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【演奏会 感想】アンドラーシュ・シフ 2017年来日公演、東京・横浜公演 (2017/03.19,21,23 横浜、東京)

・アンドラーシュ・シフ 2017年来日公演、東京・横浜公演

 "The Last Sonatas"

 (2017.03.19 神奈川県立音楽堂、21,23 東京オペラシティ コンサートホール)

 

 

 

 

 

 

 

 

<<曲目>>

■3/21公演(休憩なし)
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第17(16)番 変ロ長調 K.570
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 op.110
・ハイドン:ピアノ・ソナタ ニ長調 Hob. XVI:51
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D959
(アンコール)
・シューベルト: 3つのピアノ曲 D946(遺作)から 第2曲
・J.S.バッハ: イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971(全曲)
・ベートーヴェン: 6つのバガテル op.126から 第4曲
・モーツァルト: ピアノ・ソナタ第16(15)番 ハ長調 K.545から 第1楽章
・シューベルト: 楽興の時 D780から 第3番


■3/19,23公演(19日は休憩あり、23日は休憩なし)
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第18(17)番 ニ長調 K.576
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
・ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調 Hob. XVI:52
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 op.111
(3/19 アンコール)
・J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア
・モーツァルト: ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545から 第1楽章
・シューベルト: 即興曲 変ホ長調 D.935-1
・シューベルト: 即興曲 変ホ長調 D.935-4
・シューベルト: ハンガリーのメロディ D.817
・シューベルト: 即興曲 変ホ長調 D899-2

(3/23 アンコール)
・J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988から アリア
・J.S.バッハ: パルティータ第1番 BWV825から メヌエット、ジーグ
・ブラームス: インテルメッツォ 変ホ長調op.117-1
・バルトーク:  「子供のために」から 豚飼いの踊り
・モーツァルト: ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545から 第1楽章
・シューベルト: 即興曲 変ホ長調 D899-2
・シューマン: 「子供のためのアルバム」op.68から 楽しき農夫

 

---

 

 思えばもう2か月前のことになってしまいますが、アンドラーシュ・シフの来日公演を聴きました。最初は19日の神奈川県立音楽堂、続いて、21,23日のオペラシティ。

 

 今回のプログラムは、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトの最後の2つのピアノ・ソナタを2回に分けて演奏するもの。21日の公演が最後から2番目、19と23日が文字通り最後のソナタを集めたプログラムでした。

 

 名曲の名演。それ以外の言葉が思いつかないほどに、どの曲でも、熟慮され、吟味され、練りに練られた(に違いない)解釈を、入念かつ周到な準備によって美しく具現化された(と思われる)音楽を聴くことができました。

 シフ自身は、まだ自分自身の中に解釈を深め、演奏の質を高めようという意志を強く持っているのでしょうけれど、私のような凡庸な聴き手にはこれ以上のものを求めようなんていうのは、バベルの塔を築こうとするようなもの、あるいは、イカロスのように背中に翼をつけて太陽に近づこうとするようなものにしか思えない。

 

 今回、シフの素晴らしい演奏によって、4人の大作曲家たちが、ピアノ・ソナタというジャンルで遺した最後の曲たちを並べて聴いてみると、それぞれの曲は、彼らの一つの「到達点」であったと同時に、「開かれた未来」を指し示したものだったのだなとつくづく実感します。

 彼らが、それぞれの曲を、「これが最後」という思いで書いていたかどうかという話ではなくて、これらの圧倒的に高い完成度を誇る名作たちは、決して自己完結する閉じた音楽なのではないということ。未来の作曲家、未来の聴き手に対して、この音楽を理解し、これを超えるものを生み出すというのは、一体どういうことなのだろうかという「問い」を、自らのうちに投げかけさせるものであるということです。

 実際に作曲家たちが「未来の聴き手」を想定していたかは知る由もありませんが、ソナタという形式を完成の域にまで引き上げた音楽は、未来の人を引き寄せて魅了し続け、自問自答を促すだけの力を、自ずとそのうちに秘めているということなのでしょうか。その音楽は、内部で核分裂を繰り返していて、強力な放射線が放出されている。その放射線量は、何百年という長いスパンでようやく半減する。そんなスケールの大きな話に思えるくらいに。いや、これは、ピアノ・ソナタに限らず、芸術全般について同じことが言えるのかもしれません。

 シフは、その磨き抜かれた優れた演奏で、そんなかけがえのない「真実」を私に改めて実感させてくれました。何という知的な刺激に満ち、心からの感動に満ち溢れた3日を過ごしたことでしょうか!

