょっとした音と音の間合いにさえも私は「美」を見出さずにはいられないのですが、その「美」に触れていると、どうしてもその背後にまで迫りたくなってしまう。

     そんな風に、私という聴き手を音楽の内部へと引き込み、彼女という演奏家と一緒に音楽を追体験するように仕向けてくれるような演奏を、ここで私は聴いているのだと思います。ショパンという作曲家、ブラームスという作曲家の内部で起こっていたことを、なるべくそのまま(実際には無理なのですけれど)体験すること、それこそが音楽を「弾く」「聴く」ということなのであって、ピアノを弾くこと、ただ感覚の悦びにだけとどまって満足すること以上に本質的なことなのだと彼女の演奏は教えてくれます。

     2枚目のモーツァルトのソナタと幻想曲、シューベルトの即興曲集D.935でも、録音日時も、弾いている楽器も会場も違えど、やはり彼女のスタンスは同じです。

     いつも私にもっと音楽を深く感じたい、味わいたいという、渇望のようなものを喚起するような演奏です。それはこれ見よがしに聴き手に何かをアピールする演奏でもないし、聴き手の心を一色に塗りつぶすような押しつけがましい解釈で彩られたものでもありません。むしろ、人によっては愛想が良いとは思えないかもしれないような孤高の佇まいさえたたえた音楽と受け止められるかもしれないくらいに、淡々とした運びの中に、何事もさりげない身振りによって表現された音楽。

     でも、だからこそ、私は前のめりになってこの音楽に深く首をつっこんで、奥深いところで音楽を体験したいと切望せずにはいられません。

     それが私の心から愛するシューベルトの音楽であればなおのこと。即興曲の中でシューベルトが表現したもの、メジューエワが以前コンサートで言っていた「美しさと怖さが同居した世界」を、私も自分のものとして感じたいと願う。そして彼女の演奏は、その私の喝を癒してくれるのです。私はメジューエワという演奏者を飛び越えて、シューベルトその人と対話をしているような気持になる。彼が感じた喜びや哀しみ、孤独といったものと同質のものを感じたような気になれる。だから、彼女の演奏は私にとって貴い。

     ハ短調で書かれたモーツァルトのソナタと幻想曲は、それが作曲者の感情をそのまま表現したものとは言えないかもしれませんが、しかし、ペンを走らせていた時のモーツァルト自身の心の動きは、明らかにその音たちに反映されているはず。それを彼女の演奏で追体験できることの幸福は何ものにも代え難い。

     そんな風に音楽を「体験する」ということを目的にした演奏であるがゆえに、「美」はただその目的を達するために必要なきっかけにしか過ぎないのだということを彼女の演奏を聴きながら実感することができたという訳です。

     それにしても、彼女のブラームスの間奏曲Op.118-2と、シューベルトの「ハンガリー風のメロディ」は何と私の胸を打つのでしょうか。

     ブラームスは、つい一つ前のエントリーで田部京子のリサイタルで聴いた演奏で受けた感銘について書いたばかりですが、このメジューエワの演奏もまた、私にとってはまさに「日々の糧」としてなくてはならないものになると思います。彼女がセッションを組んで録音したディスクもやはり胸を打つ演奏でしたが、彼女が愛する京都の聴衆と静かに時間と空間を共有しながら紡いだ歌は、深い感銘を与えてくれました。

     シューベルトの「ハンガリー風のメロディ」のちょっと不規則なギャロップのリズムにも耳をそばだてられます。フランツ君は、ハンガリーの踊りのリズムに、一体何を感じ、どんな思いを乗せて曲を書いたんだろうか。恋をしたという女性への思いを募らせたのだろうか。具体的には分からないけれど、哀しいから微笑むんだというような、涙をいっぱいためた笑顔のようなものが音の背後にあって、私がこの曲を偏愛しているのは、まさにそれがあるかなのだということを、メジューエワはまざまざと感じさせてくれる。

     全体的に、私にとってはかけがえのない大切な体験を与えてくれる素晴らしいアルバムでした。

     どうしてこんな音楽が可能なのでしょうか?それは、メジューエワの演奏姿を捉えたアルバムのジャケット写真がモノクロであるのと同じように、彼女自身が徒に音楽に色付けをすることを良しとせず、彼女自身が音楽の明暗や濃淡を形作るための透明な存在であることに徹しているからなのかもしれません。しかも、メジューエワの演奏が素晴らしいのは、その姿勢こそが彼女のかけがえのない個性の発露であるということです。客観的で公正中立な演奏を目指すというのではなく、あくまで自分のフィルターを通して捉えた音楽を、突き詰めて純化させた結果、自然と普遍的なものへと高め昇華された演奏が生まれたのだとでも言うような自然さ、そこに彼女の音楽の魅力がある。

     もうこのブログで何回も何回も書いてきたことですが、こんな演奏を聴かせてくれるピアニストが日本を愛し、日本に住んで、私たちに音楽を日常的に届けてくれるということは何という幸せかと感謝せずにはいられません。巷では「日本死ね」という言葉が駆けめぐっていて、私もその言葉に頷かざるを得ないのですが、しかし、ことメジューエワというピアニストの存在に関して言えば、「日本大好き!」と大声で言いたくなります。

     どうか、彼女が、これからも私たちファンと一緒に、日本で充実した日々を過ごして下さいますように。
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