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2019.06.03 Monday

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    【ディスク 感想】タンゴ・ジェラシー、ホラ・スタッカート 〜 デンマークとルーマニアの小品集 〜 ミハエラ・オプレア(Vn) 、 ヤコブ・アルスゴー・ベーア(P)

    2019.06.03 Monday

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      ・タンゴ・ジェラシー、ホラ・スタッカート 〜 デンマークとルーマニアの小品集

       ミハエラ・オプレア(Vn) 、 ヤコブ・アルスゴー・ベーア(P)(Danacord)

       →詳細はコチラ(Tower/HMV)

       

       

       

       

       

      <<曲目>>

      ・ニルス・W・ゲーゼ(1817-1890):カプリッチョ/

      ・ジョルジェ・エネスク(1881-1955):協奏的即興曲/

      ・カール・ニルセン(1865-1931):ロマンス(幻想的小品 FS8(Op.2)から)/

      ・コンスタンティン・C・ノッタラ(1890-1951):シチリアーナ(Siciliana)Op.1 no.1/

      ・カール・ニルセン(1865-1931):花よ、ただ頭(こうべ)をしずめなさい/

      ・チプリアン・ポルムベスク(1853-1883):バラード/

      ・コンスタンティン・ディミトレスク(1847-1928):農民の踊り Op.15/

      ・ミルチャ・キリアク(1919-1994):セレナード/

      ・エーギル・ハーダー(1917-1997):ロマンス第1番 ニ長調/

      ・フィニ・ヘンリケス(1867-1940):子守歌/

      ・ジョルジェ・エネスク(1881-1955):バラード/

      ・ニルス・W・ゲーゼ(1817-1890):結婚ワルツ(バレエ《民話》から)/

      ・グリゴラシュ・ディニク(1889-1949):ホラ・スタッカート/

      ・ヤコブ・ゲーゼ(1879-1963)タンゴ・ジェラシー

       

       

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       先ごろ話題になった作家の津原泰水氏の文庫本出版中止問題は、出版社の社長の公式謝罪とツイートアカウント削除であっけなく幕引きとなりました。本来問題にすべき出版中止の原因とその経緯についてはほとんど議論も検証もされないまま、対応が突然打ち切られたように見えるのですが、気のせいでしょうか。

       

       さて、今回の一連の騒ぎの中では、出版社の社長が津原氏の著書の実売部数をTwitterで暴露し、メディアを巻き込んで大炎上しました。部数公表の何が悪いのかという意見もありますが、多くの作家が部数公表に対して怒りを露わにしていましたし、社長の謝罪は主に「内部に留めておくべき情報を公表した」点についてでした。社長の暴露行為は、違法ではないにせよ、出版側のモラルとしてNGだったのでしょう。

       

       一介の読み手に過ぎない私から見ても、出版社の社長が作家に向かって「お前の本は売れてない」と公衆の面前で数字を晒して非難するという行為は、作家と本への敬意と愛情を欠いた酷いものだと思いました。しかも、これが自社のベストセラー本への批判の報復のようなかたちでなされた(ようにしか見えない)ことが、まったく信じがたい。「売れている本だけが良い本、それ以外はダメな本」みたいな、非常につまらない貧しい思想しか透けて見えてこない。件の社長のことはこれまで関心がまったくなかったのですが、「嫌い」という感情をはっきり持つようになりました。

       

       渦中の出版社が素晴らしい本をいくつも出しているのは、私も知っています。これまでもその会社から出た本をたくさん読んできましたし、主催のイベントにも何度か参加してもいます。でも、今回の件に対する一人の消費者の態度表明として、津原氏を応援すべく氏の著書(他社刊)を何冊か購入しました。まず、河出文庫の「11」を読み始めているところです。社会に対しては何の影響も与えない自己満足に過ぎませんけれども。

       

       ところで、クラシック音楽のCDの実売枚数ってどれくらいなんでしょうか?昔、びっくりするくらい少ないよと聞いたこともありますが、マイナーな輸入盤ともなれば相当にシビアな話になってしまうのかもしれません。マイナーレーベルのCDを買い、得体の知れない演奏家による誰も知らないようなマイナーな音楽を聴いて悦に入っているファンは、クラシック好き界隈の中では若い人の言う「陰キャ」なのでしょう。

       

       例えば、つい最近リリースされたデンマークのレーベル、Danacordから出た「デンマークとルーマニアのヴァイオリン小品集」というアルバムを聴いて喜んでいる私も、そういう一人なのかもしれません。

       

       演奏しているのは、デンマークの南ユラン交響楽団(South Denmark Philharmonic)の第2ヴァイオリン首席奏者ミハエラ・オプレアと、同じくデンマークを中心に活躍するピアニスト兼作曲家ヤコビ・アルスガード・バール。

       

       このアルバム、いいんです、とっても。

       

