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【ディスク 感想】ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第1,2番、草陰の小径を通って  エネルジエ・ノーヴェ弦楽四重奏団

・ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第1,2番、草陰の小径を通って

 エネルジエ・ノーヴェ弦楽四重奏団 (Dynamic)

 →詳細はコチラ(Tower/HMV)

 

 

 

 イタリアのDynamicレーベルから発売されたエネルジエ・ノーヴェ弦楽四重奏団の新盤、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲集を聴きました。このあまり聞き慣れない名前のカルテットは、2008年にスイス・イタリア語放送管(シェルヘン指揮のベートーヴェン全集のオケ)の首席奏者たちが創設した団体で、ルガーノを拠点としているとのこと。 2013〜14年にかけて録音されたものですが、彼らは同レーベルからは既にプロコフィエフのCDをリリースしている由。

 

 当盤は、弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」と第2番「ないしょの手紙」ともに、新ベーレンライター版による世界初録音であるという点に注目が集まっているようですが、私にとっては、それ以上に、ヤナーチェクのピアノ曲集「草陰の小径を通って」の第1部(全10曲)を音楽学者のブルクハウザーが弦楽四重奏に編曲したバージョンが収録されていること、ここに最大の関心があります。

 

 「草陰」は、私がこよなく偏愛する曲で、このブログでも何度かCDを聴いた感想を書いて来ましたが、この曲を初めて知ったのは、まさに本盤に収録されている弦楽四重奏版を演奏した時でした。もう20年以上も前のことです。
 私は、学生時代から大学オケの先輩とカルテットをやっていて、毎年一回、演奏会を開いていました。そもそもショスタコーヴィチの室内楽を演奏する目的で始めたのですが、ある年、ファーストヴァイオリンを弾く先輩がプラハの楽譜屋さんで楽譜を見つけて買ってきたという弦楽四重奏版を演奏することにしたのです。
 それは私にとってはまったく未知の曲でしたが、初めて合わせた時、いっぺんにこの曲の魅力にとりつかれてしまいました。以来、原曲のCDを見つければ可能な限り入手してきましたし、原曲の楽譜を買って来て(全音から出版されている)、弾けるところだけ爪弾いて遊ぶようになりました。
 しかし、なぜかブルクハウザー版のCDは見たことがなく(第1部10曲がまとめて収録されたディスクはこれが世界初録音ではないかと思います)、実演でも聴いたことがないので、20年以上越しに初めて音として聴くことができたことだけでも感無量、しかも、演奏が本当に素晴らしくて、購入してからヘビーローテーション状態になっています。

 

 私は「草陰の小径を通って」の魅力は、その甘美でせつないメロディにあると感じていました。また、簡潔な和声をピアノがぽつりぽつりと弾くことで生まれる静謐な響きにも強く惹かれてきました。

 

 ブルクハウザー編曲の弦楽四重奏版では、前者のメロディの美しさの魅力は、本来、旋律楽器である弦楽器が旋律を弾くことによって際立つ結果になっているのですが、この音盤で演奏しているイタリア語圏のルガーノで活躍する人たち(3人はイタリア出身らしい)の生み出す「歌」の魅力によって、さらに味わいの深いものになっている気がします。
 例えば、第1曲目「私の村の夕べ」冒頭のあの魅力的な旋律。あるいは、第7曲「おやすみ!」、第9曲「涙ながらに」、第10曲「フクロウは飛び去らず!」のコラール風旋律の部分など、特にファーストヴァイオリンのハンス・リヴィアベッラの「泣き」の入った、しかし、決して下品に陥らない、心のこもった歌のおかげで、これらの曲が実はどんなに美しい歌に溢れた音楽だったのかをいやというほど教えられた気がします。しかも、他の3人の奏者たちも、どの曲でも、旋律の背後で、自分たちの持ち分の中で存分にカンタービレを聴かせ、艶やかな音でたっぷりとカンタービレを聴かせる主旋律と拮抗するのでなおのこと「歌」の魅力が高まります。

 また、この曲のハイライトともいうべき「フリーデクの聖母マリア」(映画「存在の耐えられない軽さ」でも効果的に使われていた)は、原曲の楽譜の指定(四分付点音符=60)より随分とテンポが早く演奏されていて驚きますが、足踏みオルガンのような朴訥とした響きをもったコラールの祈りの清新な響き、伴奏のトレモロに乗ってひそやかに歌うヴァイオリンのソロ、いずれもピアノで聴くのとはまた一味も二味も違う「聖母マリア像」のポートレートになっています。あたたかい血の通った音がほのかな官能を帯びてて、そこから立ち昇るのは、「女」、なのです。美しくて、いつまでもその胸に抱かれていたいと思う、素晴らしい時間。

