【ディスク 感想】へたジャズ!昭和戦前インチキバンド1929−1940(ぐらもくらぶ)

2018.02.18 Sunday

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    ・へたジャズ!昭和戦前インチキバンド1929−1940(ぐらもくらぶ)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    01. アラビヤの唄(Sing me a Song of Araby) / 糸井光弥 国歌ジャズバンド
    02. テルミー(Tell me) / ヒリッピンジャズバンド
    03. 可愛いゝ赤ん坊(Yes sir, That's my baby) / 指揮: 松本伸エスタルモリージャズバンド
    04. 嘆きの天使(Falling love again) / 井上起久子 アルハ・ベルウヰン・ダンスオーケストラ
    05. バガボンド(Song of the Vagabonds) / 雨宮豊 SRジャズバンド
    06. ウイズ・マイ・ギター・アンド・ユー(With my guitar and you) / 島耕二 日活アクターズ・ジャズ・バンド
    07. ウクレレ・ベビー(Ukulele Baby) / テッド・マキ ウイリアム・フヂムラ・バンド
    08. 愛のさゝやき / 東堂太郎 KOK管絃楽団
    09. 上海リル(Shanghai Lil) / ユージニー宮下 エトワールジャズバンド
    10. ためいき(Sigh and cry Blues) / サムカトーダンスアンサムブル
    11. ピューグルコールラグ(Bugle call Rag) / センター・ダンス・オーケストラ
    12. 灰色のボンネット(Put on your old gray bonnet) / センター・ダンス・オーケストラ
    13. セントルイスブルース(St. Luois Blues) / ナガツダンスアンサンブル
    14. ダイナー(Dinah) / チェリーランド・ダンス・オーケストラ
    15. ラグとパッチ(Rags & Patches) / チェリーランド・ダンス・オーケストラ
    16. お祭り気分(Fiesta) / チェリーランド・ダンス・オーケストラ
    17. スペインの姫君(Lady of Spain) / チェリーランド・ダンス・オーケストラ
    18. ラ・クカラチャ(La Cucaracha) / ヘレン・広瀬 コッカダンスオーケストラ
    19. 南京豆売り (The Peanuts Vendor) / 田中福夫 リズムボイスフラップオーケストラ
    20. カリオカ(Carioca) / 谷田信子 指揮: 木村雅則法政大学マンドリンオーケストラ
    21. THE CAMPBELLS ARE SWINGING / KEIO. B.R.B. LIGHT MUSICANS
    22. ABBA DABBA / KEIO. B.R.B. LIGHT MUSICANS
    23. 青空(My Blue Heaven) / 大津賀八郎 スタンダードジャズバンド

     

    解説: 毛利眞人
    デザイン: 岡田 崇
    復刻: 保利 透

     昭和初期、戦争が始まる前の日本では、その生産量が世界一になるくらいにレコード文化が大きく花開きました。しかし、メジャーレーベルから発売されるレコードは結構な高額商品で、庶民にはなかなか手に入らないものでした。そこで、ヒット曲をギャラの安いミュージシャンを雇って録音し、廉価なレコードとして発売する小さなレーベルがいくつも登場しました。そうして、演奏の質も、盤質も劣悪なインチキレコードが全国の夜店で売られました。

     

     百戦錬磨のコレクターたちがコツコツと集めたそんなインチキレコードから、歌や演奏が特に酷いもの、メジャーレーベルがリリースした曲のパクリだった、などいかがわしい音楽を厳選した「へたジャズ!昭和戦前インチキバンド1929−1940」が発売されました。戦前の日本の洋楽レコードを熱心に復刻しているレーベル「ぐらもくらぶ」からのリリースで、同レーベルのCDでは、以前、「ねえ興奮しちゃいやよ」という昭和戦前のエロ歌謡を集めたアルバムについて感想を書いたことがあります

     

     インチキくさい音楽を集めてCDを作るという制作者の酔狂な心意気に惚れ、迷わず購入しました。何しろ、アルバムのオビには「これは酷い!昭和初期に夜店で売られていた怪しきインチキレコードたち」というコピーが躍っています。いったい、どんなに酷い音楽が聴けるのだろうかと期待に胸を膨らませて聴き始めました。

     

     確かに、やっぱり「これは酷い!」と言わずにいられない曲がいくつもあります。

     

