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【演奏会 感想】スメタナ/連作交響詩「わが祖国」 〜 ヤクブ・フルシャ指揮東京都響 (2017.07.26 ミューザ川崎シンフォニーホール)

・スメタナ/連作交響詩「わが祖国」

 ヤクブ・フルシャ指揮東京都響

 (2017.07.26 ミューザ川崎シンフォニーホール)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一点の曇りもない

 

 ヤクブ・フルシャ指揮東京都響の演奏するスメタナの「我が祖国」を聴いていて、最近やたらと耳にすることの多いこの言葉が頭に浮かびました。

 

 スラーのかかっていない音は基本的にマルカート気味に短い音価で弾かせ、一点一画をゆるがせにしない明晰なアーティキュレーションを見せる。折り目正しく、曖昧さがまったくないフレージング。そのフレーズも末尾できちんと呼吸をとっているので、複数の声部は、常に安定したグルーヴ感の中で整合性を保ちながら積み重なっていく。その上に、各楽器のピッチは注意深く揃えられ、イントネーションにも配慮をして、純度の高い響きを生み出していく。
 どんなに声部が錯綜したり、音楽が勢いづいたりしても、そうした基本が常に守られているので、スコアに書かれた音符は全部きれいに聴こえてくる。弾き手と聴き手の間には、視界を遮る雲など存在せず、晴れ渡った空の色の移り変わりを心ゆくまで味わうことができるのです。

 

 だから、普段は「通俗名曲」として「いっちょあがり」的な演奏を聴かされることの少なくない「ヴルタヴァ(モルダウ)」では、この曲にはこんな仕掛けがあったのかと目から鱗が落ちる思いで聴く場面が頻出します。

 

 あの有名な旋律も「歌いっぱなし」ではなく、端々に至るまで細やかな神経を遣い、心をこめて丁寧に歌われる。その背後で、様々な楽器が奏でる多種多彩なモチーフに対して、それぞれに明確なキャラクターが与えられ、適宜、音楽の生理に適ったところでアクセントがつけられているので、立体的な響きが生成されていくさまをはっきりと耳で確認できる。
 あるいは、例えば、弱音器をつけた弦楽器群が月の光を表現する場面。その壊れてしまいそうなほどに繊細な響きは、もはや崇高ささえ感じさせるほどに、磨き抜かれた光彩を放っていました。生き生きとした農民の踊り、そして、激流を経て大河となるあたりの分厚い響きにも、漫然と聴いていては気がつかないような細かい筆致が、克明に描かれていて驚きました。

 

 しかも、「シャールカ」以降、音楽のドラマが熱く展開されていく過程での劇的な表現も不足はありません。チェコ出身の指揮者に共通する一つの特徴として、柔らかな上品さと引き換えに、ドラマティックな場面で過度に抑制的になり過ぎる傾向がありますが、フルシャにはその心配は皆無。踏み外しこそはありませんが、柔らかさに偏りすぎず、時にはオーケストラを追い込んで強い表現をとり、時には鋭い眼光を感じさせるような厳しい音楽を引き出してもいる。だから、「ターボル」「ブラニーク」と繋がるあたりの劇性は十分に確保されていて、会場を熱狂と興奮の渦の中に引きずり込んでいました。

 

 都響は、そんなフルシャの純度の高い音楽づくりに応え、十全の演奏をしていたと言えます。特に休憩を挟んだ後半3曲は、オケの響きがミューザ川崎のホールトーンときれいに融け合い、滅多に聴けないような充実した音を聴くことができました。「ブラニーク」でのホルンと木管の掛け合いの夢見るような美しさは、今思い出してもゾクゾクするくらいに魅力的でした(特にホルンの首席のソロは素晴らしかった)。金管のここぞという場面での力強さもぐっとくるものでしたし、都響の最大の武器でもある弦楽器の堅牢なアンサンブルと、シルクのような質感をもった音色の美しさは強く印象に残りました。

 

 そんな「一点の曇りもない」演奏によって聴く「我が祖国」は、私にはアンチヒーロー的な音楽と感じられました。この音楽には、理不尽な弾圧に抵抗し、地図上から「なかったこと」にされた祖国に命を捧げた「英雄」が登場するけれど、そんな悲劇的な歴史の重さとか、悲壮なまでのナショナリズムの発揚のようなものを謳った音楽では決してない。ここで歌われているのはとても普遍的な人間の心のよりどころとしての「故郷」への賛歌であり、そこで生活し、日々を豊かに送っている「人々」への賛歌である。スメタナという作曲者の心の奥底から生まれた音楽を、ヒロイズムとか、偏狭なナショナリズムなどの余計なもので曇らせてしまったら、その賛歌は簡単にかき消されてしまう。だから、フルシャと都響は、全神経を遣い、全力で耳を傾けて、曇りのない音を目指した。そんな音楽のありようを私は感じました。

 

 心の奥底に訴えかけてくるような真摯な演奏を聴きながら、私の脳裏にはいろいろな映像が浮かんでは消え、また浮かんでは消え、しました。
 先日、東京都写真美術館で見た報道写真展で、戦乱のために祖国を追われた人たちの衝撃的なニュース写真。共謀罪可決の日の夜に国会前で見た光景。先日亡くなった中国の劉暁波氏が妻の劉霞氏に宛てて書いた手紙。二重国籍の釈明を強要された野党の代表の姿。音楽とは関係ないことかもしれませんが、そうしたものを連想することを私は自分で止められませんでした。

 

 そして、この美しくて熱っぽい音楽のように、国家や、ただ一人の英雄にではなく、故郷やそこに住む人々への賛歌に溢れた世界になれば、いや、世界にしなければならないと思いました。

 

 素晴らしい演奏を聴けました。先日のミンコフスキ、インバルに引き続き、フルシャと3人の指揮者で都響を聴きましたが、どれも心に強く残るものでした。思えば、フルシャが都響に初登場した7年前の演奏会では「ブラニーク」だけを聴き、いつかこの人の「我が祖国」を聴きたいと切望したのでした。以降、プラハ・フィルとの演奏は聴きそびれたので、7年ぶりに願いが叶ったわけですが、こんなに胸を打つ演奏が聴けたのは望外の喜びです。
 インバルとフルシャの二人が都響のメインの指揮者を務めていた時期は、間違いなく都響の「黄金時代」だったと言えるのだろうと思います。勿論、今は、新しい監督の下で、次の黄金期を築かんとしているところでしょうが。

 恐らく、何年かした後、都響から巣立ったフルシャは、チェコ・フィルを率いて来日し、この「わが祖国」を演奏してくれることになるのだろうと思います。そうなることが、彼にとっても、オケにとっても、そして私たちにとっても幸せなことだろうと思うからです。そのときには、今日よりも、一回りも二回りも大きく、もっと味わいの深い演奏を聴かせてくれることと思います。その日が来るまでは懸命に生きていようと思います。

 

 ところで、今日の「ターボル」の315小節目のアウフタクトのトランペット、その1小節前から吹き始め、続けて楽譜通りに吹いていてびっくりしました。しかも、フルシャが314小節目のアウフタクトで思い切りキューを出していたので、奏者のミスではなかったと思います。一体、そのような版があるのでしょうか、それともフルシャの振り間違いでトランペット奏者が機転を利かせた?彼のバンベルク響との再録音CDを確認しましたが、楽譜通りでしたから、後者でしょうか。しかしまあ、そんなのはどうでもいいことです。


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  • 2017.08.16 Wednesday
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