【ディスク 感想】Bachiana 〜 アーシャ・ファテーエワ(Sax) ガザリアン指揮ハイルブロン・ヴュルテンベルク室内管弦楽団

2017.12.24 Sunday

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    ・Bachiana

     アーシャ・ファテーエワ(Sax)

     ルーベン・ガザリアン指揮ハイルブロン・ヴュルテンベルク室内管弦楽団(BerlinClassical)

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    <<曲目>>

    ・J.S.バッハ/ヴァイオリン協奏曲(チェンバロ協奏曲第5番)BWV1056r
    ・ヴィラ=ロボス/ブラジル風バッハ第5番〜アリア
    ・J.S.バッハ/ヴァイオリン協奏曲第1番BWV1041
    ・J.S.バッハ/カンタータ「御国にまします神を讃えよ」BWV 11〜アリア「おお、願わくば留まりたまえ」
    ・J.S.バッハ/オーボエとヴァイオリンのための協奏曲BWV1060
    ・ヴィラ=ロボス/サックスのための幻想曲

     

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     以前、「気になる演奏家」でとりあげたクリミア出身のサックス奏者アーシャ・ファテーエワ(該当記事ではアーシャ・ファチェーエヴァと表記)の最新盤、“Bachiana”を聴きました。今年の春にBerlin ClassicsからリリースされていたのになぜかCDショップには並ばず、痺れを切らせてAmazonで購入しました。

     

     このアルバムに収録されているのは、J.S.バッハのヴァイオリン協奏曲BWV1041、1056r、1060(オーボエとVnのための協奏曲)の3曲と、カンタータ「御国にまします神を讃えよ」 BWV 11のアリア「おお、願わくば留まりたまえ」、そしてヴィラ=ロボスのブラジル風バッハ第5番、サックスのための幻想曲。共演は、ルーべン・ガザリアン指揮ハイルブロン・ヴュルテンベルク室内管弦楽団、BWV1060ではBerlin Classicsイチオシのヴァイオリニスト、エリック・シューマンが参加しています。

     

     ファテーエワのサックスは、バッハやヴィラ=ロボスの演奏としてはソフトに過ぎる、滑らかすぎるという受け止め方もきっと可能だろうと思います。そもそもサックスでバッハなんて、という向きもあるだろうし、レコ芸か何かで取り上げられたら、専門家からはイージーリスニング的と斬り捨てられるのかもしれません。

     

     が、私は、冬の青空を思わせるようなどこまでも澄み切った音色と、デリケートで柔らかい歌い口でもって、慎ましやかに奏でるバッハやヴィラ=ロボスを存分に楽しみました。

     

     彼女が弱音で聴かせる歌の美しさには目をみはるものがあります。フレーズの切れ目をいかに美しくおさめるかに神経を遣いながらも、音楽が停滞したり、ブツ切れになったりせず、滑らかに流れているところが素晴らしい。特にバッハの作品では、高音に向かうに従ってむしろ音量を抑え気味にすることでサックス独特の野太さを回避し、クラシカルな音楽に相応しい佇まいを確保しているところに、とても好感が持てます。
     勿論、彼女の演奏するバッハが、「バロック音楽」としての視点からは、かなり遠いところから捉えられたものであることは言を俟ちません。何しろバッハが生きていた頃には存在しなかった楽器によって、完全なモダンスタイルで演奏された演奏なのですから。そのことを承知した上で言いますが、彼女は音楽のスタイル、作曲家の固有の作風を的確に把握する能力に長けた音楽家なんじゃないかと私は思います。これまで散々聴き馴染んできたバッハの作品が、最初からサックスのために書かれた楽曲であったかのような錯覚に陥ってしまうからです。

     

     裏を返して言えば、それは、彼女が「サックス」という楽器を越えた領域で演奏しているということでもあります。これは私の個人的な考え方(つまり反論があるだろうことは十分承知)なのですが、サックスという楽器は、本来はバッハの音楽の持ち味とは異質の音をもっていて、「別ジャンル」のものとして演奏しないことには音楽として成立しにくいと思っています。

     そんな不利な条件でバッハを演奏するにあたって、ファテーエワは、サックスがサックスたる所以の諸々を濾過し、オーボエやクラリネットが進化した管楽器を吹いているかのようです。こんなに「サックス」を感じさせずにただバッハの音楽だけを聴かせる演奏が可能なのだろうか!と驚くほどに。キーを押さえる雑音もほとんど少なく、ジャズ奏者が使う、音の実質の割に息の量の多そうなハスキーな音も一切出さない。フレージングやアーティキュレーションも、完全にクラシックの流儀で作り、端正に音楽を整える。

     だから、純粋にサックスの音が好きで、サックスを聴く醍醐味を味わいたくてこのアルバムを手にした聴き手にとっては、「つまらない」演奏なのだろうと思います。でも、私のように普段クラシックの分野ではサックスを聴くことがほぼ皆無の聴き手にとっては、サックスでバッハを吹くことの異質さの希薄な演奏であるがゆえに、ただバッハの音楽と、ファテーエワという音楽家が奏でる音楽を無心で聴いて楽しめるアルバムになっている。

