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2019.08.15 Thursday

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    【演奏会 感想】エリアフ・インバル指揮東京都響 第802回定期演奏会(2016.03.24 サントリーホール)

    2016.03.27 Sunday

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      ・エリアフ・インバル指揮東京都響 第802回定期演奏会
       ユディット,リア・ピサール(語り)
       パヴラ・ヴィコパロヴァー(S)
       二期会合唱団、東京少年少女合唱隊
       (2016.03.24 サントリーホール)



       
      <<曲目>>
      ・ブリテン/ シンフォニア・ダ・レクイエム
      ・バーンスタイン/交響曲第3番「カディッシュ」
      ユディット,リア・ピサール(語り)
      パヴラ・ヴィコパロヴァー(S)
      二期会合唱団、東京少年少女合唱隊


      ---

       3月24日、サントリーホールで開かれたエリアフ・インバル指揮東京都響の第802回定期演奏会を聴きました。曲目は、ブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」と、バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」の2曲。



       一曲目のブリテンは、1940年、日本から紀元2600年を祝う記念行事のために作曲したものの、「レクイエムとは不謹慎」ということで日本政府から受取拒絶された曰くつきの曲ですが、インバルの指揮で聴くと、自作自演を含めこれまで聴いたどの演奏よりも「不謹慎な」曲に聴こえました。死者の鎮魂の典礼を曲名につけているのですから当然ですが、その音楽には、喜びだとか、お祝いというような晴れがましい要素は何一つないからです。

       そこにあるのは、懐疑と不安、そして、哀しみ、でしょうか。作曲当時の世界情勢(ヨーロッパでは既に第二次世界大戦が勃発、日本は中国と戦争中で、この年、日独伊三国同盟が締結)を念頭に置いて聴くからそう聴こえるという面は否定しませんが、しかし、第1楽章で、何かを夢見て憧れるような上向音型が暴力的な響きに悉く断ち切られ、眩いばかりの長調の明るい響きが一瞬にして短調の暗い響きへと転化するのを聴く時、私はその音楽からは「なぜ?」という告発の叫びを聴きとらないわけにはいかない。

       また、第2楽章「怒りの日」での激しい音楽が表現しているものは、最後の審判で人間を断罪する神の怒りであるよりも、当時、世界中に蔓延しつつあった非人間的なおこないへの、作曲者の激しい怒りではないかと思える。およそ祝典とか祝賀とは無縁の音楽を、「不謹慎」と拒絶した当時の日本の当局は正しく音楽を理解していたと言えるのかもしれない。

       だからこそ、第3楽章の永遠の安息を願う祈りが、ちぎれんばかりの痛切さを帯びて響く。弱音で示されたヴァイオリンの歌が、クライマックスに向けてどんどん膨れ上がっていくさまと、頂点に達した後にアーチを描くように静寂へと沈んでいく過程の、何と哀しく、美しいことか。漠とした曖昧さを残した終結は、祈りがたしかな解決へ向かっているのか、静かな諦めへと霧散していこうとしているのかはっきりと示しません。最近の洋画でよく見られる手法ですが、決して安易なハッピーエンドで終わらせることなく、結末を宙づりにして最終的な答えを私たち聴き手に委ねているかのようです。

       最後の音が鳴り響くや否や、インバルが、拍手が起こる前にあっけなく指揮棒を下ろし、クルリと客席を向いて答礼した時、不謹慎な音楽の、かつてないほどに不謹慎きわまりない演奏を通じて、演奏者から、何かとても重い「問い」をバトンタッチされたような気がしました。

       勿論、演奏そのものが素晴らしかったのは言うまでもありません。ブリテン特有の一切の混じりけを拒絶するような純粋な響きのありようはそのまま、あたたかい血の通った音色こそは、インバルと都響が長年かけて培ってきた独特のカラーそのものだったと言えるのではないでしょうか。しかし、「問い」を引き継いだというたしかな実感を得られたこそが、私にとってのインバルの指揮する都響するブリテンの「シンフォニア・ダ・レクイエム」の体験の本質だったように思えます。

