Langsamer Satz

クラシック音楽のことなどをのんびり、ゆっくりとお話したいと思います
<< 【ディスク 感想】ドビュッシー/歌曲集 〜 エメーケ・バラート(S) エメシェ・ヴィラーグ(P) | main | 【演奏会 感想】ヴェルディ/歌劇「オテロ」(演奏会形式上演) 〜 アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルほか(2017.09.08 オーチャードホール) >>
【演奏会 感想】イリーナ・メジューエワ 日本デビュー20周年記念リサイタル Vol.1  〜オール・ベートーヴェン・プロ (2017.08.26 東京文化会館小ホール)
0

    ・イリーナ・メジューエワ 

     日本デビュー20周年記念リサイタル Vol.1

      〜ベートーヴェン/最後の3つのソナタと27番

     イリーナ・メジューエワ(P)

     (2017.08.26 東京文化会館小ホール)

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 Op.90
    ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109
    ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 Op.110
    ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111

    (アンコール)

    ベートーヴェン/6つのバガテル 〜 第5曲 Op.126-5

     

    ---

     

     とある演奏会を聴いた帰り、本屋に寄って本を買い、さっそく電車の中で読み始めたのですが、目に飛び込んできた言葉に膝を打ちました。ついさっきベートーヴェンのピアノ・ソナタを聴いて感じたことが、そのまま言い表されていたからです。

     

    「私が常に自己を表現し自己を解放することが出来たのは言語によっていたからであります。私よりすれば、情緒を浄化し、これを保持するような言語を絶えず創造して行く以外に、人生の完成はないのであります。私どもは、言語の純潔さに対し責任があるのです。そしてこの責任は象徴的であります。この責任は、単に芸術の分野にのみ止まらないのでありました、本来倫理的なものなのであります」


    「文化とは、それが人生の形態、自由と真理との探求、良心の把持、絶えず更新される努力である限りに於いて、倫理的規律それ自体ではあるまいか?」

     

    トーマス・マン「五つの証言」 渡辺一夫訳 中公文庫

     

     私が聴いた演奏会とは、東京文化会館小ホールで開かれた、イリーナ・メジューエワの日本デビュー20周年記念コンサートの第1回目。彼女が最も得意とする作曲家の一人、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第27、30、31、32番が演奏されました。楽器は、最近彼女が好んで弾く1925年製のスタインウェイ。

     

     メジューエワの弾くベートーヴェンは、トーマス・マンの言う通り、情緒を浄化し保持した音楽であり、音楽への純潔さに責任をとって、「人生の形態、自由と真理との探求、良心の把持、絶えず更新される努力」の末に生まれてきたものでした。プロフェッショナルであるということを突き詰めていけば、最後にはで「倫理」に到達すると、私が尊敬する技術者が仰っていましたが、まさにそうした演奏を聴いたのです。

     

     倫理的であると言っても、それは、苦行を自らと聴き手に強いるような、無味乾燥な音楽ではありませんでした。例えば、豪快に鳴り響く強音からみずみずしい弱音まで、あるいは、煌くような澄み切った高音から重量感のある低音まで、広いダイナミックレンジの中で豊かなグラデーションをもった耳の感覚の悦びを十分に満たしてくれるものでした。純粋にピアニスティックな側面から見ても、いくらでも聴きどころを見つけることもできました。

     

     同時に、作曲家の意図を歪めることなく理解し、それを聴き手にまっすぐ伝えるという演奏家としての基本かつ究極の目的を、これ以上ないくらいに誠実に実践した演奏でもありました。この音楽を、このような境地に到達して演奏するまでには、どれほどまでに綿密かつ丹念な準備がなされたのか、どれほど実地の経験を積んできたのか、まったく想像がつかないほどに熟慮を重ね、表現が練りに練られた演奏だった。

     

     しかし、ただそうした条件を満たしただけでは、決して「倫理的」な演奏とは言えません。偉大な音楽の前で、音楽家がなさねばならない義務を、メジューエワはただ当たり前のように淡々とこなしたに過ぎないからです。それよりも、彼女の演奏が私にとって「倫理的」であったのは、生まれてくる音楽のすべてについて、彼女自身が責任を持っていると感じられたからです。そう、マンが、芸術家には「言葉の純潔に対して責任がある」と述べたのと同じように、彼女は音楽の純潔さに全責任を負っている、ということ。

     

     「自己が音楽の前面に出ることを戒める」という彼女のモットーを突き詰めれば突き詰め表現に「客観性」を求めれば求めるほどに、実は、その音楽の中にある「真理」を見いだす演奏者の視点が明らかになっていく。演奏者が、音楽の中から何を抽出し、何を捨象したのか、多様な要素にどう優先順位をつけて作曲家の意図を把握したのかといった、ものの見方、考え方、そして思想が浮かび上がってくる。つまり、彼女は、その音楽のどこに「美」を見いだしたのか、何に驚きや発見があるのか、そういった演奏家としての「個」の視点を音楽の背後に隠したりはしていない。むしろ、それを正々堂々と曇りなく表現することでしか、音楽の「真理」へとたどり着くことはできないのだと肚をくくったような、決然とした姿勢で、音楽に厳しく対峙しているのです。

