【ディスク 感想】アザラシヴィリ/無言歌 (+ドヴォルザーク/チェロ協奏曲)  遠藤真理(Vc)/読売日響

2018.08.05 Sunday

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    ・アザラシヴィリ/無言歌

     (+ドヴォルザーク/チェロ協奏曲)

     遠藤真理(Vc)/読売日響(avex)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     ヴァージャ・アザラシヴィリの「無言歌」のCDがまた増えました。

     

     演奏はチェリストの遠藤真理と、彼女がソロチェリストを務める読売日響のチェロ・パートで、チェリストとしても活躍する小林幸太郎氏編曲のチェロ・ソロと8本のチェロによるバージョン。2017年7月、遠藤が小林研一郎指揮の演奏会でドヴォルザークのチェロ協奏曲のソリストとして登場した折のアンコールの記録で、協奏曲とともにavexからCD化されました。

     

     遠藤真理とアザラシヴィリの「無言歌」には浅からぬ縁があります。2年ほど前、彼女がパーソナリティを務めるNHK-FMの「きらクラ!」で山田和樹氏が出演したとき、この曲がオンエアされて大反響を呼びちょっとしたブームになったのでした。

     

     彼女自身もこの美しい旋律の小品に魅せられたのに違いありません。FMの番組の放送でサンクトペテルブルグ・チェロ・アンサンブルのCDをスタジオで聴きながら「私も弾きたい!」と強く願ったのでしょう。だからこそ、自身の大切な演奏会のアンコールで演奏し、そのライヴ録音を世に問うたのだろうと想像します。

     

     今回のバージョンは、サンクトペテルブルグ・チェロ・アンサンブル盤のピアノ伴奏部分を、チェロ・アンサンブルにそのまま置き換えたような素直な編曲。山田和樹氏同様、そのCDでこの曲の虜になった私にはとても耳に馴染むもので嬉しく思いながら、この楽譜が24年前、自分がチェロ・アンサンブルをやっていたときに欲しかった、これがあれば演奏できたのに!とちょっぴり悔しくなりました。

     

     そんなことはともかく。

     

     今回の遠藤と読響のアンサンブルによる演奏は、洗練された透明な響きをまといどこまでも優しく歌われたもの。音量や勢いに任せて音楽のエモーショナルな要素を殊更に協調することはなく、すべてにおいて節度を保って演奏されています。弓に無闇に高い圧をかけやたらと駒の近くで弾いたり、不必要にハイポジションをとったり、ヴィブラートを過剰にかけたりというようなことは一切ない。

     

     その点、ニキティン率いるサンクトペテルブルグのCDで聴くことのできる演歌的かつ激情的カンタービレの氾濫(それはそれでたまらない魅力があるのですが)とは、趣が全く違います。ロシアの演奏家によるコッテリした演奏が油絵とすれば、彼女らの演奏は水彩画かパステル画にたとえれば良いでしょうか。聴き手の内にある熱い感情を刺激する音楽ではなく、淡く甘いノスタルジーを掻き立てるものとして響きます。

     

     見方を変えれば、海外の料理を和食化したような(例えば、インドのカレーが、カレーライスになった、みたいな)演奏と言えなくもありませんが、結果それが美味しければ何だっていい。遠藤らの演奏は、これはこれでアザラシヴィリの音楽の一つの側面を十全な形で表現したものだと思いますし、日本的な感性をもった私にはとても響きます。

     

     それにしても、しみじみといい曲だなと思います。この曲を、愛情をいっぱいに込め、優しい手つきで大切に弾く遠藤のチェロにも、深く共感します。それは私自身も少しだけチェロを弾くアマチュア奏者としての共感であり、「無言歌」をこよなく愛する聴き手としての共感でもある。

     

     読響のチェロ奏者たちのアンサンブルも美しい。遠藤の音楽への熱意に引き込まれたのでしょう。寄せては返すような響きの波を徐々に強めながら、たっぷりとした呼吸をもって、柔らかく大きな起伏を作りだすさまに接していると、胸が熱くなります。この演奏会をナマで聴きたかったということ以上に、ああ、私もこの中で弾きたいと演奏家たちに仄かな嫉妬心、羨望を抱かずにはいられません。

     

     今後、本家本元のサンクトペテルブルグのCDとともに、折に触れて耳にしたくなる演奏だと思います。

     

     このCDのメインは、当然、遠藤真理のチェロと小林研一郎指揮読響によるドヴォルザークのチェロ協奏曲です。

     

     こちらも「無言歌」同様、遠藤のリリシストとしての美質がよく表れた演奏と聴きました。ドラマティックな場面での激しい斬り込みとか、ヒロイックなまでの雄渾な表現とかいうようなものよりは、自ら決めた範囲の中でのびやかに歌い上げる抒情と、聴き手を包み込む優しい響きを楽しむべき演奏だと思います。

     

     ですから、第2楽章がとても気に入りました。妙なポルタメントを挿まず、滑らかで素早いポジション移動で正確に音程を当て、旋律線をシャープに浮き上がらせているのがとても心地良い。そして、彼女のヴィブラートの幅、速度、そしてそれによって生み出される音色が私の好みにぴったり合う。かつてこの曲をレッスンで先生に見てもらっていたとき、こんなふうに弾きたかったなあと思います。

     

     他では、第1楽章の中間、木管の旋律に合わせてしみじみと歌い、アルペジオで徐々に上昇しながらクライマックスのオクターブ重音によるグリッサンドに至るあたりの白熱した運びもいい。

     

     小林指揮読響のバックは立派の一言。暑苦しい粘りはなく、シンフォニックでスケールの大きな構えが、遠藤のチェロをしっかりと包み込む。慈愛に満ちたカンタービレにも耳をそばだてられます。コバケンの指揮は音盤ではとても久しぶりに聴く気がしますが、この巨匠の風格をもった指揮ぶりには感服しました。

     

     そして、オーケストラの好調ぶりには瞠目させられます。木管のソロの巧さ、金管の響きの輝き、厚みと繊細さが両立した弦、要所を締めるティンパニ、いずれも一級の演奏なんじゃないでしょうか。第1楽章第2主題のホルンソロなど惚れ惚れするほどで、年寄りじみたことを言いますが、私が大学進学で上京した頃の在京オケの演奏を思えば、隔世の感があります。

     

     いいアルバムを聴きました。遠藤真理のチェロ、ドヴォコンもですが、アザラシヴィリを実演で聴きたいものです。コバケンの「ダニーボーイ」に対抗して(対抗する必要はないのですが)、いや、カザルスの「鳥の歌」の如く、彼女のアンコールの定番としてこれからも弾き続けてほしいです。

     

     ところでジャケットの遠藤真理の写真を見ていると、朝の連ドラ「半分、青い。」で好演している女優の清野菜名に似ているなと思います。髪型が似ているだけかもしれませんが、ツイッターのハッシュタグで流行っている「完全に一致では無いのだが何となく似てる」例として挙げたいです。ついつい見惚れてしまいます。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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