【ディスク 感想】バルトーク&バロック 〜 ヘルガ・ヴァーラディ(Cemb)

2018.04.15 Sunday

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    ・バルトーク&バロック

     ヘルガ・ヴァーラディ(Cemb)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    1.-3. ベーラ・バルトーク(1881-1945):
    ミクロコスモス BB105 Sz.107より【第122番「同時または交互に響く和音」、第125番「舟遊び」、第116番「歌」】
    4.-5. ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750):
    前奏曲とフーガ ハ短調 BWV847〜平均律クラヴィーア曲集第1巻 第2番
    6.-9. バルトーク:
    ミクロコスモス BB105 Sz.107より【第79番「J.S.Bを讃えて」、第117番「ブーレ」、第145a番「半音階のインヴェンション」、第145b番「半音階のインヴェンション」】
    10.-16. フランソワ・クープラン(1668-1733):
    クラヴサン曲集第3巻 第18組曲
    17.-25. バルトーク:
    ミクロコスモス BB105 Sz.107より【第139番「びっくり箱」、第85番「分散和音」、第86番「2つの長調の5音階」、第87番「変奏曲」、
    第120番「3和音」、第126番「拍子の変化」、第128番「田園舞曲」、第130番「田舎の冗談話」、第138番「バッグパイプの曲」】
    26. ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757):
    ソナタ ホ長調 K.162
    27.-32. バルトーク:
    ミクロコスモス BB105 Sz.107より【第140番「自由な変奏」、第149番「ブルガリアン・リズムによる6つの舞曲より第2番」、
    第150番「ブルガリアン・リズムによる6つの舞曲より第3番」、第151番「ブルガリアン・リズムによる6つの舞曲より第4番」、
    第153番「ブルガリアン・リズムによる6つの舞曲より第6番」、第146番「オスティナート」】

     

     時として、再生ボタンを押した直後に、「やられた!」とノックアウトされるディスクに出会うことがあります。野球で言えば、試合開始直後の先頭打者初球ホームラン。恋愛で言えば、まさに一目惚れ。

     

     今日、私が聴いた一枚も、まさにそうした出会い頭に降参した音盤の一つ。

     

     クラーヴェスから発売されたばかりの「バルトーク&バロック」と題されたアルバム。ヘルガ・ヴァーラディというハンガリー出身のチェンバロ奏者が、J.S.バッハ、F.クープラン、スカルラッティの曲と、バルトークの「ミクロコスモス」の抜粋と組み合わせて弾いているのです。

     

     とにかくこのバルトークが、死ぬほど面白い。アルバム冒頭の第122曲、最初の1秒で勝負あり。

     

     もう何も言うことはない。ピアノのために書かれた曲をチェンバロで弾くこと自体はそんなに珍しいことではないし、例えば、コロムビアから出ていた中野振一郎のチェンバロによるスコット・ジョップリン・アルバムみたいなものもある。

     

     でも、バルトークをチェンバロで弾こうという企て自体がもうクレイジー。そして、実にエキサイティングで、とってもビューティフル。

     

     調律だって大変だろうに、リュート・ハープシコードのような音で弾いている曲もあって、どうしてまたそんなめんどくさいことをするのかと思うのですが、これがまた妙にはまっていて、もうよくぞこんなアルバムを作ってくれた!と快哉を叫びたくなる。

     

     どうしてチェンバロで弾く「ミクロコスモス」がこれだけ面白いのか、理由は素人の私には説明がつきません。

     

     ハンガリーの民族楽器ツィンバロンに近い響きがあって、だから、妙にマッチするからなのかもしれないし、単なる偶然かもしれない。また、両手のユニゾンで弾くパッセージなどには、なぜかワルター(ウェンディ)・カーロスみたいな、70年代の雰囲気を強く漂わせた響きがあって、かなり強烈なパンチがあります。

     

     でも、特に調性が曖昧で、ともすれば無調へと傾きがちな曲での何とも言えず不安な音たちの振る舞いは、もう原曲では味わえない独特の味わいがある。あるいは、民族舞踊を思わせるタテノリのリズムの躍動感には、シンセサイザーに通じるような強烈なモダニズムがあって面白くて仕方がない。

     

     チェンバロがこれほどまでに不協和音と相性がいいものだということを私は初めて知りました。特に第130曲(トラック24)や第140曲での二度の和音連発の響きの何と気持ちいいこと!

     第149曲(トラック28)のロックみたいなタテノリの音楽を聴いていると、ゲーム(それも古いテレビゲーム)のBGMがピコピコ鳴っているみたいで、面白いのなんの!

     第153曲(トラック31)での、早いテンポの同音往復をベースに、無窮動が繰り広げられるさまも楽しいとしか言いようがないところ!

     ヴァーラディの演奏は、全体に引き締まったテンポで、このロック的「ミクロコスモス」をカッコよく鳴らしていて、まったくもって素晴らしい。バルトークは、生前、自作がチェンバロで弾かれることを予測などはしていなかったに違いありません。でも、もし彼が生きていてこれを聴いたら、ニコニコしながらこの若い女性チェンバリストの演奏を愉しむはずです。

     

     バルトークの隙間に録音された、J.S.バッハ(平均律)、F.クープラン、スカルラッティの瑞々しくも闊達な演奏も面白い。そして、バルトークの曲と並べて聴くことで、また新たな味わいが見えてくるようで興味深いものがあります。特にクープランが、いい。最近私は、ブランディーヌ・ヴェルレの弾くクープランの最新録音に深い感銘を受けましたが、それとはまったく違う、もっと若々しい味わいがあって好ましい。

     

     こんなに底抜けに面白いディスクですが、どうした訳か、リアルショップではまた私一人が買ったところで在庫がなくなってしまっているようです。私が利用しているSNSでもまったく取り上げられていません。

     

     どうしてなんでしょうか。これ、FMでオンエアしたり、またライヴ映像をテレビで流したりしたら大評判になること間違いなしじゃないかと思うのですが、私の勝手な思い込みでしょうか。

     

     まあいいでしょう。とにかく本当に魅力的なアルバム、聴けて良かった。今年、今まで聴いたアルバムの中でもトップ3に入るくらい。心や体がしおれたとき、あるいは、しおれそうになったときに聴けば、きっと良い治療薬になってくれることと思います。

     

     

     

     

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    2018.11.10 Saturday

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