【ディスク 感想】ヤナーチェク/草陰の小径にて、霧の中で(弦楽四重奏版)  チェコ・フィルハーモニーSQ

2019.02.19 Tuesday

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    ・ヤナーチェク/草陰の小径にて、霧の中で(弦楽四重奏版)

     チェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団(Arco Diva)

     →詳細はコチラ(Tower/HMV)

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    ヤナーチェク:
    ● 草陰の小径にて 第1集(J.ブルクハウザーによる弦楽四重奏編)
    われらの夕べ
    散りゆく木の葉
    一緒においで
    フリーデクの聖母マリア
    彼女らは燕のようにしゃべり立てた
    言葉もなく
    おやすみ
    こんなにひどく怯えて
    涙ながらに
    ふくろうは飛び去らなかった

    ● 草陰の小径にて 第2集(T.イールによる弦楽四重奏編)
    Andante
    Allegretto
    Piu mosso
    Allegro
    Vivo

    ● 霧の中で(T.イールによる弦楽四重奏編)
    Andante
    Molto adagio
    Andantino
    Con moto (Presto)

     

    ---

     これは大事件、ヤナーチェクのピアノ曲「草陰の小径にて」全曲の弦楽四重奏版を収録したCDが出る!しかも、ピアノ曲「霧の中で」の編曲がカップリング!演奏は、チェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団!これは聴くしかないではないか!

     

     ・・・などと大騒ぎしているのは私くらいなのかもしれません。このCD、どうも売れている気配はさっぱりない。

     

     ヤナーチェクの「草陰の小径にて」の弦楽四重奏版というと、以前拙ブログで取り上げたエネルジエ・ノーヴェ弦楽四重奏団のCDがありましたが、それは第1部のみをブルクハウザーが編曲したバージョンでした。今回リリースされたディスクでは、そのブルクハウザー編の第1集に、作曲家のトーマス・イール編曲の第2集を加えて完全全曲版としています。しかも、イールは「霧の中で」までも編曲しているのです。

     

     イールというと、少し前に出たネトピル指揮のヤナーチェクのオペラ管弦楽曲集(Supraphon)で取り上げられた「イェヌーファ」組曲を編曲した人。そして、ホーネック指揮のR.シュトラウスの「エレクトラ」組曲や、ドヴォルザークの「ルサルカ」組曲も手掛けている。作曲家というよりは、ペーター・ブレイナーのようなアレンジャーとしての活動が多いのでしょうか。

     

     ブルクハウザー、イールの編曲は、いずれもピアノの音を忠実に弦楽器に置き換えただけというようなシンプルでオーソドックスなものです。特に目新しいことはやっておらず、原曲のイメージから大きく外れるような場面はまったくありません。とは言え、その音の配分は自然で、例えば音大の生徒が学習素材として編曲したというような習作感もなく、非常に練れたものであるように思います。

     

     そして、弦楽器奏者四人が演奏することで、ヤナーチェクが書いた旋律の甘美さと、旋律を包み込む和声の豊かさが、原曲以上に強く明瞭に感じられるようになっています。最近流行のAIでカラー彩色されたモノクロ写真のごとくに、色のついたヤナーチェクの音楽の世界が目の前に現れます。勿論、もともとのモノクロ写真があまりに素晴らしいのでそれを偏愛している訳ですが、このカラー版には、まったく抗いがたい強烈な魅力があります。

     

     しかも、新しく編曲された第2集は、たぶん原曲以上に美しい。正直なところ、ピアノ版だと、私はこの作曲家の死後に発表された部分には、第1集ほどには強い魅力は感じていませんでした。でも、このイール版で印象は完全に変わってしまいました。特に補遺は、ヴァイオリンが歌う歌謡的な旋律に、リズミカルな伴奏と自然の音を模倣したような細かい音符が絡まって、息を呑むほどに美しい音の世界を生み出している。

     

     第1集もやはり素晴らしい。第1、2、9曲の旋律美、第4曲「フリーデクの聖母マリア」の静謐な抒情、第7曲「おやすみ!」の魂を慰撫するような優しい歌、第10曲「ふくろうは飛び去らなかった」の痛みと祈りが交錯する響きの切実さと、クライマックスでテンポを落としてたっぷりと歌う旋律の懐の深さ。このあたりは、弦楽四重奏でしか得られない独特の味わいがあって特に強く印象に残ります。

     

     チェコ・フィルの弦楽器奏者による演奏は技術的にも高水準なものだと思いますが、一つ一つの音に共感と愛情をこめて、慈しむように弾いているのが実にいい。彼らは以前、ブルクハウザー版の何曲かをライヴノーツに録音していて、恐らく日常的なレパートリーとして演奏しているのでしょう。すべての表現は練りに練られていて、元々が弦楽四重奏のために書かれた曲のように自然に響いています。

