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【演奏会 感想】A.ギルバート指揮東京都響 〜 ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」 (2017.04.22 東京芸術劇場)

・アラン・ギルバート指揮東京都響

 ベートーヴェン/交響曲第3番「英雄」

   第830回 定期演奏会Cシリーズ後半

 (2017.04.22 東京芸術劇場 )

 

 
 

 昔は、スポーツ競技中には、どんなに喉が渇いても水分を摂ってはいけないと言われていました。体に良くないからという説明も聞いたことがありますが、水を飲みたいと思うなんて気が緩んでいる、根性が足りないというような空気もあったように記憶します。
 しかし、最近になって、スポーツ中はむしろ水分補給は不可欠だという考えが一般的になってきました。ゼロリスクは無理としても、体調を整え、危険を極力排除することでこそ、最高のパフォーマンスを引き出せるのだと。
 とても良いことだと思います。特に、子供をもつ親という立場から、そうした考え方がもっともっと浸透することを願いたい。勇敢さや、粘り強い根性が大切なのは言うまでもありませんが、特に最近のアスリートたちを見ていると、悪しき根性論は一掃して、コンディション作りに手間暇をかけた方が、絶対に良い結果が出せるのだろうと確信します。

 

 その意味で、今日、東京芸術劇場で聴いたアラン・ギルバート指揮東京都響によるベートーヴェンの「エロイカ」は、音楽家たちが、激しい試合中でもきちんと水分を補給するスポーツ選手と同様に、物理的にも精神的にもゆとりをもち、出来得る限り最善のコンディションの中で演奏したものであるように思えました。
 指揮者は、個々の音楽家の内側からのびのびとした音楽が湧き起こるのを阻害しないように自由を与えつつ、その一方で、音楽の外枠をきっちりと作り、大きな流れの行方を常に楽団員に指し示して、彼ら彼女らを、指揮者が目指す音楽にジョインするように巧みに誘導する。その結果、室内楽的であたたかい手作りのアンサンブルが生まれ、ゆとりのある響きと、変化に富んだ表情をもった音楽が流れ出る。オーケストラ音楽のあるべき姿の一つを、この演奏から見いだせた気がします。
 しかも、指揮者のスコアの扱いは、誠実そのもの。第1楽章提示部は反復され、そのコーダでのトランペットの脱落など、しばしば問題にされる不可解なオーケストレーションは、注意深く楽器間のバランスを整え、見事なまでに不自然さは払しょくされている。古楽奏法はほとんど意識されないけれど、第2楽章の終わりでホルンに「運命」の予告となる4つの音を強奏させるなど、最近の流行は取り入れられてもいる。そして、全体に中庸のテンポをとって呼吸を失わず、注意深くパワーをセーブして暴発を諫めた穏健な音楽なのだけれど、各楽章のクライマックスを明確に定め、そこでは力強い充実した響きを生み出し、それまで貯めていたエネルギーを一気に解放するあたり、音楽の生理に寄り添ったテンションのつくりかたは非常に好ましい。
 適度にリラックスして、愉し気で、人懐っこい優しさをもった、最新の「エロイカ」。ナポレオンの裏切りに激怒したというベートーヴェンが理想としてえがいた望んだ民主的な社会とは、こんなふうに潤いにあふれ、心地良い温度をもった場所なんじゃないだろうかと、聴きながら考えたりしていました。

 

 では、その音楽が私の心に響いたかというと、それはそれでまた別の問題。この円満で、ともすればエントロピーの少ない方へと収斂しがちな音楽には、私は居場所を見つけられませんでした。いい演奏だなあとしみじみ思いつつも、その音楽は私の耳を快く通り過ぎていって、肚の底にまで入ってこない。これだけ良いと思うところをたくさん挙げられる演奏なのになぜ?と首を傾げながらずっと聴いていたのですが、その理由は、私が思い描いていた「エロイカ」像、あるいはベートーヴェン像とは、その核心のところで重ならないというもどかしさがあったということに尽きます。
 いや、別に私が聴きたい音楽と重ならなくたっていいのです。私がその演奏を聴いて、これまで知らなかった世界を見出し、私もそこにいていいのだ、そこにいたいと思えさえすればいいのですから。今までにも、そういう「異質な」演奏と、幸福な出会いを繰り返してきたからこそ、古今東西の演奏家たちによる全然違うタイプの演奏を数えきれないくらいに楽しめてきたつもりです。

