【ディスク 感想】うた弁 〜 半崎美子(Vo)

2017.12.25 Monday

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    ・うた弁

     半崎美子(Vo)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV/Amazon)

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    01.サクラ 〜卒業できなかった君へ〜
    02.お弁当ばこのうた 〜あなたへのお手紙〜
    03.稲穂
    04.天国3丁目
    05.深層
    06.夏花火
    07.鮮やかな前途
    08.ふたりの砂時計 (おかわり)

     

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     毎週欠かさず聴いている薬師丸ひろ子のラジオ番組「ハートデリバリー」で、シンガーソングライター、半崎美子のことが紹介されていました。

     

     半崎美子は、今まさに人気急上昇中のアーティスト。昨年、桑田佳祐が彼女の歌をラジオで絶賛して一気に知名度が上がり、この春にはNHK「みんなの歌」で彼女の「お弁当ばこのうた」がオンエア。同時にメジャーレーベルからもミニアルバム「うた弁」がリリースされ、各地で開くライヴも大盛況。秋以降は、たて続けにテレビ番組などで彼女の活躍ぶりが取り上げられ、ちょうど昨日も、古舘伊知郎の特別番組の最後に出演して「サクラ〜卒業できなかった君へ〜」を歌っているのを見ました。

     

     彼女は、北海道から上京してパン屋で働きながら音楽活動を始め、地方のショッピングモールを回ってコツコツとライヴを続けていたのだそうです。買い物の途中で彼女の歌に引きつけられて聴き入り、その思いのこもった歌と詞に涙する人が続出、いつしか人は彼女のことを「ショッピングモールの歌姫」と呼ぶようになった、とか。

     

     番組では、薬師丸ひろ子のナレーションで、彼女のそうした略歴と、「自分の歌を聴いてくれる人を絶対的に信頼して歌っている」という彼女自身の言葉が紹介され、続けて「明日に向かう人」という歌がオンエアされました。

     

     件のラジオ番組の録音ファイルを聴いていたのは、放送の翌日、つまり月曜日の朝、会社に行く電車の中でした。「明日に向かう人」が流れている間、私の中で二つの声が聞こえてきました。

     

     片方は、私に「カッコつけずに正直に泣いちまえ。どうせみんな見てないゾ」と囁く。もう片方の声は、「お前、ポジティブ教の聖歌みたいなのは嫌いだって公言してなかったっけ?」と語りかけてくる。両者のせめぎ合いの末、最終的にどちらの声が勝利したかというと、前者でした。幸いなことに、欠伸をしてごまかせるくらいの状況でしたが、ちきしょー、どんだけ涙腺緩んでんだよと心の中で呟きつつ、彼女のCDをネット検索し、今年の春に出たミニアルバム「うた弁」を購入していました。

     

     半崎の歌には、どれも「向日性」があると思いました。

     

     このアルバムには、愛しい人を喪った人の心を歌った曲がいくつか収められています(「サクラ」「深層」「夏花火」「鮮やかな前途」)。サンバのリズムに乗ってウキウキと歌われる曲(「天国3丁目」)も、途中でアメイジンググレイスのゴスペル調コーラスへとシフトして盛り上がる曲(「稲穂」)も、その言葉と音楽にはいつも背後には「喪失」が透けて見えています。子供へのあたたかい愛情を歌う歌(「お弁当ばこのうた」)でさえも、いつかは自分のもとを離れていくであろう子供への、ちょっと痛みを孕んだ思いが綴られている。

     

     これらの歌の「主体」は、いま、光の中にはいないか、あるいは、もっと光が欲しいと望むようなところにいて、日のある方へとまなざしをむけ、足を踏み出そうとしているかのよう。そのことが歌詞にも、メロディにも、コードにもいつも滲み出ている。自分から手に入れようとする光が歌になっている気がします。

     

     どの曲でも、サウンドはいつも眩しいくらいに明るい。バックは、ストリングスやブラス、そしてコーラスを使っていてとてもリッチなもの。時にセンチメンタルなコードを挿みながら、サビではすべてを開放してドラマティックに肯定の歌を歌いあげる。なのだけれど、音楽のどこかに翳りがあり、心細さとか不安が影のように忍び込んでいる。「喪失」の哀しみとどうやって折り合いをつけるのかと途方に暮れたり、やがて訪れる別れへの怯えに震えたりという心境が、ちょっとしたコードの変化や、旋律の凹凸に見え隠れする。

     

     彼女に涙する人は、そこに自分の居場所を見つけ、「光が見たい」という気持ちを共有し、感情を開放し、この歌とともに光の方へと一歩を踏み出そうとするのではないかと思いました。

     

