【ライヴ 感想】薬師丸ひろ子 コンサート2019 東京公演 (2019.10.19 東京国際フォーラム ホールA)
2019.10.21 Monday
ほぼ一年ぶりに薬師丸ひろ子のコンサートを聴きました。今回の会場は、彼女にとって初登場となる東京国際フォーラムのホールA。5000席入る巨大なホールは、彼女と同世代以上の男女でぎっしり埋め尽くされていました。昨年のオーチャードライヴの映像が何度も流れたり、最近も三陸鉄道の島越駅で朝ドラ「あまちゃん」の劇中歌「潮騒のメモリー」を披露した模様が放映されたりで、歌手としての彼女の活動がより広く知られることになってきたということの表れでしょうか。
今回のコンサートの曲目構成は、お馴染みのヒット曲に加え、昨年発売のオリジナルアルバム「エトワール」の収録曲と、これまで彼女がライヴで余り歌ってこなかった曲を組み合わせたもの。バックバンドも不動の弦一徹らを中心とした人たちなので、ほぼいつも通りの薬師丸ひろ子のコンサートだったと言えます。途中で休憩を挟むスタイルも定着してきたのでしょうか。第一部が終わったとき、近くの席から「ああ、休憩あるんだ。良かった」と安堵する声が聴こえたのが印象的でした。
目新しい点と言えば、アンコールで「潮騒のメモリー」を取り上げ、続けて松任谷由実の「守ってあげたい」のカバーを歌ったこと。そして、舞台の照明に工夫が凝らされていたこと。ワイヤーで吊るされたいくつもの電球が自由に動き、時に鳥の翼のように羽ばたいたり、天井から雪のように降ってきたりと美しい情景を見せてくれていました。MCが昨年の公演に比べると幾分少な目だったところも、ちょっと違うでしょうか。
そんな今年の公演を聴いて思ったことは、彼女の歌が安定してきたなということでした。技術的な面でも、表現の面でも危なげがなくて、その類稀な歌声と珠玉の楽曲の両方をじっくりと味わえた。しかし、だからと言って安全運転に傾いていた訳ではありません。ここぞというところでは、言葉の意味の軽重に合わせてアクセルをグッと踏んで歌いこんでいて、「歌を通して言葉がはっきり伝わる」という薬師丸ひろ子の歌の一番いいところは存分に楽しませてもらいました。
例えば、目下の最新盤「エトワール」の中の「野の花」「窓」「アナタノコトバ」、そしてアンコールの最後で歌ったタイトル曲が良かった。どの曲も、音域や音程の飛び方などの点で、歌うのには難しい曲ばかりのはずです。しかし、彼女はそれらをほとんど瑕もなくきれいに歌い上げていて、まったくもって見事なものでした。それ以上に、歌声には「これは私自身を一番切実に表現しているのだ!私は今これが一番歌いたいんだ!」というような、表現者としての、のっぴきならない欲求が満ち溢れていていて胸を打たれました。
特に「アナタノコトバ」。彼女自身が作詞したこともあって、「争いのない世界なんてない それでも それでも それでも今日を良く生きよう」という言葉には、祈りにも似た感情が込められているようでした。ほんとこの歌詞の通り、そうだよなあと深く頷きながら聴き入ってしまいました。
もう一曲、自身が作詞した「エトワール」も同様でした。その中の「灯台」という言葉には彼女自身深い思い入れがあるようで、今回初めて彼女がプロデュースしたグッズにも灯台が描かれています。彼女の内面にある、夜を照らし、迷える人々に位置と方角を知らせる光を灯す存在になりたいという大きな願いが、慈愛に満ちた歌声の中から聴こえてきたように思いました。
思えば、彼女の持ち曲の詞では、「夜」や「闇」がとても大きな意味を持っています。例えば「探偵物語」「Wの悲劇」「素敵な恋の忘れ方」といったヒット曲の舞台は夜ですし、自身が好きな曲と言う「風に乗って」は夕暮れの街から「今夜」への思いが歌われます。「エトワール」の曲も夜、闇、星などといった言葉が大きな意味を持ちます。その他にもいくらでも例を挙げることは可能でしょう。それは多くの作り手が彼女の歌声は「夜」、あるいは「暗闇」の中でこそ映えると考えていることの証左なのかもしれません。
