【演奏会 感想】アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン 〜 ヴァイオリン&ピアノ デュオ・リサイタル (2019.02.16 横浜フィリア・ホール)

2019.02.17 Sunday

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    ・アリーナ・イブラギモヴァ&セドリック・ティベルギアン

      ヴァイオリン&ピアノ デュオ・リサイタル

     (2019.02.16 横浜フィリア・ホール)

     

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ・ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第3番 変ホ長調 op.12-3
    ・ヤナーチェク:ヴァイオリン・ソナタ
    ・ジョン・ケージ:ヴァイオリンとピアノのための6つのメロディ
    ・シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調 op.121

    (アンコール)

    ・シューマン/夕べの歌

     

     

     

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     アリーナ・イブラギモヴァとセドリック・ティベルギアンのデュオの来日公演、今度は横浜のフィリア・ホールでのリサイタルを聴きました。

     

     曲目は、ベートーヴェンのソナタ第3番、ヤナーチェクのソナタ、休憩を挟んで、ケージの6つのメロディ、シューマンのソナタ第2番というバラエティに富んだもの。

     

     これまで聴いてきたこのコンビの演奏会は、特定の作曲家にスポットを当てた曲目が多かったので、こういう視野の広い選曲はまさに待望のものです。特に、ケージのような比較的新しい作品が披露されたのはまことに嬉しい。何しろ彼女は現代曲を日常的に演奏していて、初演曲も多いヴァイオリニストなのですから。

     

     ベートーヴェンは、何年か前の王子ホールでのチクルスでの激しい演奏に比べると、今回は、テンポもダイナミクスも全体に穏やかな落ち着きを見せていて、音楽の風格、味わいを増したように感じました。緩徐楽章ではヴィブラートをかけて豊かな響きを生み出してもいて、ロマン派の予告としての音楽とも聴こえたのが印象に残った。

     

     そして、音色のパレットを増やしたティベルギアンが、イブラギモヴァをリードして多様な音楽を引き出すような場面が多かったように思います。ヴァイオリンのオブリガート付きのピアノ・ソナタとしての性格があるので、このアプローチは正統的だし、何より幸福な音楽的対話になっていたのが素晴らしい。あのライヴCDや実演での高い成果から、まだまだ進歩、深化の余地はあったのだなあとしみじみと感嘆しました。

     

     続くヤナーチェクは、今回のプログラムで一番楽しみにしていた曲目でした。もともと好きな曲ですが、最近とある事情があって何度も繰り返し聴いていたので、なおのこと彼女らがどんな演奏を聴かせてくれるか、興味津々だったのです。

     

     それは、攻撃的で激しい演奏になるのでは?という予測とは異なり、静謐な抒情を前面に出した演奏でした。民族音楽的な音遣いや、独特の発話旋法の面白さを際立たせることよりも、ヤナーチェクの音楽の普遍性に焦点を当てた演奏だったと言って良いかもしれません。

     

     そのことに不満を抱いた訳ではありません。むしろ、自然の風景や音を描写したような音楽というよりも、それを見つめ、沈思黙考している人間の内面が音になったような佇まいに打たれました。ピアノ曲などに聴くことのできる、ヤナーチェクの音楽の「静」の部分が、このソナタにもふんだんに含まれていることを改めて痛感しました。

     

     第4楽章の特徴的な「タタタッ、(休符)タララタタタ」というパッセージを、休符を詰めて一息で弾き、フェルマータの休符のあと、ピアノピアニッシモで3つの32分音符を弾くときには、テンポを緩めずに弾くあたりの語り口も面白かった。強い口調で厳しい言葉を吐いた後、自信なさげに口ごもって何かを呟くような。この音楽がさまざまな視点からの解釈を許容する名作であることを痛感しました。

     

     それにしても、息の長いフレーズを、腰のある音で、そして品格のあるヴィブラートをかけて歌うあたりのイブラギモヴァの音色の美しさには、改めて惚れ惚れします。前回のブラームスの時に書いたのと同じく、「これを聴くために生まれてきた」のだと何度も思いました。

     

     そして、もう一つ思ったのは、ティベルギアンの弾くヤナーチェクのピアノ曲を是非聴きたいということ。彼が弾く「草陰の小径を通って」や「霧の中で」なんかを是非聴きたい。シマノフスキやバルトークで名演を聴かせてくれているので、こういう東欧の民族音楽に根差した楽曲への適性は高いのだろうと思います。

     

     休憩後のケージも聴きものでした。意図的に無表情な音を並べ、それらを簡素に組み立てた抽象的な音楽、というよりアート作品で、「6つのメロディ」というタイトルがなかなか気の利いた洒落になっています。

     

