【ディスク 感想】東京物語〜斎藤高順ピアノ作品集 青木美樹(P)

2018.10.21 Sunday

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    ・東京物語〜斎藤高順ピアノ作品集

     青木美樹(P) (Profil)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    (1)「東京物語」〜主題曲と夜想曲
    (2)「早春」〜主題曲
    (3)「東京暮色」〜サセレシア
    (4)「浮草」〜主題曲とポルカ
    (5)「彼岸花」〜主題曲
    (6)「秋日和」〜主題曲
    (7)「秋日和」〜オルゴール
    (8)「秋刀魚の味」〜主題曲とポルカ
    (9)軍艦マーチ(瀬戸口幸吉作曲/斎藤高順編曲)
    (10)3つの宝石〜エメラルド
    (11)3つの宝石〜サファイア
    (12)3つの宝石〜トパーズ
    (13)3つの水彩画〜みどり色の朝
    (14)3つの水彩画〜黒と白のエチュード
    (15)3つの水彩画〜オレンジ色の空
    (16)行進曲「ブルー・インパルス」(作曲者編ピアノ版)
    「大宇宙のピアノ・ファンタジー」より
    (17)星の王子と王女の夜想曲
    (18)火星人のロボットのガボット
    (19)織姫と彦星のスペースロマンス
    (20)ほうき星のビッグパレード
    (21)三ツ星のメヌエット
    (22)行進曲 偉い大先生
    (23)ソファミレドラマーカミナリサンダー
    (24)ワルツ 冠星座の回転木馬
    (25)天の川の舟唄
    (26)大宇宙遊覧ユーフォー
    (27)流星のジェットコースター

     先週、BSで小津安二郎の映画「早春(1956)」が放映されました。録画して何とはなしに見始め、質素なキャンパス地に映画のタイトル、出演者やスタッフの名前が映し出されるクレジットタイトルを眺めていたら、バックで流れる音楽に惹きこまれました。

     

     甘ったるくてほのぼのとした調べの旋律を、独奏ヴァイオリンが小編成のオーケストラをバックに奏でる。マリンバのトレモロがそれに追従し、フレーズの変わり目ではしつこいくらいにハープのグリッサンドが使われる。何度か大きな転調を見せながら、全体としては、穏やかでゆるい音楽がとろとろと流れていく。演奏は笑ってしまうくらいに下手くそですが、いい曲でした。ドラマティックな展開もここぞというクライマックスもなく、映画が悲劇なのか喜劇なのか、映画の一体何を象徴しているのかはまったく分からない。でも、「希望」とか「憧れ」みたいな言葉をあてはめてみたくなるような、ひたむきな明るさが沁みる。笠智衆、池辺良、岸恵子ら綺羅星のような出演者の名前を見ながら、これから始まる映画本編への期待をやわらかく掻き立てられてしまいました。

     

     まったく恥ずかしながら、私は小津の映画は全然詳しくありません。全部ちゃんと見たのはまだ数えるほど。そんな状況なので、作曲者は誰だったかと思ってクレジットを見直したら「斎藤高順」とある。

     

     ハッとしました。たしか、今度ドイツのProfilレーベルから出るピアニスト青木美樹の新盤は、この人のピアノ曲集ではなかったか。

     

     慌ててCDショップのHPを再確認したら、私の記憶は正しかった。

     

     今までProfilレーベルから3枚のCDを出している青木のソロ第三作(既発の3点のうち1点はピアノ三重奏)として、小津映画の音楽を多く担当した斎藤高順のピアノ曲集がリリースされるというのです。しかも小津映画「東京物語」「早春」「東京暮色」「浮草」「彼岸花」「秋日和」「秋刀魚の味」の主題曲のオリジナル版が収録されている。

     

     今頃になって小津映画の音楽に興味を持つという自分のアンテナの低さに項垂れつつも、これは聴かない訳にはいかないと、発売と同時にそそくさと購入しました。

     

     小津の映画につけた音楽は、どれも素晴らしい。

     

     これらの音楽のピアノ版は作曲者の手によるもの。斎藤自らがピアノを弾いて小津に最初に聴かせるために作ったものだとか。ほんの数年前、これらが斎藤の遺品の中から見つけられたのは、このピアノ譜はいつか役に立つときが来るかもしれないから、大事にとっておけという小津の言いつけを守っていたから、と御子息の斎藤民夫氏がライナーノートに書いています。

     

     どの曲も、作曲技巧的に言えば、そんなに難しいものはたぶん使われていない。旋律はどれも平易で、調子も柔らかい。起伏も小さくて、のんびりしていて優しい。左手の伴奏は結構ワンパターンのアルペジオで、ソナチネアルバム程度の素人でも何とか音にはできそう。「ああ」と言いたくなるような転調が随所にあるけれど、類型化された予定調和的なもの。聴いていて「あ、次来るな」と思ったら案の定、というケースが結構ある。「東京暮色」のサセレシア、「浮草」と「秋日和」のポルカはどれも曲調が似ていて区別はつきにくいけれど、このリズムの恥じらいがちな弾力は愉しい。

     

     映画を観に来た不特定多数の大衆に向けた音楽であるということを痛感します。映像や言葉、俳優たちの演技を上回ることを戒めたような謙虚さに貫かれているとも言え、そこがまた何ともたまらない味わいを与えている。

     

     クレジットタイトルの素っ気ない映像もなく、しかもオケではなくピアノ独奏で奏でられる曲たちは、道端に咲く花のようです。人の目を特別引くものではないけれど、ふと気がついて近寄ってみると可憐な美しさを誇っている。そして、コンクリートの隙間に居場所を見つけ、置かれたところで咲くだけの逞しい生命力を持っている。小津監督は、そのあたりの良さを斎藤の音楽に見出したのだろうと思います。

