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2020.08.03 Monday

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    CDショップが恋しい 〜「ケンプ、バッハを弾く」をめぐって

    2020.04.25 Saturday

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      ・ケンプ、バッハを弾く

       →詳細はコチラ(Tower/HMV)

       

       

       

       

       

       

       

      <<曲目>>

      J.S.バッハ:
      1. コラール前奏曲《来れ、異教徒の救い主よ》BWV659
      2. コラール前奏曲《いまぞその時》BWV307、734から
      3. シチリアーノ(フルート・ソナタ第2番BWV1031)
      4. オルガン・コラール《わが心の切なる願い》BWV727から
      5. 主よ、人の望みの喜びよ(カンタータ第147番《心と口と行いと生命もて》BWV147
      6. コラール前奏曲《甘き喜びのうちに》BWV751

      7. コラール前奏曲《神よ、われら汝に感謝す》BWV29から

      ヘンデル:
      8. メヌエット ト短調

      J.S.バッハ:
      9. コラール前奏曲《目をさませと呼ぶ声が聞こえ》BWV140
      10. ラルゴ(チェンバロ協奏曲ヘ短調BWV1056から)
      11. コラール前奏曲《主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる》BWV639

      グルック:
      12. バレエ音楽《オルフェオの嘆き》(《オルフェオとエウリディーチェ》から)
      13. 精霊の踊り(《オルフェオとエウリディーチェ》から)

       

       

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       ああ、CDショップが恋しい。CDを買いに行きたい。

       

       今回のコロナ騒ぎを受けて、CDショップはどこもかしこも休業になってしまいました。考えてみたらもう1か月以上、リアル店舗で音盤を買っていません。

       

       そんなのあり得ない。

       

       コンサートが軒並み中止や延期になっているのも辛いですが、CDショップが最大のパワースポットの一つである私にはまったく耐えがたい状況です。

       

       CDショップと言えば、タワーレコード渋谷店 7Fのクラシック売場では、昨秋から最近までずっと「ケンプ、バッハを弾く」と題されたアルバムが大ベストセラーになっていました。数々の話題盤を差し置いて、何度も売り上げチャートの1位を獲得していたのです。

       

       これはタワレコ渋谷店だけで見られた、特殊な現象でした。他の店舗ではそんなことはなかったし、雑誌などで取り上げられて話題になった訳でもない。レコ芸巻末で同店の売り上げランキングを見て、一体何が起きているのかと不思議に思った人も多いことでしょう。往年のピアニストのマイナーな旧譜が突然なぜ?と。

       

       しかし、異例のヒットの理由は至って簡単です。店内BGMとして、死ぬほど頻繁にかかっていたのです。サブリミナルかと言いたくなるほどの超ヘビーローテーションで、その音に引きつけられてCDを購入した人が続出した。店員さんに確認した訳ではないのですが、きっとそうに違いない。

       

       件のアルバムは、往年の名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプが1975年4月に録音したバッハの小品集です。文字通り、バッハの有名な作品をケンプ自身が編曲したナンバーが収められていて、ヘンデルとグルックの作品も入っています。もちろんアナログ録音。

       

       オリジナルのLPは1976年8月に発売 (MG1015)されたものですが、ユニバーサルレーベルが昨年9月にリリースした「クラシックの100枚」というシリーズの一環で再発売されました。ジャケット含めてオリジナルの形ではかなり久しぶりの再発売か初めてのはず(タワレコの復刻シリーズでは平均律との組み合わせの二枚組で入手可能)。

       

      「クラシックの100枚」シリーズでは、ユニバーサルとタワレコがタッグを組み、俳優の玉木宏を宣伝写真に起用するなど大掛かりなキャンペーンを展開していました。ところが渋谷店は独自路線を歩み、ケンプのバッハを同シリーズの顔として位置づけて猛烈にプッシュしていました。どういう経緯でこのCDが選ばれたのかは知りませんが、とにかくこれが大成功だった。

       

       本来、客側の立場から言うと、ショップのBGMはこちらが選べない以上、ここまで執拗な宣伝は暴力的です。しかし、実際にこのディスクが店内に流れる場に居合わせた方なら同意して頂けると思うのですが、とてもいいのです、これが。

       

       話題の新譜がひとしきり再生された後、ケンプの弾く「主よ人の望みの喜びよ」が静かに流れ始める。ピアノの甘い音色が穏やかに、柔らかく、豊かに空間を満たしていく。と、その瞬間にフロアの雰囲気が一変する。空気中のあらゆる粒子の運動が鎮まって浄められ、時間の進み方もちょっと緩む。そして、深煎りしたコーヒーのような香ばしくてコクのある香りが立ちのぼってくる。

       

       続けて、「来たれ、異教徒の救い主よ」「甘き喜びのうちに」、ヴァイオリンのためのパルティータ第3番のプレリュードが原曲のカンタータ第29番「神よ、われら何時に感謝す」前奏曲など数曲がかかります。

       

       ケンプの演奏はいささか古風でユルいし、カンタータ第29番では音楽の盛り上がりに指がついていけていない。「おじいちゃん、頑張って!」とつい手に汗握る瞬間もある。しかし、何度「聴かされ」ても、「ああ、ええなあ」と、適温の浴槽に身を沈めたときのような声を出しそうになってしまうののです。名人芸的な絶妙の間合い、気品あふれる語り口、複雑な色合いのまろやかな音色、ゆるぎないリズム、どれもが五臓六腑に沁みわたる。歳をとったからでしょうか、こういう音楽にはめっぽう弱くなっているのは間違いないのですが、マジックです。

       