     ひたすら調子っぱずれで、ただただ場違いな歌(「嘆きの天使」「カリオカ」「青空」)。歌手の歌い間違いがそのまま記録された雑なテイク(「愛のさゝやき」)。自信なさげな弱々しい音を曝け出し、音程もリズムも定まらないソロ(「バガボンド(蒲田行進曲のメロディ)」「スペインの姫君」)。レコードの尺に合わせるために急にテンポを上げて走る演奏(「アラビヤの唄」)。グルーヴ感とかアンサンブルなんてものは度外視、ただただ好き勝手に各人がやりたい放題鳴らした非常にうるさい演奏(多数)。

     極めつきは、最後のトラックまで大事にとっておかれた大津賀八郎の歌う「青空」(1931)。勘違いも甚だしい浅草オペラ的なトンデモ歌唱に、ひたすらやかましく節操のない伴奏。これぞインチキの極致。

     その他、アルバム冒頭の「アラビアの歌」の蚊の鳴くような貧弱な伴奏と、栄養失調のような歌も印象に残りました。つい最近、連続テレビ小説「わろてんか」で、広瀬アリス演じるリリコが、松尾諭演じるシローのアコーディオン伴奏でこの曲を歌っているのを聴いて、思わずニンマリしてしまいました。

     

     これの一体どこがジャズなのか、演奏者に小一時間問い詰めたいくらいに所在不明の音楽たちが、所狭しとひしめき合っている。

     

     しかし、正直なことを言うと、最初にライナーノートも見ずに聴き始めたときには、「あれ、思ったほど酷くないかも」と思う自分がいました。私は、例えば元阪神タイガースのオマリー選手が歌った伝説の「六甲おろし」とか、明石家さんまが歌った「魅せられて」、あるいは、NHKのど自慢で時々見る「並外れた」人の歌みたいなのが収録されているのではないか。何の曲をやっているか、いや、それが音楽なのかどうかさえ怪しい音楽が聴けるのではと期待していたのです。

     

     しかし、実際にアルバムを聴いてみると、ちょっと状況が違う。確かにどの曲も技術は拙いし、お世辞にも巧いとは言えないけれど、「酷い」というほどのものは、あまりないように思えました。インチキレコードといえど、演奏していた人たちは、曲がりなりにも音楽で飯を食っていた「プロ」、一応はレコード会社から呼ばれるだけの腕はあった人たち。どの曲も止まることなく(ヤバいのはありますが)続いていて、曲の輪郭は何とかたどれる。ああ、さすがにアマチュアを起用して録音することはなかったのだなと思いました。

     でも、そういう温情を抱いて聴いて納得して何が面白いんだ?それじゃこのアルバムを楽しんだことにならないのでは?と自分の立ち位置がよく分からなくなってしまったので、ライナーノートを読んでみることにしました。

     

     そして、私はハタと気がづきました。価値のある音楽、優れた演奏を聴き分ける「目利き」同様に、酷い音楽、インチキな音楽を正当に評価できる「目利き」というのも、この世の中には存在するのだということに。

     

     音楽評論家の毛利眞人氏による「インチキ・ジャズに捧ぐ」と題された一文と、各曲の詳細な解説を読んでみれば良い。そこには、その音楽のどこがどういうふうに酷いのか、そしてどこが愛すべきところなのかが、きめ細やかに、そして愛情たっぷりに綴られています。また、ぐらもくらぶの主宰者である保利透氏の手による「これは酷い!インチキジャズの世界とは」にも、何をもってインチキと呼ぶのか、インチキを集めたCDを作るそのココロは何かが明快に主張されている。

     まさに目から鱗、天啓とも言うべき、「インチキ・ジャズ道」の極意を記した文に出会い、そうか、そんなふうに聴けば良いのかと納得し、再び頭を切り替えて(要するにバイアスをかけて)聴き直してみて、今度は「なるほどこれは酷い」という感慨を抱きながらアルバムを楽しんで聴けました。

     

     最初に聴いたときに酷さをあまり感じなかったのは、私が戦前の日本のジャズの良い演奏を全然知らず、当時の音楽なんてみんなこんなもんじゃないの?と思ってしまったからなのでしょう。

     要するに、私自身が「目利き」ではないということなのです。とにかくそれに尽きる。「みんな違ってみんな酷い」というべき音楽たちを、それぞれの酷さを味わうだけの耳と感性が私にはなかったのです。目糞と鼻糞の間の差を聴きとるにも結構な技術と鑑識眼、そして愛情が必要なのだと思い知った次第。