だからという訳ではないのですが、私が薬師丸ひろ子の歌を聴きたいと思うのは夜がほとんどです。勿論、日中に聴いても良いけれど、どうしても彼女の歌を聴かずにいられない、今聴かないと生きていけないかもしれないと思い詰めて聴くのは、夜です。一日の終わり、彼女の歌を聴くことで気持ちを鎮めたり、明日への活力を得たりして、これまで生き長らえてきたように思います。思うようにいかないこと、うまくいかないことがあっても、薬師丸ひろ子の歌を聴いていると「それでも生きよう」という気になる。
彼女自身が今回のコンサートのMCで言っていた「灯台のような存在になりたい」という言葉は、もうとっくの昔から実現されているということになるのでしょう。ああ、何とありがたい存在だろうかと感謝したくなります。
今回のレア曲シリーズでは、松本隆詞/井上陽水曲の「ローズティーはいかが?」と、玉置浩二が作曲した「胸の振り子」が歌われました。どちらも好きな曲ですが、後者は私自身の青春時代のさまざまな思い出にまみれていることもあり、ずっと前から生で聴きたいと渇望していました。なのに待てど暮らせど聴く機会は訪れず、大人の事情でこの曲を封印してしまったのかと諦めていたところでしたから、ようやく聴くことができて私はもう天にも舞い上がる思いでした。
しかし、実際に聴く前に思い描いていたほどに、持って行かれるという体験を得られなかったのは、期待が余りにも大きすぎたからでしょうか。彼女の歌自体には不満はなかったし、バックの演奏も良かったのですが、この歌は大きなオーケストラとの共演で聴いてみたいという思いが募ってくるのでした。「神が咎めたってあなたを愛する」「千の剣だって私は受ける」という重みのある言葉を支えるのは、バンドじゃなくて、オケだろうと。そんな夢が実現するのかどうかは分かりませんが、彼女には最近流行りのオケ+ポピュラー歌手の共演にチャレンジしてほしいと思いました。とは言え、そんなのは小さな瑕で、ようやく彼女の歌う「胸の振り子」が聴けたのは望外の喜びでした。
アンコールでは、台風被害に遭って再び不通区間ができてしまった三陸鉄道への復興の願いを込めて「潮騒のメモリ」をしっとりと歌い、その後、ユーミンの「守ってあげたい」へと続けました(後者は彼女の主演映画「ねらわれた学園」の主題曲)。もはや彼女は日本を救う女神さまなんじゃないかと思うくらい、慈悲と慈愛に満ちた歌を聴かせてくれました。
他の曲でも、例えば「Wの悲劇」や「コール」でも、彼女はやや抑えめのトーンで歌っていたのですが、そこには懇願するような、祈るような静かな感情が込められていて、ぐっと胸に迫る歌を聴くことができました。
これに「胸の振り子」の歌詞なんかも併せて考えると、日本を守るためには自衛隊も武器も必要だけれど、それ以上に大切なのは「守り神」としての薬師丸ひろ子のような存在なんじゃないかとさえ思いました。勿論、そんな論は非現実的な妄想にすぎないのですが、そう感じずにはいられないほどに彼女の歌が神々しかったのです。「潮騒」の「千円返して」というようなちょっとふざけた言葉も、女神様の歌の中ではちゃんと居場所があって、むしろ可笑しかった。
・・・と、そんなことを考えながら、2時間余りのコンサートを夢中で楽しみました。コンサート中は、誰も立ち上がらず、手拍子もほとんどなく、「客席に糊がついているんじゃないか」というくらいに穏やかなコンサートでしたが、終演後はあたたかくも熱狂的な拍手が結構続きました。大成功だったんじゃないかと思います。
彼女のライヴは、今週26日の追加公演でももう一度聴くことができます。そこで私は何を感じることができるのでしょうか。今から楽しみでなりません。