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【演奏会 感想】ヴァレリー・アファナシエフ ピアノ・リサイタル(2016.10.29 浜離宮朝日ホール)

・ヴァレリー・アファナシエフ ピアノ・リサイタル

 (2016.10.29 浜離宮朝日ホール)

 

 

 

 

 

 

 

 

<<曲目>>

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第10番ハ長調K.330
モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付き」
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第20番イ長調D.959

(アンコール)

モーツァルト: 幻想曲ニ短調 K.397

 

---

 

 ヴァレリー・アファナシエフというピアニストは、私にとっては、いつも「想定外」の音楽家です。コンサートでも、ディスクでも、彼の演奏を聴くと、聴く前の予想や期待を裏切るような体験をいつもします。

 

 他のどんなピアニストもやらないようなテンポ、デュナーミク、間合い、歌い回しに遭遇する。彼が前にやった同じ曲の演奏と比べて、別人かと思うようなテンポや表現に触れる。予想もしていなかったような部分で、エキセントリックとしか言いようのない異様な音楽に出くわす。そんな経験。いや、「期待を裏切られる」というより、私という聴き手の理解の範疇を超え、ずっとずっと先を行くような、そんな音楽を聴くというのが正確かもしれない。ともかく、「ああ、これがいつものアファナシエフだ」と予定調和的な喜びをかみしめながら彼の演奏を聴いたことは、たとえ音盤の反復再生であっても、一度もないのです。

 

 私は、彼の演奏のそんな「想定外」に猛烈に惹かれます。「これは一体何?」「どうしてこの場所でこういう演奏が出てくるのだろう?」というクエスチョンマークが私の頭の中と外で飛び交う。どうせその答えなんて見つけられないとは分かってはいても、考えずにはいられない。その時間こそが彼の演奏を聴く醍醐味だと思っています。

 だから、彼の音楽における「想定外」は、否定的なものではまったくありません。私が彼の音楽をあまりにも愛するがゆえのことでしょうか、その「想定外」は奇をてらったものではなく、むしろ彼の音楽にあるものの方が「真実」であり、私がそれを理解していなかっただけであるようにさえ思えたりする。それが、私にとっての、アファナシエフの音楽の不思議な魅力です。

 

 その点、去る10月29日に浜離宮朝日ホールで聴いたヴァレリー・アファナシエフのピアノ・リサイタルも「想定外」で埋め尽くされた稀有の体験でした。
 プログラムは、前半は最近新録音が発売されたばかりのモーツァルトのピアノ・ソナタ第10,11番、休憩を挿んで後半は、彼の得意とするシューベルトのピアノ・ソナタ第20番。

 

 殊にシューベルトが凄まじいばかりの「想定外」でした。今まで浴びるように聴き続けてきたこの曲が、まるで初めて聴く曲のように思えたのです。テンポ自体は中庸から早めというくらいのもの(それだけでも想定外とは言えなくはないですが)ながら、どういうふうに楽譜を見たらそんな表現が出てくるのだろうか?と呆気にとられてしまうような音楽が聴こえてくる。

 

 思わぬ箇所で、音楽の自然な流れを遮るようなギクシャクした間合いをとって「躓かせる」。普通のピアニストなら音を均して流麗に弾くであろう場面で、プツリプツリと音と音のつながりを「断ち切る」。最近話題のボブ・ディランばりにフレーズを「放り投げる」。アクセントやスフォルツァンドで信じられないくらいに大きな強度をもった音を「叩きつける」。常にインテンポを身上とする彼が、第4楽章ではむしろアッチェランドするくらいに、音楽のボルテージが上がるたびにテンポも上げ、音楽を激しく「揺さぶる」。

 

 彼自身は純粋にピアニスティックな要請からそんな音楽を奏でているのだと主張するのでしょうが、その背後で、彼がシューベルトのこのソナタの楽譜から読み取ったものは厳然とあって、それをピアノという楽器によって具現化した結果として、これらの一種異様な音楽が生まれてきたのだろうと思うのです。

 

 では、アファナシエフがシューベルトの楽譜から読み取ったものが何なのか、何らかの価値基準から見て正当なものなのであるか。体系的なバックボーンを何にも持たない私には分かりません。それは恐らく具体的なストーリーをもった「ドラマ」ではなく、もっと違う何ものかであろうと確信はしているのですが、私は一生かかっても答えにはたどり着けないだろうし、答えを教えてもらっても、本当に腑に落ちるとことまでは理解できないのでしょう。

