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【ディスク 感想】ヒルセ/オラトリオ「人生のミサ」 〜 マルクス・シュテンツ指揮オランダ放送フィルほか

・ヒルセ/オラトリオ「人生のミサ」

 マルクス・シュテンツ指揮オランダ放送フィルほか(CPO)

 →詳細はコチラ(Tower/HMV)

 

 

 

 私の体をたくさんの男たちが通り過ぎていった。

 

 それは誰のセリフだったのでしょうか。長いことクラシック音楽のファンをやっていると、時折、「私の体をたくさんの音盤たちが通り過ぎていった」とため息交じりに言ってみたくなることがあります。通り過ぎていくということは要するに印象が薄い訳で、あんまり面白くなかった、心が動かなかった、だから一度聴いたきりで終わってしまったということ。そんな音盤なんて、たくさん、たくさんあります。

 

 CPOからリリースされたオランダの作曲家ヤン・ファン・ヒルセ(1881-1944)のオラトリオ「人生のミサ」の世界初録音も、最初に聴いた時は「私の体を通り過ぎていった音盤」にしかならないと思いました。
 オラトリオなのにミサとはこれいかに、ですが、デーメルの詩”Eine Lebenmesse”、つまり「人生のミサ」をテキストにして書いたオラトリオ。ヒルセがまだ23歳の1904年に書かれた曲で、大編成のオーケストラ、合唱団、児童合唱団、4人の独唱者を要し、オーケストラだけによる前奏を含む3部構成で、演奏に1時間近くかかる大曲(後に書かれたマーラーの8番やシェーンベルクの「グレの歌」を想起させます)。しかし、1911年1月7日にオランダのアルンヘイムで初演された後は、諸事情で楽譜を出版できなかったことなどもあって完全に忘れ去れていました。今回発売されたのは2013年にマルクス・シュテンツ指揮オランダ放送フィルが蘇演した時のライヴ録音です。
 初演当時、才能あふれる作曲者の将来を祝福する評がある一方で、旋律も和声も単調、構成も弱い、デーメルの詩の深みも理解されていないなどと散々酷評されたそうですが、それも無理もないかなと思う「つまらない」曲だと、最初は私も感じたのです。

 

 この曲は、明らかにワーグナーからの影響が顕著で、ところどころマーラーやR.シュトラウスの影も見え隠れしています。良く言えば保守的、悪く言えば亜流の音楽。確かに大編成のオーケストラと合唱団をぜいたくに使い、豊かなハーモニーを聴かせてくれるし、旋律にもところどころ見るべきところはあると思うのですが、どうにもこうにもすべてが印象に残らない。ハッとするような新鮮な場面もないし、耳に残る魅力的な旋律も欠けている。それに、のべつ幕なしに主和音が鳴り続けているような印象もあって、せっかく大編成のオケと合唱、独唱陣の生み出す響きも使い切れていない気がした。デーメルの詩も美文調で人生を賛美・肯定しているけれど、21世紀を生きる私にはあまり共感できるような内容のものでもない。
 とてもいい人なのはよく分かるけれど、心は燃え上がらない。エクスタシーも得られない。激しく求めたいという気持ちも怒らない。ああ、この人とは一度だけのアバンチュールで終わりかもしれないなと、聴き終わって思いました。

 

 でも、何か引っかかるのです。私の貧弱な鑑賞眼と感性では、一度聴いただけでは捉えきれない魅力があるような気がしてならない。それに、一度聴いてつまらないからといって切り捨ててしまうもことこそつまらない。もう一回聴き直してみたら印象が変わるかもしれない、そもそも初回に聴いた時は少しアンプの音量をしぼり過ぎたかもしれない。作品の規模に相応しい音量で聴き直すべきじゃないかと。

 

 ということで、若干アンプのボリュームを上げて聴いてみたら、案の定、音楽の印象がガラリと変わってしまいました。
 確かに感銘が弱い、音楽に魅力に乏しいという印象にはさほど変化はないのですが、音量を上げて聴いたせいでしょうか、音楽が俄然前にせり出てきて、こちらに何かを訴えかけているという実感は大きくなりました。

 特に、第1部、テノールが歌う「英雄」のアリアの後、女声合唱が母たちの歌を歌うあたり、あるいは、第2部の大詰めで合唱とオケが壮大なクライマックスを築くあたり、シュテンツ指揮のオランダ放送フィルが誠実な演奏をしているからだと思いますが、闇雲に興奮を煽るのではなく、独特の味わいのある高揚が面白い。そして何より主和音にまみれた単調な響きもずっとそこに浸っているのはなかなか心地良い。作曲家の出身は平野ばかりのオランダなので、だからこんなに平らかな音楽が生まれてくるんじゃないかなどとも考えてしまいました。全曲の最後を飾る大詰めの部分は、いかんせん合唱が歌うメインの旋律が凡庸でズッコケてしまうのも、それはそれでいいんじゃないかとさえ思えてくる。


 一分の隙もなく見事に作り込まれた名作、傑作からは決して得ることのできない、このユルいユルい音楽の中に浸るのも悪くない。私の上をただ通り過ぎていく音盤ではなく、いつも手元においていき、機会があればまた向き合える音盤であってほしいと思いました。こんなことやってるからCDが増えるばかりで、家族から文句言われるほどに棚から溢れた音盤が部屋を浸食している訳で、道楽もほどほどにせねばとは思うのですが、こう面白いものが次から次へと出るとなかなかやめられません。ヒルセの音楽をもっと聴いてみたいと思います(交響曲などがCPOから既発売)。

 

 演奏も非常に好ましい。演奏者たちはこの堅実な音楽を、堅実にソツなく音にしていく。声楽では澄み切った響きの合唱(特に女声)が素晴らしいですが、独唱陣の歌もいい(テノールは往々にして遅れ気味なのが気になる)。オケは音楽に必要なダイナミズムは十分にとりながら、響きの洗練と純度を保って充実した音楽を奏でているように思います。未知の曲を私たち聴き手に届ける演奏としては、まずは申し分のない出来を誇っているのではないかと思います。

 

 ロットやマーラーを愛聴している私の親しい友人は、この曲、気に入るでしょうか。

 

 最後に蛇足ですが、このCDの輸入元のインフォメーションでは、この録音でのシュテンツの演奏が「初演」とありましたが、ライナーノートでは前述のように1911年に初演されたとあります。どっちが正しいのでしょうか?音楽を楽しむ上ではどうでもいいことですが。


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  • 2017.08.16 Wednesday
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