【演奏会 感想】アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン  〜ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会〜(2019.02.13 銀座 王子ホール)

2019.02.15 Friday

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    ・アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン
     〜ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会〜

     (2019.02.13 銀座 王子ホール)

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 Op.78 「雨の歌」
         :ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100
         :ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.108

    (アンコール)

    C.シューマン: 3つのロマンス Op.22-1

     

     

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     少し前、娘が自分の好きな音楽を聴きながら、こんなことを口走っておりました。

     

     私はこの人を聴くために生まれてきた!

     

     それは、この間、私が娘の前で言ったセリフでした。あれはバーンスタインだかクライバーの映像だかを見ていた時だったか。いや、デル・モナコ?サイモン&ガーファンクル?薬師丸ひろ子?とにかく何かの映像を見ながら、私が譫言のように口にした言葉を、娘が傍で聞いていたのは確か。

     

     小生意気に俺の真似をしおって!と苦笑してしまいましたが、彼女がそう思える音楽(ジャンルは全然違うのですが)に出会えたことが、心の底から嬉しかった。

     

     そう、「自分はこの人の音楽を聴くために生まれてきた」と思える人は、私にも何人かいます。アリーナ・イブラギモヴァというヴァイオリニストも、そのうちの一人です。彼女のヴァイオリンがただ好きとか何とかいうよりも、生きるための必須アミノ酸みたいなものになっているように思える。彼女の演奏をまったく聴かない私の人生は、ものすごく味気ないものになるだろうことは間違いない。

     

     そのイブラギモヴァとセドリック・ティベルギアンの来日公演初日、ブラームスのソナタ第1番「雨の歌」冒頭の旋律の付点音符を彼女が弾き始めた瞬間、私は娘が言ったのと同じ言葉をしみじみと噛みしめておりました。

     

     私はこの人を聴くために生まれてきた!

     

     ただただこの音、この歌が理屈抜きで私の心に響くのです。聴き手としても、そしてアマチュアのチェロ弾きとしても、いつも心がこのような音を欲している、そう思わずにいられない。

     

     演奏会のプログラムは、ブラームスのソナタ全3曲。王子ホールではベートーヴェン、モーツァルト、シューベルトに次ぐチクルスです。その他にも多くの作曲家のソナタを取り上げて互いの音楽を深め合ってきた二人が、とうとうドイツ・ロマン派のソナタの本丸に到達したといったところでしょうか。

     

     今回のイブラギモヴァの演奏、前述の「この音!」という感慨はそのままに、曲の性質によるところも大でしょうが、彼女の音色の著しい深まり具合と以前にも増して豊かな彩りに驚嘆しました。特に歌謡的な旋律、例えばG線でたっぷりと歌うような箇所で聴くことのできる、豊かでニュアンスに富んだ音色の美しさといったら!

     

     彼女のこれまでのライヴでは、アグレッシヴに曲の核心に斬り込んでいくような熱演が多かったせいもあって、ボウイングに粗さがつきまとう場面もありました。しかし、今回は曲の性質もあってか、そうした危惧は一切不要。ソナタ第3番の終楽章でこそ、いつものようにキリキリと突き進む演奏ぶりを見せてくれましたが、激しい部分を含めて、彼女の弓遣いはいつも安定していてまったく危なげがない。

     

     もしかすると弓を変えたのか、あるいはブラームスの音楽へのアプローチゆえなのか、とにかく音量、表現ともに幅広いダイナミックレンジをとりながら、いつも身の詰まった充実した音色を確保できているのは、彼女のボウイングのテクニックのたゆまぬ鍛錬の成果だと思えます。これまでの彼女の演奏で何か技術的な欠陥があったという訳ではありません。今回の演奏のレベルの高さから逆算して、彼女にとって何を課題として克服してきたかが窺い知れるのです。素人耳、素人考えなので間違っているのかもしれませんけれど。

     

     しかし、ヴァイオリンを弾く技術以上に、彼女の音楽の捉え方や感じ方にこそ、たしかな成熟の跡が感じられるのは間違いのないことです。何よりも、全3曲を通して、何から何まで「飛び道具なし」の王道を往く解釈を示しつつ、フレージング、アーティキュレーション、テンポなど、あらゆるパラメータがその音楽が最も美しく生き生きと息づくよう、それらの組み合わせが絶妙に選択されている。そして、その音が生まれる瞬間瞬間に、燃えさかる生命を吹き込んでいる。

     

     全体にブラームス特有の息の長い旋律で聴かせるフレージングの妙は絶品でしたし、第2番の第3楽章の後半の重音の連続での正確無比の音程と絶妙の音量のコントロールも驚くべきものでした。そして、決して神経質になることはなく、どこか艶消ししたような美しさをたたえた弱音も印象的でした。私自身、修行が足りてなくて、ブラームスのヴァイオリン・ソナタにはまったく思い入れがなく、むしろ暑苦しくて好きではありませんでした。でも、彼女らの演奏が示してくれた魅力によって、苦手意識は完全に払拭できそうです。尤も、私がブラームスの室内楽をいいと思えるような年齢になったというだけかもしれないのですが。

     

     ここまでイブラギモヴァについて書いてきたことは、そのままそっくりティベルギアンという愛すべきピアニストにも当てはまります。彼のピアノの音色もまた、ここに来て俄然深まりを見せていて、これまで以上に味わい深い表現が随所で聴けました。彼もまた私にとってかけがえのない大切なピアニストであることを強く実感しました。つくづく、この二人は、まさしく出会うべくして出会った黄金コンビなのでしょう。よくぞ出会ってくれた、などと、訳の分からない謝意を伝えたくなります。

     

     今回のブラームスのソナタ全曲演奏会は、これまで聴いてきた彼女らのコンビのライヴの中でも、とびきり印象に残るものになると思います(数えたら、イブラギモヴァの実演を聴くのは、今回がちょうど20回目だったようです)。聴けて良かった。

     

     アンコールには、ブラームスつながりでクララ・シューマンのロマンスが演奏されました。独特の和声と、頻出するターン音型が印象的な佳品、二人のしっとりとした抒情にあふれた演奏に胸が熱くなりました。

     

     イブラギモヴァとティベルギアンの演奏会、次はフィリアホールでベートーヴェン、ケージ、ヤナーチェク、シューマンの作品を取り上げ、さらにみなとみらいホールでブラームスのソナタをもう一度演奏します。耳の穴をかっぽじって、彼女らの演奏を存分に楽しみたいと思います。

     

     

     

     

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    2019.05.08 Wednesday

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