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【演奏会 感想】冨田勲×初音ミク「ドクター・コッペリウス」(世界初演)  渡辺一正指揮東京フィルほか (2016.11.11 オーチャードホール)
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    ・冨田勲×初音ミク「ドクター・コッペリウス」(世界初演)

     渡辺一正指揮東京フィルほか

     (2016.11.11 オーチャードホール)

     

     

     

     

     

     

     

     

    [第一部]
    ■『イーハトーヴ交響曲』
    作曲:冨田勲
    リアルタイム3D映像投射技術:クリプトン・フューチャー・メディア
    バーチャルシンガー:初音ミク
    指揮:渡辺一正
    演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
    合唱:シンフォニーヒルズ少年少女合唱団、イーハトーヴ合唱団

    ■「惑星 Planets Live Dub Mix」
    Dub Mix:エイドリアン・シャーウッド

    [第二部]
    ■スペース・バレエ・シンフォニー『ドクター・コッペリウス』
    制作・ストーリー原案:冨田勲
    リアルタイム3D映像投射技術:クリプトン・フューチャー・メディア
    エレクトロニクス:ことぶき光
    振付:辻本知彦
    出演:初音ミク、風間無限
    指揮:渡辺一正
    演奏:東京フィルハーモニー交響楽団

     

    ---

     

     オーチャードホールで行われた冨田勲の遺作「ドクター・コッペリウス」の世界初演、その初日公演(11/11)を聴きに行きました。

     

     これは、冨田が亡くなる直前まで精魂傾けて制作していた音楽ですが、演奏された部分に関しては、冨田自身が遺した素材や指示があって再現可能だったとは言え、7つの楽章のうち2つが欠番のまま残されました。音楽の背骨となるストーリーもまだ原案の状態という状況で、「未完」の音楽として上演されたのです。ただ、コロムビアのプロデューサー服部玲治さんが、生前の冨田から聞いていた構想を、作家の森村誠一さんと協力して「翻案」にまとめて下さったので、私たち聴き手は、冨田が抱いていた音楽のイメージのアウトラインは辿れるようになっています。

     

     「ドクター・コッペリウス」とは、彼がずっと敬愛し憧れていたロケット工学の糸川英夫氏をモデルとする博士。彼は初音ミク(羽衣伝説に登場する天女と人間の男の間に生まれた少女として登場)と出会い、バレエを通じて心を通わせ、共に宇宙を浮遊していきます。その途中で、ミクは母親に連れられ月へ帰りますが、やがて二人は再会し、共鳴しながら「小惑星イトカワ」から太陽系の謎の巨大惑星「プラネット9」へと旅立っていきます。

     冨田が、オーケストラと初音ミクに演奏させているのは、ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ」第2,4番の中の曲と、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」、ドリーブの「コッペリア」、そして自作の「イトカワとハヤブサ」(「惑星」のリメイク版で新たに追加された曲)。

     

     演奏会から1週間が経った今、「ドクター・コッペリウス」を聴いた印象を再び呼び起こすと、これら冨田が素材として使った音楽には、共通するものがあるような気がしてきます。

     

     それは、「永遠」あるいは「無限」。

     

     ヴィラ=ロボスの音楽は、トッカータ風の無窮動的な動きの中に、生を謳歌するような大らかな歌が歌われるところに大きな特徴があります。永久機関的に、いつまでも未来永劫続いていくのではないかという動きの反復の中に、無限があり、永遠がある。

     

     「トリスタン」は、「永遠」「無限」の象徴たる音楽。ワーグナーが開発した「無限旋律」の行き着く先には、死によってしか結ばれない男女の悲恋の、だからこその「永遠」がある。

     

     ドリーブの「コッペリウス」は、その音楽そのものではなく、プロットの中でミクが口にする「このまま永遠に踊っていたい」という言葉に「永遠」がある。初音ミクがチャーミングなポルタメントの下降音型を歌い、糸川博士と、ミクの母親(小江)がバレエを踊り、可愛らしい天女たちもともに踊る。「ああ、この幸せがいつまでも続いてほしい」という願い。

     

     そして、自作の「イトカワとハヤブサ」の音楽には、どこまでもとどまるところを知らずに広がっていく「無限」がある。ただ無の暗闇が広がっていく宇宙の風景。でも、そこにはあたたかい安らぎがある。人間は、死んだらそこへ還っていく、そこには死を経由した永遠の生命があるから。小惑星に自らの名前を永遠に刻み込んだ糸川博士の偉大さへの敬意もあるのかもしれない。

     

     「ドクター・コッペリウス」は、そうした「永遠」や「無限」への冨田の思い、憧憬、そういったものがふんだんに盛り込まれた音楽として私は聴きました。

     

     その第7楽章「日の出」の「イトカワとハヤブサ」の主題をオーケストラが奏でるさまの何と美しく、何と輝かしく、何と胸を打つものだったことでしょうか。音楽の背景にあるストーリーが完全には表現されていないがゆえに、私が音楽への正しい理解ができているかは甚だ疑問ですが、でも、その「永遠」「無限」というキーワードを伴って私に聴こえてきた音楽は、私のいささかくたびれた心に、生命の水を与えてくれるものでした。

     下ばっかり向いてないで、上を向いて、空を見上げてごらん。ここではないどこか、月や星のまだはるか彼方にある場所、そこは安らぎと輝きに満ちた美しい場所。私たちはそこへいつか還っていく、だから、その前にこの地上でなせることはすべてなし、懸命に、存分に生きよ、そんなことを冨田勲から言われているような、そんな気分になりました。

     