     

     青木美樹のピアノは、それらの曲の持ち味を余すところなく明らかにしていると言えます。旋律の美しさを明瞭に打ち出すことに注力しながら、音色が鋭くきついものになるのを注意深く避け、全体に柔らかいタッチで豊かなハーモニーを響かせている。そこがとてもいいと思いました。このアプローチでこそ、あの映画のクレジットタイトルで流れる甘ったるくて緩い音楽と同質の調べを、ピアノから引き出せる。

     

     そして、彼女の演奏を聴いていると、原節子、笠智衆、山村聰といった小津映画に欠かせない名優たちの凛とした風格、淡島千景、有馬稲子、杉村春子、そして岸恵子といった女優たちの気品あふれる美しさ、そして浦部粂子の庶民的な佇まい、映画の中で生きている人間の姿がどことなく思い出されます。もちろん斎藤の音楽がそれらを直喩的に表現しているはずもありませんが、あの名優たちの所作や言葉から滲み出てくるものが、この音楽の端々から聴き取れるように思えてならないのです。その穏やかで決して過剰さのない、気品のある語り口が脳裏にダブるのでしょうか。

     

     斎藤自身、映画における音楽の役割は、「味の素」のようなものだと考えていたのだそうです。あくまで隠し味。旨味を補助するものなのだから、沢山入れすぎてはいけないと。しかし、小津は、味の素はいくら入れてもいいと言い、昨今の映画監督のような濫用はしていませんが、重要な場面でふんだんに斎藤の音楽を使っている。

     

     でも、こうやってピアノバージョンで聴いてみると、いやいや、この音楽は味の素なんかじゃない、これだけ食べてもおいしい立派な食材になっていると思いました。

     

     余談ですが、「早春」には味の素が登場します。男たちが鍋を囲んでうどんを食べるとき、一人がポケットから味の素を取り出してうどんにかけるのです。その後、味の素の瓶は全員に回されて、皆、じゃんじゃんかけてうどんを食べてました。遅れてきた岸恵子だけは味の素なしで食べてたのが象徴的なような、そんなでもないような・・・。

     

     などと分かったようなことを言ってますが、前述のように私は小津の映画はほんのちょっぴりしか知りません。聴く人が聴けばもっと豊かで的確なことを感じたり書いたりすることができるのでしょう。けれど、切り詰められた響きの中からさまざまなイメージに遊ぶことができて、聴いていて楽しいことこの上ない、それだけは間違いない。ああ、聴いて良かった、と心から思える演奏でした。

     

     このディスクでは映画音楽のほかには、斎藤が遺した純粋なピアノ曲、「3つの宝石」「3つの水彩画」「大宇宙のスペースファンタジー(抜粋)」、自作「ブルーインパルス」のピアノバージョン、そして「軍艦マーチ」の編曲が収められています。

     

     そのうち「水彩画」にややモダンな音遣いが見られますし、「プルーインパルス」はブラバンのために書かれたマーチが原曲で、「軍艦マーチ」は言うまでもなくパチンコ屋さんでかかる音楽ですが、それ以外の曲では、小津映画に出てくる音楽に似て、緩い音楽をゆったりと楽しむことができます。これらの音楽は確かに甘ったるいものではあるけれども、気品と呼びたくなるような凛とした静かな風情を持っているのが心に残ります。「大宇宙のためのスペースファンタジー」も大袈裟なタイトルの割には、こじんまりした優しい音楽で、終始リラックスして楽しめます。

     

     いずれにせよ、どれも下手をするとホテルのラウンジで自動ピアノに弾かれているような曲になりかねないところ、その危惧を完全に払しょくされているのは、間違いなく、青木の作品と作曲家への敬意、愛着が生んだ格調高い演奏のおかげと言えます。

     

     この印象的なアルバムが作られるきっかけは、斎藤のご子息である民夫氏が、父親の遺品の中から、父自身が弾いた小津映画の主題曲が録音されたカセットテープを偶然見つけたことなのだそうです。ほどなくして、ピアノ用手稿譜が見つかり、キングレコードのプロデューサーが、他の曲も併せてピアノ作品集を録音する企画に乗り出した。ピアノは、そのプロデューサー氏の推薦で青木に白羽の矢が立った。青木自身は斎藤のことは全然知らなかったけれど、楽譜を見てその素晴らしさに気づき、演奏することを決意したと。つまり、いろいろな幸運が重なってこのアルバムが生まれたということ。

     

     今のところ、国内盤仕様のものが出るかどうかは分かりません。ジャケット裏には、ライセンスはキングレコードが持っていて、Prfilはワールドワイドに販売しているということらしい。キングレコードからはハイレゾ音源がリリースされているようですが、まだ国内盤発売の予定は見ていません。小津映画は日本以上に海外の映画ファンに親しまれているそうなので、このディスクが売れれば、斎藤高順という作曲家の功績も改めて世界的に認められるのではないでしょうか。勿論、青木美樹というピアニストも、俄然注目されることでしょう。

     

     何はともあれ、遅ればせながら小津の映画をちゃんと見ようと思います。できれば映画館でじっくり見たいのですが、なかなかそんな機会はないので、既にTV放送を録画してあるブルーレイや、安く入手できるDVDがあるので。フェリーニ×ロータ、アンゲロプロス×カラインドルーら名作曲家のコンビ群と並び、小津×斎藤は私のお気に入りの組み合わせになることは間違いないと思います。

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    2018.11.10 Saturday

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