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【演奏会 感想】イリーナ・メジューエワ  ショパン、全夜想曲演奏会  (2016.06.18 東京文化会館小ホール)

・イリーナ・メジューエワ  ショパン、全夜想曲演奏会

 (2016.06.18 東京文化会館小ホール)

 

 

 

 

 

 

 「光害」という言葉があるのを最近新聞で知りました。夜間、都市が明るすぎて星が見えなくなり、天の川を肉眼で認めることができなくなっていることを指して言うのだそうですが、確かに、私たちが見ている夜空は、ほんとうの夜空なんかじゃなく、人工的に作った無機質な光の向こうに霞んでしまった「ただの背景」に過ぎないのかも、と思いました。

 視点を変えてみれば、星の瞬きや輝き、遥か彼方の銀河を自分の目で見るためには、こちら側、つまり夜空を見上げる「地上」の側がある程度暗くなくてはならないということでもあります。
 それは音楽も同じことなのかもしれません。演奏家の自己表出に煌々と照らされ「光害」にさらされた音楽は、それが本来もっている輝きや美しさから離れて、下手をすると何かの背景としてしか響かなくなってしまう。演奏家も、聴き手も、音楽そのものが内包している小宇宙や世界を自分の耳で聴き、身体で感じるためには、暗闇と、そして何より静寂が必要ということ。

 

 ピアニストのイリーナ・メジューエワが、演奏会でも楽譜を見ながら弾くのも、自身の持つ卓越した技巧をむしろ背後に押しやり外見はオーソドックスな演奏をしているのも、まさに自分が「光害」の源となり、作曲者と聴き手の間にたちはだかるのを何よりも厳しく戒めた結果生まれてくるものではないかと思います。

 今日、東京文化会館の小ホールで聴いた、彼女ショパンの全夜想曲の演奏もまさにそうでした。ショパンの書いた音楽の小宇宙を、十分な闇と、十分な静寂の中で、五感を総動員して感じ、味わい尽くした2時間余りでした。

 

 演奏会は、最初に遺作の嬰ハ短調を弾き、あとは同一番号のものをひとまとめにして作品番号順にOp,9,15,27,32の10曲を弾き、休憩後には再びハ短調の遺作で始めて、Op.37,48,55,62,72の9曲を弾くという構成でした。

 

 プログラムノートには彼女のこんな言葉が記してありました。

ショパンは生涯に亘って「ノクターン」を作曲しました。初期では美しいハーモニーとメロディが印象的でしたが、中期になると、力強さが加わります。後期作品はハーモニーとメロディが分けれられないほどひとつになっているのが特徴でしょう。その発展は、親密で個人的だった世界が、普遍的、詩的な高みへと昇華されていくプロセスです。ショパンならではの「詩情」とその様式の変遷をじっくりと味わっていただければと思います。

 

 彼女のこの言葉に私が演奏会で感じたことのすべてが言い尽されています。まるでベルカントオペラのアリアの如き甘美な旋律が克明なタッチで歌われるのに酔った前半から、一転、はるかに複雑な構成を持ち、より内省的で沈み込むような趣をもった深い音楽に浸りきった後半に至って、私はまさにショパンの「様式の変遷」と、「内容の深化」を、あるがままに感じとることができ、満天の星の輝きに心を奪われ、宇宙万物の法則に触れることの驚きと発見の喜びに遊ぶことができた。


 でも、その一方で、今日の演奏では、メジューエワのかけがえのない個性にもっと磨きがかかっていることを痛感したのも紛れもない事実です。記憶を確かめるために、今、あの素晴らしい2010年録音のCDを聴いているのですが、彼女の演奏は6年の年月を経て、より彫りが深くなり、陰影は豊かに、振幅は大きく、表現の多彩になっているということを確信しました。特に後半、Op.37以降の曲については、今日の演奏の味わい深さは際立っていて、驚きました。特にOp.55の2曲、Op.62の2曲は、それぞれの曲の表現にも打たれましたが、2曲の対比の鮮やかさにも惹かれました。

 それぞれの作品番号のまとまりには貫く気分のようなものがありながら、個々の音楽はまったく違う技法や語り口をもった別個のものでありまったく別の小宇宙を作り上げる。それぞれのミクロコスモスが、また別のミクロコスモスと互いに影響を及ぼし合いながら、宇宙を形作っていく。それが最終的に21曲の大宇宙へと広がっていく。そのさまを私たち聴き手は目に見えるものとして、耳に聴こえるものとして体験することができたのです。
 若林工房からリリースされレコードアカデミー賞を受けたCDは、当面、この演奏を超えるのは彼女とて並大抵のことではないだろうと思ったものでしたが、彼女はその並大抵ではないことをやってのけている。そして、自らの個性の輝きを増しながら、なおかつ自らが「光害」を引き起こすことなく、間違いなく音楽自体の光を私たち聴き手に届けてくれる。そんな極度に難しそうなことが一体どうやったら可能なのかとため息が出ます。

