【ディスク 感想】クレイジー・ガール・クレイジー 〜 バーバラ・ハニガン(S&指揮)ルートヴィヒ管弦楽団

2017.10.03 Tuesday

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    ・クレイジー・ガール・クレイジー

     バーバラ・ハニガン(S&指揮)ルートヴィヒ管弦楽団(αレーベル)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ・ベリオ/セクエンツァ

    ・ベルク/ルル組曲

    ・ガーシュイン(ハニガン、ビリー・エリオット編)/「ガール・クレイジー」組曲

     

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     昨日のタローの新盤に続き、Barbaraという女性音楽家にまつわるアルバムを聴きました。

     

     今、最も旬のソプラノ歌手バーバラ・ハニガンがアルファレーベルからリリースした「クレイジー・ガール・クレイジー」。

     

     収録曲は、ベリオの「セクエンツァ掘廖▲戰襯のルル組曲と、ガーシュインのミュージカル「ガール・クレイジー」からの3曲を編んだ組曲(ハニガンとビル・エリオットが編曲)。ベルクとガーシュインは、ハニガンは独唱のみならずオランダのルートヴィヒ管弦楽団(ガーシュインではコーラスも入る)を指揮しています。

     歌手が、オペラのアリアや歌曲ならともかく、難曲のベルクで「歌い振り」を録音してしまうところが、なんとも新しくて驚愕せずにはいられないところですが、アルバムの選曲もかなりぶっ飛んでいます。冒頭に今でも拒絶反応を示す人が結構いると思われるベリオの「ゲンダイオンガク」から始まって、ロマン派と現代音楽の接点に位置する表現主義的な音楽を経て、最後はブロードウェイ・ミュージカルへとなだれこむという普通なら絶対に思いつかないようなプログラミング。その由来は、ライナーノートに記されたハニガン自身の文章(ハニガンがこちらに親しげに話しかけてくる趣の白沢達生氏の訳がとても読みやすい)に詳細が書かれていますが、彼女が得意としているルルを中心テーマに据えたものなのだそうです。どの曲にも共通して「少女性」が隠されていて、それを鏡で映し出したのがこのアルバムだと彼女は語っています。特に、「ガールクレイジー」の冒頭は、「ルル」のゲシュヴィッツ伯爵令嬢が歌ったものと捉え、「ルル」と強い連続性をもたせた編曲になっています。

     

     しかし、そんな能書きは脇に置いても、これは驚くべきアルバムでした。現代曲を中心に幅広いレパートリーで、知的であると同時に、肉体性をもった官能的な歌を聴かせてくれるハニガンの歌がどの曲でも驚異的に素晴らしいのはもちろんのこと、耳慣れない名前のオーケストラ、ルートヴィヒ管弦楽団の演奏からは強烈なインパクトを受けました。響きは非常に澄んでいるものの、アンサンブルがごく僅かに雑になるなど技術的な欠点はあるでしょうが、そんなことはどうでもいいと思えるほどに、ベルクでもガーシュインでも「生きた」音楽が聴こえてくるのです。

     「ルル」のそこかしこで鳴り響く豊潤な響きからは、あのオペラに蔓延する、死さえも最早快楽と捉えてしまうような行き場のない退廃が、身を捩らずにいられないような官能を身にまとって立ち昇ってくる。でも、すべての音が高解像度の鮮明なイメージとして具現化されていて、響きが洗練されていて透き通っているので、その音楽には公序良俗に反するような爛れは、ない。純粋で汚れのない精神をもった天使としてのルル像がそこにあり、だからこそオペラの陰惨な悲劇が生まれたのだということを、このハニガンの演奏以上に切実に知らせてくれたものはこれまで聴いたことがないような気がします。この組曲が、オペラの抜粋ではなく、本編には出てこない音楽も多く含まれているということを差し引いてもです。

     それに、各楽章のクライマックスで聴ける強音の破壊力も抜群で、「ルル」というオペラに内在するいくつものカタストロフを見事に描き出しているのも凄い。全体に、むせかえるようなロマンと、激烈で暴力的なまでの高揚とが拮抗しながらドラマを展開していく音楽のテンションの高さには、マーラーの交響曲第13番くらいに位置づけて聴いても違和感がなさそうな「マーラー感」がありますが、それは演奏者も意識して強調しているのではないかと思います。そうした点だけでなく、指揮者としてのハニガンの曲への視点から刺激を受けることはたくさんあって、共感する場面はたくさんあって、ベルクの音楽の美しさを改めて堪能することができました。

     言うまでもないことですが、オーケストラの生き生きした演奏を得て、「ルル」を当たり役にしているハニガンは、有無を言わせぬ説得力をもった強いキャラクターをもった歌を聴かせてくれます。90年代半ばに登場したクリスティーネ・シェーファー以降、ルルを当たり役とする歌手は何人か出ていますが、その声と歌の魅力から考えて、やはりこの人が第一人者なんじゃないでしょうか。

     

     続くガーシュインは、一転、何と楽しい音楽!いや、前述の通り、冒頭は「ルル」が続いているのかと思えるような沈鬱な響きに満たされた音楽で、しかも、ご丁寧にもマーラーの交響曲第3番の第6楽章が引用されている(いい感じでパクッてます)。20世紀初頭のウィーンの音楽がハリウッドに現る、みたいな(それってそのまんまコルンゴルドですが)趣に浸っていると、”But Not for Me”の歌が始まって、完全にブロードウェイの世界へと突入していきます。“Embraceable You”から”I got Rhythm”へとヴォルテージを上げながら、ハニガンは、フレッシュな歌を聴かせてくれます。

     ブロードウェイの音楽だからと高いところから降りてきて上から目線のクロスオーバー歌唱をするのではなく、「ルル」を歌うのとまったく同じスタンス、同じ歌唱法でごくごく自然に歌ったというような、あっけらかんとした「ハマり」具合には茫然と聴き入るしかありません。これこそ、エンターテイメントと芸術が同じレベルで共存し得るという最高の例になるんじゃないかというくらいに素敵な音楽。これは多くの聴き手から絶大な支持を得るだろうし、ナマでやったらさぞかし客席が湧くだろうと思います。

     

     冒頭のベリオは、ルルとの連続性をそこに見いだし、作曲家の指示の範囲内で高い音に移調して歌ったとのこと。これはまさに声のヴォルトゥオーゾとしてのハニガンの凄さを体感することのできる歌。ただ口をあんぐり開けて、次から次へと繰り出される「声芸」に聴き入るしかない。人間の声の可能性に挑んだ意欲的な音楽からは、でも、確かに可憐さをもった少女性を感じることができるのは確か。特に何度も現れる笑い声からは、純粋無垢で天真爛漫な少女の可憐さと残酷さのようなものが同時に聴こえてきて、震えてしまいます。

     

     発売を心待ちにしていたアルバムでしたが、こんなにも刺激的で、こんなにも胸を打たれる音楽を聴くことができるとは予想していませんでした。ハニガンのこれからの活躍にはまったく目が離せません。これからもアルファからアルバムをリリースするのかはわかりませんが、どんな形であれ、彼女の次回作が今から楽しみです。

     

     

     

     

    ・ハニガンといえば、たぶん、これが一番有名な動画

     

     

     

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    2018.07.19 Thursday

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