【雑記】ナクソスジャパンへの感謝

2018.10.21 Sunday

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    ・ウィーンの世紀末、六人の作曲家

      〜 アルマ・マーラーのまわりで 〜

     バーバラ・ハンニガン(S)

     ラインベルト・デ・レーウ(P) (アルファ)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     この5月、海外CDのディストリビューターとしてお馴染みだったマーキュリー・ジャパンの消滅について、拙ブログで書きました(「【雑記】マーキュリー・ジャパンに思う」)。

     

     マーキュリーは、到底数字が出そうにないマニアックなアルバムでも、価値の高い音盤であればライナーの日本語訳や歌詞対訳を添付して「国内流通仕様」のディスクを届けてくれていました。件のブログ記事はSNSでそれなりの反響を頂いたので、私と同じようにマーキュリーの解散を残念に思う人は多かったのだろうと思います。

     

     でも、その翌月には、事態が変わりました。

     

     ナクソスジャパンが、窮状を救ってくれたのです。マーキュリーが手掛けていたレーベルのうちいくつかのディスクの流通を再開。ピオーの新盤や、ベルチャのショスタコーヴィチを始め、アルファレーベルのニューリリースディスクがナクソスから発売されました。しかも、以前のマーキュリー同様、白地に明朝体の文字が書かれたジャケットサイズの「オビ」がつけられている。ナクソスが旧来扱ってきたレーベルのものとは明らかに違う様式で、国内流通盤としたのでした。

     

     ああ、ナクソスの皆さん、分かってらっしゃると思いました。マーキュリーのスタイルに馴染んできたファンの心情をちゃんと理解している、と。

     

     ただ、残念なことに、その時点では、ライナーノートの日本語訳や、歌詞対訳はついていませんでした。マーキュリーでは常連の、白沢達生氏を始めとするライターさんの手による、心遣いの細やかな補訳(試訳)が読めない。仕方がない、流通を再開してくれただけでも御の字、贅沢は言っていられないかと諦めていました。

     

     でも、嬉しいことに、最近また事情が変わりました。

     

     つい最近発売されたバーバラ・ハンニガンの最新盤などでは、通常盤と、海外盤ライナーノートの日本語訳や歌詞対訳つきのディスクの両方が発売されるようになったのです。後者は、前者に比べて値段はちょっとだけ張りますが、それでも以前のマーキュリー時代よりも少し安いくらい(3000円を切る)。しかも、訳を担当されているのが白沢達生氏と、自身が歌手でもいらして翻訳者でもある小阪亜矢子氏。ファンとしてはこんなに嬉しいことはありません!早速、日本語訳つきのアルバムを購入しました。

     

     ハンニガンは、前作「ガール・クレイジー・ガール」は、自らオーケストラを指揮して幅広いレパートリーを取り上げていましたが、今回はピアノ伴奏での歌に専念。そ選曲はアルマ・マーラーの周辺にいた新ウィーン楽派の作曲家たち(ツェムリンスキーも含む)の歌曲で、なかなかに凝ったもの。ピアノは、W&Wレーベルで鮮烈なサティの曲集で伴奏を務めたラインベルト・デ・レーウです。

     

     これもまた素晴らしいアルバムでした。今、破竹の勢いで知名度を挙げているハニガンの歌手、音楽家としてのずば抜けた才能を十全に楽しむことができる。

     

     そして、ゲーテやハイネから、デーメル、ヤーコプセンらの詩を、優れた訳詞で追いながら音楽を体験できる喜びは何ものにも代えがたい。海外盤のライナーノートの英訳を読めばそれなりの意味は理解できますが、細かいところまで言葉のニュアンスを味わうことはできません。ですから、専門家がこうして聴き手を歌の世界の中に導いてくれるのは本当に嬉しいものです。勿論、だからと言って、音楽や詩を本当に私自身が理解できているかはまったくもって怪しいのですけれど、こういう適切な導きは、ないよりあった方がいいに決まっています。

     

     このアルバムの感想は今詳しく書きませんが、期待していたベルクの初期の7つの歌曲以上に、ツェムリンスキ―の歌曲のとんでもない魅力に気づかせてもらったのが、何より最大の収穫でした。詩にはえげつないくらいにエロティシズムが蔓延していますが、音楽は身が捩れるくらいにエロい(そもそもジャケットからしてエッチなのですが)。ライナーノートのインタビューでは、デ・レーウが、これらの19世紀末の音楽に見られる豊かな和声語法が今や完全に失われたことを嘆いていますが、それもむべなるかな。いつまでもそこに浸っていたいと思えるような豊穣で淫靡なロマンへの郷愁を強めながら聴き、じっくりと味わいました。

     

     ところで、歌詞の対訳を見ていてハッとしたことがあります。ディーリアスも音楽をつけたヤーコプセンの“Irmelin Rose”のタイトルが「薔薇のイルメリン」と訳されていることです。この詩は従来は「イルメリンの薔薇」と訳されていました。詩の中ではこう歌われています。

     

    Irmelin Rose,
    Iremlin Sonne,
    Irmelin alles,was schön war.

     

     この部分、白沢さんは「イルメリンは薔薇のよう/イルメリンは太陽のよう/イルメリンは誰よりも、ただひたすらに美しかった」と訳されている。これは、とってもすんなりと読める。

     

     一方、従来の訳では「イルメリンの薔薇/イルメリンの太陽/イルメリンのすべてが美しかった」みたいな全然訳の分からないものになってました。これじゃまるでイルメリンが太陽や薔薇を所有しているみたい。でも、そうか、これは直喩だったのか、そう意味をとればこんなに自然に意味が通るのか!と膝を打ちました。

     

     というような「発見」があって、ちょっと奮発(と言っても600円くらいの差額ですが)して日本語対訳盤を買って良かったと、心から満足しました。

     

     ということで、結論。

     

     今回のマーキュリーレーベル撤退を救ったナクソスジャパンの心意気と、日本語でちゃんとライナーを読みたいというファンへのあたたかい心配りに対し、音盤中毒患者の一人として心からお礼を申し上げたい。このご時世、いろいろと困難は多いでしょうが、是非、今後もこうしてディスクを私達に届け続けて下さることを心よりお願いしたい。そして、白沢さんを始めとする「音楽をよく分かった」ライターさんを起用して、質の高いライナーノートを読ませて頂きたい。もしも流通形態がリアル・パッケージからネット配信へと変わっても、そこだけは変わらず守り通してほしい、と。

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    2018.11.10 Saturday

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