       レコード店、CDショップに行くようになってかれこれ40年以上経ち、BGMを聴いて衝動買いをした経験は幾度となくありますが、こんな魔法のような瞬間を経験した記憶は、ほとんどありません。

       

       そうなると、この音盤が欲しくなるのが人情というもの。買って帰って自宅でゆっくり聴いて楽しみたいと思う。気がつけばディスクを手にレジに並んでしまう。

       

       私もあるとき、矢も楯もたまらず買ってしまいました。このCDは既にフランス・グラモフォン盤(平均律の抜粋とカップリング)を持っていたのに、です。でも、ジャケット含めてオリジナルの形での再発で、手持ちの盤には未収録のヘンデルとグルックも入っている。しかも安い(1400円)。まあいいかと欲望に負けた。弱い。

       

       でも皆さん、多かれ少なかれこんなふうにしてケンプのバッハを買い、売り上げチャートのランクアップに貢献されたんじゃないでしょうか。

       

       タワレコ渋谷店、まことにあっぱれだと思います。忘れられた旧譜を大々的にフィーチャーし、異例のベストセラーへと導いたのですから。聴き手がどんな音楽を欲していて、何が売れるかを「読んだ」結果なのでしょうか?それとも、たまたまショップの店員さんの「愛聴盤」だったくらいのノリでしょうか?ともかく同店は、たとえマイナーな音盤でも売り方・聴かせ方によっては、多くの聴き手を引きつけられることを見事に証明しました。他の店には展開されていないのが不思議ですが・・・。

       

       一方、聴き手の側も、何誌や誰それ推薦とか、何とか賞受賞などの「お墨付き」はなくとも、自分の耳で聴いた音に導かれてCDを買った。とても健全で素晴らしいことだと思います。

       

       思わずダブり買いをしてしまった「ケンプ、バッハを弾く」ですが、実に久しぶりに聴きました。そして、ケンプのコクのある演奏を改めて楽しみました。技術的な難点や、演奏スタイルの古さを指摘することは可能でしょうが、穏やかで円満な長調の曲、しっとりとした抒情をたたえた短調の曲、どれも噛めば噛むほどに旨味がじわじわと沁み出してくる。まことに滋味深い名演奏の花束と言えます。

       

       今回は特に、「主イエスよ・キリストよ、われ汝に呼ばわる」に打たれました。決して威圧的にはならずに、静かな威厳をあたりにふりまきながら祈りの言葉を紡ぐその姿は、まさに修道士のそれです。あるいは、あのジャケットの哲学者のようなケンプの横顔そのもの。それはアルバム冒頭の「来れ異教徒の救い主よ」やシチリアーノ(トラック3)、チェンバロ協奏曲のラルゴ(トラック10)でも同様で胸に迫りますし、家庭で静かに過ごすクリスマスを思わせる「甘き喜びのうちに」の素朴な味わいもいい。

       

       しかし、残念なことに、「主よ人の望みの喜びよ」ではショップで遭遇したマジックを再現することはできませんでした。もちろん演奏は素晴らしい。でも、あのタワレコ渋谷店で得た特別な感覚は、やはりショップの空間の中でしか生まれないようです。それなりに広い空間や、ディスクがずらりと並べられた棚の景色、そして私自身の気分の高揚があってこそのものなのかもしれません。

       

       だからこそ、リアル店舗はすごく大事だと思うのです。コンサートとはまた違う、唯一無二の音楽との豊かな「出会い」の場だからです。しかも、すぐそこには手の届く音盤があって、お金さえ出せば「出会い」を半永久的なものにすることができる。CD不況が叫ばれて久しいですが、音盤の実店舗には、まだまだ存在理由、存在意義があると思います。ファンに新しい音楽の聴き方を提供するだけでなく、新しい聴き手を獲得する可能性はまだまだあるはず。

       

       ただ、タワレコ渋谷店の、異例のヒットを受けた企画が「ケンプ特集」だったのはちょっと疑問に思います。もちろんそれが悪いとは言いません。「次」に聴く音楽として、ケンプのバッハや十八番のベートーヴェンを、と思う人の方が多いのなら、戦略的にはそちらの方が正しい。

       

       でも、例えば若手ヴィキングル・オラフソンのアルバム(とても気に入っています)とか、塚谷水無子がトイピアノで弾いたゴルドベルク変奏曲など、「いま」を前面に出した新しい録音を紹介しても良かったんじゃないかと思うのです。コアなファンを守るだけでなく、新しい聴き手を獲得することも重要だと思うからです。もちろんこれは素人考えに過ぎませんけれど。

       

       そんなことはともかく、私はCDショップという愛すべき「場」が、この苦難の時期を生き抜いて、コロナ明け後も消えずに残っていてほしいと思います。地方のファンの方々からすると贅沢言うな、ネットショッピングがあるだろうと言われるかもしれませんが、せっかくここまで生き延びてきた場所が消えてしまうのは忍びない、という気持ちは共有できんじゃないかと思います。

       

       そのために私にできることはネットショッピングするくらいしかなくて、店の維持には何の足しにもなりません。でも、またケンプのバッハが流れるタワレコでショッピングできることを、心から願っています。

       

       ※因みに、この「ケンプ、バッハを弾く」は生産限定盤だそうで、タワレコではオンラインでは入手不可。

        リアル店舗は閉まっているので、HMVやアマゾンでネットショッピングするしかないようです。

       

       

       

       

       

      ・J.S.バッハ/WORKS & REWORKS

       ヴィキングル・オラフソン(P)

       →詳細はコチラ(Tower/HMV)

       

       

       

       

       

       

      ・J.S.バッハ/ゴルドベルク変奏曲

       塚谷水無子(トイピアノ)

       →詳細はコチラ(Tower/HMV)
       

       

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