【演奏会 感想】にほんのうた 日本歌曲とギター 〜 中江早希(S)/五十嵐紅(G)  (2019.03.13 hall60ホール・ソワサント)

2019.03.17 Sunday

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    ・にほんのうた 日本歌曲とギター

     中江早希(S)/五十嵐紅(G)

     (2019.03.13 hall60ホール・ソワサント)

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    <<曲目>>

    越谷達之助:初恋

    木下牧子:さびしいカシの木

    武満徹:死んだ男の残したものは

    武満徹:小さな空

    宮沢賢治:星めぐりの歌

    横尾幸弘:さくらの主題による変奏曲

    信長貴富:しあわせよカタツムリにのって

    信長貴富: おぼえているかいあの春を

    信長貴富:春

    (アンコール)

    信長貴富:しあわせよカタツムリにのって

     

     

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     ギタリスト五十嵐紅が主催する「水曜のクラシック」第29回となるコンサート「にほんのうた 〜 日本歌曲とギター」を聴きました。

     

     会場は、原宿近くの「hall60 ホール・ソワサント」。ビルの地下二階にあるサロンコンサート用の小さな場所です。「水曜のクラシック」は、仕事帰りにちょっとクラシック音楽でもどうですか?というようなコンセプトの企画で、五十嵐が企画から編曲・演奏までプロデュースしている手づくり感満載の1時間ちょっとのミニ・コンサートです。

     

     出演は、人気急上昇中のソプラノ歌手、中江早希。今回は、彼女のルーツである合唱曲を中心に、伴奏をすべて五十嵐がギター用に編曲して歌い、五十嵐も、二曲のギターソロを聴かせてくれました。

     

     中江早希の歌を実演で聴くのは、2015年夏の明治学院でおこなわれたレクチャー・コンサート以来のことになります。その時の歌唱が余りに素晴らしかったので、また聴きたいと機会をうかがっていましたが、なかなか都合が合わずにこんなに間が空いてしまいました。

     

     ですから、彼女がコンサートの最初、ギターの前奏に続いて「初恋」を歌い始めたその第一声に触れたとき、「そう、これが聴きたかった、この声が聴きたかった!」と内心で叫びました。

     

    「初恋」は私の亡くなった母が好きな歌でした。母が昔、社会人の合唱団に入っていた時に歌ったそうで、私が実家にいた頃はこの曲の入ったレコードをよく聴いていました。一時期はプロの歌人を目指した時期もあったので、石川啄木の短歌をテキストとするこの曲が余計に印象に残っていたのかもしれません。

     

     私にとってはとても思い入れのある「初恋」を、他でもない中江の歌で聴けることの幸せを噛みしめながら聴きました。

     

     彼女の歌は、とにかく声が美しい。ただ惚れ惚れと聴き入ってしまう。ヴィブラートで旋律線を壊すことの一切ないクリアな歌いくちで、メロディと言葉、そして音楽のリズムを克明に聴き手の耳に届けてくれるのがいい。特に、音程のずり上げなしに高い音を一発でポンと当て、そのまま張って伸ばした声が会場いっぱいに放射されていくのを聴く快感は、いわく言い難いものがある。そう、やっぱりこれが聴きたかったのです。

     

     しかも、テキストの言葉にこまやかなニュアンスを与えて歌いつつ、神経質になったり、絶叫したりすることなく、のびのびと音楽に生命を吹き込んでいるところが本当に気持ちいい。今回は日本語の歌ばかりですから、その彼女の歌の良さをじっくりと味わうことができた気がします。

     

     武満の「死んだ男の残したものは」は、前回、彼女の歌を明治学院で聴いたときにも、ピアノ伴奏で歌っていましたが、あのときは確か安保法案改正の議論の真っ只中で、ベトナム戦争の反戦集会のために谷川俊太郎と武満徹が書いたというこの曲が、生々しいリアリティをもって響いていたのがまだ忘れられません。

     

     今回はギター伴奏ということもあって、味わいはもっとシンプルになっているものの、中江の歌は心を大きく揺さぶるものでした。特に歌の後半は、歌の主体の内側からこみ上げてくる怒りのようなものを込め、強いアクセントをつけて歌っていて、この歌の「反戦歌」としての性格を強調していたように思います。1965年初演当時、2015年夏を経て、平成最後の2019年春にもこの曲がリアリティをもって響くことの意味を改めて考えたいと思います。

     

     同じ武満の「小さな空」もとても好きな曲。これも母が亡くなった頃によく聴いていた記憶があって、私にとっては大切な思い出も沁みついています。寛いだ雰囲気の中に、幼少期の記憶をたどるセンチメンタルジャーニーの切なさをほんのりと漂わせ、しみじみといい歌を聴かせてもらいました。この曲、波多野睦美がリュート奏者のつのだたかしと組んで録音したCDを愛聴しているのですが、中江の歌も是非ディスクとして常備しておきたいと切実に思います。