     

     彼女の演奏から感じとれた、ベートーヴェンの音楽の独創的な美しさや、破格の表現力は、伝統的な評価や、あるいは他人の評価をなぞって抽出されたものではない。あくまでメジューエワという音楽家の「個」を通して見出され、より普遍的なものへと高められたものでした。だから、一つ一つの音の響き、ある音から次の音への動きのすべてには身を切るような切実さがあり、真実味がある。作曲者がその内側で熱い血を流してイメージしたであろう音楽を、彼女自身も作曲家と同じように血を流し音楽を創造していると言えば良いでしょうか。「演奏家としての私は作曲家の忠実な下僕だ」というような美辞麗句に逃げ込まず、演奏者として、自ら進んで、音楽の全責任を負う、そんな豪胆なまでの潔さに、私は「倫理」を見いだしたのです。

     

     でも、そうした彼女の倫理的な姿勢に貫かれた音楽は、決して我々聴き手にも苦行を強いることはありません。むしろ嬉々として、胸を弾ませながら、耳を傾けずにいられない魅力的な音楽でした。

     なぜなら、何よりもメジューエワ自身が「倫理」を守ることに無上の喜びを感じているのが、すべての音から痛いほどに伝わってくるからです。これら4曲のソナタが、どんなに美しく、どんなに奇跡的なアイディアに満ちているか、まずメジューエワ自身が楽譜を見て感じ取ったであろう「センス・オブ・ワンダー」が、そこかしこから喜ばしい調べとなって響いてくるからです。

     

     例えば、第31番の第3楽章、2つのフーガの始まる前には、ただ一つの音(2回目は和音ですが)が単純に反復されます。そんなシンプルな音のつながりが、どれほど深遠なドラマを導き出していることか。古今東西のピアニストたちが心血を注ぎ、工夫を凝らしてさまざまに表現してきた部分です。
     そんな音楽の信じがたい美しさを聴き手に伝えるためには、演奏者自身が、音楽への驚きと発見、そして敬意を持っていなければ不可能なはずです。演奏者がその場で初めてこの音楽に接し、「まさか」と驚嘆の声を上げるような新鮮な驚きがなければ、ただの皮相な虚構の仕草になり果ててしまうことでしょう。

     しかし、メジューエワが聴かせてくれた「反復」には、引き続き演奏される音の伽藍への予感が溢れていて、屹立する巨大な構築物の片鱗から全体を想像して思わずひれ伏してしまう、そんな畏怖の念のようなものを孕んでいました。それが続くフーガとの鮮やかな対比を生み、その飛躍によって生じた断層から美しい「詩」がこぼれ出す。彼女の素晴らしいCDを含めて、これまでに聴いたことのないような、刺激的な瞬間に立ち会った気がしました。

     それは、あくまで一例に過ぎません。私は、今回の演奏会で弾かれた4曲を通して、最初から最後まで、そんな瞬間をずっと味わっていたような気がします。ベートーヴェンの音楽が、本質的には、第一人称で書かれた思惟、思想そのものであり、だから彼の音楽が偉大であり不滅の価値を持つものだということを、彼女の演奏から絶えず感じずにはいられなかった。

     

     してみると、メジューエワの演奏の屋台骨を支える「倫理」とは、ただ自我を抑えて作曲家に奉仕すると言うような単純なゼスチャーでは、たぶんない。他者が書いた音楽を、まるで自己の内側から生まれ出たものとして表現すること、それを実現するために、我が身を引き換えとする覚悟を持つこと、なのではないでしょうか。そんな気の遠くなるような厳しい作業の果て、作曲家と演奏家、そして聴き手の間に深いコミュニケーションが生まれる。すると、そこには、ほとんど法悦と呼びたくなるような名状し難い境地が出現する。

     

     演奏の詳細については他の方々が正確に書かれるでしょうから、私はこんな抽象的で曖昧模糊とした印象論を述べるにとどめておきます。でも、私2時間足らずの演奏会は、アンコールで弾かれたバガテルも含めて、私が聴いたのはそんな音楽が生まれる「場」だったのです。それ以上の賞賛の言葉は持ち合わせていないし、事細かなあれこれを書いても、それらはすべて、私の強烈な印象の中に包含されてしまう。