     幸か不幸か、今の私は、そこに感情移入したいという欲求がないのでしょう、「うた弁」を聴いて彼女の歌に号泣したとか、勇気づけられたとかいう体験をした訳ではありません。そもそも、私自身は、ダメなときはとことん暗い曲を聴き、もうあとは浮上するしかないというところまで落ち込む方がいいという人間です。明るい方へ向かうポジティブな歌を聴くのはきついのです。

     

     それでも、どうしてか、彼女の歌は聴いていて嫌にならない。むしろ、ずっと聴いていたくなる何かがある。

     

     私は、彼女の歌い口が好きなのかもしれません。特に静かな曲で、しみじみ語りかけるようなところが魅力的です。どんよりした空を見上げ、こみ上げる涙と思いをこらえながら、雲の向こうの光が見たい、いつか見られるはずと希望を歌うときの切なさ。彼女はさだまさしを尊敬しているとのことなのですが、私にはむしろ玉置浩二の歌からの影響を感じます。ともあれ、そういう切実さを持った歌が私は大好きなので、彼女の歌には共感するのだろうと思います。

     

     アルバムの中で、一番グッときたのは、「お弁当ばこの歌」。以前、「みんなの歌」でオンエアされているのを見て、思わずほろりときたのははっきり覚えているのですが、こうやってじっくり音だけ聴いてみると言葉の一つ一つが沁みてきて、本格的にこみ上げてきました。

     包丁で食材を切る音を思わせる規則正しいリズムに乗せ、母は、お弁当を作るときの細やかな心遣いを子供に語り伝える。栄養を考えて嫌いなものも入れるし、空っぽでお弁当箱が返ってくるかどうかで体調もチェックしているのだと。すると、曲調はやわらかくのびやかな歌へと変化し、手をかけて作るお弁当はあなたへの手紙なのだ、と両手を広げて子供への愛を歌う。

     

     この曲調がふと変わる瞬間が、とてもいい。音楽のつくりは何の変哲もないものですが、歌い手である母が、それまでの決然とした言葉を肩から下ろし、心のフタを開けて、自らの内にある思いを言葉とメロディに乗せて解き放つ身振りのさりげなさ、そしてあふれ出てくる思いのまっすぐな優しさと、あたたかさが沁みるのです。

     

     思えば、彼女の歌には、この「心のフタを開ける」ような瞬間が必ずあるように思います。誰にも言えず内に秘めてきた辛い思い、哀しい気持ちをふと解き放つような瞬間が。

     

     それは、前述の「向日性」と連動しているような気がします。光を見たい、もっと光がほしい、その思いが頂点に達したとき、彼女は絶妙のタイミングと、わかりやすい手法で曲調を変え、一気に思いを放出する。

     

     そのときに生まれる眩いばかりの光は、聴き手にも直接届く。今度は、聴き手自身が心のフタを開け、歌と一体になって自らの思いを解き放つ。そこで得られるカタルシスは、ほとんど宗教的なものに近いかもしれない。だから、様々な境遇の中で苦しんでいる人たちが、自分の心のフタを開けて一緒に泣いてくれた彼女の歌に心を揺さぶられ、サイン会や握手会で彼女に直接思いを伝えたり、手紙で感謝の気持ちを綴ったりしたくなるのかもしれない。それこそ、彼女の歌が「メンタルソング」と呼ばれる所以だろうし、多くの人が、泣くために聴く「泣け歌」として愛しているのだろう、その気持ちはなんかわかるな、と思いました。

     

     もう10年ほど前のことですが、仕事でコーチングの研修を受けたとき、コーチと対話しているときに、思いがけず心のフタを開けられる瞬間がやってきて、人目を憚らず号泣してしまったことがあったのを思い出しました。その頃は、仕事も人間関係も全然うまくいっておらず、でも、そのことは誰にも言えずに一人でもがき苦しんでいたのです。結局はその直後に休業せざるを得ない状況になってしまったのですが、それでもあのときフタを開けてもらった瞬間があったからこそ、「休もう」と決意できたようにも、今振り返ってみれば思います。彼女の歌には、その時の私のちょっとホッとした気持ちを思い起こさせる、一種のコーチング力があるということなのでしょうか。

     

     でも、この「お弁当ばこのうた」は、ちょっと違う視点からも泣けてしまいました。私の妻の気持ち、つまり娘二人と私のお弁当を毎日作っている彼女の気持ちが全部ここで歌われているような気がして、胸がいっぱいになったのです。

     

     毎朝早起きして作るお弁当は「あなた」へのお手紙。やがて子供たちは卒業を迎え、最後のお弁当を作る日がやってくる。「毎日どうもありがとう」という手紙が添えられて、からっぽの弁当ばこが返ってくる・・・。

     