 

 個々の演奏曲目について、今も心に残っていることを書き留めておきます。

 

 今回の来日公演、彼の演奏するハイドンとモーツァルトは、演奏会から長い時間を経た今でも、思い出すだけで幸せな気分になれるような、美しい音楽でした。
 シフというピアニストの音楽の出発点には、冷徹なまでの知的で厳密な分析作業があり、そのことが、音楽の結晶化された構造美を明らかにする強力な武器になっていると思うのですが、今回聴いた彼の演奏は、もはや作為とか恣意の痕跡を一切とどめていなくて、どこかから自然に湧き出てきたものであるかのように感じられました。
 しかも、ハイドンとモーツァルトという二人の作曲家の音楽の共通点以上に、その作風、音楽のありようの違いが手にとるようにわかる。以前、Ottavaで林田直樹さんが仰っていたことの受け売りになりますが、ハイドンの音楽は、どんなに逸脱しても元にきちんと戻ってくるけれども、モーツァルトの音楽は、ここではないどこかへと果てしなく飛翔していく。その差異を、これほどくっきりと、これほど明瞭に、しかも、美しく実感させてくれるピアニストは、私はシフ以外にさほど多くは知りません。

 今のシフは、どちらかと言えば、ハイドンの音楽の方により深い敬意と愛情を注いでいるように感じたのですが、それは勘違いでしょうか。一つ一つの音に対する手つきの優しさの中に、限りない愛着のようなものを見出したからです。勿論、モーツァルトの演奏から聴きとることのできた、ほとんど「完全な球体」を思わせるような「美」にも心を奪われたのですが。

 シフは、既にハイドンもモーツァルトも名盤を残していますが、今回の演奏曲目だけでもいいから、是非再録音してほしいと願わずにはいられませんでした。

 

 ベートーヴェンの31番(東京)、32番(横浜、東京)は、前々回の来日公演でも聴き、深い感銘を受けましたが、今回も、また。シフの演奏は、あれからまた深化を遂げているように感じました。ここでも、彼の研ぎ澄まされた知性によって構築された音楽には、ベートーヴェンの晩年様式の語法を一切歪めることなく、作曲家が意図したであろうものを直接音にしたというような真正さがありました。勿論、それは厳密にはフィクションでしかないのでしょうが、それが真実だと聴き手に思わせずにいられないほどの、迫真の説得力をもった音楽でした。
 忘れられないのが、第32番の第2楽章のコーダ直前、左手の分厚いアルペジオにのって、高音でアリエッタの主題が歌われるところ。横浜公演で聴いたのは、「これは賛歌なのだ、すべてを受容し、肯定する賛歌なのだ」と思わず叫びたくなるくらいに、喜びと感謝に満ち溢れた、清々しいまでに満ち足りた音楽でした。ひたすら高みに向かって高揚していく音楽に身を任せていると、自分が一段高いところへ連れて行ってもらえたような気分になりました。そんなのは所詮錯覚に過ぎず、私は演奏会から2か月経っても何にも変わってなんかいませんが、でも、あの幸福で満ち足りた音楽の悦びの記憶は、きっとこれからの私の人生の中で、何かプラスのものを与えてくれるはずだし、そうなるように生きていければ、などと実に青臭いことを考えています。

 

 そして、シューベルトの20番(東京)、21番(横浜、東京)。彼のシューベルトの実演は、2008年の来日公演のアンコールで「ハンガリーのメロディ」を聴いて以来、即興曲や楽興の時、あるいはアンコールで弾く小品などを聴いて来ましたが、今回、ようやくソナタを聴くことができた。しかも、曲は最後の2つのソナタという、願ってもない曲目。
 20番が特に素晴らしかった。21番の演奏が劣っているとか、感銘が落ちるとかそういうことでは決してないのですが、今、私の中で強烈な記憶として残っているのは20番の方なのです。特に第2楽章での、深い哀しみをたたえた孤独の歌が徐々に膨らんでいき、破裂しそうな絶叫をもってカタストロフを迎え、再びに静かな内省へと落ちていく道筋のゾッとするような美しさ、第4楽章の、喜びとさみしさが一体となった豊かな歌は、シューベルトの音楽を生きる糧として愛する私にとっては、演奏の出来がどうだったとかいう次元をはるかに超え、私の「いのちの水」となるものでした。これまで、シューベルトの演奏はそれなりの数を聴いてきたように思っていますが、今回、オペラシティで聴いた20番の演奏は、その中でも特に印象深いものだったと思います。
 私の最愛の曲、第21番のソナタで聴かせてくれたシフの演奏も、素晴らしかった。フォルテピアノを弾いたECMへの再録音盤よりは、ややゆったりした構えを持った音楽にはなっていましたが、安手の感傷や、過度な感情移入は厳然と排除しながらも、シューベルトの音楽が内包するあらゆる要素を、余すところなく表現していたように思います。結果、均整の取れたプロポーションの内側で、豊かで味わい深い歌と、ひりつくような痛みを孕んだ内的な表現が、しっかりと手を結び、シューベルト独特の音空間を生み出していました。
 

