【ディスク 感想】チャップリン/映画音楽集 〜 オリジナル・サウント・トラック集
2019.04.14 Sunday
・チャップリン/映画音楽集
オリジナル・サウント・トラック集(Le Chant Du Monde)
→詳細はコチラ(Tower)
【曲目】
[CD1]
1931-1952〜ハリウッドにて作曲
「街の灯」(1931)
「モダン・タイムス」(1936)
「独裁者」(1940)
「黄金狂時代」(1925/1942)
「殺人狂時代」(1947)
「ライムライト」(1952)
「独裁者」(1942)
「殺人狂時代」(1947)
[CD2]
1957-1976〜コルシエ=シュル=ヴヴェイ(スイス)にて作曲
「ニューヨークの王様」(1957)
「犬の生活」(1959)
「担へ銃」(1959)
「犬の生活」(1918)
「担へ銃」(1918)
「偽牧師」(1923)
「サーカス」(1928/1968)
「キッド」(1921/1971)
「のらくら」(1921/1971)
「給料日」(1922/1972)
「一日の行楽」(1919/1973)
「サニーサイド」(1919/1974)
「巴里の女性」(1923/1976)
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チャーリー・チャップリンの生誕130周年記念として、「Film Music Anthology」なる2枚組のCDがリリースされました。チャップリンの映画の文字通りのサウンドトラック、つまり映画で実際に使われた音源をCD化したものです。レーベルは、久しぶりに名前を聞くような気がする仏ル・シャン・デュ・モンド。
当盤に収録されているのは、短編の「犬の生活」「担え銃」「偽牧師」「ザ・キッド」「のらくら」「給料日」「一日の行楽」「サニーサイド」、そして「黄金狂時代」「サーカス」「街の灯」「モダンタイムズ」「独裁者」「殺人狂時代」「ライムライト」「ニューヨークの王様」「巴里の女性」の音楽。つまり彼の代表作の映画音楽がもれなく収録されているのです。
勿論、歌も収録されている。チャップリン自身が歌う「サーカス」のテーマ曲、「モダンタイムズ」の「ティティナ」、「ライムライト」の3曲、「ニューヨークの王様」の3曲(歌はチャップリン、シャニ・ウェイルス、ジョイ・ニコルス)、「偽牧師」のマット・ムンロが歌う主題歌が、いずれも映画の音源をそのまま聴くことができる。しかも、「独裁者」で流れる「ローエングリン」「ハンガリー舞曲第5番」もしっかり収録されているのです。ただ、「ライムライト」の最後、バスター・キートンと共演するヴァイオリンとピアノのショートコントの音声が抜けているのが惜しいですが、ここまで網羅してもらえれば贅沢。
いや、それだけではない。「独裁者」のラスト、独裁者ヒンケルにすり替わった床屋の有名な演説、「殺人狂時代」のヴェルドゥの法廷でのスピーチまで収録されている。まったく嬉しい心遣いです。
アルバム全体を通して聴いてみると、チャップリンのメロディーメーカーとしての類稀なる才能を実感することができるのは言うまでもありません。ヒット曲も、ただの「劇伴」も、そして、無声、トーキー、どちらのフォーマットの映画であっても、人なつっこくて甘い旋律がひと時たりとも耳を離しません。
特にサイレント時代の映画は、スクリーン上の登場人物の体の動きやストーリー展開が、音楽と不可分な状況で作られていますから、映画を知って聴くと、その音楽がどれほど映像とうまくシンクロしていたかがよく分かる。考えてみれば、チャップリンはもともとパントマイマーというより、ボードヴィリアンとして活躍していた訳で、彼にとって演技と音楽とはいつも一緒にあるものだったのでしょう。彼の無声映画での登場人物の動きは、バレエほどに様式化されたものではなく、人の日常的な所作・動作をデフォルメして面白おかしくしたもの。言葉を介さずとも観衆に伝わることを意図した音楽は、もうそれだけで映画の場面を暗示するような力を持っている。そのことに改めて気づき、チャップリンという人のマルチ映画作家としてのけた外れの才能と実力、そして何より映画への愛情が感じられました。
