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名プロデューサー、川口義晴氏を悼んで
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    ・マーラー/交響曲全集

     エリアフ・インバル指揮フランクフルト放響ほか(DENON)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     



     

     今月のコロムビアのメールマガジンでも書いたのですが、日本コロムビア、というより、わが国を代表する名レコード・プロデューサーだった川口義晴氏が、この2月に亡くなられました。

     

     川口氏が、70年代から90年代にかけてDENONレーベルで手がけた音盤は数知れず、今もなお名愛されている名盤は枚挙に暇がありません。
     氏がどれほど凄い仕事をしてきたかについては、10年ほどまえに日経ビジネスで掲載された「音楽プロデューサーという仕事」という連載で、諸石幸生氏のインタビューに答えて話しておられるので具体的には挙げません。ものすごくざっくり言ってしまうと、川口義晴氏の最大の功績というのは、日本のレコード会社から「世界に発信する」価値のあるディスクを生み出したことにあるのだろうと思います。国内で閉じた音盤を発表するのではなく、国内外の優れたアーティストの演奏を記録して世界に売り出す。そんなビジネスモデルを、クラシック音楽の世界で初めて可能にしたのが、川口氏を擁するコロムビアではないかと思います。海外の演奏家を起用するにしても、彼らが来日した時にお土産的にレコード録音するというようなものではなく、レコード会社が海外に出向いて行って録音する、しかもそれが世界的に評価されるなどというのは、どれだけ大変なことだっただろうかと思います。

     

     しかし、エリアフ・インバルの大ファンである私としては、まず、川口氏のおかげでインバルという指揮者に出会えた訳で、ある意味、氏は「大恩人」です。

     

     インバルが1985年からDENONレーベルに録音を開始したマーラーの交響曲全集は、録音の優秀さもあって世界的に大きな話題となりましたが、そのマーラーを手がけたのが川口氏だったのです。以降、インバルのCDのほぼすべては川口氏がプロデュースされていますし、氏自身、インバルとも親交が深かったようです。
     私がインバルという指揮者に本当に出会ったきっかけは、そのマーラーの7番のCDでした。あれがなかったら、87年のフランクフルトとの衝撃的な来日公演を聴くことはなかったかもしれず、どのみち私はインバルのファンにはなったに違いありませんが、出会いはずっと遅れてしまっただろうと思います。

     

     85年当時のインバルというと、私たちファンの間では、例のTeldecへのブルックナーの3,4,8番の初稿の衝撃的な録音で、「新しいブルックナー指揮者」としてもてはやされていましたが、毎年夏にFMで放送されていたライヴ録音を通じて、一部のファンにはマーラー指揮者としても知られていました。
     もう20年ほども前のこと、私は、前職の親会社に出向していたことがあるのですが、私がいた職場にクラシック音楽のマニアの部長さんがおられて、時々音楽談義に花を咲かせていました。その部長さんもまたインバルの大ファンで、DENONからインバルのマーラーがリリースされると聞いたとき、「ああ、やっと録音してくれるレーベルが出てきたか、待ってたんだよ」と嬉しく思ったというお話を伺いました。
     川口氏が、社内の反対を押し切ってでもインバルでマーラーをと決意されたのは、もちろん芸術的価値を認めておられたのは間違いないとして、インバルのマーラーを待ち望んでいるファンが確実にいるということも見越していておられたのかもしれません。氏の慧眼ぶりと、したたかな計算に感服せずにはいられませんが、この大ブレイクがあったからこそ、インバルと日本の幸福で長い蜜月が続いていて、私も彼の音楽を30年にわたって聴き続けられるようになった訳ですから、よくぞインバルと契約して下さった!ということで、氏には心から感謝をしたいところです。

     

     日経の連載を読む限り、川口氏は相当に自己主張の強い方だったようです。周囲に敵を作ることで奮起して、自分の信念を貫いて前に進んでいくというタイプのクリエイターなのかもしれません。記事にも歯に衣着せぬ発言がそこかしこにあって、インタビュアーの諸石幸生氏も、さぞ泡を食ったのではないかと思います。でも、氏の言葉の端々には音楽への情熱と愛情があふれていると同時に、音楽に限らない驚くほどの幅広い教養と、鋭い洞察に裏打ちされた高い審美眼があります。それが、氏のプロデューサーとしての「武器」となって、音楽家から絶大な得て、数々の名盤が生まれたのだろうと考えます。私は氏とはまったく面識もありませんし、音盤の制作現場のことは何も知らないので、単なる想像にすぎないのですが。

     

     氏の活動は、音楽プロデューサーというにとどまらず、多岐にわたっていました。歌の作詞者として名を連ねている曲もありますし、フランス文学を志していたということもあって翻訳者として名前を見ることもありました(ライナーノートなどで)。近年は大学で教鞭をとっておられたとも聞きます。それだけはありません。以前、都響が都の外郭団体から外されて経営的に危機に陥った際、いちはやくオケの窮状を救うべく奔走されたのも川口氏でした。氏は、とにかくアクティヴな方だったというのは間違いがありません。写真で見る鋭い眼光の裏には、情熱の炎が燃えさかっていたのでしょう。

     

     川口氏がDENONレーベルでインバルや鮫島有美子、あるいは、都響との武満徹の記念碑的なシリーズなどを制作していた頃から20年近く。今、レコード業界を取り巻く環境はより厳しくなりました。沢田研二が「あんたの時代は良かった」とハンフリー・ボガードに歌いかけていたのと同じように、現在のレコード制作者の方々は同じセリフを川口氏に投げかけるのかもしれません。もうかつてのレコードの黄金時代が再来する可能性なんてほとんどないのかもしれません。
     でも、私は、少し前にレコ芸の記事を書いたときにも述べましたが、以前とはまったく違うかたちでレコード業界は活性化していき、これからも面白くて、価値のある名盤は生まれ続けていくだろうと楽観しています。そして、その中でも、川口氏のスピリッツはずっと残っていくのではないかと思います。いや、それは、私たち聴き手が、作り手の方々と手を取り合い、そうなるように、楽しみつつ努力していかねばならない、のかもしれません。

     

     川口氏の御魂の安らかならんことを。

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