       私は若い頃から愛聴してきたこの曲を、真に感動的な演奏で実演を体験したいと切望していましたが、その願いがようやく叶った喜びに浸りながら聴き終えました。



       休憩後は、バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」。

       ナレーターによる神との対話と、管弦楽と合唱が奏でるユダヤ教の祈りであるカディッシュやディン・トーラーが交錯しながらドラマを作り上げていくユニークな交響曲。彼が遺した最後の交響曲であり、私たち日本人にとっては、1985年8月、広島の原爆投下40周年の際に、彼がヨーロッパの若い音楽家を集めたオーケストラを率いて広島で開いた平和祈念コンサートでの、演奏の記憶が今もまだ鮮烈に焼き付いています(私はテレビとFMで視聴したのですが)。

       今回の演奏では、ナレーターが語る台本は作曲者自身が書いたものではなく、ホロコーストの生存者で、バーンスタインともインバルとも交遊のあったサミュエル・ピサールが新たに書き起こしたバージョンが使用されました。プログラム発表当初はピサール自身が語りとして出演する予定でしたが、ピサールが昨夏惜しくも逝去したため、彼の妻ユディットと娘リアが分担して語りを担当しました。

       それは私が何度も聴いて知っているのとはまったく別ものの音楽でした。勿論、音楽は同じなのですが、台本が隅から隅まで新しく書き換えられているのです。演奏前に、会場で配布された冊子でテキストを読んでみると、たとえ最晩年のバーンスタインがピサールに「カディッシュ」の新しいテキスト執筆を依頼したらしいにせよ、そこまで換骨奪胎してしまって良いものかと一瞬思ったほどです。バーンスタインがずっと書きたいと切望したホロコースト・オペラが頓挫したからと言って、作曲者が敢えて言及を避けて普遍性を目指した台本にホロコーストという具体的な悲劇に言及してしまうのは本当に意味のあることなのだろうかとも。

       バーンスタインは、第二次世界大戦の記憶も生々しい頃、ベトナム戦争が激しさを増し、キューバ危機で第三次世界大戦の勃発が危惧されていた時期(1962〜63)にこの交響曲を書きました。しかも初演直前には彼が敬愛していたケネディ大統領が暗殺された(スコアには「ジョン・F・ケネディの愛する思い出のために」という献辞が記されている)。バーンスタインは、殺戮と暴力の世紀の真っ只中、まさしく「不安の時代」の中で、信仰の不在、神への不信にいら立ち、この危機的な状況の中でも神との和解は可能なのかと、語り手を通じて自らと聴き手に問いかけたのです。

       しかし、その問いへの答えは分かっている。'Yes'であると。激しい言葉で神を非難し、怒りをぶつけながらも、傷ついた神を慰め、夜明けとともに「私たちは結局は一つ。新しい世界を創り直そう」と呼びかけ、神を賛美する音楽とともに耀かしい大団円を迎える。

       世界各国で演奏されるたびに大きな賞賛を浴びつつも、ナレーションの神よりも自分を上位に置いたような語り口は不遜だと一部から激しい非難を浴び、音楽では死者への祈りを歌いながらも言葉として「死」への言及がないことの不可解さがつとに論じられてきました。バーンスタインの音楽を熱烈に愛する私も、語りの不遜なまでの「私」の視座という以前に神というものへの実感がなく、ユダヤ教という宗教にも縁が遠いこともあって、音楽そのものが持つ力には胸を打たれつつも、なかなか実感をもって聴くことはできないで来ました。

       一方、9・11を受けて書かれたピサール版は、神に語りかけ、激しく非難しながらも最後に和解へと旋回するという大きなプロットはオリジナルをなぞっていますが、ユダヤ人強制収容所に入れられながら、奇跡的に生き残った人間としての立場を鮮明に打ち出している点が大きく異なります。凄惨な現場を体験し、愛する人を失った人にしかできない生々しい証言と悲しみの吐露が随所に組み込まれ、アウシュヴィッツの後に人類が体験した人災たる悲劇を持ち出し、人間を見棄てた神に怒りをぶつける。

