Langsamer Satz

クラシック音楽のことなどをのんびり、ゆっくりとお話したいと思います
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【演奏会 感想】バッティストーニ指揮東京フィル 第109回東京オペラシティ定期シリーズ (2017.05.19 東京オペラシティ コンサートホール)
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    ・バッティストーニ指揮東京フィル 第109回東京オペラシティ定期シリーズ

     (2017.05.19 東京オペラシティ コンサートホール)
     

     

    <<曲目>>

    ・ヴェルディ/歌劇「オテロ」第3幕バレエ音楽

    ・ザンドナイ/歌劇「ジュリエッタとロメオ」から舞曲

    ・ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」

    (アンコール)

    ・外山雄三/ラプソディから「八木節」

     

    ---

     

     ストラヴィンスキーの「春の祭典」を指揮するバッティストーニの「仕事ぶり」は、まるで新聞か雑誌の編集者、それもとびきり優秀な編集長のようでした。

     

     バッティストーニ自身、音楽史上の革命と言葉を究めて称賛する「春の祭典」という音楽が、初演後100年を経たいまも、どれほど斬新で色褪せないものであるか、何と多くのことを21世紀を生きる私たちに対して雄弁に語っているか、いかにして私たち聴き手の奥底にあるものをゆさぶり励起するものなのか、といったことを、聴き手がただひたすら直観でそれを体感できるように、自身が編集する紙面(誌面)で的確に表現し、レイアウトする。
     これが重要だと思うところは、大きな見出しをつけたり、太字にしたり、文字色を変えたり、あるいは鮮烈な写真や絵を挿入して、一目瞭然で感じ取れるように思い切り強調する。時には誰も考えつかないような猛烈なデフォルメを施すことも辞さない。あちこちで「楽譜にそんなこと書いてあったっけ?」と聴き手はびっくりしますが、楽譜の細部にこんな仕掛けがあったのかと気づき、作曲家のアイディアの無尽蔵の豊かさを思い知る。
     そして、音楽の中で同時に起こっている複数の事件を、これまで誰も気づかなかったような切り口から、それぞれに優先度をつけ、それらに相応しい大きさにして、音楽の輪郭の中にきちんと収める。時には、相反するものをまったく無関係に並列させて騒然とさせたかと思うと、時には、大きな流れにすべてを収斂させ、大きな主張を生み出すこともある。
     バラバラに細分化された異質なものの編集の手法、その手法の裏づけとなる膨大な知識と澄んだ知性、迎合して安易なわかりやすさを求めることもなく、その全体の複雑さ、猥雑さをそのまままるごと受け容れ表現するのだという強い意志、そうしたものをすべて兼ね備えた類稀なる編集長、それが、私という聴き手から見た「春の祭典」を指揮するバッティストーニの姿でした。

     

     その結果、バッティストーニと東京フィルの演奏する「春の祭典」は、これまで聴いたことのないようなユニークな生命力をもった音楽になっていました。古代、いけにえを神に捧げる儀式を遠い視点の先に見据えたバーバリズム的音楽でも、この曲を「古典」と見なし複雑怪奇な音響とリズムの構造物として捉えたモダニズム発祥の音楽でも、精緻で整理整頓されたデジタルミュージック風の音楽でもない。ロックのノリを思わせるようなひたすら熱狂と興奮を生み出すような音楽でもない。熱い血が通った人間の肉声として発せられた「歌」と、やむにやまれぬ衝動から自然と発生する「踊り」に溢れた、「音楽」そのものとしかいいようがない。指揮者がイタリア人だからという固定観念から言う訳ではないのですが、彼らの演奏する「ハルサイ」は、この音楽のルネッサンス(人間復興)であって、ある意味、「人間宣言」であったという気もします。

     