     

     中でも、バッハの各協奏曲、緩徐楽章での儚いまでの歌の美しさには惚れ惚れとしてしまうほどです。クラリネットでもこんなにデリケートな弱音を出すことは無理なんじゃないかというくらいの儚いソットヴォーチェは、でも、すべての音に芯があって、たしかな実体がある。だから、その音たちは私の頬をそよ風のように軽くなでて通り過ぎていくのではなく、私の耳から入って、私の内部の何ものかと衝突し、小さな波動を次々に起こしていきます。リズミカルな楽章でも、独特のビートとアクセントがあって、心のどこかに心地良い「引っかかり」を作る。その生き生きとしたプロセスこそ、「心が動く」ということに間違いない。

     

     それにしても、こうやって聴いてみると、どんなふうにアレンジされようが、まったくびくともしないどころか、ますますその魅力を明らかにするバッハの音楽の奥深さにはやはり驚嘆します。 ・・・なんていうようなことも、このブログで何度も書いてきた訳で、完全なトートロジーになってしまうのですが、でも、本当に毎回毎回そう思わずにはいられないし、そう言わずにはいられない。やはりバッハの音楽は偉大だなあと実感します。

     

     ヴィラ=ロボスの作品も、ラテン的なパッションに傾くことなく、常に端正な演奏を心掛けているようで非常に好ましい。幻想曲での闊達なリズム感もカッコいい。ブラジル風バッハ第5番」のアリアこそ、「サウダージ」(哀愁)というような言葉を思い起こさせるメロウな演奏ですが、それはあくまで曲がそうだからというだけのこと。下手なソプラノ歌手よりもずっと人間の声に近いあたたかさと潤いのあるカンタービレには痺れました。ただ残念なのは第1曲「アリア」だけの演奏であることで、全曲聴きたかった。

     

     

     アルバム全体を通して、私はファテーエワの演奏の「まっすぐさ」に猛烈に惹かれます。自己を大きく見せようと音楽を飾ることなどまったく眼中になく、ただ音楽の本質的なものだけを見据えて表現しようとする真摯なまなざしに打たれるのです。だからこそ、これらの音楽のほとんどが「編曲もの」であることを完全に忘れさせてくれるような演奏が可能なのでしょう。 
    そのまっすぐさは彼女自身の資質なのか、若さゆえのものなのかは分かりません。でも、それさえ彼女が大切にしてくれていれば、どんな音楽と向き合っても、素晴らしい演奏を生み出し続けてくれるはず。この宝物のような「まっすぐさ」に磨きをかけて私たちを楽しませてくれることを心から期待します。

     

     バックのガザリアン指揮ヴュルテンベルク室内管弦楽団は、完全にモダンスタイルでの演奏ですが、ファテーエワの柔らかい音楽と完全に同調して、澄んだバッハを聴かせてくれます。彼らの演奏は前から気になっていて、既発売のベートーヴェン全集やブルックナーの弦楽五重奏の弦楽合奏版などいつか聴いてみたいと思っていたところでした。この演奏を聴く限りはとても美しいアンサンブルを聴かせる人たちのようで、俄然興味が湧いてきました。また、エリック・シューマンのヴァイオリンも、派手さはありませんが、味わい深いソロを聴かせてくれていて気に入りました。

     

     しみじみといいアルバムを聴きました。刹那の心地良さとか、表面のお洒落だけを追い求めて作られたのではなく、バッハやヴィラ=ロボスの音楽を通じて、弾き手と聴き手の心の奥深いところでコミュニケートするために作られたかのようなアルバム。この真っ白な静けさにみち、ゆったりとした時間を内包した音楽は、Langsamer Satzという名のブログを書き続けている私のためにあるようなもの。カサカサに乾き荒んだ心を修復したいと思うとき、ファテーエワの吹くバッハやヴィラ=ロボスの演奏を聴いて癒されることも多いだろうと思います。私は、そもそも彼女のような音楽家とこそ出会う運命なのかもしれません。ともかく、これは私の愛聴盤になることは間違いありません。このアルバムが巷で全然話題になっておらず、リアルショップの店頭に並んでいないのはとてももったいないことだなと残念に思います。

     

     ところで、ファテーエワは、来年の3月に来日し、武蔵野市民文化会館や名古屋の宗次ホールなどでコンサートを開くそうです。兵庫ではオーケストラ主催の子供のためのコンサートにも出演するらしい。これで彼女はスターの仲間入りをするでしょうか?私は慌てて武蔵野公演のチケットを入手しましたが、いったいどんな音楽を聴かせてもらえるのか期待に胸が躍ります。目も耳も存分に楽しませてもらえることを信じて、指折り数えてその日を待ちたいと思います。そして、彼女の「次」をできる限り追いかけていきたいものです。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    ・2018/3/20 宗次ホールでのリサイタルのチラシ
     

     

     

     

     

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    2018.08.06 Monday

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