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【雑記】続 ・ 「死んだ男の残したものは(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲)」の謎 (解決篇)
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    ・武満徹(1930-1996)

     

     

     

     

     

     

     

     

     昨年11月、私は「死んだ男の残したものは(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲)」の謎」というエントリーを書きました。今日は、その続きとして、その「謎」の答えを書きます。あくまで現時点での暫定的なものですが。

     

     最初に問題点を整理しておきます。

     

     武満徹が谷川俊太郎の詞に曲をつけた「死んだ男の残したもの」の初演は、一般的に1965年4月22日(24日説あり)、お茶の水の全電通会館ホールでおこなわれた「ベトナム平和を願う市民の集会」とされています。
     しかし、武満自身がライナーノートを執筆した岩城宏之指揮東京混声合唱団が録音した無伴奏合唱曲集のビクター盤には、「1960年の安保集会のために書いた」という記載があり、コロムビアからリリースされた石川セリの「翼」でも、ライナーノートで作曲年が1960年になっていました。
     この曲の初演は1960年と1965年のどっちが正しいの?というのが、私が提起した「謎」です。いろいろ調べていくと1965年説が正しそうなのですが、何しろ作曲家本人の文章に1960年と書かれているので、きちんと本当のところを調べるべきだと思ったのです。この曲がどんな文脈で書かれた音楽かを理解することは、演奏する側にとっても、聴く側にとっても大きな意味があると考えるからです。

     

     今年、没後20年を迎える武満徹に関して、最近、2つのトピックがありました。

     

     まず、小野光子さんの手による「武満徹 ある作曲家の肖像」(音楽之友社刊)が発売されたことです。

     

     

    ・小野光子著「武満徹 ある作曲家の肖像」(音楽之友社)

     →詳細はコチラ(HP)

     

     

     

     

     


     そこには、「死んだ男の残したものは」に関する記載もあって、一般的に言われる通り初演は1965年4月とされています。その限りにおいて特に新しい情報については述べられていないのですが、「1960年の安保集会」について、結構詳しい記載がありました。

     当該集会に、武満は若い音楽家の代表として参加し、スピーチをしました。まず、安保改正に反対する集会が盛会であることに驚いたが、岸内閣の姿勢に懐疑的な人が多いと知って安心したと述べたのち、「社会に対してはっきりとした考え方をもたないかぎり、そんな芸術は無価値である」と自らの考えを披露したのだそうです。その時、マイクを前にして話をする武満の姿を写した写真も添えられています。
     ところが、松平頼暁など多くの音楽家が参加したにも関わらず、何か新曲が披露されたという記載はない。あくまで討論をするための集会であったようです。1960年初演の根拠が薄まり、1965年初演説の信憑性が高まりました。

     

     次に、先日オンエアされた「題名のない音楽会」で、この曲の作詞者である谷川俊太郎さんが出演して、この曲について、ほんの少しだけお話されていました。
     谷川さんは、この曲は、武満らしくない陰鬱な歌だと評し、その理由として、「ベトナム反戦をテーマにした詞のせいだけどね」と仰っていました。そう、安保反対のために書いたのではなく、ベトナム反戦のために書いたのだということ。作詞家がそうおっしゃるのだから、間違いないような気がする。

     

     であるなら、「1960年の安保集会のために書いた」という作曲者自身のコメントは一体何なのか?という疑問が湧いてきますが、恐らくその答えは「作曲者の思い違い」なのでしょう。そう、武満のごくごく単純な、勘違い。ビクターやコロムビアのCDのライナーノートでは、何しろ作曲家本人の言葉ですから、結局、制作サイドから修正されることはなく、そのままリリースされてしまったと考えるのが自然ではないでしょうか。

     

     作曲者が自作の初演日時に関して思い違いをしたからといって、何の問題もありません。CDのライナーを書いたのが80年代前半ですから、その20年以上昔の記憶に5年くらい誤差があったって不思議はありませんから。

     

     また、武満の勘違いにも理由がありそうな気がします。それは、彼が、その「安保集会」の1960年には放送日不詳のラジオドラマ「死んだ無名戦士のための鎮魂曲」の音楽を担当していることです。彼の頭の中で、「死んだ男の残したものは」と「死んだ無名戦士のための鎮魂曲」にまつわる記憶が混線してしまったのではないでしょうか。この「死んだ無名戦士のための鎮魂曲」というのは、ネットでは情報がありませんが、音楽之友社刊、楢崎洋子著「武満徹 (作曲家・人と作品シリーズ)」の作品一覧に掲載されています(小学館の全集には収録されているのでしょうか?)。

     さらに、武満自身は、「60年安保」の敗北をもって「青春が終わった」と言っていたそうです。それほどに、岸内閣による安保条約改定の強行採決は彼にとって大きな傷となった。事実、デモに参加するうちに体を壊してしまったほどなので、よほど彼によっては許しがたいことだったのだろうと思います。ベトナム反戦のために書いた音楽の記憶を取り違えてしまうほどに、彼にとってはトラウマとなったということなのでしょう。1960年という年が彼にとってどれほど大きな意味を持っていたかということを痛感しますし、その目でまた彼の全作品を俯瞰してみると、また新しい視点が得られるのかもしれません。

     

     ということで、私の現時点での見解では、「死んだ男の残したものは」は、従来どおり1965年初演説が正しく、ベトナム反戦のために書かれたものだと考えて差し支えないのではないかというところに落ち着いています。

     

     そう思って武満自身が編曲した混声合唱版「死んだ男の残したものは」を聴き直してみると、「死んだ兵士の残したものは こわれた銃とゆがんだ地球 他には何も残せなかった 平和ひとつ残せなかった」という一節が一層胸に沁みてきます。

     

     前述の小野光子さんの最新刊では、この曲は、林光編曲版はじめ多くの歌手が歌っているが、武満自身の編曲版だけ、最後の音が長調になっているという指摘があります。武満の言うところでは、今日よりは明日が良い日になるという希望を持ちたい、という気持ちが表れているのだそうです。「死んだ歴史の残したものは 輝く今日とまた来る明日 他には何も残っていない 他には何も残っていない」という歌詞の「輝く」という言葉に一縷の望みを託したということなのでしょうか。黒人霊歌「時には母のない子のように」を思わせるような寂しい風が吹き込んでくるような後奏が、こうしてほのかな明かりを暗示して終わるのを聴くと、確かに胸にグッときます。

     

     武満が没して20年、私は今更ながら、彼の音楽と新たに出会い続けています。私という聴き手に、専門的な知識も、彼の抽象的な音楽への理解力も、どちらも備わっているとはまったく思えないのですが、それでも、私は、彼の音楽を聴いていると、その静けさをたたえた音楽の中から、たくさんの言葉が洪水のように溢れ出て、私の心に何かを語りかけてくるような気がしてならないのです。シリアスな作品であろうが、ポップ・ソングであろうが関係ありません。とにかく彼の音楽が私の心に響いてきますし、私の心が彼の音楽を求めてやまないのです。

     彼の音楽にある、静謐な饒舌、雄弁な静寂に耳を澄まし、彼が私たちに遺してくれた音の言葉にもっと触れていきたいと思います。私自身の生きる糧として。

     

    ・武満徹/明日ハ晴レカナ、曇リカナ〜混声合唱のための<うた>

     関屋晋指揮晋友会合唱団

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     

     

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