インバル指揮東京都響 バーンスタイン/「カディッシュ」の後で

2016.03.28 Monday

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    ・インバル指揮東京都響 バーンスタイン/カディッシュの演奏会チラシ
     (2016.03.24 サントリーホール)






     
     かつてアインシュタインは「神はサイコロをふらない」と言いました。

     でも、やっぱりアインシュタインは間違っている。神様はやっぱりサイコロをふってくれることはある。東京都響主宰のとあるキャンペーンに応募したら当選(2名)し、3月24日にサントリーホールで開かれた都響の定期演奏会の後、指揮者の楽屋にご招待頂くことになったのですが、それはきっと偶然に違いないからです。

     演奏会終了後、都響事務局の方に連れられ、ホール下手側の舞台裏へ行くと、後片付けをするホールスタッフと、出演者に挨拶するイスラエル大使御一行たくさんの人たちでごった返していました。ピサール版の「カディッシュ」を演奏するということは、イスラエルの人たちにとっても大きな意味があるのだなと改めて思いました。

     挨拶が一段落し、楽屋へと招き入れらると、そこには、先ほど渾身の演奏を聴かせてくれた指揮者のエリアフ・インバルが、ニコニコと上気した顔で立っていました。そして、私たち当選者に"Congraturation!"とにこやかに話しかけてくれました(その後はずっとドイツ語で話されていました)。

     その後は、インバルが演奏会前には必ず飲むという特製ドリンクを振る舞ってもらって3人で記念撮影をし、そして、インバルに直接お話をさせてもらい、最後にサインを頂いてお開きとなりました。

     都響のスタッフの方も飲んだことがないという、スペシャルで美味なジュースを味わわせてもらったこと、憧れの指揮者とその楽屋で一緒に写真を撮って頂いたこと、持参したマーラーの交響曲第10番のクック版のスコアにサインをしてもらったこと、それらはいずれも、それはそれは幸せな体験でしたが、私自身一番嬉しかったことは、何と言っても、インバルに直接話しかける機会を頂いたことです。

     心から敬愛するインバルを前にかなり舞い上がっていましたが、通訳の方を通して、こんな意味のことをお伝えしました。
     

    今日は素晴らしい演奏を聴かせて下さり、ありがとうございます。
    そして、80歳、おめでとうございます。

    私は30年ほど前(1987年)にフランクフルトと来日された時から、
    ずっとインバルさんの音楽を聴いて来ました。
    あなたの指揮する演奏、特にマーラーでは、
    たくさんの"Nein !"が聴こえてくるのだけれど、
    いつも最後には"Ja !"が聴こえるところに心を動かされて来ました。

    今日の演奏会でもたくさんの"Ja!"を聴きとりましたし、
    これからもずっと、あなたの演奏の中に"Ja ! "を見つけていきたいと思います。

    ありがとうございました。


     彼は「30年前は東京で聴いたの?」と聞き返した以外は、ただただ頷いて"Danke"と言うだけでした。もしかしたら、演奏会でお疲れのところ、早く終わってくれないかとお思いだったかもしれませんので、こんなのは私のちっぽけな自己満足にすぎないのですが、青春時代から今まで、私にたくさんの幸福な音楽体験を与えてもらったことへの感謝の言葉を直接述べることができて嬉しかった。

     このブログやコロムビアのメルマガでも何度も書いてきたことなのですが、私は一人の聴き手として、彼の音楽からどれほど多くの豊かな宝物を与えてもらったかは計り知れないものがあるのです。勿論、きっと私なんかよりももっと長く、もっと多くインバルの演奏を聴いておられるファンの方もたくさんおられるでしょうから、私のような者がこんな幸福な機会を頂くのは罰が当たるかもしれません。私が彼に述べた言葉も、何と的外れなことを!と一笑に付されてしまうことでしょう。

     ですが、私は、ともあれサイコロをふってくれた神様に感謝することにしました。

     インバルが「ちょっとヘルシーすぎるかな?」と仰った特製ジュースは、でも、とても美味でした。ベースになるのはリンゴジュースでしょうか、そこにパセリなど様々なフルーツや野菜が入っているらしく、爽やかながら複雑な色合いの味が口の中に広がるのを味わいながら、あの緊張度の高い演奏の源はこれなのかと感無量でした。