     

     やなせたかしの詩に曲をつけた木下牧子の「さびしいカシの木」、そして、信長貴富の3曲は合唱の世界では有名な曲だそうですが、どれも私は初めて聴きます。合唱の原曲がどんなものなのかも当然知りません。でも、どれも耳に馴染むいい曲でした。中江自身も、どの曲も合唱で歌っていた経験があり、作曲家自身の前で歌った曲もあるとのこと。彼女の楽曲への深い愛着と作曲家への敬意がめいっぱいに込められた歌は、理屈抜きで胸を打つものでした。あまりにも清廉潔白なポジティヴな言葉と、それに呼応した「感動的」な音楽には気恥ずかしさを覚えてしまう自分もいるのですが、中江の歌声のフィジカルな魅力には到底かなわない。白旗を上げてただただうっとりと聴き入っておりました。

     

     それにしても、どうしてこんなにいい曲に普段触れる機会がないのかと思いました。せっかく木下牧子や信長貴富がいい曲を書いていて、プロアマ問わず全国の合唱団がレパートリーにしているのに、それを聴く機会はなかなか少ない。

     

     勿論、私自身のアンテナが低いだけなのでしょうが、SNSで触れる情報の中にも、日本の作曲家たちの合唱曲、合唱団の活動を見かけることは、東京混声合唱団以外にはあまりない。「合唱」というジャンル、特に日本人作曲家による合唱曲は、「吹奏楽」と同様、クラシック音楽というくくりの中では特殊な位置にあるのかもしれないと思いました。 

     

     素朴にもったいないなと思います。我が身に引き寄せて考えてみると、そもそもコンテンポラリーな合唱曲と、それらを書く人たちへの関心が低いのかもしれないなと思います。最近人気のガブリエル・ジャクソンとか、チルコット、ウィットボーンの曲くらいしか聴いていない。日本人作曲家に至ってはほぼ全滅。だから、今の作曲家がどんな曲を書いているかも知りようがない。

     

     それは私の知的怠慢としか言いようがありません。でも、中江のような素敵な歌手が伝道師となって、これからも私たちに合唱曲の魅力を知らしめてくれれば状況は変えられるように思います。実際、これからもこういう活動を続けていきたいと希望を口にしてもいましたから、ぜひとも実現してほしい。私自身も、もうちょっと意識をもって、洋の東西を問わずコンテンポラリーな合唱曲に触れてみるつもりです。きっと未知の音楽の中には宝物がたくさんあるはず。

     

     ところで、「小さな空」を歌い始める前、中江は客席に向かって「この曲を知っている人がいたら、一緒に歌ってください」と言いました。さすがに誰も賛同はしていませんでしたが、彼女の気持ちは嬉しく受け取りました。一緒に歌えたら何て素晴らしいことだろうかと。

     

     つい最近、私が大好きなシンガーソングライターの川村結花(「夜空ノムコウ」の作曲者)が「うたごえ喫茶」復活ということで、ライヴで客席と一緒になって「懐メロ」を歌う企画を始めました。これいいなあと思うのですが、そう言えば、川村も中江と同じく北海道出身者でした。こんなことを言うと統計のねつ造だといわれるかもしれませんが、北海道の人、特に女性は「一緒に歌う」ということに大きな価値を置いているのかもしれません。いや、そんなことはないか・・・。いくらなんでも母数が少なすぎる。

     

     でも、いつの日か、中江早希がピアノのある喫茶店とかバーなんかで歌って、客席と一緒になってみんなで歌う、みたいな演奏会があったら愉しいだろうなあと真剣に思います。

     

     ギターの五十嵐の演奏は、ソロの二曲も含め、その穏やかでシャイなトークと同じく、自己の存在をことさら主張する訳ではなく、非常に慎ましく奥ゆかしい演奏を聴かせてくれました。編曲もどれもうまくいっていて、各曲の味わいを十全に引き出してくれていたのが嬉しい。決して派手な人ではありませんが、地道で着実な活動の中で、良質の音楽を届けようとしてくれる音楽家の存在はとても心強いものがあります。

     

     ともあれ、今回、中江早希の歌を久々に聴いて、前回私が「この人は!」と思ったのは間違いなかった、私の目に狂いはなかったと確信を深めました。これからも彼女の歌を聴き続けていきたいと思います。

     

    ※この写真は、アンコール時に「写真撮影OKです」ということで客席から撮影したものです

     

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    2019.05.08 Wednesday

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