     数えきれないくらいの箇所で、私はその想定外の表現に思わず微笑み、ポカーンと口を開け、「今、何が起こったのか?」と確認せざるを得ませんでした。終盤近くでのトロンボーンの「ソロ」など、事故が起きたかと心臓が止まりそうになりましたが、仕掛けが分かった瞬間、思わず、ぎゃっと叫んでしまいそうになりました。いや、もう冒頭のベルカント風ファゴット・ソロからして、驚きと発見の連続でした。ああ、こんなに面白い新聞や雑誌があったら、部数が減るとか、影響力が低下するなんてことは絶対ないだろうし、何より是非とも読んでみたいと思いました。

     

     想定外づくしの「ハルサイ」が終わって会場が沸き返り、何度かバッティストーニが指揮台と舞台袖を行き来し、オケのメンバーと健闘を讃え合い、拍手に答礼していましたが、何度目かに指揮台に登った彼は、くるりと客席を向いて、こんなことを言いました。

     

    「もうちょっと踊りを続けましょう。今度は日本の、ネ」

     

     すると、東京フィルの打楽器奏者たちが、外山雄三の「ラプソディ」のラスト、「八木節」のところを叩き始めました。そこから後は、まさにエンジン全開といった感じでオケを豪快に鳴らし、凄まじいダンスの熱狂をオペラシティのホールいっぱいに振りまきました。オケの人たちの中にも、顔を緩め、体を揺さぶり、全身から音楽の喜びを発散させている人たちもたくさんいて、会場内の温度が3度くらい上がったんじゃないかというくらい。

     

     演奏を聴きながら私は、

     

      日本人で良かった

     

    などとは思いませんでしたが、その代わり、

     

      生きてて良かった、音楽が好きで良かった

     

    とは思いました。

     

     バッティストーニという指揮者が心底素敵だなあと思うところは、私たち聴き手を、こういう幸せな気持ちにまで引っ張り上げてくれることにある気がします。どんなに深刻な音楽であろうと、どんなに内省的な音楽であろうと、最終的に「生きる喜び」を身体の底から実感させてくれること、その喜びを多くの人と同時に共有するためにこそ、演奏会があるのだということをしみじみ感じさせてくれること、それがたまらなく嬉しい。私は、バッティストーニという指揮者への敬愛を、「春の祭典」と「ラプソディ」の2曲でますます深めることができました。

     

     いや、前半に演奏されたヴェルディの「オテロ」のバレエ音楽、ザンドナイの「ジュリエッタとロメオ」からの舞曲も素晴らしかった。

     

     「オテロ」で、弦が静かに刻む特徴的なリズムにのって、木管楽器がエキゾチックなムーア人の踊りの旋律をユニゾンで吹くと、私はそのぴったりとピッチのあった澄んだ響きに魅せられてしまいました。そのパリッと乾燥した心地良い空気感は、行ったこともない地中海のそれのように思えて、エキゾチックなムーア人の踊りの旋律はやけにリアルな実感をもって迫ってきました。
     私の場合、この曲はカラヤン盤(デル・モナコ主演)の重厚で仄暗い音色をもった演奏で慣れ親しんでいましたが、バッティストーニと東フィルの演奏を聴いて、この曲が、実はこんなにも色彩豊かで、こんなにもリズムが弾ける生き生きとした音楽なのだと初めて知りました。

     正直言って、そんな鮮烈な演奏をもってしても、「オテロ」というオペラを上演する時には、このバレエ音楽は筋肉質のドラマ展開を阻害するだろうから、すっ飛ばして壮大なフィナーレに突入して欲しいとは思うのです。でも、これぞイタリア・オペラ(パリでの上演のために書かれたバレエ音楽ですが)としか言いようのない、血沸き肉躍る音楽に、私は狂喜乱舞しました。幸先の良いシーズン開幕の音楽は、9月の「オテロ」への絶好の予告編でもありました。

     

