Langsamer Satz

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【映画 感想】「オーバー・フェンス」 オダギリジョー、蒼井優ほか(2016)
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    ・映画「オーバー・フェンス」

     出演:オダギリジョー、蒼井優ほか

     監督:山下敦弘

     (2016「オーバー・フェンス」製作委員会)

     →詳細はコチラ(公式HP)

     

     

     

     

     

     先日、村川絵梨主演の映画「花芯」を新宿の映画館で見た折、本編上映前に「オーバー・フェンス」という映画の予告編を見ました。

     

     主演はオダギリジョーと蒼井優。舞台は函館らしい。作業服を着たオダギリジョーが、松田翔太、満島真之介、北村有起哉らと一緒に大工の訓練を受けたり、ソフトボールの試合をしたりしている。そして、オダギリジョーが運転する自転車の後ろで、なぜか鳥の羽をばらまいている蒼井優の姿が。彼女の満面の笑みはチャーミングで、心を射抜かれてしまい、この映画も絶対観に来ようと心に決めたのでした。そう、私は蒼井優の大ファンなのです。

     

     

     蒼井優が映画でどんな演技をしているのか、予告編でちらりとみた濡れ場らしきシーンは一体どんなものなのかと期待を膨らませて映画を見始めた瞬間、私はあることに気が付きました。

     

     それは、私は、蒼井優以上に、オダギリジョーを見たくて、この映画を見に映画館まで来たのだということでした。以前から(映画「転々」や大河ドラマ「八重の桜」など)、役者としての彼の演技にとても惹かれていて、予告編で見た彼の立ち居振る舞いに興味を持ったのでした。彼の、演技しているのか、地のままやっているのか判じ難いくらいに飄々とした姿が、いいのです。

     

     全編を見終わってみると、やはりオダギリジョーと蒼井優ら俳優さんたちの演技には深い感銘を受けました。でも、それ以上に、映画のストーリーに強い印象を受けました。

     

     主人公の白岩(オダギリジョー)は、東京で暮らしていたが、離婚して仕事も辞め故郷の函館に帰ってくる。職業訓練学校で大工の技術を身に着けるが、そのうち、同級生の代島(松田翔太)に紹介されたホステスの聡(蒼井優)と知り合い、互いに惹かれ合う。どこかに心の傷を抱え、社会に適合できずにいる人たちが、互いに傷つきながらも、何とか心を通い合わせていくうち、職業訓練学校のソフトボールの試合の日がやって来る。自分の過去というフェンスを超えたいと思いを乗せ、試合を見に来た聡の前で、白岩は全力でバットを振り抜く・・・。

     

     こうしてあらすじを文字にしてしまうと、とても「ちっちゃくまとまった」映画のようにも思えます。何より、登場人物たちのキャラクターもそんなに強烈なものでもない。蒼井優が演じる聡(さとし)は個性の強い女性ですし、満島真之介演じる森は、暗くて歪んだ性格の持ち主ですが、悪人にはなりきれない。

     つまり正義の味方も、極悪人もいないのです。失業して職業訓練を受けているアウトローで、中には重い過去を背負っている人もいるし、水商売をやっていたりするのだけれど、みんな、善良で、人のいい小市民です。たまたま何かボタンの掛け違いがあって、社会の仕組みの中に居場所を見つけられないでいるだけ。「なんかダメ」というような中途半端な人たちばっかりで、いつも自分の周りにあるフェンスを超えられないでいる。

     でも、みんな自分から好き好んで「なんかダメ」という状態にとどまっている訳ではない。生ぬるい空気の中で日々をやり過ごしながらも、そこから抜け出す術を見つけようと必死にもがき、ダメなものを外に投げてしまいたいと思っている。フェンスの外にあるものに憧れ、それが手に入れられないと苦しんでもいる。だから、フェンスの中にいる人たち同士で傷をなめ合い、時に反発して傷つけ合う。ボロボロになるくらいにぶつかり合いながら、だからこそ、ぬくもりを求めて心を開き、ささやかな喜びを分かち合い、肌を重ねる。

     

     そんなふうに、不器用に、カッコ悪く生きている人たちの姿は、私自身のそれと重なり、いじらしく、愛おしく思える。お前は職もあり、家族もあり、住む家もあるではないかと言われるかもしれませんが、私も「なんかダメ」な人間であることには変わりはない。オダギリ、松田、満島、北村、みんな私と全然違うけれど、皆どこか私に似ている。

     自分の周りにあるフェンスを超えられないで、毎日もがいているから。自分の住んでいる世界への違和感を覚え、本当に自分の居場所などあるのだろうかと不安に怯えつつ、それを自分の中で懐柔して打ち消し、何食わぬ顔をして生きている。自分はもうこのフェンスの中から出られずに一生を終えていくのだろうか、それでもいいんじゃないかとさえ思い始めている。

     でも、せめて、それがたとえ空想であったとしても、ただの願望であったとしても、いつの日にか、このフェンスの向こう側へ飛び出し、そこにあるものを手に入れられるときが来ればいいと夢見るのも悪いことじゃないかなと、印象的なラストシーンを見ていて思いました。

     

