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気になる演奏家 その9 〜 アントニ・ヴィト(指揮)



 私がアントニ・ヴィトという指揮者の名前を強烈に意識したのは、仕事をしながら聴いていたOttavaでシューマンの交響曲第4番のフィナーレの演奏に接した時でした。(コチラのエントリー参照)

 楽章の冒頭から中庸のテンポで淡々と進んでいたかと思うと、とんでもない箇所(2分過ぎ)で急にテンポが落ちて、しばらく音楽がダッチロールするかのように不安定な進行になってしまうのです。とても穏やかで真面目な人が、急にかがみ込んで凄まじい形相でもがき苦しみ始めたのを見るかのようでびっくり仰天してしまい、仕事の手も完全に止まってしまいました。と同時に、シューマンの音楽の中にある、ものすごく暗鬱で不安な気分を見事に表現しているような気がして、そのメロメロさ加減が妙に気に入りました。そして、Naxosレーベルから沢山CDが出ているギャラの安い二流指揮者かと思っていたヴィトという指揮者は、実はカルトな面を持った面白い人なのかもと思いました。

 そして、早速シューマンの交響曲第2、4番のディスクを買って聴いてみました。

・シューマン/交響曲第2、4番
 アントニ・ヴィト指揮ポーランド国立響(Naxos)


 確かに、例の4番のフィナーレの例の妙なテンポにはのけぞりました。しかし、そのほかは全体にごくごくオーソドックスな演奏で余り強い印象は残らず、ヴィトの名前はしばらく忘れていました。

 その数ヵ月後だったでしょうか、またしてもOttavaなのですが、とても美しいスメタナの「モルダウ」の演奏が聴こえてきました。冒頭のフルート2本の掛け合いの部分からすべての音が丁寧に歌いこまれていて、あの有名な弦の旋律も心に沁み入るような独特の節回しで歌われていてとても気に入ったのです。一体誰の演奏だろうと思って調べてみると、これがヴィトの指揮によるNaxos盤だったのです。「我が祖国」は大好きな曲なので全部聴かねばと思い、これも早速CDを購入して聴いてみました。

・スメタナ/連作交響詩「我が祖国」全曲
 アントニ・ヴィト指揮ポーランド国立響(Naxos)


 これは私にとっては決定的な演奏でした。全体にとても穏やかな雰囲気をもった音楽で、いわゆる熱狂や興奮は感じられませんが、実に味わいのあるニュアンスに富んだ歌い口と、常にバランスを崩さない充実した響きの美しさが印象的ですし、何より音楽への深い愛情が感じられて私にはとても好ましかったのです。邪推ながら、自国が地図から2度消えた経験を持つポーランド人の演奏家たちが、扇情的なナショナリズムの表出には決然と背を向け、自分たちの静かな、しかし、確かでゆるぎない「愛国心」をダブらせて演奏したのではないかと思ったくらいです。期待した以上に、とても心に残る演奏でした。

 ヴィトの演奏をもっと聴きたくて、以下のようなディスクを購入して聴きました。いずれもNaxosまたはAvex(500円シリーズ)から出ている廉価盤ばかりです。

・マーラー/交響曲第5番(ポーランド国立響)
・マーラー/交響曲第8番(ワルシャワ・フィル)
・ドヴォルザーク/チェコ組曲、英雄の歌、序曲「フス教徒」(ポーランド国立響)
・チャイコフスキー/交響曲第5番(ポーランド国立響)
・チャイコフスキー/交響曲第6番(ポーランド国立響)
・シューマン/交響曲第1、3番(ポーランド国立響)


 いずれの演奏も、弦を主体したしっとりとした中欧的な響きが支配的で、決して音が混濁しないのがヴィトの職人的な腕を感じさせるところです。また、あのシューマンの4番のフィナーレのような「えっ?」というような場面はほとんどなく、まったくケレン味のない淡々とした運びの音楽ばかりです。多くの人にとっては、時として力感不足に感じられたり、もう少し音楽を盛り上げてくれてもいいのにと思う場面があるのでしょうが、私は、ヴィトの独特のオケの歌わせ方や、充実したオケの鳴らし方にとても魅力を感じました。

 まず、ドヴォルザークの「チェコ組曲」では、哀愁に満ちたスラヴの歌が心に響きます。「のだめ」で有名になったポルカの鄙びた雰囲気、ロマンツァの清潔な抒情は素晴らしく、私が今まで愛聴してきたドラティ盤に勝るとも劣らない品格を持った演奏で気に入りました。「英雄の歌」もとても立派な演奏ですし、スメタナの「我が祖国」の「ターボル」と同じ旋律が引用された「フス教徒」の真摯なドラマの表出には胸を打たれます。

 マーラーは、例えば5番のアダージェットの中声部のハーモニーを強調した透明で美しい響きと、しっかりと支えの効いたカンタービレが魅力的ですし、「千人」は祝祭的な音楽というよりは、静謐な祈りの音楽ともいうべき佇まいが独特で、室内楽的とも言える響きの中からとても美しいファウストの昇天の場面が聴こえてきて感動的でした。