 

 こんなふうに、「草陰の小径」が、プッチーニやマスカーニのオペラも顔負けというくらいに、「美メロ」が次から次へと繰り出される音楽だというのは、原曲(ピアノ版やアコーディオン版)ではなかなか実感できないことだったので、それは私には新鮮で嬉しい発見でした。こんな曲だったっけ?と原曲の楽譜を取り出してみましたが、確かに、この曲の民謡から派生したと思しきメロディの素朴な美しさはいわく言いがたいものがあって、心の琴線に触れる歌があるのだということを強く実感できました。勿論、「ヤナーチェクらしくない」「民族色が感じられない」というような批判をする人だっていてもおかしくありませんが、私はこの歌に溢れた「草陰」を熱烈に愛します。

 

 この曲集のもう一つの魅力、つまり静謐な響きというのは、弦楽四重奏版では後退しているかもしれません。前述のような「歌」が前面に出た音楽になっているので、簡素で静謐な音楽が生み出していた抽象美は背後へ追いやられてしまっているのは否めない。
しかし、その代わり、4つの楽器の音色の差違が生み出す立体的で色彩豊かな響きの魅力には抗いがたいものがあります。
 それはむしろ、弦楽四重奏版だからというよりも、エネルジエ・ノーヴェ四重奏団の面々の生み出す響き自体が美しく、私の心を鷲掴みにしてしまったからです。
 このカルテットの奏者たちは皆、ヴィブラートの使い方が絶妙で、ここぞというところでは大きめのヴィブラートをかけて綿々と歌いますが、和声が大切な部分ではノンヴィブラートを巧く使って古楽器っぽい原色の響きを生むなどして、響きの純度への感度が非常に高い気がします。互いの音色を、柔らかく融け合わせたり、時には反発して緊張を生んだりと、とにかく多彩な「色」を聴かせながら、いつも響きが混濁しないように細心の注意を払っているように思える。特に、三度や六度のハーモニーの合わせ方が実に心地良く、ルネッサンス音楽の声楽を聴いている時に覚える快感に近いものを私の中に呼び起こします。そして、私の耳は官能的な悦びに浸る。
 しかも、彼らは、ただ歌や響きの表層的な美しさに胡坐をかくのではなく、心持ち遅めのテンポを基調として精密なアンサンブルを保ち、時折激しく音楽の中に斬り込みながら、音楽のもつ魅力を重層的に明らかにして楽しませてくれる。
眩いほどに明るく美しい響きの中からは、常に肉体性をもった具象の音が、そして歌が生まれ、私の耳にまとわりついてくる。私は、その音の空間の中で、ある時は人間の声を、ある時は、風にざわめく草原の音を、そしてまたある時は、フクロウの声を聴いたような気がする。これまで原曲を聴いて感じていたものよりも、もっと具体的で、もっとリアルな風景が私の中に湧き起こってくる。

 

 「草陰の小径」を聴いてそんな体験をしたのはこれが初めてのような気がします。これまでは原曲であれ、アコーディオン版であれ、私はもっと表面的にこの音楽のセンチメンタルな甘美さばかりに気をとられていた気がする。このスイスの団体の弾く弦楽四重奏版を聴いて、この「草陰」は、もっと作曲家の内面を赤裸々なまでに「歌」に託して表現した曲なのだということを知った気がします。
 特に、第8曲以降は、ヤナーチェクが、娘のオルガが20歳の若さで亡くなったことを悲しんで書いた音楽であることは、情報としては知っていましたが、こんなにも切実な作曲家の声がこの音楽に込められていたのだということに思い至りました。何度聴いても、胸をかきむしられるような思いで向き合わずにいられません。
 これらの3曲には、「父親」としてのヤナーチェクの姿が映し出されている。死の床で「私は死にたくない! 私は生きたい!」「あーとっても怖いの。私、戦っているの!」と叫んだオルガを思い、娘の部屋の前で鳴いて立ち去ろうとしないフクロウを追い払い(フクロウは死を迎えた人のところに現れ、死ぬまで立ち去らないという言い伝えがある)、その娘の言葉をメモして「発話旋律」として書きつけた彼の内面が映し出されている。

 

 ヤナーチェクが書いた「娘オルガの死に寄せる悲歌」の歌詞を思い出しました。

 

娘オルガの死に寄せる悲歌(詩:レオシュ・ヤナーチェク)

 

ほら ーー なんて穏やかで、屈託のない寝顔だろう、まだ年端もゆかぬこの少女!