       何より選曲が素敵です。オプレアの出身地であるルーマニアと、二人の演奏家が活動拠点としているデンマークの音楽がほぼ交互に選ばれているのですが、作曲家の顔ぶれは多彩。

       

       ニルス・ガーデ、エネスク、ニールセンと言ったメジャーどころの他、コンスタンティン・C・ノッタラ、コンスタンティン・ディミトレスク、エーギル・ハーダー、ミルチャ・キリアク、フィニ・ヘンリケス。私が知らないだけなのかもしれませんが、まったく未知の人たちばかりで、恥ずかしながら、大作曲家たちの作品も含めて初めて聴く曲が大半を占めています。例外として、ディニークの「ホラ・スタッカート」、J.ゲーゼの「タンゴ・ジェラシー」、かつて天満敦子が弾いて有名になったポルムベスクの「望郷のバラード」が収録されていますが。

       

       しかし、マイナーである理由がまったく思いつかないくらいの佳曲揃いです。すぐに覚えて口ずさめるようなシンプルできれいな旋律、時にセンチメンタルな和声を挿みながら彩りを与える響きに満ち溢れていて、一定の枠の中に手堅くきっちり収められた構成を持ちながら、作曲家それぞれの固有の筆致がそこに感じられる。

       

       優雅で品がありながら陰翳に富んだ歌が交差する美しいノッタラの「シチリアーナ」。3度を中心とした重音奏法を多用したメランコリックな旋律(ドヴォルザークのスラヴ舞曲Op.72-2を想起)が胸に迫るキリアクの「セレナード」。朝の連ドラのテーマ曲に使えそうなのびやかな旋律が耳に心地良いハーダーの「ロマンス第1番」、文字通りに子供を寝かしつけるのにうってつけの優しいメロディが微笑みを誘うヘンリケスの「子守歌」。このうち、ハーダーのロマンスは、内気な作曲者が好きな女性に愛を告白するために書かれた曲で、これが縁でその女性と結婚したなどというエピソードがライナーノートに書かれています。何と小市民的で、何と胸キュンな音楽でしょうか。

       

       大作曲家たちの小品たちも素晴らしい。エネスコの「協奏的即興曲」の中間部の意外なほどにセンチメンタルな歌の横溢と、「バラード」での静かな情熱を内に秘めて吐露される熱い思いは特に印象に残ります。あの屹立する交響曲たちの立ち姿からは想像もつかないほどに甘く優しく哀しい叙情が耳を引くニールセンの「花よ、ただ頭(こうべ)をしずめなさい」、N・ガーデのスケールの大きなカプリッチョや、素朴きわまりない「結婚ワルツ」も実にいい。

       

       そして、ルーマニアの音楽は聴く前に想像していたよりも「民族色」は薄く、デンマークの音楽と並べて聴いても違和感もない。まったく異なる出自を持った音楽が、調和を保ちながら共存している。そのさまの美しさもまた、このアルバムの大きな魅力です。

       

       思うのですが、マイナーな曲には、マイナーであるだけの理由はあるのでしょう。いや、マイナーである理由を後付けするのは可能、という方が正確かもしれない。ともかく、不特定多数の聴き手の心をつかむような「華」がない理由を、音楽学的な何らかの弱点や欠陥、演奏の技術的な難しさなど、いろんな理屈をくっつけて説明することはできるのでしょう。

       

       でも、ただただ「運」が悪くてマイナーな扱いに甘んじている不幸な音楽も、結構あるんじゃないかと思います。音楽の良さに見合うような紹介がちゃんとなされていなかった、そもそも紹介する人(演奏家、評論家、プロデューサー)がいなかった、そういう音楽にスポットライトが当てられる場もなかった。そういう意味での「運」。

       

       その点、私がこのブログでずっと一人で騒いできたアザラシヴィリの「無言歌」は運が良かった。長い間、この曲は、ごくごく一部の狭い範囲の聴き手、弾き手の間でしか知られていませんでした。しかし、指揮者の山田和樹氏がFM番組でこの曲を紹介したところ、一気に人気が高まったのです。その突然のブレイクは、この曲の良さを紹介する人と場が与えられたからこそ、あり得たことと言えるでしょう。

       

       このアルバムに収められた「どマイナー」な音楽たちが、アザラシヴィリのようにブレイクする可能性はどれくらいあるでしょうか。その便益分析は、私のような気楽な素人の聴き手には手に余りますが、いくつかの曲は十分に「金の卵」たる資格はあるように思います。

       

       例えば、キリアクの「セレナーデ」やノッタラの「シチリアーナ」。これらの曲をYouTubeで検索してみると、アマチュアの演奏家がUpした動画を複数見つけることができます。何かの教則本に載っていて、彼ら彼女らがその練習の成果を披露しているのでしょうか。それならなおのこと、これらの曲のプロによる演奏を聴きたいというニーズはあるのではないかと思えます。

       