       しかし、それでも神は彼を救ってくれた。決して彼を見棄ててはいなかった。閉ざされた彼の心を開き、そして家族に巡り合わせてくれたことへの感謝を神に捧げ、新しい約束を結ぼうと手を差し伸べる。そして、世界中の人々があらゆる宗教を超えて繋がろうと提案する。

       バーンスタインの書いた台本の弱点と言われるもの、つまり、自身は何も悲劇を経験していないにも関わらず一方的に神を非難し見下すような傲慢さと、ユダヤ教という一定の一神教に拠ることの特殊性、そして、「死」への言及を敢えて避けたかのような分かりにくさといった諸々は、このピサール版によってある程度解消されたと言って良いかと思います。

       ピサールの書いた台本を通して、映画「サウルの息子」を彷彿とさせる収容所のガス室の凄惨な情景や、自分だけが生き残ってしまったことの罪悪感と、ナチスに殺された家族や同胞への心情の吐露に触れれば、この人ならば神を罵り、なぜ?と詰問するだけの正当な理由があると思える。さらに、その上でもなお、人の罪を赦し、神を赦し、新しい未来を想像するのだという気高い思いを告げる言葉には、「夜と霧」の著者であるフランクルの「それでも人生に'Yes'と言う」という書籍のタイトルを思い起こしつつ、深く頭を垂れ、耳を傾けずにいられません。

       驚くべきは、それほどまでにオリジナルとはかけ離れた展開でありながら、語り手である「私」は、バーンスタインがこの作品を通じて辿り着きたかったであろう「絶望の中にあっても、私たちは神と和解することができる」という結論に到達していることです。しかも、そのロジックの背景にある凄絶な体験と、淡々とした言葉の中にこめられた真実と実感の強さゆえに、私はオリジナルよりも遥かに輪郭のはっきりした実感を持って聴くことができたし、胸を激しく揺さぶられました。

       そう、激しく揺さぶられたのです。私にとって大切な曲を初めて実演で聴くという高揚感も手伝ってのことともあると思いますし、ピサール版の台本の言葉に手足が引きちぎられるような痛みを覚えたことも要因になっていると思うのですが、でも、私がこの日の演奏で最も深い感銘を受けたのは、やはり、バーンスタインが書いた音楽であり、インバルと都響、二期会合唱団と東京少年少女合唱隊らの演奏だったと言えます。

       いや、ピサール版の台本が良くないと言っているのでは断じてありません。前述の通り、バーンスタイン自身の手による台本に対して感じるしこりのようなものが取り払われたこと、ピサールの創作がバーンスタインの遺志を継いだものであるかどうかはこの際関係なく、この交響曲が、「いまここ」というコンテキストの中で新たな生命を得たであろうことは疑う余地がないのです。

       それでもなお、私が台本を上回って音楽に感銘を受けたという根拠は、語りのない部分、もっと言ってしまうと、声楽の入らない管弦楽だけの部分でさえ、作曲者の思いに触れ、懐かしい彼の肉声を確かに聴き取ったような気がして、心が果てしなく高揚したということにあります。

       中でも、フィナーレに入って少し経ったところで一旦音楽が静まり返った後、弦楽器が声を潜め、聴こえるか聴こえないかというくらいの弱音で祈りの歌を奏でる部分。これまでバーンスタインの自作自演でしか聴くことのできなかった、「魂」という言葉しかそれを受け止められる器が見出だせないほどの、人間の存在の根源から生み出されたような声に触れ、震えが止まらなかったのです。

       2年前に彼らが演奏したマーラーの交響曲第8番を実演で聴いた時、その第2部「栄光の聖母が漂いながら登場する」というト書きのある練習番号106(780小節)、ハルモニウムの和音とハープの分散和音に乗ってファーストVnが美しい旋律を歌う場面で聴かせてくれた、静けさと痛切さに満ちた深い祈りの歌まざまざと思い出しました。あるいは、バーンスタインの最高傑作である「ウェストサイド・ストーリー」のフィナーレで、トニーが殺されて若者たちが哀しみに打ちひしがれる中、"I have a love"の旋律がヴァイオリンで静かに歌われる場面も脳裏をかすめました。