 でも、どんなスタイルの演奏であれ、どんな解釈で臨んだ演奏であれ、このベートーヴェンの、何もかもが規格外の破天荒な交響曲から、何か猛烈に突き抜けた非日常的な「力」を感じたかった、その爆風の中に身を置いて心を高揚させたかったというのが正直なところ。いい年をしたおっさんが言うのも恥ずかしいのですが、リピドーという言葉を使いたくなるような強い衝動に突き動かされ、果てしないエクスタシーへと向かっていくエロスをこの音楽から感じたかった。

 

 もう一つ、音楽の表面的なことを言えば、今日の演奏の不満のほとんどは、その弱音の薄さにあると思います。時折、表情を完全に殺し、聴こえるか聴こえないかくらいの超弱音を利かせる部分がいくつもありましたが、そこで音楽のキャラクターも情報量もガクンと落ちてしまい、その前後の音楽の流れを寸断してしまっているような気がしました。そうすることで音楽のブロックの落差を際立たせようという狙いなのかもしれませんし、個々の部分を見ればアイディアに満ちた表現もたくさんあって面白いのですが、全曲を通して貫かれるような芯のようなものとか、次々に提示されるテーゼが絡み合いながら発展していく過程で生まれる大きなうねりのようなものが希薄に感じられ、楽想が変わるたびに集中力がいちいちリセットされてしまう。それが聴いていてちょっとしんどかった。

 

 そんな小さくて大きな不満に悶えながら演奏を聴いているうち、今まで私が心を動かされてきた「エロイカ」の演奏には、さっき私が感じたかったと書いたようなことが共通項としてあるのだということが、分かったような気がしました。誰もが思いつかないような斬新なアイディアを随所に盛り込み、時には誰かに論争を吹っ掛け、喧嘩を売るような激しさとか、真実を究明するためなら既存のものを破壊してでも構わないというような不遜さとか、そういう気概が肌で感じられる演奏を愛しているのだなと。具体的な指揮者やオケの名前は挙げませんが、それらを思い起こしてみると、みんなそれぞれのやり方で、そうした「尖がったもの」を感じさせ、私の心を激しくかき乱すのです。今日と同じ都響から、そんなふうに私の心を奪うような鮮烈な「エロイカ」を聴かせてくれた指揮者もいます。
 

 何度も繰り返しますが、「いい演奏」だったとは思うのです。きっとこれからもギルバートと都響は、良好なコンビネーションを生み、いい演奏を聴かせてくれることだろうと思います。演奏の前後に彼が舞台上で見せる振る舞いも、見ていて胸が熱くなるほどの「いい人」感があって、きっと人格者で、オーケストラの団員からも厚い信頼を得ているに違いないと思いました。それに客席も湧いていましたから、たくさんの人たちが今日の演奏を心ゆくまで楽しんだであろうことは間違いありません。

 それなのに、こんな感想を持つということは、私という聴き手がひねくれていて、音楽を観念的に聴きすぎているということに過ぎません。私はギルバートと同い年なのですが、いい年をして青臭いことを言っていることを恥ずかしいとさえ思います。しかし、こういうふうに、いろんな聴き方、感じ方があって、どれが正解かということも決してできないのだということ、そして、そうした聴体験の多様性を生むところにこそ、音楽の面白さ、奥深さがあります。自分がその奥に入り込めず、疎外感を覚えるような演奏から、むしろ自分がその音楽に何を求めているのか、あるいは、求めていないのかをはっきりと認識するような体験はこれが初めてではありません。しかし、私にとって、この交響曲は、自分のど真ん中にある大切な音楽ですから、逆説的になってしまうのですが、今日のギルバートと都響の演奏を聴けたことで、私自身のことを少し深く知ることができて良かったと心から思います。

 

 今日は、もともと演奏会を聴けると思っておらず、思いがけず時間がとれて急遽会場に向かい、着いたときにはもう既に前半のプログラムは終わっていて、ソリストであるピアニストのバルナタンがアンコールを弾いているところでした。ですから、残念が奈良、前半は聴けていません。バルナタンはシューベルトの作品のCDで好感を持っているピアニストですし、ギルバートの指揮する「パガ狂」は絶対文句なしに良かっただろうなと思います。聴けなかったのは残念ですが、仕方ありません。


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  • 2017.07.24 Monday
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