【コンサート 感想】朴葵姫 ギター・リサイタル〜新たなる出会い〜 (2018.2.23 紀尾井ホール)

2018.02.26 Monday

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    ・朴葵姫 ギター・リサイタル〜新たなる出会い〜

     (2018.2.23 紀尾井ホール)

     

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ・ソル/エチュードOp.6-11、魔笛の主題による変奏曲Op.9

    ・タレガ/アルハンブラの思い出、アラビア風奇想曲

    ・リョベート/ソルの主題による変奏曲

    ・バリオス/ワルツ第3、4番、最後のトレモロ

    ・ブローウェル/旅人のソナタ

    ・ヨーク/サンバースト

    ・押尾コータロー/ハルモニア(世界初演)

    ・渡辺香津美/ペガサス(世界初演)

    ・ディアンス/ヴァルス・アン・スカイ、フォーコ

    (アンコール)

    ・カラハン/リバー・ベッド
     

     ギタリストの朴葵姫が、最新録音「Harmonia -ハルモニア-」の発売を記念して開いたコンサートを聴きに行きました。

     

    「ハルモニア」は、現代のギタリストが書いた曲を集めて演奏するというコンセプトのもと制作されたアルバムですが、今回のコンサートでもそれを踏襲。アルバム収録曲のいくつかに加え、ソル、タレガ、リョベート、バリオス、ブローウェルらの曲が時代順に並べて演奏されました。

     

     会場の紀尾井ホールは、ほぼ満員の大盛況。開演前、休憩時には、「ハルモニア」を含むCDの即売会には長い長い行列ができていました。サイン会目当てなのでしょうけれど、彼女の人気の高さを思い知りました。

     

     演奏会の最初に弾かれたソルのエチュード、撥弦楽器から生まれたとは到底思えないような、柔らかくて丸みを帯びた音が優しく連なり、そよ風のように私の耳へと入ってきて、心を爽やかに吹き抜けていく。その冒頭の音を少し聴いただけで、体じゅうの緊張が解け、余分な力が抜けていくような感覚に包まれました。日常のあれこれで乾き、弱り、固くなっている心が、この一瞬の音で生き返ったような思いがした。ああ、聴きにきて良かった、と思わず、舞台にいる朴葵姫に跪いて感謝したくなるような心持ちでした。

     

     でも、その私の体験は、彼女の音楽の一つの側面しか説明していません。次から次へと演奏されるバラエティに富んだ名曲たちで、彼女が聴かせてくれた無尽蔵のテクニックと、曲想に応じて千変万化する表情は、一体どれが本当の彼女の姿なのだろうと思うほどに多彩で、豊穣で、音楽の喜びに満ち満ちていたからです。冒頭で、心と体を柔らかくほぐしてもらえた私は、二時間近くにわたって、彼女の奏でる音楽を夢中になって聴き入りました。

     

     特に強烈な印象を受けたのは、まず、ブローウェルの「旅人のソナタ」と、先年惜しくも亡くなったディアンズのフォーコ。いったいどうやって弾いているの?と前のめりになるくらいに難しそうなパッセージの連続なのですが、彼女は平気の平左とばかり涼しい顔をして、体もほとんど動かさずに滑らかに弾きこなしています。

     

     それなのに聴こえてくる音は、彼女の静かな演奏姿からは絶対に想像のできない、凄みをもったもの。エッジを立てるべきところでは立て、音楽の生命となるリズムを前面に押し出しながらも、音楽がその都度、揺れることがまったくない。テンポも絶対に揺れないし、強調した音の前後に不安定なところはまったくない。

     

     そんな彼女の姿と、音楽の立ち居振る舞いは、体幹を一定に保ち、スピードを弛めずに次々とハードルを越えていく障害走の選手みたいでした。しかも、ただスポーツ的な快感を得ることのみを目指した、脳味噌筋肉的なマッチョな演奏ではなく、あらゆる音符に微妙なニュアンスが与えられているのは驚異的としか言いようがない。まったくブレない動きの中で、音楽がダイナミックに躍動する心地良さを一度知ってしまうと、もう病みつきになってしまいます。

     

     だから、どちらの曲も、彼女が激しいシークエンスを弾き終えた瞬間、私は客席で立ち上がって叫びたくなるほどに高揚しました。勿論、品行方正な紳士たる私がそんなことをする訳はありませんけれど、本当にそれくらいに気持ちが湧きたってしまったのです。

     

     ああ、これがクラシックなどというジャンルに分類されたコンサートでなければよかったのにと思いました。でも、私の隣に座っていた初老のおじいさまは、「フォーコ」が終わった瞬間に「うひょー!」とか何とか、そんなうめき声を出していました。ああ、私もせめてそれくらいはすればよかったかと後悔しました。私の溢れる教養と滲み出る気品がそれを許さなかったのが、本当に残念です。

