【コンサート 感想】ベンジャミン・フリス ピアノ・リサイタル(2018.2.14 並木橋ラトリエAPC)

2018.02.18 Sunday

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    ・ベンジャミン・フリス ピアノ・リサイタル

     (2018.2.14 並木橋ラトリエAPC)

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ・スカルラッティ:ソナタK426、K461

    ・フィールド:夜想曲第2番ハ短調

    ・フィールド:夜想曲第4番イ長調

    ・ショパン:ポロネーズ第8番ニ短調 作品71-1

    ・ショパン:夜想曲第5番嬰ヘ長調 作品15-1

    ・ショパン:舟歌

    ・ブゾーニ:カルメン幻想曲

    ・ベートーヴェン:ソナタ第15番ニ長調「田園」

    (アンコール)

    ・ブラームス:間奏曲Op.117-2

     

     

     

     私がベンジャミン・フリスというイギリスのピアニストの名前を知ったのは、大分前のことですが、ネットラジオOttavaで彼の演奏するディスクがオンエアされた時でした。曲目は、メンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番の第2楽章だったか、ジョン・フィールドの夜想曲だったか、どちらかだったと思います。とにかく突然耳に入ってきたその演奏は、とても地味ではあるけれど、しみじみとした語り口がとても魅力的でした。仕事の手を止め、慌ててオンエア中の楽曲の演奏者名を確認した記憶があります。

     

     そのフリスが初めて来日し、渋谷で演奏会を開くというので、これは聴かねばと参上しました。と言っても、本当に行けるかどうかその日になるまで分からない状況でしたので、当日券でしたけれど。

     

     曲目は、スカルラッティのソナタ2曲で始まり、フィールドの夜想曲2曲からショパンの夜想曲、ポロネーズ、舟歌、休憩を挟んで、ブゾーニの「カルメン幻想曲」、最後にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第15番「田園」というもの。小さな場所で、サロンコンサートとして聴くのにふさわしい、コンパクトで趣味の良いプログラム。

     

     果たして、期待をはるかに超える素晴らしい演奏を聴くことができました。

     

     フリスというピアニストは、表現にしても、音色にしても、たくさんのものを装備して、それらを次から次へと繰り出して聴き手の耳目を引くといった種類の人ではない。限られた数の素材をうまく組み合わせ、そこにきめ細やかにグラデーションをつけながら音楽を作っていくピアニスト。だから、全体の色彩やタッチの統一感を保ちながら、微妙なニュアンスに富んだ表現を楽しむことができる。今回のような小品を中心としたプログラムを楽しむには、もってこいの芸風と感じました。

     

     中でも彼が得意とするフィールド。平易で、親しみやすく、あまりひねりのない音楽の中に、フリスはなんと豊かな景色を生み出していたことでしょうか。これならショパンならずとも「夜想曲」という曲が書きたくなるのも無理はないと思えるほどに魅力的な演奏でした。

     

     ショパンも同様に、恐らく小さな会場向けの表現をとったに違いないのですが、まったく派手なところもなく、しみじみと味わい深い音楽を、まさにサロンコンサートの場であたたかく共有するといった趣が愛おしい。特に舟歌の左手の微かなリズムなゆらぎは、ゴンドラが浮かぶ水路の小さな波のように心地良かったし、クライマックスに向けてじわりじわりと感興が高まっていくさまも美しかった。ポロネーズの気品あるリズム、そしてノクターン5番の成熟しきった静謐さも心に残りました。

     

     スカルラッティの端正なフォルムの中での、凛とした歌いくち、ブゾーニで聴かせてくれた承認欲求など微塵も感じられない孤高のヴィルトゥオージティも良かった。

     

     そして、メインのベートーヴェンの「田園」ソナタでは、彼の音楽のたしかな構築力がひしひしと感じられました。揺るぎのない中庸のテンポを貫き、この牧歌的な曲調をベースとした音楽の生命の核を提示するとともに、随所に現れる作曲家の斬新な音への強い志向と、ロマン派の音楽と地続きのリリシズム、ことに自然なるものへの愛と憧憬を、絶妙のバランス感をもって感じさせてくれていたのが素晴らしかった。

     特に、前述のような、限られた素材の組み合わせの妙で音楽を紡いでいくフリスの手腕は、変奏曲のようにして進展していく第2楽章で最も力を発揮していたと思います。また、第3楽章のスケルツォで、少しずつ聴き手の予期を微妙にずらして「型」を揺さぶる構成の妙を、さりげなく提示するあたりの洒落っ気も素敵。この人は、ASVに「ディアベリ変奏曲」を録音しているそうなので、是非入手して聴いてみたいと思います。

     

     アンコールで演奏したブラームスの間奏曲Op.117-2も絶品。「夜の音楽を」と一言前置きして弾き始めましたが、脳震盪を起こしそうなくらいに彼の言葉に頷きます。一日の終わりにこのような音楽を聴いて、その日を振り返り、総括することができれば、何かいいことがありそうと思えたりします。(もう一曲アンコールあり)

     

     フリスは、ソロ・コンサートを頻繁にやるピアニストではなく、CDも数多く出ているグールド・ピアノ・トリオを始めとする室内楽での分野に活動の重点を置いている人です。その室内楽も是非実演で聴いてみたい気もしますが、またソロリサイタルを聴きたいと思います。オーケストラとの共演もいいかもしれない。会場のあたたかい拍手からも、私と同じようにフリスの再度の来日を望んでいる人は多いと思います。今度は、彼が得意とするメンデルスゾーンやシューマン、ベートーヴェンの他のソナタ、あるいは、ブラームスの後期作品などを聴きたいものです。

     

     今回、彼を招聘したのは、昨年11月にリュビモフを招いたM.C.S.ヤングーアーティスツ。有名ではなくとも真に実力のある演奏家を招き、チケット代を抑えたサロンコンサートを通して、日本の聴衆に紹介するのを自らの責務と見定めた団体です。サロンコンサートが文化として定着しておらず、「知らないものにはお金は払わない」という傾向があるとされる日本で、こういう試みをやるのはなかなか難しいことだと思います。また、不慣れのせいか、手づくり感満載の運営にもいろいろと改善すべき点はあるのでしょう。でも、こんなにも味わいのある演奏会を聴かせてもらえるのですから、ファンとしては、その活動を心から応援したいと思います。

     

     ただ、一つだけ。今回の会場の椅子は、木製のとても固いものでした。私は、面の皮だけでなく、尻の皮も厚いことにかけては自身がありますが、それでも、二時間近くもあの椅子に座り続けるのは結構な苦痛でした。音楽とは関係のないこと、我慢しろと言われるかもしれないですが、サロンコンサートであるならなおのこと、音楽に集中できる心地良い環境づくりにもご配慮をお願いしたいです。これだけ素晴らしい企画を実現されているのならなおのこと、です。

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    2018.07.19 Thursday

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