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【演奏会 感想】エリアフ・インバル指揮ベルリン・コンツェルトハウス管 演奏会  (2017.03.13 すみだトリフォニーホール)

・エリアフ・インバル指揮

 ベルリン・コンツェルトハウス管

 −すみだ平和祈念コンサート−

 (2017.03.13 すみだトリフォニーホール)

 

 

 

 

 

 

 

<<曲目>>

・ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死

・マーラー/交響曲第5番嬰ハ短調

 

---

 

 3月にはいくつかの演奏会を聴くことができたのですが、感想を書けずに来てしまいました。個人的な思い出を記すために、記憶をたどって感想を書きなぐっておきたいと思います。誰に求められている訳でもないので、気まぐれに。

 

 3月13日、すみだトリフォニー・ホールにて、エリアフ・インバル指揮ベルリン・コンツェルトハウス管の来日公演を聴きました。曲目は、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と愛の死、そして、マーラーの交響曲第5番。毎年、東京大空襲のメモリアルとしておこなわれている「すみだ平和祈念コンサート」として開催されたコンサート。東日本大震災の日にこのホールで演奏されたマーラーが取り上げられたとのも意図があってのことでしょう。

 

 インバルとベルリンの組み合わせは、インバルがシェフを務めていた時期、2005年の来日公演でのマーラーの9番を聴いた記憶があります。あれから12年、インバルは、ベルリンを辞した後、東京都響で輝かしい業績を挙げ、今や自由な指揮活動を続けています。オケの方は、ベルリン・コンツェルトハウス管と名称を変え、指揮者もツァグロセクからイヴァン・フィッシャーへとバトンが受け継がれています。そして、私も歳をとりました。

 

 演奏会冒頭のワーグナーは、ツアー初日の1曲目ということもあって、演奏者が緊張していたのか、開演直前に当日券でギリギリ滑り込んだ私が落ち着いていなかったのか、どうにも雑然とした散漫な演奏に聴こえました。木管を中心に細かい瑕があっただけでなく、アンサンブルも詰めが甘いように感じたと言った方が良いでしょうか。
 オケの音色自体がくすんでいて、ずしりとした質感を持ったものなのは良いのですが、インバルの「トリスタン」からいつも聴こえてくる「透明な哀しみ」の響きは後退し、両者の音楽(とホールの響き)のちょうど良い「着地点」を探っている間に、音楽が終わってしまったような不完全燃焼感がありました。部分的にはハッとするような美しい場面はあったような気はするのですが・・・。こういう「巡り合わせ」のようなことが起きるのがナマなので、こればかりは仕方がない。

 

 そして、休憩後のマーラー。

 全体にかなり早いテンポをとり、一気呵成に結末へと突き進むという展開自体は、彼の最近の演奏の大きな特徴で、かつて多用していたクライマックス直前での凄まじいタメとか、スコアの指示をデフォルメしたグロテスクな表現は激減し、カーブでもブレーキをかけずスピードを一定にしたまま駆け抜けるようなストレートな運びが目立ちます。かつてのインバルのマーラー演奏が、量子論など不確実性の視点から見た世界を表現したものであれば、最近の彼の演奏は、古典力学の観点から見た調和のとれた世界の隠喩であると私は理解しています。

 今回の演奏も、その理解の範疇で聴くことのできるものだったのですが、いかんせん、指揮とオーケストラの歯車が合っていないような歯がゆさがいつもどこかにつきまとっていて、没入できない。特に、第1、2楽章は、エンジンがあったまっていないというか、細部の斬り込みが不足し、ドラマ展開も浅いように思えて、音楽が耳をすりぬけてしまう。

 金子建志氏風に言えば、圧力容器の中で発生する臨界現象とか、ブラックホールのような強力な磁場とか、そういう非日常的な状況を連想させるような場面が皆無だった。体の動きが少し小さくなり、打点にも鋭さが後退したインバルの指揮ぶりを見るに、ああ、あのインバルも80歳を超えたんだから仕方がないかと思いました。あるいは、フランクフルトや都響のように、インバルという指揮者のフィルターを通した「マーラーの語法」がオーケストラには浸透していなくて、オーケストラ側の音楽との距離感が、指揮者側のそれと乖離してしまっていたようにも思えました。