     

     しかし、やはりこのコンサートの白眉は、押尾コータローと、渡辺香津美という二人のギタリストが、朴のニューアルバムのために書き下ろした曲、前者の「ハルモニア」と、後者の「ペガサス」の世界初演が聴けたことでしょうか。

     

     事情があって、これらの曲に対する感想はここには書きませんが、どちらの曲もとても素敵な音楽で、これからも彼女にはずっと弾き続けてほしいと願わずにいられないほどに愛すべきものです。作曲者も臨席しての演奏に彼女はとても緊張したとトークで話していましたが、そんなことは微塵も感じさせないほどに、のびのびとした音楽は清々しく、美しかった。そんな曲の世界初演の場に居合わせることのできた幸福をしみじみと噛みしめています。

     

     その他では、大好きなバリオスの音楽も良かったですが、タレガの「アルハンブラの思い出」「アラブ奇想曲」という二大名曲が素敵でした。前者でのトレモロの美しさは、やはり特筆すべきもの。彼女がインタビューでも語っていたように、トレモロの粒がそろっていること以上に、旋律が一続きのものとして聴こえてくるところが凄い。後者の哀愁味溢れる歌も、ちくりと胸を刺す痛みがあって心に残りました。

     

     「ハルモニア」でも聴けるアサドの「ヴァルセアーナ」はかつてOttavaで浴びるように聴いて体に沁みついた曲ですが、この抒情味溢れる旋律の美しさを心ゆくまで味わいました。また、かつて大流行したヨークの「サンバースト」のひたすらカッコいい音楽、これもやっぱり「うひょー」と叫びたくなるようなものでした。

     

     そして、アンコールで演奏されたカラハンの「リヴァーベッド」は、演奏会を締めくくるに相応しいリリカルな優しい曲。カラハンという人はまだあまり知られていない人らしいのですが、彼女曰く、「おすすめの作曲家」とのこと。最近は意欲的に曲を作っていて、アマチュアの中で取り上げる人が増えているそうです。たしかにYouTubeで検索すると、この「リバーベッド」を含めて、カラハンの曲はいくつかのアマチュア演奏家による動画が出てくる。中でも、この優しい響きに満ちた「リバーベッド」は、特に人気がありそうです。朴の演奏は、当然のことながら、アマチュアとはまったく次元の違う名演。いつまでもその音楽に浸っていたいと思わずにいられないほどに、愛おしい音楽でした。

     

     全篇二時間足らず、心の底から音楽を聴く喜びと幸せを満喫しました。結構あっさりとお開きになってしまったので、私はもっと拍手して彼女を讃えたかった。でも、それはもしかするとサイン会の行列が凄いことになっているので、早く並ばねばという無言のプレッシャーが客席に蔓延していたのかもしれません。

     

     演奏会場で見た行列は、CDの即売会だけではありませんでした。男子トイレの行列も半端じゃなかった。ブルックナートイレも真っ青というくらい。その状況を見て、私は思いました。女性たちはいったい何をしているのかと。こんなに魅力的な同性のギタリストがいるのに、どうして我々おっさん連中に独占させているのかと。それでいいのかと。

     

     自らの女性性を商品として「売り」にすることなどなく、安易なジェンダー論を超えたところで、正々堂々と、音楽と、ギターに向き合って高い成果を上げている音楽家の魅力は、我々おっさんよりも女性こそ正しく感じとれるはずじゃないかと。トイレの行列を解消するのに協力してくれと言っているのではありません。誰か私と一緒に聴きに行ってくれる女性はいませんかと誘っているのでもない(誘っても来てくれる女性がいるはずもないし)。

     

     彼女は、女性にこそ愛されるべき演奏家であり、その良さは女性にこそ最もストレートに伝わるはず。放っておくなんてもったいない。最近は閑古鳥が鳴いていて、誰も読まないであろうブログではありますが、ここで私は声を大にして主張したい。少し前に音楽ライターのオヤマダアツシさんが企画されたコンサートのように、カメラが趣味という彼女が撮った写真を見ながら、アットホームな雰囲気で聴ける催しがあってもいいのかもしれない。朴葵姫の音楽が女性たちの間で浸透していけば、いいのになと心から思います。我々おじさんたちも、女性から、もうちょっと優しくしてもらえるかもしれないですし。

     

     それはともかく、本当に素晴らしいコンサートでした。彼女の演奏会、是非ともまた聴きたいです。

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    2018.11.10 Saturday

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