 今回、メジューエワは、ニューヨークスタインウェイ社の CD135  'Art-Vintage’ R というヴィンテージもののピアノを弾いていました。その楽器の独特の音色や癖によって、彼女の音楽の隈取がよりはっきりしてユニークな味わいが増したという点もあるかもしれませんが、だんだん楽器があったまってきて、曲を追うごとにその音色がより有機的に血の通ったものになっていくさまはスリリングでさえあって、楽器も込みでメジューエワの音楽の魅力が増しているのだということも痛感しました。

 

 ところで、今日、彼女の演奏姿を見ていて気がついたことがあります。
 まず一つ目は、彼女がいくつかの音を弾いた後、腕を大きく上に上げるケースが多いこと。自分の貧しいピアノ演奏経験から推測するに、それは鍵盤を上から叩くために腕を上げたのではなく、鍵盤を強いタッチで押さえたその反作用で腕が高く押し上げられた結果生まれたアクションだと思います。ピアノが押し返してくる力に抗わないことによってピアノの音色はさらに澄んだ透明なものになるということなのでしょうし、それは彼女の腕の力が完璧に抜けていることの表れでもあるのかもしれません。
 あるいは、彼女は音楽の流れ上、その音を強い思いをもって奏でたいのだけれど、楽譜に書かれている強弱、長短からはみ出てしまうのを警戒するため、なるべく早い瞬間で指を鍵盤から離すことで自らに制約を課しているようにも見えます。結果、それは、抑制された身振りの背後に激しい思いが込められた音として響き、音楽の生命をより生き生きとしたものとして躍動させる。そんなイメージを抱きました。
 

 もう一つ、片方の手が空いた時には、もう片方の手は掌を自分の方に向け、心の奥底から歌を引き出そうとしているかのようにひらひらと空間を舞わせる場面が多いこと。そのさまは、彼女がまるで自らに向かってレッスンを課し「もっと歌って!」と鼓舞しているかのようでもありました。それはもっと切実で、もっと肚の奥底の方から出てくる真実の声を誘い出すための「ルーチン」であるのかもしれません。同じ音型を繰り返す伴奏に旋律を乗っける時にも同じように手で空気を何度か「切って」から鍵盤を押さえるのも、やはりベストのタイミングで音を響かせようという意志の表れかもしれません。

 そして、もう一つ印象的だったのは、彼女は自分が「もう弾いてしまった音」をも制御しようとしている点。彼女は、深くまで鍵盤を押さえて和音が既に響き、音価も十分に過ぎてしまった後も、まるでヴィブラートをかけるかのように指を鍵盤から離さずに揺らすのです。私自身がチェロを弾く時、音を弾き切った後でも、左手はヴィブラートをかけたままにすることはよくあって、それは音の余韻をできるだけ美しく響かせたいという欲求からそうするのですけれど、楽器は違えど気持ちは同じなのだろうかと思ったりしました。

 

  私は彼女の実演を聴くのは1年半以上ぶりなのですが、音で聴くだけでは分からない彼女の演奏の素晴らしさの秘密に触れることができたのはこの上もない幸せでした。勿論、視覚的な情報は、却って音楽を聴く上でのバイアスとなり、場合によっては「光害」になってしまう可能性はあるのですが、彼女の演奏に限ってははそんな危惧は不要でした。

 

 鳴りやまない拍手に応えてのアンコールではエチュードから1曲と、プレリュードから第4番が演奏されました。「メジューエワさん、あなたはどうしてこんなに哀し気な音楽が似合うのか?!」と声を掛けたくなるくらいに、美しくて哀しい音楽であり、演奏でした。そうでなくとも長丁場の演奏会で、さぞかしお疲れだっただろうに、いつまでも聴いていたいと願わずにいられないような音楽が聴けて幸福でした。

 

 彼女の最近のCDの演奏を聴いていつも思うのですが、「私はこの音楽を、この人の音楽を一生聴き続けるだろう」ということを、今日の演奏会でもまざまざと思い知りました。こんなに豊かな体験を共有させてくれるメジューエワの演奏をリアルタイムで聴けることの幸せをいつまでも味わいながら生きていきたいと思います。そして、演奏会後、ホールロビーに長蛇の列を作ってサイン会に並んだ聴き手の方々の多くも、私の感じる幸せをきっと共有して下さっているだろうと強く確信しつつ、このエントリーを閉じることにします。


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  • 2017.03.01 Wednesday
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