       そのようなことを考えていくと、このオプレアのアルバムが何かのきっかけで突然ブレイクする可能性はゼロではないと思います。いや、デンマークではもう既に売れているのかもしれない。このオプレアはデンマークでは人気のある音楽家のようで、YouTubeやオーケストラのサイトでも彼女の姿を見ることができるからです。おらが町のオケのルーマニア出身の魅力的なヴァイオリニストと慕われているらしい。そんなところから、枚数は少なくても、これが売れる理由は必ずどこかにあると思うのですが、それは贔屓の引き倒しでしょうか。甘いでしょうか。

       

       演奏についてですが、これらの頬ずりしたくなるほどに愛おしい小品たちを、オプレアとベーアの二人のデンマーク在住の演奏家は、丁寧に、折り目正しく、そして愛情を込めて弾いています。弓の毛を何本も切るような激しい身振りとか、急カーブをブレーキを踏まずに曲がり切るようなリスキーな展開はどこにもない。どちらも聴き手を圧倒するような強烈な個性の持ち主ではなく、ひたすら他との差別化を狙って世界市場に打って出るぞ、みたいなギラギラとした競争心の欠片もない。これ見よがしにやってる感満載のケレンは微塵もない。

       

       有名な作品もどれも着実で安定した演奏です。特にブレのないボウイングは危なげがなく、アルバムのタイトル曲「ホラ・スタッカート」もテンポは遅めでちょっと大人しい(なるべく一弓では弾いているみたいですが)し、情熱的なタンゴ「ジェラシー」もさっぱりした薄味系。随所で高度な演奏技術を垣間見せつつも、それが前面に押し出される瞬間はほとんどない。

       

       このように、どの曲も売れ筋の演奏に備わっている「華」とは縁遠く、地味でのんびり穏やかな演奏ばかり。でも、それがいい。聴いていて、ただただ楽曲の良さを純粋に安心して味わうことができるからです。高級レストランの目玉が飛び出そうな金額の料理ではなく、近所のおばさんが作ってくれる胃に優しい家庭料理のような滋味が嬉しい。人なつっこくて柔らかい表情が愛おしい。こういう演奏を好きな「同志」は、特に北欧の音楽を好きな方々の中には一定数おられるような気もするのですが、どうでしょうか。

       

       さっきの「マイナーな曲」の話に戻りますが、ある音楽がマイナーであるということは、それを聴かない人たちにとっての理由にしかならないような気がします。中にはマイナーな曲だから聴くというマニアもいるでしょうが、その音楽を自らの意志で選びとって聴く人にとっては、それがメジャーかマイナーかはもはやどうでもいいことのはずです。ただただ自分の好奇心に突き動かされて、その曲へと辿り着いたに違いありません。少なくとも私はそうです。

       

       ニッチな音楽を「多くの人が聴かない(買わない)」理由よりも、「少数の人が聴く(買う)」理由を大切にする。ヨーロッパのマイナーレーベルが面白いディスクを出し続けていられるのは、そんな姿勢を崩していないからなのではないかと思います。グローバルニッチなどという言葉が言われる昨今、そうした傾向はますます強まっていくのではないでしょうか。それはなかなかに愉快な展開です。


       ただ、今は、音盤を通して自分から能動的に未知のマイナー音楽を探す聴き手の数は、かつてより激減している。それは間違いありません。質の高い注目のコンサートのチケットが売れないことをもったいないと嘆く良心的なファンはそれなりにおられても、隠れた名盤がさっぱり売れないことに淋しさを感じる音盤ファンは絶滅危惧種に近くなってしまっている。世界的な傾向としても、音楽の聴き手は未知のものにお金をかけなくなっていると何かで読んだ記憶があります。知っているもの、分かっているもの、巷の評価の高いものはどんどん消費するのに。

       

       そんな環境で、小さなレコード会社がきちんと持続的な経営をしていくのは並大抵のことではないはず。でも、このオプレアのディスクを聴くと、いやいやまだまだ大丈夫と思いたくなる。こんなに魅力的なアルバムが生まれていることが、たとえ数は少なくともファンに伝わらない訳がない。

       

       世界的なCD衰退の流れはもはや止められないのかもしれませんが、大ヒット、大ベストセラーにはならず、超ニッチなところでしか成立しないものばかりになっても、それらが大きな広がりと奥行きをもって共存できていれば、多様で豊かな「場」は生き続けていくものと信じています。

       

       いいアルバムを聴くと、誰かに直接伝えたくなるものです。さて、誰に紹介しましょうか。

       

      ■キリアクの「セレナーダ」

       

      ■キリアクの「セレナーダ」の歌版。

       

      ■ハーダーの「ロマンス第1番」

       

      ■ニールセンの「ロマンス」

       

      ■ホラ・スタッカートのライヴ

       

      ■タンゴ・ジェラシーの無伴奏版が聴ける

       

       

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