 

 しかし、これもまたナマの面白いところですが、第3楽章以降は、指揮者とオケの呼吸が合いだしたのか、音楽が進むにつれてピントが合っていくような傾向があり、楽想のめまぐるしい変化にいちいち事細かに対応しつつも、複雑な音楽を一筆書きのような勢いで描き、その稜線の存在を強調して音楽のパースペクティヴを明らかにするという方向性が、指揮者とオーケストラでぴったりと共有されていったように感じました。そして、その音楽は、俄然私の「肚に落ちる」ものとして生き生きと響き始めたのです。

 

 第3楽章で入れ替わり立ち替わり出現するレントラーは、正気と狂気、覚醒と夢想を行き来するアンヴィバレントな人間の意識のありようを描いた音楽として切実に響く。第4楽章は、その美しい歌の背後から、心に斬りつけてくるような痛みを伴った、憧れ、渇望、懇願、祈り、そういったものが、潮の満ち引きを繰り返しながら心に迫ってくる。あるいは、第5楽章で、対位法的な書法で積み上げられた複数の楽想が、ときには互いに対立し、ときには融和しながら生み出される音空間は、爆発的な広がりを獲得し、白熱のうちに宇宙全体に賛歌が轟き渡る。
 特に今でも印象に残っているのは、第4楽章で、ハンス・ロットの弦楽四重奏曲から引用したと思われる個所。そこでインバルは、緩急の変化をデリケートにつけ、強弱の対比も大きくつけながら、弦セクションからこぼれ落ちんばかりの美音を引き出し、胸の痛くなるような祈りの歌を紡ぎだしていました。切羽詰まった表情がつけられた濃厚なカンタービレには、まさに切れば血が噴き出すような熱い思いが込められていて、強く感銘を受けました。「今日はここを聴けただけでも、無理して聴きに来て良かった」と思ったほどです。また、部分的に、5年前の都響とのチクルスでも聴けなかったような新しい表現も、いくつかの場面で聴くことができました。

 

 だからこそ、なおのこと、前半2つの楽章で感じたモヤモヤは結局は完全には解消できず、最終的に、音楽が私の中であまり響かなかったのは残念でした。81歳を迎えたインバルが思い描いているマーラーの5番という音楽の全体像を、もっと良い条件で、もっと明瞭にかたちにしたものを聴けたら、それは想像だにできない凄まじいものになっているのではないかという思いが募り、結局のところ、「これが今のインバルのマラ5だ!」といえるような核心が、私の中で像を結ばないという欲求不満が残ったのです。

 もしかすると、ツアーで演奏を重ねるごとにヴォルテージが上がって、よりインバルの理想に近い演奏がなされたのかもしれないし、あるいは、もっと別のオケとならそういう演奏が可能になるのかもしれない。でも、私は、この3月13日の演奏しか聴ける状況になかったのですから、それは運命としか言いようがない。ですから、グダグダと不満はこぼしつつも、聴いて良かったと思えるような瞬間と出会えたのですから、最終的にはそれで充分とすべきなのかもしれません。それに、私が感じた不満とて、ただ私自身が、最近は、マーラーの音楽と距離をとっていることが影響しているからかもしれず、かなりお門違いな文句を言っているだけにすぎないかもしれませんし。

 

 そう思うと、私がもっとも多感で、もっともマーラーの音楽に熱中していた頃、つまり1987年に、インバルとフランクフルトが演奏するマーラーの5番の実演(サントリーホール)に触れることができたのは、幸せなことだったと心底思います。
 マーラーの音楽に限らず、その音楽と出会うには「適齢期」のようなものがあるような気がするのですが、インバルという指揮者に本格的に出会うには、あの時がまさに適齢期だったのだと確信します。だからこそ、私はあの演奏会で我を忘れて熱狂したのだし、それが尾を引いて、その後30年間の長きにわたって、たくさんの幸福な音楽体験を享受することができているのです。

 

 こうして情けないほど下手糞な文章を書き連ねながら、インバルという指揮者と、出会うべきときに出会えた幸運を、改めてかみしめています。これからも、インバルの音楽をできる限り楽しんでいきたいと心から思います。


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  • 2017.07.24 Monday
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