 アンコールは、どの日も、いつもながらの大サービス。バッハの「イタリア協奏曲」(全曲)、ゴルドベルク変奏曲のアリア、モーツァルトのソナタ第15番第1楽章、ベートーヴェンのバガテル、シューベルトの即興曲数曲、3つの小品の第2曲、毎度おなじみ「ハンガリーのメロディ」、シューマンの「楽しい農夫」、バルトークの小品など、いずれも彼の妙技を心ゆくまで味わいましたが、今回、最も印象に残ったのは、ブラームスの間奏曲Op.117-1でした。彼のブラームスの後期の作品を一度でいいから聴いてみたいと切望していたので、彼がこの曲を弾き始めた途端、私の中のあらゆるものが緩んでしまって、舞台でピアノを弾くシフの姿がぼやけて見えなくなってしまいました。何と幸せで、何と淋しい音楽なのだろうか。何と明るくて、何と暗い音楽なのだろうか。何と優しくて、何と厳しい音楽なのだろうか。相反する感嘆の言葉がいくつも同時に溢れ出て、私の涙腺をずっと刺激していました。ECMのマンフレッド・アイヒャー社長に、「シフのブラームスを録音してください!」と直訴したいくらいに、その音楽には魅了されました。どこまでも透明で優しい「わが心の痛みの子守歌」でした。

 

 2008年以来、毎回彼の来日公演を聴いてきて、今回の演奏会でも大きな満足を得ることができましたが、彼の「変化」を聴き取れた気がしました。

 以前の彼の、一分の隙も無い完璧な演奏に比べると、音楽の要諦に、ほんの微小な「遊び」ができていているような気がしたのです。急なカーブを曲がるような局面で、聴きとれるか聴きとれないかというくらいに巧みにブレーキを踏んで速度を加減するようなところがあったし、細部に拘りきった緻密な音楽作りよりも、もっと音楽の稜線を大きくなぞるようなスケールの大きな音楽作りを目指したようなところがいくつもあった。

 あるいは、あれほど禁欲的に使っていたペダルも、今回は新しい楽器を採用したということもあってか、割合に大らかに踏んでいた気がします(今回はあまりバッハを弾かなかったからそう思ったのかも)。
 私は、シフのそんな「変化」を非常に好ましいものとして肯定的に受け止めています。安易に円熟だとか、成熟だとかいう言葉で表現してしまって良いものか迷いますが、しかし、彼の音楽はその分、より懐が深くなり、より大きくなり、よりあたたかさを増した。何か失ってしまったものが仮にあったとしても、今の彼が手にしたもの、手にしつつあるものは、その損失を埋めて余りある。これからのシフが、より高い境地へと進むために、今のこの「変化」は必要不可欠なものであるような気がします。

 

 今回のプログラム、東京では2回とも、休憩を挟まずにぶっ続けで演奏されましたが、横浜公演では休憩が入りました。前半がハイドンとシューベルト、後半がモーツァルトとベートーヴェンと言った具合に。

 多くの人たちが「休憩があって良かった」と言っているのが、演奏会場のロビーのあちこちから聞こえてきました。でも、今回の横浜公演のシューベルトでは、シフが、珍しいことに一、二度、派手なミスタッチを見せたことを考えると、休憩を入れたのは彼のコンディションを考慮してのものでもあったのかもしれないなと思います。あれほど「ノーミス」の演奏を聴かせてくれてきたシフだし、東京公演ではやはり「ノーミス」でしたから、シフにも「出来不出来」があって、彼もやっぱり人間なんだよな、と、当然のことを改めて思ったりはしました。はっきりと言っておきますが、そのミスタッチは彼の音楽の価値を貶めるものでは断じてなく、考慮の外に入れるべきものでした。

 

 次のシフの来日はいつになるのでしょうか。今度はどんな曲を聴かせくれるのでしょうか?楽器は何を、どこのメーカーのものを使うのでしょうか?いつまでも、シフの音楽を同時代の音楽として大切に聴いていきたいと思います。


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  • 2017.08.16 Wednesday
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