     こういうコマーシャル、少し前にありました。薬師丸ひろ子のラジオ番組のスポンサーである東京ガスのものだったでしょうか。渡辺えりがお母さん役のやつとか、お父さんが毎日お弁当を作ってるやつとか。ああ、あれ見るといつも泣くんだよなと思いながら、半崎の歌を聴いているとやっぱり泣けてしまうのです。

     

     うちのカミさんは、この歌詞のようなことを言う人じゃないけれど、同じような思いをもって弁当を作ってくれているのでしょう。やれダイエットだ何だと言って妻を心配させる娘にこの曲を聴かせなければとか、私はいつまで弁当を作ってもらえるだろうか、最後の日にはどうしようか、などと考えながらこの歌を聴いていると、もうダメなのです。決壊してしまうのです。

     

     勿論、なぜ女性ばかりがお弁当を作らなければならないのだ、私は全然ダメじゃないかと頭を抱えてしまうのも事実なのですが、とにかく、この歌を聴いて涙を流しながら、カミさんにはちゃんと「ありがとう」と伝えなきゃと思います。弁当箱を空っぽにするだけじゃじゃなくて、言葉で。

     

     ああ、私はいったい何の話をしているのでしょうか。そうだ、半崎美子だった。

     

     彼女の歌声も、魅力的だと思います。あまり強いクセはないのですが、サビで聴かせるパンチのある高音は刺さりますし、前述のように静かな部分での優しい歌い口も美しい。「アメイジンググレイス」の引用での壮大な歌も、とってもいい。大きな口を開けて、一つ一つの言葉をはっきりと発音し、しっかり思いを乗せて歌うところにも、昨今の横文字だらけ、意味など不要と言わんばかりのビート優先の歌にはついていけないおじさんにはとても嬉しい。それでていて押しつけがましさとか、ねっとりした情念とかとも無縁のカラッとした情緒も心地良い。そりゃヒットするよねえとも思う。

     

     いや、彼女の歌がヒットしているのは、感動の美談を求めがちな世相にぴったりとマッチしたものなのだという見方もできるでしょう。それを安っぽいとか、あざといというふうに斬り捨てることもできるのかもしれません。

     

     けれど、私自身はそういうふうには思えません。音楽と人の関りの中で、音楽を聴くときに生まれる情緒とか、感情の動きはとても大切なもので、切っても切れない縁があって、音楽の「物語」に自分の体験を重ね、それに慰められたり励まされたりすることはとても自然なことだからです。

     

     日頃、クラシック音楽周辺の世界にどっぷり浸り、音楽は感情を表現するものでもなく、物語と結びつけて情緒的に聴くのは良くないというような言説に囲まれていると、そのことをつい忘れてしまいがちです。むしろ、そういう聴き方を一段低く見て、音楽の物語に涙する人たちを醒めた目で見て、バカにしてしまうことさえある。

     

     でも、音楽には、こういうふうに人の心の「フタを開ける」役割というものがある。クラシック音楽というジャンルに分類される音楽の中にも、たくさんあるし、私自身もそれを求めて音楽を聴くことはよくある。そもそも、一人の聴き手として、音楽とどう関わるか、音楽から何を受け取って自分のものにするかという問題領域においては、その音楽が何のジャンルに属しているか、なんて大した問題ではないよな、と改めて気づきました。

     

     そんな気づきを得て、いいアルバムを聴いたな、というのが私の実感です。最近、柴田淳や川村結花のニューアルバムでも、私にとっての「泣け歌」をいくつか聴きましたが、半崎の歌もそのライブラリーに是非加えたいと思います。

     

     そして、彼女の歌、ぜひともライヴで聴いてみたいと思っています。ホールでのコンサートはチケット争奪戦になりそうなので難しいかもしれませんが、それこそショッピングモールで聴きたい。まったく彼女のことを知らない状態で偶然彼女が歌っているのに遭遇し、思わず足を止めて聴き入ってみたかったという思いはあるのですが、彼女の歌に「フタを開けて」もらえるでしょうか。

     

     

     

     

     

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    2018.08.06 Monday

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      コメント
      ブログ面白く読んでいます、ご苦労様です。
      半崎美子さんのこと、薬師丸さんはハートデリバリー
      で放送されていたんですね。
      私は、3月にテレビ「情熱大陸」で知りました。
      ショピングモールの歌姫ですが、メジャーデビュー
      もされてました。感動したのは、歌の後のサイン会で
      何時間もかけて聴衆の痛みを個々に聞かれていたことです。これは、歌手という範疇には収まらないことです。半崎さんの主義だろう思いました。
      ちょっと感激しました。
      曲は、YouTubeですが、良いと思います。
      今後も気になる歌手です。
      • by Haruki
      • 2018/06/06 10:40 PM
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