 しかし、私は間違いなく、アファナシエフが弾いたシューベルトで激しく心が動いた。このまま聴いていたら私はどうなってしまうんだろうかと心配になるくらいに、彼の演奏にのめり込んだ。特に第2楽章では嗚咽をこらえるのに難儀するほどに。

 あの一度聴いたら忘れられないクライマックスでの破局の痛ましさはいかばかりだったでしょうか。その一面焼け野原のような不気味な静けさから、とぎれとぎれに歌が立ち昇る時、絶望の中からフラフラと立ち上がろうとする人の姿を見ることはできないでしょうか。

 私が聴いたアファナシエフのシューベルトは、やはり「想定外」のものではありました。しかし、同時に、「私の中にこれまでもあったもの」でもありました。ただ存在に気づいていなかっただけか、気づいていても長いこと忘れてしまっていただけで、それらはもう既に私のもの。アファナシエフの演奏が、私の外部から沁み込んできたことで、私のなかの閉ざされた記憶を再び私の中で解き放ってくれた。

 ただ、それは、私の裡の、どちらかというと苦しみや悩み、痛みを伴った記憶をよみがえらせます。あの真ん中部分の、激しいカタストロフが特にそう。また、私の楽しく、幸せで満足そうな記憶は、もう二度と戻ってこないものとしてセピア色の風景として回想されるだけ。
 音楽を聴いてまさかそんな体験をするなどとは予想していないから、それは私の「想定外」となり、驚きとなり、大いなる共感を生み出す。そして、この音楽は、シューベルトが書き、アファナシエフが演奏したものだけれど、最終的には私のものである、私はこの音楽の中に生きる権利があると確信する。この場所になら、私は居てもいいんだと安堵する。


 まるで自分探し系ポエムのようなことを思いながら音楽を聴くのは不健康な気もしますが、そんなふうに感銘を受けたことは間違いないので、自分が演奏会場で感じたことを、敢えて訂正することもない。「想定外」の体験が私にもたらしてくれたもの、ことの豊かさにただただ感謝するしかない。


 アファナシエフは、ミスタッチを結構連発していました。彼自身として満足のいく演奏会だったかどうかは分かりません。もしかすると、フィナーレの加速も、何か彼の中で精神的・情緒的な不安定さゆえに意図せずに起こったと考えられなくもない。ですが、そんなことをもろともせず、崩壊のリスクをとりながらも、やむにやまれぬ衝動に従って、彼は音楽の核心へとたえまなく斬り込んでいき、白熱していったのではないかと思います。だからこそ、あんなに切実で、身を切るような音楽が生まれてきたのでしょう。

 

 そんな稀有のシューベルトに比べると、前半のモーツァルトは、確かにこれも彼の非凡な「想定外」の演奏には違いなかったのですが、まだシューベルトほどには「腑に落ちる」というところには至れませんでした。

 

 一つ一つがダイヤモンドみたいな質量と輝きをもった音。ニュートラルのギアが相当に強めの音に設定されているかのように、常に大粒の音で満たされたモーツァルト。時折オヤと思うような意外な間合いや強弱があって、驚きに満ちた音楽。最近彼が重視しているというハーモニーは、ここでは、和音を多用しないモーツァルトの音楽では、伴奏の和声を後景とし、主旋律がぐっと前景に突き出してくるようなユニークな遠近法として立ち現れてきて、それも美しい。ただ、それらがシューベルトの時ほどに「そうでなくては!」と思えていないのは、あまりにも「想定外」で、私の中の何がそこに結びつくのかが見えていないからなのだろうと思います。これから、彼の新しい録音を聴いたり、また再び彼の演奏を実演で聴いたりしていくうちに、「ああ、あれはああいうことだったのか」と気づくことができるのかもしれない。そんな日が来るといいなと思いますし、きっと来るような気がします。

 

 ただ、アンコールで弾いたモーツァルトは幻想曲、こちらは、曲想のせいかもしれませんが、シューベルトのところで述べたような体験をすることができました。昔から彼が得意とする曲でしたから、弾く方も聴く方も、音楽に対する態度がある程度熟していたのかもしれません。

 

 ともかく、まったく得難い体験をしました。アファナシエフ自身が寄稿したプロクラムノートも刺激的で、心に響くものでした。また次の来日、そして今後発売される音盤、どちらも聴くのが楽しみでなりません。


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  • 2017.01.30 Monday
  • -
  • 03:59
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コメント
本当に、おっしゃるとおり。私が今回感じたこととぴったり重なります。不思議なほど。次が待ち遠しいですね。
  • ねこ
  • 2016/11/20 12:49 AM
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