【ディスク 感想】モーツァルト/ピアノ作品集(K.570, 283/189h, 485, 311/284h, 540) 〜 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)

2017.12.30 Saturday

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    ・モーツァルト/ピアノ作品集(K.570, 283/189h, 485, 311/284h, 540)

     トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)  (Musica Omnia)

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    <<曲目>>

    ・ピアノ・ソナタ第17番変ロ長調 K.570

    ・ピアノ・ソナタ第5番ト長調K.283

    ・ロンドニ長調K.485

    ・ピアノ・ソナタ第9番ニ長調K.311/ K.284c

    ・アダージョ変ロ短調K.540

     楽器:ポール・マクナルティ製(1992)ワルター製1795年フォルテピアノのレプリカ

     今年の正月ごろに入手したトゥルーデリーズ・レオンハルトさんの新盤二枚のうち、モーツァルトのソナタ集をまだ全部聴けていなかったことを思い出しました。不肖、彼女についての記事の数では世界一を誇る(と自分で思い込んでいる)私としては、まったく許せない自堕落なので、年末の休みで、時間のあるうちに聴くことにしました。

     

     彼女の二枚目となるモーツァルトアルバム、曲目は、ソナタ変ロ長調K.570、ソナタト長調K.283、ロンドニ長調K.485、ソナタニ長調K.311/ K.284c、アダージョ変ロ短調K.540で、マクナルティによる1795年製ワルターのレプリカ(1992年)を使用しての録音。2016年5月にスイスのサン・シュルピスでレコーディングされたMusica Omnia盤。

     

     まず、よく考えられた選曲が目を引きます。B♭→G→D→D→B♭という調の並び、そして、1789年→1774年→1786年→1775年→1788年と同時期の作品を交互に並べた曲順。調性的に関連の強いものを集めながら、モーツァルトの作風の変化、進化も明瞭に感じ取れる工夫がしてあり、通して聴くことを前提として作られたディスクなのだろうと思います。

     

     レオンハルトさんの演奏は、基本は、確かな時代考証を経てピリオド楽器によって奏でられた「古楽器によるモーツァルト」ではあるのでしょうが、同じ楽章の中でテンポが揺れることもあるし、曲想によっては旋律や内声に濃い味づけがなされていることがあるのが耳に残ります。あくまで古典派のソナタとしてのフォルムの枠内で行われていることとは言え、詩情やファンタジーの自由な広がり、飛翔を妨げない寛容さが感じられます。

     

     それはもしかすると「ロマンティック」という言葉をあてがってもさほど違和感のないもののようにも思えたりするのですが、特に晩年の作品でその印象が強いことから考えると、18世紀末のウィーンにおいては、彼の作品は、後の時代の音楽の導線となる未来志向の曲として響いていたのかもなあと思ったりします。

     

     いずれにせよ、そうした彼女の演奏によって、モーツァルトの書いた楽想の美しさや、彼一流の転調や曲想の変化の鮮やかさといったものを存分に味わうことができるし、何よりも、その懐の深い大きな歌いくちに包まれていると心が和む、そこがたまらなく魅力的です。それに、決然とフォルテを鳴らすところでも、厳しく、芯の強いものではあっても、決して威圧することのない響きには気高ささえ感じられて、襟を正される思いがします。

     

     特にアルバム最後に収められたアダージョの深々とした表現は出色で、モーツァルトがその晩年に至って、音楽を通して「見てしまった」ものの底知れなさに震撼します。こんな世界を知ってしまったら、もう長くは生きていられないのではないかというくらい。

     

     マクナルティの手によるワルター製のレプリカの音色も素晴らしい。レオンハルトさんとというと、彼女の愛器ザイドナーを思い出さずにいられませんが、モーツァルトに限ってはこちらの楽器を使っている。その理由は、どこまでも「ウィーン」に満たされたシューベルトの柔らかい音楽に比べ、モーツァルトの音楽の場合は、もっとクリアで、彩度が高く、厳しさをたたえた硬めの音色が必要だという判断なのでしょうか。いずれにせよ、彼女の楽器の選択は、私にはとても正しく、妥当なものだと感じられます。

     

     これはネット以外では入手の難しいレアアイテムかもしれませんが、率直にもったいないなと思います。それほどに素晴らしいアルバムだからですし、同好の士は必ずおられるはずと確信するからです。彼女もまた、是非とも日本に来て頂いて、こじんまりとした空間で、なごやかな雰囲気の中でサロン・コンサートを開いてほしいと思うのですが、彼女自身はそれはあり得ない話と仰っているので、諦めるほかはありません。ならば、せめて、継続的にこうして新しいアルバムを、気まぐれでもいいから時には我々に届けてほしいと切に願います。

     

     

     

     

     

     

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    2018.06.18 Monday

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