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ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」、第24番他 〜 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp)

・ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第17,24番他 
 トゥルーデリーズ・レオンハルト(Fp) (Gallo)






<<曲目>>
・6つのメヌエットWoO10
・ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
・サリエリの歌劇「ファルスタッフ」の二重唱「まさにその通り」による10のヴァリエーション WoO.73
・ピアノ・ソナタ第24番「テレーゼ」


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 つい先だって、私の大好きなフォルテピアノ奏者、トゥルーデリーズ・レオンハルトさんのCDを現在入手可能なものが一通り手元に揃いました。彼女の弾くシューベルトのピアノ・ソナタの録音(Jecklin)に惹かれて以来、2年近くにわたって、彼女自身の運営するHP、アマゾン、海外のネットショップ(英、伊)を通して、計24種28枚のディスクを入手して聴いてきました。それらのディスクの最後として、ベートーヴェンのピアノ作品集としては現時点の彼女の最新録音(2005年)となるものを聴き終えたところです。Galloというスイスのマイナーレーベルへの録音(他に彼女はシューベルトの第15番「レリーク」他を録音)です。

 さて、このGallo盤の一つの大きな特徴は、彼女の録音した唯一のタイトル付の有名なソナタとして第17番「テンペスト」が収められていることです。また、もう一つ、ソナタとしては「テレーゼ」の愛称で親しまれている第24番が収録されていますし、冒頭に収録された6つのメヌエットには「ベートーヴェンのメヌエット」として有名な曲が入っていて(第2曲)、ベートーヴェンに関してはほとんどマイナーな曲しか録音していないレオンハルトさんとしては珍しい選曲になっています。

 まず、彼女の「テンペスト」は、私には衝撃的ともいうべき演奏でした。かつて聴いたことがないほどに非常に遅いテンポで弾かれているというだけでなく、このいささか手垢にまみれた感のある名曲に、何と豊かで深い言葉がこめられているのかを初めて教えられた気がするからです。今まで私はこの曲から何を聴いていたのだろう?と思うくらいです。

 演奏時間はざっと約26分。私の手元にあるシュナーベルやバックハウスから、ルイス、メジューエワらに至るまでのいくつかの演奏は大体20分〜23分ですからかなり遅い部類に入ります。特に10分半を要する第1楽章は特に遅いです。

 しかし、その遅さが聴いていてまったく不自然に感じられないのは、彼女のイメージする音楽を演奏するには絶対に必要なものと思わずにいられないほど、強い必然性を感じるからです。闇の中から霧が立ち昇るような静かな上行アルペジオは、ほとんど止まってしまいそうな時間の流れの中で弾かれているのですが、それはまるで広い宇宙にポンと投げ出されてしまったかのような真空状態の中の孤独とも言うべき強烈な音空間です。やがて沈思黙考を破って前進性を持った情熱的なパッセージが鳴り響きますが、それもかなりゆっくりと一つ一つの音の意味を解きほぐして語りかけてくるような演演奏。その暗く、うつむき加減の表情の奥には、どうしようもない絶望と、その不安を打ち消そうとする意志との非常に強い葛藤が見え隠れするのは他のすぐれた演奏と共通する特徴ではありますが、レオンハルトさんの演奏には他の演奏からは聴けない「静寂」があります。聴覚を失ったベートーヴェンが、少しでも聴こえる外界の音がないか、いや、彼の内面でどんな音が鳴っているのか、必死に全身の神経を集中して耳を澄ましている姿がオーバーラップしてきます。そんなふうにこの曲が弾かれるのを聴くのは初めての体験ですから、私にはとても新鮮で驚きに満ちた10分半を過ごしました。

 続く第2楽章での果てしない自問に続いては、あの有名な第3楽章の旋律が、やはりとてもゆっくりしたテンポで、しかも時折びっこをひくように微妙なリズムの揺れをもって弾かれていて、そのちょっとした揺れにドキドキしながら音楽の展開に耳を傾けることとなります。馬車の轍の音を描写した音楽と言われていますが、これは相当道が悪く、雨が降っているか、それこそ「嵐(テンペスト)」の中、どこか行かなければならない場所へ急いで向かっているような切迫感が、より重量感をもって私の心にのしかかってきます。嵐の中、馬車に乗ってベートーヴェンはどこへ行こうとしているのでしょうか?「不滅の恋人」のもとへと、許されぬ愛をあたためるために向かっていたのでしょうか?レオンハルトさんの演奏を聴いていると、そこにいろいろなドラマを想像してみたくなります。彼女の演奏には、聴き手のイマジネーションの広がりを誘発する大きく豊かな「何か」があるのだろうと思います。ああ、本当に胸のときめくような「テンペスト」を聴けて私はとても嬉しい!!レオンハルトさんのディスクを聴く最後に取っておいて正解でした!!

 勿論、最近聴いたルイスやメジューエワの「テンペスト」も実に素晴らしかったし、今まで聴いてきた数々の名演奏の記憶は消えませんが、私は、これから「テンペスト」を聴こうとする時はこのレオンハルトさんの演奏を聴くだろうと思います。

 カップリングされた第24番「テレーゼ」も、やはり個々の音の意味を解きほぐしたような明晰で表情豊かな演奏がとても魅力的です。突然の転調の鮮やかさも、彼女の使っている銘機ザイドナーの美しい音色がその魅力を際立たせている気がします。

 一方、冒頭のメヌエット、そしてソナタの間に演奏されたサリエリの歌劇「ファルスタッフ」の主題による変奏曲は、人を愉しませ、幸せにすることを目指して書かれたような曲で、レオンハルトさんも「人を幸せにするために演奏している」かのようで、聴いていて実に楽しく発見の驚きに満ちた時間を過ごせました。

 贔屓の引き倒しで、まったく客観的な聴き方もできていないし、私が聴いてきた彼女のアルバムを人に薦めようとまでは全然思いませんが、そんなことよりも、私が彼女の演奏を聴いてきてたくさんの豊かな恵みを受け取ることができたこと、そして、傷つき枯渇してしまっていた私の心を癒し、生きる力を与えてくれて私を幸せにしてくれたことが嬉しい。そう、彼女は私にとって大切な「恩人」なのです。

 先日、レオンハルトさんに次の新譜の注文のメールを出した時、私は彼女にその「お礼」を拙い英語で書いて送りました。私はあなたの音楽にたくさん救われた、ありがとう、と。するとレオンハルトさんからは、「もし私の音楽があなたを幸せにしているのならとても嬉しい。人を幸せにするのが私の"目的"だから。」と書いてきてくれました。読んでいて涙が出そうになりました。「私は人を幸せにするために音楽をやっている」という言葉は何と尊いのでしょうか。何と美しいのでしょうか。ピリオド楽器を使い、奏法や音色も作曲当時の習慣になるべく近づけて演奏するだけでは音楽家の使命は終わっていない、聴いている人を幸せにすることが究極の目標なのだという彼女の静かなる信念に私は心から共感します。ノリントンの言葉を借りれば、「フルトヴェングラーの演奏はそのスタイルゆえに偉大なのではない。イマジネーションの豊かさゆえに偉大なのだ。」という言葉を、彼女の演奏にあてはめたいです。

 翻って自分のことを考えてみれば、私どは、(不特定多数の)人を幸せにするどころか、自分の周囲の家族でさえもきちんと幸せにしてやれていないなあと思います。ましては人を幸せになんてしてあげられてもいない。まったく忸怩たる思いで反省せざるを得ません。まだまだ人生、修行が足りないです。がんばります。

 ともかく、レオンハルトさん、ありがとう!

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  • 2017.04.28 Friday
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