     オダギリジョーは、ここでもやはり演技なのか地なのかまったくわからない不思議な存在感を全開させていました。
    白岩という男は、つかみどころのない性格の人です。東京では仕事一辺倒で子育ても妻に任せっきりだった。ある日、彼は、孤立し、追い詰められた妻が、子供の顔に座布団を押しつけていたところに出くわし、すんでのところで惨事を食い止める。離婚して妻を実家に帰し、故郷に帰って、次の人生を歩もうとするのだけれど、自暴自棄になっているのか、すべてを諦めてしまっているのか、本当に大工になろうと思っているのか、さっぱり心のうちが読めない。毎日毎日単調な生活を送り、人付き合いもそこそこにしかしない。
    でも、聡との出会いが彼を少しずつ変えていく。彼女は、彼に対してなかなか素直に愛情表現ができない。彼の過去を厳しく詰問したり、突然連絡しなくなったり、いろいろと思いがけない行動に出て彼を困惑させる。そんな聡(さとし)の激情に触れ、白岩は激しく自分の心を吐露する。そこで初めて、彼は聡を心から愛しているのだということを感じ取ることができる。その時の真に迫った演技がとても印象に残りました。

     また、東京から会いに来た元妻(優香)と話をしているうち、こみ上げてきて声を抑えて号泣する場面は、沁みた。感極まってしまいました。

     

     

     彼はほとんどのシーンで抑えた本音の見えない演技をしているだけに、人間の心のいちばん奥にあるものが噴き出してくるのが見えたようで、そして、白岩という男の「なんかダメ」加減にあまりに共鳴したので。ああ、ほんとにいい俳優さんだなあと、ますます彼のファンになりました。

     

     そして、蒼井優。彼女は、例えば大竹しのぶの流れを汲む、「憑依型」の俳優さんだなと思いました。まさに「聡」という役が彼女に乗り移ったというか、降りてきたような印象。

     聡は原作ではほとんど脇役としてぼんやりとしか描かれていませんでしたが、この映画では、もう少し強い性格が与えられている。昼間は函館公園でバイトをし、夜はキャバクラのホステスをしているけれど、どうやらメンタルに問題を抱えているらしく、毎日薬を飲みながら暮らしている。白岩の元妻に激しい嫉妬心を燃やし、彼の過去について知りたいと何度も詰問し、断られると、自分は馬鹿にされていると怒り、彼をなじったりもする。彼女もまたフェンスから出られずにもがき苦しんでいる。函館公園内の動物園の動物たちを一斉に逃がすという奇行に出てしまうが、何も事態を解決してくれはしない。
    そんな傷つきやすくて危うい女性を、蒼井優は、まさに「役が自分に降りてきた」かのように演じる。こんなにめんどくさくて重い女は、リアルにいたら付き合いたくもないし、抱きたいとも思わないだろうけれど、蒼井優が演じると、白岩でなくとも、抱きしめて、その傷ついた心を何とか癒すことはできないだろうかと思ってしまう。
    勿論、彼女の痛みや苦しみを癒すことなんてできないのだけれど、ソフトボール大会でのラストシーン、白岩の「一振り」に彼女が見せた表情には、そのボールの行方が事態をまったく変えてくれるのではないか、二人で一緒にフェンスを超えることができるのではないか、そんなかすかな希望を感じさせるものがあって、印象的でした。彼女もやっぱりいい女優さんだし、「いい女」だなと惚れ惚れしました。

     

     他の俳優さんたちもみんな素晴らしい。

     白岩を信頼しつつ、彼に紹介した聡が、白岩と親密になるのを、少し苦い思いで見ている、代島役の松田翔太の切なさ(チャラい男なんですけど)。

     大学中退で自衛隊を辞めて訓練校にやってきて、周囲から「学歴あるくせに」とバカにされついに爆発する森役の満島真之介の鬱屈した思いを宿した表情。

     ヤクザから足を洗って堅気で生きていこうと努力する原役の北村有起哉の複雑な生きざまを感じさせる演技。

     そして、白岩の妻を演じた優香のしっとりとした表情。

     どの俳優さんもこのちっちゃくまとまった映画の中で、存分に振る舞い切っていて素晴らしかった。

     

     この映画、若い頃に見たのではきっとまったく共感できなかっただろうと思います。自分が「なんかダメ」な人間だというのは頭では分かっていても、まだ自分はひとかどの人間になれるのかもしれないという根拠のない希望を持っていたから、この登場人物たちの「なんかダメ」な姿を、自己責任だと嘲笑したかもしれない。
    でも、いまは違う。その根拠のない希望は私にはもうないから、この「なんかダメ」な人たちは、特別な人たちでもなく、私という人間と何ら変わらないということを身に沁みて感じるので、映画にどっぷりと浸って、感情移入できる。
    それが良いことなのかどうかは分かりませんが、「いい映画だな」と満足感を得られる映画の幅が大きく広がったことは間違いないので、それはそれでいいんじゃないかなと思いました。

     

     そして、そんなひたすら残念な感想を抱きつつも、なんかダメな私も、白岩のようにフェンスを越える「一振り」、人生の中で一度だけでもやってみたいな、という気はしました。

     

     その意味で、とても「いい映画」なんじゃないだろうかと思います。もう一回、映画館で観たいです。

     

     

     

     

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