     そうなると、2つの楽章が欠けているのが残念でならないのですが、それでも、聴けて良かった、しかも世界初演に立ち会えて本当に良かったとそう思える音楽でした。

     

     ただ、音楽そのものに対してではないのですが、PAによる音響効果に、大きな不満がありました。ボーカロイドの「声」と、オーケストラの生音を同時に鳴らすのは難しいのでしょうか、すべての音がPAを通して聴こえてきたのですが、マイクのレベルが高すぎるのか、盛大なヒスノイズの中で音楽を聴く羽目になっていたのです。あまりのノイズの大きさに膝上録音(インホール録音)の海賊盤をホールで聴いているような居心地の悪さを感じたのが悔しかった。せっかく冨田の熟達のオーケストレーションをナマで聴ける機会なのにもったいない。これはプロの評論家からも、制作サイドに指摘が既になされていたそうですから、今後、上演を重ねるうちにきっと改善されることと思います。

     

     それから、冨田さんが亡くなってしまった以上、これは本当に仕方がないことなのですが、プロットに登場する冨田自身の強烈な戦争体験が、演出上、あまり大きく描かれていなかったことが少し残念。

     

     「イトカワとハヤブサ」の「ハヤブサ」とは、探査機の名前であるだけでなく、戦時中に糸川博士が開発した戦闘機「隼」のことでもあります。戦時中、少年冨田は、「隼」が米軍に撃墜され、山へ消えていく姿を見て、その悲惨な情景の中にも、ハッとするような美しさを感じてしまった。そのことへの後ろめたさ、戦争は二度としてはいけないという思いが、その「イトカワとハヤブサ」の音楽の背景にもあるのだろうと思うのですが、そうした点が舞台演出にはあまり見出せなかった。公式パンフレットに印刷された「プロット」を読めばなおのこと、心残りです。
     勿論、これが反戦の音楽として描かれるのは違うだろうとは思うし、実際には最終楽章で、戦闘機「隼」の墜落を思わせるキノコ雲のような映像が舞台にプロジェクタから投影されていましたから、無視されていた訳ではないのです。しかし、冨田の少し屈折した思いを暗示の枠内にとどめるのではなく、作曲者の著作やプロットを読まなくとも明確に感じとれるよう、もう少し踏み込んだかたちで舞台の上で表現しても良かったんじゃないか、とは思いました。今後、さらに作曲者の意図を汲んだ状態で上演されるのではないでしょうか。

     

     渡邊一正指揮東京フィルは力演だったと思います。前述のPAの問題があるので、響きの面でかなり損をしていると思いますが、特に最後の2つの楽章(「トリスタン」と「日の出」)で聴かせてくれたみずみずしい歌は心に沁みました。初音ミクとのコラボも、バレエとの交流(天女役の少女たちの踊りは可愛らしかった)も、音楽的にも心温まるものがありました。とても良い舞台だったと思います。

     

     「ドクター・コッペリウス」の前には、冨田の前作「イーハトーヴ交響曲」が再演されました。この曲は、最近、コロムビアのメルマガでも取り上げたのですが、最近になってその素晴らしさを実感したばかりということもあり、心の底から感動して聴きました。「銀河鉄道の夜」で奏でられるラフマニノフの交響曲第2番第3楽章や、賛美歌の旋律、あるいは、「雨ニモ負ケズ」の合唱は沁みました。初音ミクが歌う部分も美しかった。
     ただ、こちらも、「コッペリウス」同様に、すべてPAを通した響きと、その背後の盛大なヒスノイズが残念。この曲こそ、美しいオーケストラの響きをじかに聴きたかった。合唱とオケ、そして初音ミクの歌との音量や音色のバランスも最善とは言いづらい状態で、疑問が残ります。
     また、演奏も決して悪くはないのですが、初演時のライヴ録音で聴ける大友直人の、大らかで自然な息遣いに満ちた優しい演奏に比べてしまうと、どこか生硬な印象があったのが残念でした。でも、それでも、力強く確信に満ちた音楽運びはとても魅力的で、合唱の健闘も含め、心からの拍手を送りたいと思いました。

     

     「イーハトーヴ交響曲」が終わった後には、エイドリアン・シャーウッドがリミックスした「惑星」が演奏されました。冨田の有名な「惑星」の数曲を大音量のビートに乗せて再利用した「リミックス」で、そこにエレキの楽器を弾く弦楽器奏者の音がかぶさります。演奏に先立ち、「立って聴いてもいい」「爆音で、通常のクラシックとは違うので、気分を害された方は自由に出入りしてください」というような場内アナウンスがあって、客席からは失笑が漏れていました。これについては、私はまったく自分の居場所を見つけられないまま、唖然として聴き、正直なところ、途中から猛烈な眠気を催した(大音量なのに!)ほど。頭も耳も古くて硬いのかもしれませんが、楽しめませんでした。とても残念なのですが、自分にはこういう音楽を愉しむだけの素養がないのだろうと諦めざるを得ませんでした。きっと好きな人にはたまらないものだっただろうし、実際楽しんでいる人もおられたようなので、客観的には「良い」パフォーマンスだったのでしょう。

     

     そんな個人的に「はてな」マークが飛び交う瞬間はありましたが、冨田の最晩年の2作を、こうして実演で聴くことができたのは、私にとって大きな幸せでした。未完の「コッペリウス」は、早速再演も決まった(次回は新日本フィル)ようで、これから作曲者の意図へ肉迫しようという試みがなされるでしょうし、「イーハトーヴ」も演奏を重ねて「古典」へと昇華していくことと思います。私たちにたくさんの美しい音楽と、たくさんの宿題を置いていった冨田勲の音楽に、また何度もでも会いに行きたいと思います。

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