映画を観ているときにはあまり感じなかったことですが、各曲をオーケストラ・アレンジした人たちの腕のたしかさにも舌を巻きます。後期ロマン派から20世紀初頭にかけてのクラシック音楽の手法に則って編曲されていて、R.シュトラウスからコルンゴルドのごときリッチな響きや、チャイコフスキーやラフマニノフばりのメランコリックで濃厚な叙情がふんだんに散りばめられています。ほとんどすべての曲がオーケストラに編曲(一部、ジャズやカントリーがある)されてこともあって、当盤はちょっとした「チャップリン管弦楽小品集」と呼びたいくらいに立派なものに仕上がっているのではないでしょうか。
録音はすべてモノラルですべてにおいてナローでローファイ、録音年代もまちまちなので音質もばらついています。何のかんのと言って、映像があってこそ輝く音楽ではあるので、チャップリンの映画を観たことのない人、興味のない人が聴きとおすのは難しいかもしれない。でも、痩せていてノイジーな音の中から浮かび上がる音楽は美しい。
演奏も、今の水準からすればオケは全然巧くない。もう二度とこんな音楽は聴けないだろうというほどに、今の時代の演奏とはスタイルから何から何まで「古い」。でも、最近、カール・デイヴィスらが聴かせてくれるような、今のオーケストラで万全に演奏されたものは、きれいすぎて物足りなさを感じてしまう。ピッチ不揃いで、ヴィブラートとポルタメントの乱用が目立つサントラ盤を、ああこれだよなと頷きながら嬉々として聴いている自分がいます。
要するに、チャップリン好きにとっては、たまらない音盤なのです。これまでもこういう企画盤はあったのかもしれませんが、私には待望のものです。これから映像なしでもあの映画と同じ音の「スマイル」や「ティティナ」、「ライムライト」、そして「ザ・キッド」も聴ける。どの音楽も、映像がなくても胸に刺さる。刺さりまくって、洪水を引き起こす。
ほんのちょっとだけ、各映画音楽を聴いて感じたことについて書いておきます。
まず、「モダンタイムズ」の「ティティナ」。映画そのままの音が全部入っていますから、音楽だけでなく、チャップリンの靴の音、特に摺り足の音もリアルに聴こえてくる。そして、チャップリンのデタラメなフランス語(いろいろ英語も聞こえてくる。まさにタモリのハナモゲラ語のご先祖さま)も、余計におかしく聴こえる。
「独裁者」でヒンケルが地球儀と戯れる印象的なシーンの後ろで流れる「ローエングリン」第1幕への前奏曲は、そりゃあワーグナーの演奏としてどうかと言われれば答えに窮しますが、とろけそうなくらいに甘ったるくて美しい。あれ、こんなに「いい演奏」だったっけと思うくらい。続けて聴こえる「ハンガリー舞曲」は、曲頭のラジオ放送のアナウンスも入っているので、音楽に合わせて客の髭を剃る床屋の姿を彷彿とさせます。
でも、やはり「モダンタイムズ」のラストシーンで流れる「スマイル」、映像なしでもやはり素晴らしい。リッチなオーケストラの響きに乗ってあの名旋律が歌われるとき、何度も何度も聴いてきたのに、鳥肌が立ってしまいます。チャップリンが、ポーレット・ゴダートに「Smile!」と口角を上げるように告げるシーンを思い出して、明日もとりあえず生きようと思えます。
いや、やはり「独裁者」の演説もいい。これも非常に惜しいのは、ひとしきり演説が終わって、ハンナに「聞こえるかい?」と呼びかける最後の部分がカットされていること。あそこからエンディングまでも素晴らしい「演説」なのに。でも、やはり彼が身の危険を冒してまでも観客に訴えかけた叫びには打たれずにいられません。音だけで聴くと、一つ一つの言葉が映像とはまた違う迫り方をしてきます。そこがいい。
今年、チャップリンの映画はどこかで上映されるのでしょうか。私はいくつかの映画を何度か映画館で観ましたし、テレビやDVDで何度も何度も繰り返し見てきました。やはり何と言っても映画館で見たい映画です。ともあれ、記念すべきアニバーサリーイヤー、チャップリンの映画について私なりに考えを深めていきたいと思います。
※当盤ではこのシーンの音楽は未収録