 チャイコフスキーは、何も変わったことはしていませんし、巷にひしめく名盤たちの間にあっては非常に地味な演奏ですけれども、緩徐楽章で聴かせる弦のメランコリックな歌の美しさにはとても惹かれました。「悲愴」の第1楽章のクライマックスでのトロンボーンの「宣告」の場面の深々とした響きや、悲痛なフィナーレの弦の歌は印象的ですし、5番の2楽章のカンタービレの美しさは絶品だと思います。

 シューマンも、いずれも地味な演奏には違いありませんが、ヴィトの演奏の魅力に気づいてから改めて2,4番を聴くと飽きのこない滋味深い演奏に思えました。特に2番の第3楽章がとても美しいですし、1,3番での緩徐楽章の歌の美しさも心に残ります。そして、特に弦のアーティキュレーションが非常にクリアなのですが、響きが必要以上に分厚くなりがちなシューマンの交響曲の演奏としては、それはとても凄いことではないかと思います。

 これらのディスクでヴィトの演奏に完全にハマった私は、さらに、彼の母国ポーランドの作曲家の音楽も聴いてみました。

・ペンデレツキ/ポーランド・レクイエム(ワルシャワ・フィル)
・シマノフスキ/交響曲第2、3番、スターバト・マーテル他(ワルシャワ・フィル)
・カルウォヴィチ/交響詩集第1、2集(ワルシャワ・フィル、ニュージーランド響)

 シマノフスキとカルウォヴィチについては先週のエントリーで感想を書いた(シマノフスキカルウォヴィチ)ように、私は深い感銘を受けましたが、数年前のレコード・アカデミー賞の声楽曲部門で受賞したペンデレツキもとても素晴らしい演奏でした。

・ペンデレツキ/ポーランド・レクイエム
 アントニ・ヴィト指揮ワルシャワ・フィル (Naxos)


 すっかり前衛作曲家から足を洗ったペンデレツキの曲はとても聴きやすいもので、歴史の不条理への怒りを見せつつ、激しいほどに痛切な哀しみが胸を打つ音楽になっています。ブリテンの「戦争レクイエム」と並べてみたくなるような圧倒的な感銘を与える作品だと思います。特に、ポーランド語も交えて歌われる「思い給え」は、胸が引き裂かれるような痛みに溢れた音楽でとても印象に残りますし、「涙の日」の美しい旋律や、「ベネディクトゥス」の透明な響きも素晴らしい。「リベラ・メ」の静かな嗚咽のような弦の切れ切れの歌の痛切さはいかばかりでしょうか。ヴィトの指揮するワルシャワ・フィルは、以前の手兵ポーランド国立響に比べて、より豊かな響きとパワーを持ったオケで、この曲の持つ魅力を十分に引き出していると感じます。

 面白いことに、これら3人のポーランドの作曲家の演奏では、前述のような力感不足を感じることはほとんどありません。やはり自国の作曲家の音楽ということで、とても深い愛情と情熱をもって演奏しているのでしょうか、時には激しいほどの感情移入を見せて音楽の内奥へと深く入り込んでいくさまに心を打たれます。あるいは、ヴィトのごく最近の録音ということもあって、このところの彼の充実ぶりを如実に反映したものなのかもしれません。いずれにせよ、どれも本当に掛け値なしに素晴らしい演奏だと私は思います。

 大量の録音をおこなっているヴィト、私が聴けたのはまだ氷山の一角でしかありませんが、もっと彼の演奏を聴きたいと思います。

 昨今の指揮界では、今まさに来日中のグスターヴォ・ドゥダメルのような、聴き手に熱狂と興奮を与える、ある意味とても「分かりやすい」指揮者が主流になるのだろうと思います。それはそれでとても楽しみなことではありますが、ヴィトのように地味だけれど味のある音楽を聴かせてくれる確かな腕を持った人の演奏を楽しむことも忘れたくないと思います。そして、ヴィトという音楽家の「成熟」の過程を、リアルタイムで感じ取れるのをとても楽しみにしています。

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  • 2017.01.30 Monday
  • -
  • 02:52
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コメント
コンサートホール盤に郷愁を感じてこのサイトを見つけました。素直な表現に好感を持ちました。この方の言葉には音楽を評論を自負する気負いも厭らしさもないと好感を持ちました。
  • 2011/05/19 4:41 PM
坪さん、初めまして。コメントありがとうございます。
私は音楽評論家でも学者でも何でもなく、ただの素人のファンでしかないので、気負いなど持ちようもありません。そこに共感頂けるのでしたら、嬉しいことです。
素敵な指揮者を紹介していただきありがとうございます。
早速、シューマン2枚と、我が祖国、英雄の歌、マーラー4番、それとアルプス交響曲を購入。癖が少なく、清潔な感じがして、いい感じに沁みてきます。それと録音が少しホールトーンが多めで、オーディオを選ぶかもしれませんが、小さなホールで生演奏を聴いてる感じで、私は好きです。
  • 美味しいポッキー
  • 2016/07/16 8:57 AM
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