       民族や人種、国籍、性、時代という属性、言語や宗教という壁さえ楽々と超えて聴き手に伝わる普遍的なものがそこに確かにあったし、最後にたどり着く答えは「yes」であってほしいという懇願にも似た祈りと、人間は絶対にそこへ到達できるのだという信頼がない交ぜになった痛切な信仰告白が、ただただ純粋な音として表現されていたような気がしました。身も蓋もない言い方をしてしまえば、この日の演奏で、もし仮にオリジナルの語りが使われたとしても、いや、もしも語りそのものがなかったとしても、私はインバル指揮する演奏から、この日と同じようなとてつもない感銘を受けていたのではないかと思えるほどに。

       しかし、そうではあっても、清楚な美しさをもったソプラノのヴィコパロヴァーの歌唱と、(私が普段聴き慣れない言語ではあっても)テキストが明瞭に聴きとれた上に、祈りの音楽に生き生きした「いのち」を吹き込んだコーラスが加わり、さらにピサールの実感のこもったナレーションが音楽の展開を牽引することでこそ、この私にとっては決定的な意味をもつ「カディッシュ」の演奏が初めて完結したということは間違いありません。

       今回の演奏は、インバルと都響のコンビの輝かしい業績として称えられるべきと思いますが、私にとってもまさに稀有の聴体験となりました(勿論、ブリテンも素晴らしかったのですが!)。これまで私は、この交響曲を若干の違和感を持ちつつも心から愛してきましたし、もっと広く聴かれる価値のある音楽だと感じていましたが、今回のピサール版を使ったインバルの渾身の演奏が再評価の嚆矢となるのではないかという期待を抱いています。ただ、たった1回の東京の演奏会で、たった2000人足らずの人が聴いただけなどというのはもったいないこと極まりない。是非この演奏を音盤に刻み込んでほしいと思いましたが録音されていたのかどうか。

       すべての演奏を聴き終え、出演者に惜しみない拍手を贈りながら、私は、バーンスタイン自身の作ったバージョンにはなかったメッセージを二つ受け取ったような思いを抱きました。

       その最初のものは、台本にも何度か出てきた「忘れるな、刻み込め!」ということ。忘れてはいけないこととは、アウシュヴィッツであり、広島・長崎であり、9・11であり、人類が経験して来た忌まわしい人災のすべてであり、そこで命を落とした人たちのこと。インバルの指揮する音楽のいつもながらの克明・精緻な演奏が、この曲では、もはや音を「刻み込む」というほどに聴き手の心に激しく斬り込むものになっていたのは、「忘れるな、刻み込め!」というメッセージを顕在化させるのに大きな役割を果たしていたと思います。

       もう一つ私が受け取ったメッセージは、「包摂せよ」というもの。この音楽が主にユダヤ教という一神教の文化を出発点として書かれたものでありながら、ピサールの台本は、「異教」の名前を挙げることで、この地球でそれらの宗教は互いを認め手を結ばねばならないと主張します。それはまさしくベートーヴェンが「第9」で謳い上げた人類愛と通じる思念であって、バーンスタインが生涯をかけて音楽を通して主張してきたことですから、もしも今まだ彼が生きていたら、ピサールと同じような主張をこの台本に盛り込んだに違いないと思えました。

       ただ、一つ気になることもある。それは、ピサールが、その怒りや絶望を、戦争や虐殺という「人災」に限定して向けていることです。日本人である私がもしもバーンスタインの台本を実感をもって感じる機会があるとすれば、地震などの「天災」に遭遇した時です。神という言葉を「自然」と置き換えればいい。なぜ自然は私を見棄てるのかと怒りをぶつけ、それでも自然を愛し、信仰することができるかという問いなら自分のものとして考えることができると思いますが、ピサール版はそうした私の思惑を激しく拒絶している気がするのです。