蒼ざめていながら、眠っているようだ、両目を閉じて

深く静かな、深い安らぎが、茶色いまつ毛に宿っている

茶色い毛のかかる耳のあたりにも

嵐のような苦しみとはもう無縁、欲望に悩むこともない!

唇にはほほえみが浮かんでいる ーー もう決して、何も語らない唇に。

髪の毛はふわり、つめたい顔の輪郭を包んでいる。

ごらん、咲いたばかりの花のような顔に、雨がふりそそいでいるかのようだろう。

そう、眠っているだけ...そうとしか思えないくらいだ

あらゆる痛みから解き放たれて!

 

聞こえるだろうか、弔いの歌が合唱席から降り注ぐのが
涙が、泣き声が、残された者たち、彼女に先立たれた者たちから漏れるのが。
それらがないまぜになり、ひびきあう。
けれど、年端もゆかぬ少女は安らかに眠りつづける
まだ夢をみつづけながら・・・

 

だが、彼女の魂は死に打ち勝ったのだ

だからこうして、美しさがとどまっている−悲嘆が影を落とそうとも
天国の安らぎに銃べられて
悲しみも、憧れも、ただひとつのほほえみのうちに融けてしまう
不思議な力で変容したのだ、輝かしき穏やかさへと...!

 

ほら、彼女の魂がいま、まばゆい光の洪水のなかを昇っていく
命の果てに、至高の愛であらせられるかたに会いに行くのだ...。

(デ・レーウ指揮ヤナーチェク合唱曲集⦅アルファレーベル⦆ライナーノートより、白沢達生訳)

 

 この詞で歌われているものが、エネルジエ・ノーヴェ四重奏団の演奏する「草陰の小径」から聴こえてくる気がしたのです。こんなふうにこの曲を切実に聴いたのは初めてなのですが、それは恐らく、今年の春にヤナーチェクの「イェヌーファ」の上演を観て、その時の解説で、ヤナーチェクが完成目前のそのオペラの中の曲を、死にゆく娘オルガにピアノで弾いて聴かせたということ、当時は「草陰の小径」の作曲も同時に進んでいたことを知ったのも大きい。つまり「イェヌーファ」を通して、ヤナーチェクの父親としてのオルガへの思いに触れることができたからこそ、娘オルガと一緒に通っていた文化サークルの思い出を綴ったという「草陰」の根源にあるものが、私の中でとても具体的なものとして感じられたということ。
 そんなこともあって、まさに今聴くべき時に、弦楽四重奏による生々しい「草陰」を聴くことができたのだと、単なる偶然を、必然だったのだと意図的に誤解することにしました。これは間違いなく私の宝物のような愛聴盤になると思います。

 

 「草陰」を愛する余りに、メインとなる弦楽四重奏曲2曲について書く余力がなくなってしまいましたが、これらも「草陰」同様に、心持ち遅めのテンポでじっくりと音楽のドラマを表現しつつ、相当に強調したスルポンティチェロ(駒の近くで軋むような音を出す)さえも美しい楽音と感じさせるほどに、クリアな響きを聴かせてくれるあたりが嬉しい。例えばスメタナSQの演奏のイメージがモラヴィアの民族衣装を身に着けた清楚な東欧の美女だとすれば、グラマラスで妖艶なフェロモンをまきちらすセクシーな女性(例えばスカーレット・ヨハンソンとか、かな?) をイメージさせる演奏、というと譬えが悪いでしょうか。パステル画に対する油絵というような言い方も可能かもしれません。いずれにせよ、もう「古典」となった音楽として完全に消化した上で、楽々と、力まず、しかし、アクティヴな音楽として聴かせてくれるのは素晴らしいことだと思います。

 

 このディスクは、レコ芸の海外盤レビューあたりで、どなたがどんな風に取り上げるでしょうか。分かりません。まったく顧みられないかもしれないし、もしかしたら酷評されるのかもしれない。都心のCDショップでも、入荷数の少ない「在庫わずか」なアイテムとして、棚の片隅にひっそり置かれているにすぎないほどの「どマイナー」盤です。

 でも、私はにとって、この音盤は極私的名盤です。エネルジエ・ノーヴェ弦楽四重奏団にはこれから大いに注目したいと思っています。既発のプロコフィエフも聴きたいし、実演で聴きたい。その時には、必ず、必ず、必ず、「草陰の小径を通って」のブルクハウザー版の全曲を演奏してほしいと心の底から希望します。

 

 ピアノが弾きたくなりました。いや、弦楽四重奏版、またやってみたくなりました。

 

 


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  • 2017.03.01 Wednesday
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