     彼は、マーラーのスコアにサインと日付を書いた後、、「ウーム」と少し唸ってから、その横に(Kaddish)と書き加えてくれました。その日の演奏会とは関係のない音楽のスコアを渡してしまったので、後で見直した時に思い出せるようにと気を遣って下さったのかもしれません。余計な気遣いをさせてしまったと少し後悔しましたが、でも、彼の細やかな心配りに、多くの楽団員を束ねるリーダーとしての資質を見ましたし、優しくて大きな人柄に触れて胸が熱くなりました。

     そんなこんなで、「カディッシュ」で語りを務めたピサール夫人が楽屋に挨拶に来られたところで、私たちはインバルにさよならを告げて楽屋を退出し、再び事務局の方に案内して頂いてホールを後にしました。

     歩きながら、体が熱くなってきました。ジュースにはショウガでも入っていたのでしょうか、あるいは、私がただ感極まっただけでしょうか、理由はよく分かりません。でも、心地良い"熱"が体に広がるを感じながら帰路に着こうとした時、私は持っていた傘をホールの傘立てに忘れてきたことに気がつきました。

     慌ててホール正面玄関に引き返すと、そこでは、「カディッシュ」に出演していた少年少女たちが、親御さんたちと一緒に記念撮影をしていました。素晴らしい体験をした高揚感もあってか、皆、キャッキャと楽しそうに互いの写真を撮り合っていました。それはとても"美しい"光景でした。

     私はホールの警備員さんに頼んで、既にホールの中にしまわれていた傘立てから私の傘を取って頂いた後も、少年少女らの姿を暫く見ていました(怪しいおじさんだったかも)。

     「カディッシュ」で白い服を着て澄み切った合唱を聴かせてくれた子供たち(ある部分で、何度も反復されるフレーズの終わり、律儀に左手をふっと差し出すアクションを繰り返すインバルの仕草がとても印象的でした)が普通の子供たちに戻った姿を見ながら、1989年、ベルリンの壁崩壊直後のクリスマスに、レナード・バーンスタインが旧東ベルリンのシャウシュピールハウス(現コンツェルトハウス)でベートーヴェンの「第9」を演奏した時、合唱に加わっていた少年少女たちの姿をつい重ねてしまいました。あの頃の子供たちは今頃何をしているだろうか、きっと今は30代、難民の問題や、相次ぐヨーロッパでのテロについてどんな風に向き合っているのだろうかと考えました。死の直前、病身を押して世界に自由の貴さを伝えたバーンスタインの思いは、彼ら彼女らの中でちゃんと生きているだろうかと。

     そんなことを考えながら、今私の目の前にいる子供たちにも、今日のインバル指揮の「カディッシュ」の体験をいつまでも忘れないでいてほしいなという思いが心に強く湧き起こりました。もしかすると、今の彼ら彼女らは、今さっきまで出ていた演奏会がどれほどの意味があり、価値があるのかは自覚していないかもしれませんけれども、いつか、大人になった時に、再びバーンスタインの「カディッシュ」に触れて自分たちの貴い経験のありがたさを知ってほしいし、彼ら彼女らの子供たちにも、その得難い体験を伝えてほしい、自慢してほしいと思いました。

     そして、この子供たちが、不条理な死へのカディッシュを、特に自分たちへのカディッシュを歌うことのないように、私たち大人が踏ん張らねばならないのだなという思いを新たにするとともに、折に触れ、マーラーの10番のスコアに書いてもらったインバルのサインを取り出し、その思いをずっと忘れないようにするのだ心に誓いました。

     今回、このような素晴らしい体験をさせて下さった都響の事務局の皆様、一生忘れられないであろう鮮烈な演奏を聴かせて下さったインバル以下すべての出演者の皆様、そして、もう一度、サイコロを振ってくれた神様に心からの感謝を述べてこのエントリーを閉じます。


     

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