     続くザンドナイは、これまで存在さえ知らなかった曲。恐らく私を含め多くの聴き手にとっては秘曲の部類に入る音楽だろうと思いますが、こちらも強烈でした。
     冒頭からしばらくは茫洋とした雰囲気の音楽で、同じ音型を執拗に反復するばかりで、同じところをグルグルと回る音楽なので、この単調な音楽に耐えられるかと先行き不安になりました。
     しかし、途中から、激しい金管の咆哮と打楽器の強打のやむことのない、ビートのきいた音楽へと曲想が豹変します。しかも随所で弦楽器が腰の強いカンタービレを歌って煽り立てる。私はただただ口をあんぐり開けて、その熱い音楽に呆気にとられるしか、なす術がありませんでした。この、ひたすら血の気が多くて、沸騰するほどに熱くて、でも、全然脂っこくない不思議な味わいをもった音楽を、バッティストーニと東京フィルは決して粗野にして野蛮な音楽にすることなく、真に迫ったドラマを孕んだ、緊張度の高い音楽として聴かせてくれました。こういうマイナーな曲ばかり集めた「イタリア管弦楽秘曲集」なんて、バッティストーニと東フィルで制作してくれたら、是非聴きたいと思うのですが、どうでしょうか。既に取り上げたレスピーギの音楽で未CD化のものもあると思いますし。

     

     東京フィルの演奏も、素晴らしかった。細部まで耳を凝らせば、不揃いやミスもあるでしょうが、バッティストーニの高い音楽性にほれ込み、強いリーダーシップに100%信頼して、のびのびと音楽を奏でているといったさまが美しかった。演奏時間の非常に短い演奏会でしたが、内容は実に濃く、楽団員の方々も心地良い疲労を味わっておられることと思います。バッティストーニ編集長とともに、そして、聴き手を巻き込み、これからどんなに刺激的なものを作り上げていくことになるでしょうか。この幸先の良いシーズンのオープニングを聴いて、いやが上にも期待が膨らみます。

     

     実をいうと、この日は、仕事を終えたら国会議事堂へ行こうかと思っていまたのです。昼間、国会の共謀罪の採決が行われた衆院の法務委員会の音声を聞きながら仕事をしていて、特に採決の瞬間のひどいありさまを耳にしてはらわたが煮えくり返ったからです。以前したように、ただ国会議事堂をにらみつけるだけでもいいから、集会に参加しようと思いました。

     

     でも、とある方から、この演奏会のお誘いを受けました。仕事も何とかキリをつけられそうだし、この演奏会、チケットを取りそびれていたので、目先の快楽を優先して聴きに行くことにしました。こんなにも素晴らしい演奏会を聴けて、チケットを譲って下さった方に心から感謝しますし、休憩中、ロビーで、ずっと前から一度はお目にかかりたいと願っていた「先輩」にもお会いすることができて涙が出るくらいに嬉しかった。普段、演奏会場のロビーでの「社交」はあんまり縁がないのですが、いや、こういう喜ばしい出会いがあるというのも、演奏会の大きな楽しみでもあります。

     

     私は、先ほど書いたように共謀罪には、強く反対しています。私の外見からはそのことは窺い知れないでしょうし、そもそも毒入りカレーやキノコ採りも無縁ですが、政府の政策に反対していることは明らかなので、自動的に監視対象になるかもしれません。だとすれば、チケットを譲って下さった方や、会場でお会いした方も、調べ上げられて引っ張られて、同じく監視対象になってしまうのかもしれません。

     

     嫌な時代になってきました。

     

     こんなに素晴らしい音楽を、自由に聴き、自由に語ることのできる社会を、私たちは「守る」のではなくて、「作っていく」ことが必要になっていくのかもしれません。

     

     「春の祭典」とアンコールは、いつものようにコロムビアが収録していたそうです。私の感覚では、あのあまりにも鮮烈な「ローマ三部作」や「トゥーランドット」と並ぶ、いや、もしくはそれを超える彼の代表盤になるんじゃないかという気がします。

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