     イブラギモヴァの演奏は、バッハやビーバーらのバロック音楽を完全な古楽アプローチで弾きこなしている姿を彷彿とさせます。彼女はもしかすると、こういう音楽からの視点をもって、ピリオド奏法を取り入れたのだろうかと思うくらい(実際には違うとは思うのですが)に、彼女の演奏はケージの音楽への高い親和性を示していたのです。特に、声を押し殺したような最弱音には、音による表現の可能性を探ろうとするケージの問題意識への共感が詰まっているようで、美しかった。

     

     ここでも、ティベルギアンのポツリポツリと弾くピアノの音色のシンプルな美しさも際立っていて、彼にはピアノの弦の間に何か挿んでケージの曲を弾いてほしいとさえ思いました。

     

     そしてメインのシューマンの第2番こそは、今夜の白眉でした。その堅固なフォルムの内側に込められた、暗く、行き場のない情熱の表現には打たれずにいられなかった。

     

     彼女らは、ブラームスと同様に、イザベル・ファウストがやっているような古楽に寄せたアプローチはとらない。勿論、現代的でスマートな演奏スタイルには則っているのですが、後期ロマン派風のロマンティックな表現を排除はしていなかった。歌謡的な旋律では、たっぷりとした情感を綿々と歌うことも辞さない。フレーズもかなり長めにとり、先ごろのブラームスでも明らかになったボウイング技術の進化によって、息の長いカンタービレを随所で聴かせてくれました。それによって、このソナタのロマン派音楽としてのありよう、つまり、近代的自我の矛盾や葛藤を、形式と内容の抜き差しならないせめぎ合いのうちに熱烈に表現していました。

     

     面白いのは、彼女らの演奏を聴いていると、現代の視点から見れば、シューマンが音楽の中で吐露した精神の危機のようなものは、至って自然なものであって、彼の音楽はその意味では非常に調和のとれたものであるように感じられることでした。ただ単に音楽的に優れた演奏であるという以上に、この曲が私たち現代人に何を語りかけてくるのかを、ただひたすら音で探求している点が、今夜の彼女らの演奏の最大の美質であり、最も感銘を受けました。

     

     それにしても、この曲の第3楽章、コラール「深き苦しみの淵より我、汝を呼ぶ」に基づく変奏曲は感動的な音楽です。誰が弾いても、よほどのことがなければ、聴く者の心を揺さぶらずにはいられない美しい音楽ですが、イブラギモヴァとティベルギアンが聴かせてくれた慰めに満ちた優しい歌はとびきり魅力的でした。いつまでもこの音楽が続いていてほしいというくらいに。

     

     パッセージによって、親指と人差し指で弾き分けるピツィカートの美音も印象的でしたが、練習番号Cから、”am Steg bis +”(駒の近くで弾く)と指示された部分でのスルポンティチェロの不気味な音も、ぞっとするくらいに美しかった。ちょっとやそっとでは忘れられないような鮮烈な表現でした。

     

     最近、イブラギモヴァはシューマンのヴァイオリン協奏曲を取り上げる機会が増えていますし、ピアノ四重奏なども弾いている。もしかするとシューマンの音楽への傾倒を深めているのかもしれませんが、彼女の音楽性とシューマンの音楽とはとても合っていると思います。ティベルギアンもまた、シューマンの音楽の一番美味しいところをよく知っているピアニストだと思います。ブラームス以上に、このシューマンをまず聴きたいものです。

     

     アンコールはまたシューマンで、「夕べの歌」。ここでもまた、イブラギモヴァの豊かな音色と、胸に沁みる歌いくちを堪能することができました。

     

     イブラギモヴァとティベルギアンのコンビの新しい、そしてふるいつきたくなるほどに魅力的な側面に触れることのできる素晴らしい演奏会でした。今回は当初予定されていた武満の作品が、ケージに変わったのですが、今後、いつか機会を作って武満を聴かせてほしいものです。

     

     今回の客席が、王子ホールよりもずっと静かで、彼女らの演奏に恐らく良い影響を与える静寂を作ることができたように思えるのも良かった。居眠りしている人たちも静かにお休みになっておられましたし。以前、私が初めて彼女の実演を聴いた、所沢でのバッハ演奏会で、上空遠くを飛ぶ飛行機の音が聴こえるくらいの極度の静寂の中で、彼女がのびのびとバッハを弾いていた姿を思い起こしました。

     

     次回は、みなとみらいにて、再びブラームスです。前回は1年ちょっとぶりに彼女の音を聴いたことで、かなり舞い上がって聴いてしまいましたが、今度はもうちょっと落ち着いて音楽を楽しめたらなと思います。

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    2019.08.15 Thursday

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