     ただそれでもどうしても書いておきたいのは、前述の第31番の第2楽章以外では、第30番の第2楽章の変奏曲の主題が回帰する直前の祈りと感謝の歌。ゆったりとしたテンポで、朗々と鳴り響くピアノの音に埋もれていると、その広大な音空間が満天の星空へと変わり、目も眩むような無数の星の煌きを見るような気がして陶然となりました。あの瞬間の美しい音楽は、今思い出しても、目の奥が熱くなる思いがします。この曲が終わって休憩があって良かったというほどに昂揚しました。

     また、古いヴィンテージ・スタインウェイの響きは、豪快さと、繊細さを併せ持った魅力的なもので、演奏を重ねてきたメジューエワは、その楽器の特性をめいっぱい活用し、自己の表現を深めているようでした。正直言うと、大きなホールで、この楽器が鳴り響くのを聴いてみたい気がするのですが、でも、小ホールでこそ得られる親密感、一体感もあって、不満という訳ではありません。しみじみと、いいピアノだなあと思います。

     

     しかし、これほどの演奏をもってしても、メジューエワにとって、これは「終着点」ではなく、「通過点」に過ぎないのだろうと思います。私にはその先にどんなものがあるのかはまったく想像ができませんけれども、まだまだ彼女には解かねばならない課題があり、超えなければならないハードルがあるのに違いない。彼女が奏でる音楽の切実さの中には、いまだ見ぬ深淵へとたどり着きたいという強い欲求、あるいは、憧れ、願望のようなものが感じられたからです。その音の視線の向こう側に、彼女自身もまだ像を結んでいない、そして作曲家さえも想像できなかったような美を孕んだ世界があるのだという信念を見ずにはいられないのです。
     彼女は、かつてルドルフ・ゼルキンが言ったという「この作品は簡単であるには、あまりにも素晴らしすぎる」という言葉を抱きながら、より高みを目指して歩んでいくのだろうと思います。どうしてそこまでして茨の道を選ぶのかと聞いても、ただそこに往くべき道があるからと、無言で険しい道を選んで歩みを進めていくのでしょう。私は、そんな彼女が、これから折々に聴かせてくれるはずの、倫理的で法悦に満ちた音楽に触れ、幸福な時間を過ごせることを心から楽しみにしています。

     この日本デビュー20周年記念コンサートは、あと2回(ショパン・プロ、リスト&ラフマニノフ・プロ)続きます。また、続々とCDリリースは続いていて、先ほど発売されたリストの「巡礼の年」と、シューベルトのライヴ、いずれもこのエントリーで書いたのと同じことを感じずにはいられない、高潔な音楽が聴けます。特にリストで聴くことのできる宗教的な雰囲気をたたえた響きの清らかさには、胸を打たれました。この先、またどんな演奏が聴けるでしょうか。

    | nailsweet | イリーナ・メジューエワ | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
    スポンサーサイト
    0
      | スポンサードリンク | - | 22:48 | - | - |









      http://nailsweet.jugem.jp/trackback/1381
           12
      3456789
      10111213141516
      17181920212223
      24252627282930
      << September 2017 >>
      + PR
      + SELECTED ENTRIES
      + RECENT COMMENTS
      • デ・ラ・パーラ指揮のオール中南米プロの演奏会が聴きたい
        gijyou (07/24)
      • レコード芸術 創刊800号に思う
        “スケルツォ倶楽部”発起人 (05/07)
      • レコード芸術 創刊800号に思う
        木曽のあばら屋 (05/06)
      • マーラー/交響曲第9番 〜 バーンスタイン/IPO(1985.9.3) 
        ストロハイム (02/08)
      • アザラシヴィリ/無言歌(グルジアの歌)
        moemoet. (01/28)
      • アザラシヴィリの「無言歌」について 〜 原曲は "Dgeebi Midian"
        moemoet (01/28)
      • 【演奏会 感想】ウィリアム・クリスティ&レザール・フロリサン <イタリアの庭で〜愛のアカデミア> (2016.10.13 サントリーホール)
        siegfried (11/21)
      • 【演奏会 感想】ヴァレリー・アファナシエフ ピアノ・リサイタル(2016.10.29 浜離宮朝日ホール)
        ねこ (11/20)
      • 【雑記】客席ガラガラの演奏会に思うこと
        佐藤 (11/01)
      • アザラシヴィリの「無言歌」 〜 「音楽の友」(2016.07)記事掲載、クァルテット・エクスプローチェによる新盤発売
        yoosun (09/01)
      + RECENT TRACKBACK
      + CATEGORIES
      + ARCHIVES
      + Twitter
      + Access Counter
      + Ranking
      にほんブログ村 クラシックブログ クラシック音楽鑑賞へ
      にほんブログ村 にほんブログ村 クラシックブログへ 人気blogランキングへ
      ブログランキングに参加しています。
      + Twitterです
      ほんの出来心
      + Mail
      + MOBILE
      qrcode
      + LINKS
      + PROFILE