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【ディスク 感想】 京都リサイタル2016 〜 イリーナ・メジューエワ(p) (若林工房)

・京都リサイタル2016(オール・ショパン・プロ)

 イリーナ・メジューエワ(p) (若林工房)

 (2016.09.29 京都コンサートホールでのライヴ録音)

  2017.01.25 Release

 →詳細はコチラ(若林工房HP)

 

 

 

<<曲目>>

−オール・ショパン・プログラム−

・幻想即興曲 作品66
・マズルカ ハ長調 作品24-2
・アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22
・マズルカ ロ短調 作品33-4
・ワルツ 変イ長調 作品42
・スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 作品39
・ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58
・マズルカ ヘ短調 作品68-4

(ピアノ – 1925年製ニューヨーク・スタインウェイ)

 

---

 

 今月末に若林工房から発売予定のイリーナ・メジューエワの「京都リサイタル2016」を、一足先に聴くことができました。

 

 今回の新盤は、2016年9月29日に京都コンサートホールでおこなわれた演奏会でのライヴ録音で、最近、彼女が好んで弾く、1925年製ニューヨーク・スタインウェイのCD135というヴィンテージ・ピアノを使って、ショパンの作品を8曲(アンコール含む)弾いています。それらの曲は、作曲年代順に並べられているだけでなく、即興曲、マズルカ、ポロネーズ(正確にはアンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ)、ワルツ、スケルツォ、ソナタ(第3番)と、彼の残したピアノ作品の各ジャンルから名曲がバランスよく選ばれていて、内容の濃い「ショパン名曲リサイタル」となっています。

 

 驚嘆すべき、というより、恐るべき演奏を聴きました。

 

 例えば、ピアノ・ソナタ両端楽章で、複数の主題が重層的に止揚された末に到達する、大伽藍のようなクライマックス。同じソナタ第1楽章の第2主題や、第3楽章のラルゴで聴くことのできる崇高なまでに清らかな歌。スケルツォ第3番での凝集されたドラマ展開、「アンダンテ・スピナートと華麗な大ポロネーズ」のアンダンテ・スピナートのみずみずしいリリシズムと、ポロネーズでの気品高いリズム。ワルツやマズルカといった小品の完結した小宇宙。幻想即興曲の目の据わったパッション。

 

 CD135というヴィンテージ・ピアノでの演奏機会を重ねて楽器との距離が縮まったこと、あるいは、演奏会当日の客席の雰囲気が良かったことなどの条件が整ったという外的要因もあるのでしょうが、今回の録音は、メジューエワが、音楽家、芸術家として、人間として、一層高い境地へと達したことを、これまで以上に克明に刻み込んだ記録なのではないかと思います。昨年のノクターンの再録音、そして満を持して録音されたマズルカ全曲を聴いて感じていたことが、より明確に、より痛切に実感できるようになった気がします。

 

 いずれの曲においても、メジューエワは、一音一音を丁寧に克明に弾いていますが、音楽が停滞したり、説明的になったりすることは、一瞬たりとも、ありません。緻密に設計され、熟慮と吟味を重ねた末に選び抜かれたはずの音が聴こえてきているのに、聴いていると、いつしか小節線や音符といった具体的な記号の存在を忘れ、泉から湧き出すようにあふれ流れ出る音楽を、全身で浴びているような感覚に襲われる。聴き慣れた音楽のはずなのに、こんな風景があったのか、こんな閃きに満ちた音楽だったのかと、驚きと発見に満ちた聴体験を得る。

 

 彼女の音楽の中では、抽象と具象、形式と内容、情熱と瞑想、静寂と饒舌、そういった本来は対立するはずの諸要素のすべてが美しく調和しています。いや、調和ではなく、共存、あるいは、融合なのかもしれない。もしかすると、局面ごとにそれらが振り子のように振れているだけれど、私はそのことに気づいていないだけなのかもしれない。いずれにせよ、あらゆるものを包摂したような大きな音楽が、何の気負いも衒いもなく、ごくごく自然な立ち居振る舞いの中から生まれているのを感じずにはいられません。

 

 でも、不思議なことに、今回のアルバムを聴き終わった後では、ショパンの音楽に内在する「詩」が、私の中で余韻として響いている。言葉をもたないものを「詩」と呼ぶことができないのなら「詩情」と言い換えてもいい。

 言葉と言葉のつながりが暗喩となり、論理の飛躍を生み出す。それが、読み手の想像力を刺激し、その内側に非現実的、幻想的な美の空間を生み出す。心を揺さぶるような詩を読んだときの感銘と高揚、それと似たものを、メジューエワの今回のライヴ録音を聴いていると、感じるのです。

 少し前にサントリーホールで聴いたペライアのベートーヴェンやモーツァルトの演奏が、思考のメタファーとしての音楽であったとするなら、このメジューエワのショパンは、詩のメタファーとしての音楽。

 

 言うまでもなく、ショパンは「ピアノの詩人」と称される作曲家だし、メジューエワもCDのライナーノートや、演奏会でのトークなどでいつもショパンの音楽のエッセンスは「詩情」だと述べていますから、詩のメタファーとしてのショパンを感じたなんていうのは、何を今さらとしか言いようのないことに違いありません。でも、これは声を大にして言いたいのですが、今回のライヴ録音では、その「詩」の美しさと、真実味が、これまでの演奏にも増して際立っていると思わずにいられないのです。

 

 一体、なんという高みに達した音楽なのでしょうか!

 

 昨年流行した、とある映画で出てくる言葉を借りれば、彼女のショパンは、もう2010年頃に集中して取り組んでいた時から、第3とか第4形態といったところにまで進化しているのではないか、これから一体、第何形態まで歩みを進めていくのだろうか、などと考えてしまいます。幸運なことに、その進化を阻止する必要性はまったくないので、彼女が思うままに、彼女が目指すままに、まだ誰も見たことがない至純の境地へと進んでいくのに随行し、その旅に伴って聴こえてくる音楽を味わっていきたいです。

 

 そう、メジューエワが聴かせてくれた「詩」は、長年ショパンの音楽にじっくりと取り組んできた結果、収穫することができた果実です。聴き手である私はただその美味に酔い、体と心の栄養として吸収し、明日を生きるための糧とする。この人の音楽が傍らにあってくれることはなんと心強いことかと思わずにいられません。

 

 一人でも多くの方に、この美しい「詩」が届きますようにと念じつつ、このエントリーを閉じます。。


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  • 2017.07.24 Monday
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