     

     同じことは「霧の中で」にも当てはまります。ここでもイールの編曲の腕前は見事で、演奏もヤナーチェクの音楽を母語とする人たちから生まれたものとしか言いようがない。冒頭の旋律をヴァイオリンがヴィブラートをかけてたっぷりと歌う部分に象徴されるように、全体にアタックの音の立ち上がりが丸くなり、音の減衰も遅いことで全体に音像が広がって獏としたものになっているあたり、最初は違和感があります。でも、すぐに耳が慣れて、このファンタスティックな音楽に引きこまれてしまいます。映画の一場面を見るような視覚的な想像力を掻き立てる音色の豊かさは原曲を凌駕していて、名曲の名アレンジと言って差し支えないのではないでしょうか。演奏も、適度にゆるい運びと、適度に乾いた音色、そして、甘辛のバランスが絶妙な歌いくちが、いい。ああ、これこそまさしくヤナーチェク!と叫びたくなる。当然のことながら、彼らの弾くヤナーチェクの弦楽四重奏曲が聴きたくなります。

     

     ところで、先日、NHK-FMの「今日は一日 松本隆三昧」というのを聴いていて、大瀧詠一の名曲「君は天然色」の制作エピソードを初めて知りました。作詞の松本隆さんは、大瀧とのアルバム制作前に、まだ二十代だった妹さんを亡くしたのだそうです。大瀧は、哀しみの余りとても仕事できる状態ではなかった松本を気遣い、レコードの発売日も延期して、松本が詞を書けるようになるまで待った。

     

     松本はその大瀧の気持ちに応えて、あの「君は天然色」を作詞した。「思い出はモノクローム 色をつけてくれ」「もう一度そばにきて はなやいでうるわしのColor Girl」という歌詞の背景には、松本さんの最愛の妹さんへの思いが込められているのでした。そんなことも知らずに私はこの歌をただただ好んで聴いていて、まったく曲へのイメージが変わってしまいました。

     

     先ほど私は、この「草陰」の弦楽四重奏版は、カラー彩色したモノクロ写真みたいだと書きましたが、このCDを聴きながらついついその「君は天然色」にまつわるエピソードを思い出してしまいました。この「草陰」も、ヤナーチェクが最愛の娘オルガが亡くなったときに書かれた音楽であるということもあって、両者の音楽が結びついてしまいました。

     

     それは音楽の本質とは全然関係ないことですが、何気なく聴いている音楽の背後には、言われなければ分からないような作り手の思いが隠れていることもあるのだなと、ふと思った次第。それが正確に「情報伝達」される必要はないし、それを知らないからといって鑑賞に支障がある訳ではない。でも、知っていたら知っていたで、変な先入観にさえしなければ、音楽を多角的に楽しむ一助にはなるのかもしれません。

     

     正直、このディスクは、あまりにニッチ、マイナーで、世間的には黙殺されるディスクに違いありません。レコ芸の海外盤Reviewではどなたかが取り上げるか、という程度でしょう。しかも、このディスクの国内流通仕様盤は、なぜか出ないらしい。CDショップでも今は在庫なしになっているので、全国レベルで、私が購入した1枚しか入荷していなかったのかもしれない。

     

     私が影響力のあるブロガーだったり、情報発信力のある評論家やライターだったりすれば、「このディスクいいよ!」と一言言えば売り上げに貢献できるのかもしれませんが、私ごときには何もできません。ただ、もしもこのブログを間違って読んでしまい、なぜか興味をもってこのディスクを手にとってみて(ダウンロードして)、ヤナーチェクの音楽を楽しむような方が、世界に一人か二人くらいおられれば嬉しい。

     

     でも、例えば、何かの映画やドラマのBGMとか、ラジオ番組のエンディングテーマなんかで流せば、それなりに反応はあるんじゃないかと思うんですけれども、どうでしょうか。映画「存在の耐えられない軽さ」で流れる「草陰」の音源をこっちに入れ替えたら、また違った味わいが出ていいんじゃないかとも。ダメですかねえ。

     

     ただ録音に不満があります。録音レベルがむやみに高く、再生開始早々、いきなり大音量で鳴るので、特にヘッドフォンで聴くとびっくりする。また、明らかに電気エコー過多で、ムードミュージック的に聴こえてしまうのも玉に瑕。Arco DivaのCDは何枚か持っていますが、これまでそんなケースはなかったように思います。どういう位置づけで発売されたのでしょうか。もしかすると、イージーリスニング的なジャンル設定なのでしょうか?まあしかし、曲と演奏がいいので、目を瞑ることにします。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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    2019.08.15 Thursday

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