       しかし、そうは言っても、最終的には、私がこの曲からいつも受け取ることのできるメッセージを、今回の演奏でも受け取ることができたことは何よりも嬉しかった。

       それは「絶望してはいけない、諦めるな」ということ。「人間は神と和解できる」という答えが'Yes'であるということを決して忘れてはいけない。いまここにないものに憧れ、手に入れたいと切望せよ。このような絶望の中にあっても、音楽も祈りもどちらも可能なのだ。いや、可能であり続けなければならない。

       不可能だと諦めてしまったらすべてが終わる。「地球全体の死」が大きな口を開けて私たちを待っている。破局を免れるために、人間と神を信じ、愛するのだ、というようなものと言えば良いでしょうか。

       ともあれ、私は素晴らしい「カディッシュ」の演奏が繰り広げられたことに対して、感謝するしかありませんが、星回りが良かったということも忘れてはならないのかもしれません。2016年3月下旬に東京で演奏されることには意味があるからです。

       作曲と時期を同じくして起こったキューバ危機に関連して、つい先ごろ、アメリカがキューバと国交を回復し、現職としては88年ぶりにオバマ大統領がキューバを訪問したばかり。この交響曲の初演直前に暗殺されたケネディ大統領の娘さんが今まさに日本でアメリカ大使を務めている。そして、この演奏会の直前にベルギーでまたしても大規模なテロ事件が発生した。これ以上ないというほどに時機を得た演奏会だったという訳です。

       特に、ベルギーで起きたテロに関して言えば、インバルが指揮する「カディッシュ」の演奏は、私たちが直面している困難な課題にどう立ち向かうべきかという問いへの一つの答えを提示してくれているような気がします。その答えとは、実はバーンスタインがケネディ大統領の暗殺の数日後におこなった有名な演説の言葉に表現されている。50年以上も経ってまだこの言葉が生きているのかと天国のレニーに叱られてしまうかもしれませんが、演説の結尾の特に鮮烈な言葉を引用して、この無駄に長いエントリーを閉じることとします。

      私たち音楽家も他の人々と同じく、この殺人の悲しみと、この犯罪の無意味さに対する激しい怒りで呆然となりました。しかしこの悲しみと怒りは、私たちを報復に駆り立てるよりも、むしろ私たちの芸術を燃え立たせてくれるでしょう。私たちの音楽は、これまでとまったく同じものではなくなるでしょう。音楽を、以前にもまして、より強く、より美しく、献身的にすること、これが私たちの暴力に対する答えです。

      ジョン・F・ケネディへの弔辞(1963.11.25)
      岡野弁訳「レナード・バーンスタイン わが音楽的人生」(作品社)





       最後に、新しい台本を書いてくれたピサールと、演奏会で彼の代わりに印象的な語りをしてくれた奥さんと娘さんの二人と、インバル以下すべての音楽家に感謝するのは勿論のこと、私は、レナード・バーンスタインという私が最も敬愛する音楽家に対し、この交響曲を遺してくれたこと、エリアフ・インバルという指揮者を世に出してくれたことに心からの感謝を捧げます。勿論、「シンフォニア・ダ・レクイエム」を書いてくれたブリテンにも。

       この演奏会で得た経験をこれからも忘れず、2曲が私に投げかけてくれた問いをずっと考え続け、少しでも平和な世界へと近づけるように何か少しでもできることをしていきたいと思います。

      ■ピサールとバーンスタインが初めて出会ったポズナンでのコンサートでの「チチェスター詩篇」(1989)


      ■インバルがバーンスタインの「カディッシュ」のリハーサルに立ち会ったのと同時期の「チチェスター詩篇」(1977)

      <<「カディッシュ」に関するブログ記事>>
      ■バーンスタイン/交響曲第3番「カディッシュ」 バーンスタイン/ECユース管('85.8.7 広島)
      ■2015年8月6日にバーンスタインの「カディッシュ」を聴いて想う

       

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