     ですが、結果的には、毛利氏と保利氏の「正しい」ナビゲートのおかげで、私は23トラック、68分にわたって楽しい聴体験を得ることができた。私はそれで十分満足です。

     

     それにしても、この音楽家たちは、いったいどんな気持ちで録音に臨んでいたのだろうかと想像してしまいます。例えば、「バガボンド」の悶絶しそうなくらいに自信なさげで弱々しいスチールギターを弾いていた人とか、あの「青空」で破壊力抜群の歌を聴かせていた破滅型歌手の大津賀八郎とか。

     彼ら彼女らは、「自分はこんな安物インチキ音楽の中で埋もれる人間じゃないんだ。いつかここから脱け出して売れてやる!自分のやりたい音楽をやってやる!」と暗いルサンチマンに身を焦がしていたのでしょうか。それとも、弾きながら「あー、全然弾けねえ」と涙目になりながら演奏していたのか。はたまた、自分が後世の人から「インチキ」「これは酷い」と失笑を買うことなど想像もできず、「自分は最高の音楽をやってるぜ!」というナルシシズムに浸ってマイクに向かっていたのでしょうか。

     そして、聴き手側は、この安いバッタもんのレコードを、どんな風に、どんな気持ちで聴いていたのでしょうか。安いからと許容していたのか。聴いてみて「ふざけんな!」と怒った人たちもいたのか。それとも「素晴らしい!」と楽しんでいたのか。興味津々です。

     

     私がNHKのプロデューサーなら、このアルバムで演奏していた歌手や演奏家のご遺族に取材し、どのような経緯でこれらの音楽が録音されたのか、その人たちはいったいどんな音楽家だったのかを追ってみたい。「へたジャズ」という文脈で取り上げられているので、不名誉なことと捉えられるかもしれませんけれど、音楽史の重要な一コマですから意味はあると思います。そして、その子孫にあたる方々がこれを聴いてどんなふうに感じるかも聞いてみたい。

     勿論、そんなのは絶対にボツになります。でも、私は、このインチキレコード周辺の歴史をもうちょっと掘り返してみることには意義があると思います。

     ちょっと大げさな言い方になりますが、こうした音楽の背後に、日本の音楽史、特に西洋のポピュラー音楽の受容史、そして、当時の日本人の「暮らしの中の音楽」の姿を見いだせると思うからです。私の祖父母世代の大人たちが、戦争の足音がだんだん大きくなる時代に、どんな音楽を奏で、聴いていたのか。何を楽しみにして生きていたのか。それを知りたい。

     そして、インチキなジャズや、エログロナンセンスの音楽を楽しんでいた先人たちの心を、親しみをもって愛したい。今の自分とそんなに変わらない普通の人たちが、暗い時代に楽しみを見いだしながら生きていたことを、リアルに感じてみることは、歴史を知るうえでも大事なことのはずです。

     

     私たちは、こんなインチキ音楽を、もう二度とリアルタイムで聴くことはないでしょう。今の時代のミュージシャンは、アマチュアだってこれより巧いし、戦前のインチキジャズ・ミュージシャンの微妙な下手さは、真似しようにも真似できないから。

     それは哀しむべきことなのか、喜ぶべきことなのかは分かりませんし、取り戻すべきとも思いません。でも、だからこそこのインチキ音楽は愛おしい。ライナーにも書かれていますが、戦前の音楽家たちの奏でる音楽から、そもそも無理筋なことを崩壊寸前の状態でやりつつも、本場アメリカのジャズに近づきたいというチャレンジ精神、心意気が感じとれるからです。

     後世に生きる私たちが、無残に砕け散った音たちに込められた熱い思いを(笑いとともに)しっかりと受け取り、その魂を供養し成仏させてあげる、まさにそこにこそ、当盤の真の意義があるのかもしれません。

     

     かつて、立川談志は「落語とは人間の業の肯定だ」と評したそうです。この音楽たちを聴いていると、音楽もまた「人間の業の肯定」なのだと思えてきます。その意味で、「へたジャズ!」は、ただの骨董品としてでなく、いつも記憶の片隅に置いておきたい愛すべき音盤だと私は思っています。

     

     このCDをリリースしてくれた「ぐらもくらぶ」関係者各位に、心からの敬意を感謝を述べるものであります。

     

     

     

     

     

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    2018.08.06 Monday

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